アイリーンと美獣 第14話
ガンガンとドアを壊すような音が響く中、照久は風呂に入れてキレイにした壱夜に服を着せてやった。結局壱夜は最後まで後ろでイき続け、気を失ってしまったのだった。岩井が大声で喚いている男達に応戦している。
「午後6時か~。思ったより遅かったな」
リビングの壁にかけてあるガラス製の時計を見上げ、照久はぐったりと自分に身体を預けて眠り続けている壱夜の頭を撫でた。この調子では当分目覚めないだろう。ちょうど良かったと思いながら照久が煙草に火をつけた時、リビングのドアが乱暴に開かれた。
「おいおい、人んちに招かれもしないで来たくせにゲソコンかよ。サツに通報されたらどうすんの?」
入ってきたのはチンピラのような男四人で、揃いも揃って拳銃を持っていた。一人が岩井を拘束して銃を突きつけている。
「津島の馬鹿兄はホント馬鹿だな。てめえらみたいなゲソコンで入ってくる馬鹿チンピラにチャカ与えるなんてな~」
煙草を転がす照久は余裕の表情だ。リーダー格の刈り上げの若い男が鼻で笑った。
「ここをガサ入れされて困るのはこの部屋の住人も同じ。このマンション自体が取引の場所なんですから。さあ、我々はその坊やを連れて来いとしか言われていませんから、お引渡しを。管理人室は我々が占拠しているので抵抗はムダです」
「困るなあ。蒼兄の預かり物なんだ」
「こちらも困ります」
リーダー格以外の男達は殺気立っている。まだこういう事に慣れていない、不良くずれのような若い男ばかりだ。こんな子供を動かす男の非道さに、照久は口から反吐を吐きたい気分になった。
「なんだってルガーのブラックホーク持ってんだ。漫画とアニメのオタクかお前?」
「うっせえ! さっさと渡せよ!」
緑色に髪を染めた男が銃を持ったまま怒鳴った。今にも発砲しそうな勢いで危険だったが、照久は何処へ吹く風だ。岩井がしきりに挑発するなと目で訴えても、照久はにやにや笑うばかりで相手を馬鹿にしているのがありありとわかる。
「仕方ありません。では服を改めさせて頂いた上で目隠しして一緒に来て頂きます」
「構わねえよ。馬鹿兄には言いたい事が山ほどある」
「それに関しては我々が知る事ではありません」
照久も岩井も壱夜もボディーチェックされ、手を後ろに縛られた上目隠しされた。そのまま部屋を出るかに思われたが、そこで岩井にとって予想外の事が起こった。二人はいきなり玄関横の物置に押し込まれ、通気口から催眠ガスをタップリ吹きつけられたのである。ややあって物置の扉を一人が開け、二人が深く眠っていると確認し、再び扉をきちんと閉めた。
壱夜だけが男達に連れ去られ、マンションの部屋は再び静寂に包まれた。
どうも目覚めオチが多い気がするが、壱夜は見知らぬ部屋の巨大ベッドの上で、何故が素っ裸で寝転がされていた。寝ている間に移動しているのはどういうわけなのだろうと思いながら、壱夜は小さく毒づいた。
「なんだよ照久のやろー……、どこ連れてきてんだ? しかもなんで裸なんだよ。まさかこのまんま連れてきたんじゃねえだろうな」
ふと、蒼人のチョーカーがなくなっている事に気付いた。
「おいおい。あいつにばれたらまたお仕置きされるじゃん。照久のやろー、こっちの迷惑も考えろよな。それにしても今なん時? 今日は牛乳しか飲んでねえから腹減ったなあ……」
連れてきたのが照久だと思い込んでいる壱夜は、のんきにも腹をぐうぐう言わせ始めた。
「腹減った。誰か居ねえのかな」
もぞりと壱夜は起き上がった。イかされまくった身体は昼に劣らずだるかったが、なんとか起き上がる事ができた。ベッドの端まで四つん這いで移動し、ふかふかのカーペットの上に裸足の足を降ろした。外からの明かりでおぼろげに浮かび上がるこの部屋は、蒼人のマンションの部屋よりも大きかった。
とにかく何か食べるものをと歩き出した瞬間に、照明がついて周囲がぱっと明るくなった。はるか向こうに見えるドアから男が一人入ってくる。壱夜は何も着ていないので、慌てて下半身を両手で隠した。
「目が覚めてたのか?」
「……照久はどこだよ? あんた誰?」
「その前に服着ろよ。ベッドのところに置いて……ああ、あった」
男の割りには妙に美しい顔をした優男は、手にしていたトレイを中央にあるテーブルに置いてベッドまで歩いて行き、黒いバスローブを手にして戻ってくると壱夜に向けて放った。
「服を着て飯を食べなよ。なんかお前えらく痩せてるし、うっ血しまくってるから栄養付けないとな」
「…………」
とりあえず優男に渡されたバスローブを羽織って紐を腰に結び、壱夜は優男が食事を広げているテーブルについた。サンドイッチやスープにサラダ、揚げ物などがある。お腹は確かに空腹を訴えているが、壱夜はそれよりも自分の今の状況が知りたかった。
「あのさ、マジであんた誰? 僕は蒼人のマンションで照久に遊ばれてたんだけど? ここ違うとこだよな?」
「んふふ。そうだよその通り。だって誘拐したんだから」
「誘拐!?」
優男はにっこり笑って壱夜の向かい側に座り、椅子の背もたれに持たれて腕を組んだ。
「私は津島一人(つしまかずと)。蒼人の兄に当たる」
「……ぜんぜん似てねえのな、お前ら三兄弟」
「よく言われるよ。ついでに私は一番馬鹿って言われててね、跡継ぎの筈なのに別の家に養子に出されてしまったんだ」
「へー……」
屈辱的な事をさらりと言う一人に、壱夜は目をパチクリさせた。蒼人の兄と言うより弟に見える。照久と三人並べると一番線が細く背も低そうだ。馬鹿かどうかはわからないが……。とりあえず並べられた食事を口にし、壱夜はじろじろ見られて居心地が悪い思いをしながらもなんとか全て平らげた。辛いものが無かったので、それが壱夜はとてもうれしかった。
「でさ、なんで誘拐されたかわかる?」
「……しらね」
内心ドキリとしたが、壱夜は平静を装った。相手は優しげに見えてもやくざなのだ。
「君が、蒼人の弱点だからだよ」
「…………」
「蒼人をおびき出す餌ってわけ」
「……悪い事言わねえから、あいつはあんまり怒らせないほうが……」
一人は笑い、立ち上がって壱夜の隣にかがみこんでその顎を細い指で捉えた。
「君にはわかんないだろうね。その怖いと言われてる男を跪かせられたら面白いと思わない?」
「……その前に命の心配の方が……ぐっ……」
唐突に萎えているモノをバスローブの上から握られ、壱夜は身体を震わせた。見下ろす一人の顔はとても優しい。優しいのだがやっている事はやくざのように凶暴だ。
「ばーか。見かけで人を判断しないでくれる? 私は一般人とは違うの。馬鹿は馬鹿でも……そうだなあ……悪魔の様な馬鹿と言ったらいいのかな? 人が苦しむ姿を見るのが快感なんだ」
「いゃ……あ!」
「いい顔。でも何がそんなに蒼人を夢中にさせるのかな?」
「はな、離せよ」
「離して欲しいの?」
にっこりと一人は笑ったが、行動は全くの逆だった。
「あぁあああああっ!」
萎えきっているモノがさらに握り締められ、その先端に爪がのめりこむ。引きちぎられそうな痛みが走り涙が吹き出た。壱夜は吐き気を伴う呼吸を繰り返し、肩を上下させて弱々しく首を左右に振った。
「いい顔するね。そんなところがいいのかな?」
つまらなそうに言う一人の声が遠くに聞こえる。
(こいつら兄弟……最悪。こいつが一番最悪だ。きっとサドだ。くそっ何なんだよマジで!)
「ふふふ。君がボロボロになってるところを見た蒼人の顔を想像するとゾクゾクする。この日の為にとっておきの男優さんを呼んでおいたんだよ」
ようやく壱夜のモノは開放され、壱夜はぐったりと椅子に凭れた。しかし身体が疲労に耐え切れず、そのままカーペットの上に崩れ落ちていった。
一人は気を失った壱夜を抱き上げてべっどに横たえ、頬に流れている涙を舐めてくすくす笑う。それは優しげな風貌には不似合いな悪魔の様な冷たさを伴っており、ともすればそれは弟の蒼人よりもきちがいじみて見えた。
「それにしても蒼人遅いな。さっさとパーティ始めちゃおうかな」
壱夜は、また望まない事件に巻き込まれていくのだった。