びけいこわい 第04話

 学校が火事になって燃えないだろうか。

 もしくは今すぐ宇宙人が侵攻してきて、世界が大混乱に陥ってくれないだろうか。

 学校行きたくない……。

 学校へ向かう、ほんの1キロほどの道のり。いつもならなんてこともないフツーの道なのに、今日はさながら処刑場へ向かう死出の道のようだ。

 朝、腹が痛いと仮病を使った俺を、おふくろはうそつくんじゃないのと蹴飛ばした。親父はそれを見て、いじめにでもあってるのかと大笑いをする。

 くそ。いじめならまだましだ。レイプだっての。

 しかも感じまくったから、もはやレイプと言えるのかどうか……。

 仮に俺がそう言ったとしても、学校で一番モテる千川と、平凡の極みの俺じゃ、皆がどっちの意見を聞くかなんてわかりきっている。

 世の中、美形が得するようにできているんだ。

 まったく不平等も極まれりだよな。

 福沢先生。俺はどうしても貴方のお言葉が理解できません!

 天は人の上に人を作りまくっていますし、人の下に人を作りまくっています。

 校門を通って、普段どおりの朝の風景にホッとした。どうやら奴はデマを広げなかったようだ。

「うーす、薫。メール読んだ。深刻な事態だから、今日は一日つきまとってやるよ」

 つきまとうってなんだ? ストーカーか? 語句のチョイスがおかしいぞ響。

「でもお前、彼女が」

「こんな時にお前の側に居なきゃ、はったおされそうだし」

 本当は家からついてきて欲しかったのだが、響の恋愛を邪魔したくないので、恐怖を押し隠して断った。幸い何も無かったから良かった。

 並んで昇降口へ歩いていると、不意に横が翳った。

 こここ……この、見かけの爽やかさの割には、蛇のような執念深さを(俺だけが)感じさせる男は!

「おはよう! 薫」

 やっぱり千川だ……。

 他の生徒が次々と挨拶をしてくるのに、飛び切りの笑顔で返しながら、千川は俺の横をキープし続ける。こいつにとって、これは結構よくあることだから誰も気にしない。広く浅く接するのが、こいつのポリシーだと何故か思われてるんだ。信じられないけどな、今では。

「俺への挨拶はないの?」

 響が言ってくれ、千川はああ忘れてたゴメンネと謝った。だが俺にも響にもわかっている、こいつの響を見る目は氷の様に凍り付いている事を……!

 稲妻とブリザードが吹き荒れている。俺達の周りだけ氷雪気候になってしまっている。さみいぜ……夏なのにな。

 そのまま俺は二人に挟まれて、教室に入った。幸い千川はそのまま自分の席に行ってくれ、恐ろしい何かからは解放された。

 いつもの様に前の席に響は座った。

「油断ならねえぞあいつ。隙がまったくねえ」

「まじ?」

「まじまじ。あいつ、空手やってっぞ絶対」

「そういや……、なんかやけに組み技が上手だったような」

「そんな感じ。やべ、俺、勝てないかも」

 おどけて言う響。冗談でも怖すぎる。

 響が勝てなかったら、俺はあの変態の餌食だぞ。今度こそ掘られてしまう、未知の世界へ誘拐されてしまうんだ。

 いーやーだーっ!!!!!

 二人で警戒していたが、予想していた千川イベント(?)は、全く起きなかった。千川はいつもと同じように、遠目で俺らをじっと時折見つめるだけで、休み時間も食事の時間も接触してこようとはしなかった。何かを仕掛けてくると思ったのは、小心者の俺のただの怯えだったのかもしれない。

 だけどなあ、あの電話での脅しはぜったい本気だったと思うんだ。

 だからこそ、放課後へ向かう一分一秒が、怖かった。

 そしてそれは正しかった……。

 六時限目は体育だった。男女一緒にバレーの授業だ。

 千川はバレーも上手で、おっそろしいアタックをばしばし決め、隣の女子のコートから黄色い悲鳴が上がっている。

 おまえら観戦してないでプレイしろよ!

 俺? 俺は目立たないように後方でボールを取る役。俺はバレーが何より苦手なんで、得意な響が前方で飛んでくるボールを皆取ってくれている。

 いや~しかし、向こうのチームでなくて良かった。千川のアタック怖すぎる。可哀想にな、相手の連中。

「あぶない! 避けろ!」

 突然響が叫ぶ声。

 はっと気づいた時には遅かった。

 隣に気を取られていた俺は、響が受け損ねたアタックをもろに顔で受けてしまった。

「薫!」

 星が一杯散ったかと思うと……、真っ暗になった。

 千川を見てなければ、こんなことには…………。

 ……………………。

 

 何か重い。

 なんだろうこの重さ。誰だよ寝てる俺の上に漬物石置いたの。

 おふくろだな。またできもしない漬物にチャレンジしようってのか。いっつも糠床を完成させる前にかびさせるくせに、何考えてんだ。てか、俺の上に漬物石を置くな。

 だがそれはびくともしない。俺が両腕に力を込めても、ぴったりと俺に張り付いて離れない。

 なんだよこれ。

「起きた……? 薫」

「…………」

 状況が把握できない。ここ、俺の部屋だよな? 俺はいつの間に家へ帰ったんだ?

 昨日と同じだぞこれ。

「薫、前を見てよ横じゃなくて」

 夢か?

 ありえない男の声が……声? 声って…………えええええええっ!?

「せ、せせせ、千川!」

「やっとこっち見たあ。薫の可愛いおでこにボールをぶつけやがった奴には、たっぷりお見舞いして置いて上げたからね」

「ちが……!」

 何故か俺は、両手を万歳の状態で、色気駄々漏れの千川に組み伏せられていた。

「お前、なんでここに」

 にこりと千川は笑った。

「そんなの決まってるじゃないか。倒れた薫をここまで運んできたからだよ。あ、おばさんには、これから町内会へ行くから、僕の相手をしてあげられなくてごめんなさいだって。ご飯、僕の分まで作ってくれたよ、後で一緒に食べようね」

 ぐぐぐ……とシーツに押し付けられる手首が痛い。

「響……は」

「彼女が事故ったらしくて、それで飛んでったよ」

「ええ!?」

 驚く俺に、千川は大笑いした。

「うそだけどね」

「……え?」

「彼女の高校に俺の友達が居るんだ。仕組んでもらっただけ」

「おまえ……」

「だって、あいつが悪いんだよ、僕と薫の邪魔をするから……」

 千川はそう言うと、俺の首筋に顔を埋めて、思いっきり吸い上げやがった。

 痛い痛い! 何をしやがる。

 くそ、馬鹿力め!

 もがいても動けねえ。なんだよこいつ。ほそっこいくせにどれだけ鍛えてるんだ……。

「逃げるのに必死な薫って……」

 くすくすと耳元で含み笑いする千川。

「すごく興奮するな」

 俺はしねーよ! 変態ィーっ!

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