びけいこわい 第01話

 乳首をこりこりと親指と人差し指で捏ねられて、懸命にその疼きを我慢する。

 奴は面白そうに、今度は摘んで引っ張った。

 もうたまらない。

「あ……あぁ!」

 低く笑う気配がする。。

「本当に素直じゃないんだから、薫は。こっちも凄いんだよ?」

「うるさ……だま……あん……やめ! くそ……あぁっ!」

 股間のものを思う様に嬲られて、もうそこは固くギンギンに張りつめている。しかも、後ろは奴のものがぐっさりと刺さっている状態だ。どろどろのでろでろになっているのがいやらしくて情けない。だけど、反応してしまうんだ。

 いきそうになったら、固く握り締められた。

「いきたい……」

「駄目。僕ので先にいってね」

 言われるなり、ずうんと衝撃が来た。乳首よりも息子よりも大きな疼きに、気が狂いそうになる。逃げたいけど逃げたくない。逃げたくないのに逃げたい。

 俺のじゃないベッドのシーツを握り締めて、唇をかんだら、奴の指が邪魔をする。

「声、聞かせないとね」

 耳をねっとりと舐められて、ぐいぐいと押し上げられていく。

「や……だっ! あああっ……ん……んぅ……は……はぁ……!」

 容赦がない奴のあれ。翻弄されるだけの俺。

 ベッドが揺れて、目の前が霞む。

 苦手で怖い、やけに綺麗な顔が近い。

 重なる唇。もう俺の口の周りは自分と、奴の唾液でべちょべちょだ。

 俺……なんでこんな事になってんだろうか。

 

 俺は美形が嫌いだ。

 女でも男でも、顔がやたらと整っている奴を見ると、身体が拒絶反応を起こして硬直かもしくは逃げ出してしまう。

 別に昔いじめられたとか、告白してふられたとか、そういうトラウマがあるわけじゃない。ただ、猛烈に苦手なんだ。

 ぼーっと数学の教科書を覗いていたら、前の席に友人の池田響が座った。

「薫、目の下クマあるぞ。ゲームで戦ったな」

 なんじゃ、その実戦したみたいな言い方は!

「しないよ。来週から期末テストだろ」

「まっじめー」

「あのな。今真面目にやっとかないと、あとでひどい目に遭うぞ?」

「おれんち金持ちだし」

「馬鹿か? 頭悪すぎたら裏口入学もできねーよ」

「ひでー」

 ぎゃはははと笑いう響。本当はこいつは頭がいいから、俺より余裕なんだ。うらやましいなあ。

 はあとため息をつき、ノートもを広げる。

 ふと視線を感じた。

 誰だかわかってる。

 だけど見ちゃいけない。

 見ているのは、学校一のモテ男の千川要だ。

 お前、自意識過剰なんじゃねーのー? と言われるかもしれないけど、マジで奴は俺を事あるごとに睨んでいる。やたらと整った顔立ちの奴だから、怖さ倍増だ。

 ただでさえ俺は美形が苦手なのに、目を付けられてるなんて最悪だ。

 でも、心当たりがまったくない。

 俺は不良でもないし、部活だって美術部を真面目にやってる。成績も常にトップという奴と違って、真ん中の少し上という平凡極まりない順位だ。トップの座を脅かすような存在でもないはず。男子校だから女関係でもないし。

 一体なんでだ……?

 ふっと視線が外れた。

「お前らーチャイムは鳴ってるぞー」

 扉を開けて先生が入ってくる。

 ああ、先生が来たからか……。

 千川は俺より前の席だから、授業中は見られなくてすむ。

 ほっとした。

 昼休み、響と屋上で飯を食ってると、響が言った。

「お前さ、千川にまた睨まれてたな」

「……やっぱりそう?」

「なんか、親の敵みたいに睨んでるよな、時々。あいつと実は隠れた兄弟とかじゃねえ?」

「んなわけねえだろ!」

 デブの親父、平凡のおふくろ、どっちともそんな甲斐性があるとは思えない。

 頭に来たから響の豪華弁当の、カニコロッケを取ってやった。

「ああ! 何しやがるてめえっ」

「いい気味だ。彼女がいるくせに人を詮索して面白がる罰だ」

 響には他校に彼女がいる。しかも美人だ。んで豪華弁当は、毎朝彼女が待ち合わせの駅で渡してくれる、愛妻弁当なわけ。くっそうらやましい!

 爆発してしまえってんだ。

「まあよお……。ちょっとあれは尋常じゃねえ睨みだから、気をつけろよ? お前非力だし殴られたら死ぬかも」

「……それぐらい睨まれてるのに、なんで皆気づかないんだよ」

 気づいてるのは響だけ。

「そりゃお前、皆、品行方正の奴に騙されてんだ。すげえ上手に被ってやがるからなあ」

「あいつ不良なの?」

「それぐらいなら、まだ良いほうなんじゃねえの。ま、気をつけろ」

 まだ良いほうってなんなんだよ~っ!! 怖すぎるじゃん!

「空手初段で助けてくれない?」

 響は空手の段もちだ。力もある。

「学校にいる間はなんとかなるけど、いっつも一緒ってわけにはいかねえだろ? それともお前空手習う?」

「や、それはいい」

 暴力嫌い。暴力反対。

「だろ? とにかく奴とは目を合わせないようにして、二人きりにならないようにしろ」

「それだけ?」

「とりあえずはな。実害は今んところねえだろうし」

 実害って……。やっぱり殴られたり刺されたりされるんだろうか。されかねない睨みだよなあれ。怖すぎる。

 屋上での昼休みは、俺が唯一安らげる時間だ。何故なら奴は生徒会長だから、昼は生徒会室で取っている。でも途中で教室に戻ってきやがるんだ。だから、どちらからともほど遠い屋上で取ってるってわけだ。

 雨が降ったらここは使えないから、奴に睨まれながら取る羽目になる。雨の日は地獄だ。

 響のスマホが鳴る。にやにやする響の顔から察するに、愛しの彼女だな。

「今日はデート?」

「ああ。だから放課後無理だわ。なんなら待ってるけど……」

「多分大丈夫だよ。今までそうだったし」

「他のやつらとなるべく行動しろよ」

「うん」

「まあ今日は、生徒会は放課後会議らしいから、大丈夫だろうけどな」

 今日は大丈夫だけど明日はわからない。

 それが嫌なところだった。

 五時間目の途中から降り出した雨は、今では本降りだ。

 運動部の連中は、体育館での練習か休みになったらしい。

 俺は美術部だから関係ない話だ。

 美術部の部室は、俺たちの教室がある棟から、渡り廊下を挟んで、大分離れた場所にある。先生に画材を職員室に忘れたから、取りに言って欲しいと頼まれて、画材を抱えて俺は1人、放課後の廊下を歩いていた。

「重い。やっぱり二人で来たかったのに。面倒なのは俺も同じだっての」

 ぶつぶつ言いながら、薄暗い廊下を1人で早足で歩く。

 その時だった。 

 曲がり角からいきなり誰か飛び出してきて、通せんぼされた。

「…………──っ!」

 千川だ。

 うそだろ。

 今日は、生徒会室で会議だって聞いてたのに……。

「ちょっと、こっちに来てくれる?」

 超低温な声で言う千川。目がやっぱり怖い。命の危険を感じたから後ずさると、千川はずずいと進んだ。

 ちくしょう。こんな時に限って誰も来ない。いつもなら、他のやつらが結構通ってるのに。やっぱり響に待ってて貰うべきだったか。でも彼女とデートするってのに、時間を遅らせてもらうわけにはいかない。馬に蹴られてしまう!

「お、俺……部活ある……から」

 なけなしの勇気を絞りつつ言う。怖すぎて声に力が入らない。

 情けねえ! でも仕方ないだろ! 目の前の千川は、今にも俺を殺しそうな殺気を帯びてんだ。普通なら絶対動けなくなる。口も凍りつくはずだ!

「直ぐ終わるから」

「俺、急ぐし……」

 殺気をかわして横から逃げようとした。けど、千川は体育でもトップクラスの優秀さだ。普通の俺じゃとても叶う相手じゃなくって、あっさりと捕まり、直ぐそこの無人の技術室に連れ込まれた。

 おい! 何で授業終わってるのに空いてんだよ! 怠慢だぞ教師~っ!

 鍵を閉める嫌な音が響く。いよいよやばい……。

 そうだっ窓!

 画材道具を放り出して、窓際に走った。でもすぐに感づいた千川が、そんな俺を背後から床へ押し倒してきやがった。

 変なカッコで倒れてしまい、びたんと間抜けな音がする。手が痛いっ!

 つーかこれ、めちゃくちゃピンチ! 殺気を放つ千川に、背後から圧し掛かられてるんだぞ、俺。このまんま、首を絞め殺されてしまったら……。

「ぐ……離せよ!」

「薫」

 いきなり名前呼ぶか! 俺には立派な白鳥って名字があるんだ。白鳥薫って女みたいだって笑われてるけどな。じゃなーい。離せ! 渾身の力をこめて、奴から這い出ようとしたものの、怪力の持ち主なのか出られない。非力だから仕方ないとしても、情けなさ過ぎる。

 いきなり世界が反転した。

 千川が俺を仰向けに転がしたんだ。

「ひ……っ」

 美形顔が至近距離にある……。しかも殺気を一杯漲らせて。

 やばいやばいやばい~っ!!!!!

 汗はすごいし、涙まで出てきた。だって殺されるんだぞ? 泣けるわ普通。

 父さん母さんゴメン。俺の命は今日これまでだ。

 目を固く瞑って、来るべき衝撃に備えていたら、頬に生暖かい汁気たっぷりの感触が走った。

 ……何? 今の。

 魔物か? 昨日30分だけやったゲームに、触手のすげえのがいたんだが、あれが出てきてしまったのか現実に……。

 なわけあるか! 絶対違う!

 考えたくない可能性に震えていたら、また同じ感触が……。

 俺、俺、千川に舐められてる~!

 目を開けるのが猛烈に怖い!

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