ディフィールの銀の鏡 第04話

 次の日、ジュリアスは体調を崩した。万梨亜は初めて昼食を自分一人で作りジュリアスの所へ持っていった。ジュリアスは寝台で横になって力なく目を閉じている。

 ジュリアスは辛そうに身体を起こすと、昼食のパンをゆっくりと食べた。万梨亜は寝台の横に椅子を置き、ジュリアスの口に匙で汁物を飲ませた。熱もあるらしいジュリアスはほとんど食べず、すぐ横になった。

「今日は外へ出るでないぞ。何者かにそなたが襲われても救えぬから。魔力の石の存在をこの国の人間に知れてはまずい」

「はい」

「水汲みもいい。畑もだ」

「はい」

 万梨亜はジュリアスに上掛けをかぶせ、部屋の外に出た。ふと廊下の窓から外を見ると、見知らぬ若い男が木陰から館の中をうかがっているのが見え、視線をそらした。身なりからして農夫に見えるが、鋭い目つきがただ者ではない。ジュリアスにはすべてが見えていて、万梨亜にさっきのような忠告をしたのだろう。

 あのテセウスの手下だろうか。今の所はそれ以外は考えにくい。

「あんな男。冗談じゃない……」

 マリアが変わってしまったのは、テセウスが原因なのかもしれなかった。この異世界に二人同時に来て会えないでいる間に、あのテセウスがある事ない事吹き込んだに違いない。そうでなければ優しかったマリアが、あんな意地悪になるわけがないのだ。

 そんなふうに思わなければ、やりきれない。

 早く仕事を終わらせてマリアを説得し、元の世界に帰ろう。万梨亜はそう思った。

 夜になると、さらにジュリアスは容態が悪くなっており、汗を額に滲ませていた。万梨亜は燭台を近くの机にそっと置き、ジュリアスの額の汗を布で拭いてやった。

 目覚める気配がない。

 万梨亜は持ってきた腕輪を服の衣嚢から取り出した。黄金の細い腕輪には、ケニオンの王家の紋章が彫られていて、大きな青い宝石が埋め込まれている。

「眠りの神ゼネファよ……、目覚めて我の前にその姿を現せ」

 少し長い呪文を万梨亜は唱える。同時に万梨亜の胸に埋め込まれた状態になっている、青い魔力の石が熱を持ち光輝き始め、先日と同じように部屋が青い光で満ち溢れた。

 腕輪の宝石から、青い煙が立ち上って眠りの神がその姿を形作ろうとしたときに、雷のような凄まじい衝撃が万梨亜の身体を走った。同時に腕輪が熱湯のように熱くなり、床に落としてしまう。

「あ!」

 床に転がった腕輪を拾おうとした万梨亜の手を、寝ているはずのジュリアスが掴んだ。

「万梨亜」

 青い目に炎を燃やしながら、ジュリアスの視線が万梨亜を貫く。

「余に病の魔法をかけて何をするつもりだった?」

「め、滅相もない……」

 ジュリアスに床へ突き飛ばされ、転がっている腕輪を万梨亜は拾い上げようとしたが、間一髪のところで先に拾われてしまった。

「ケニオン王家の紋章か……」

 ジュリアスは腕輪を握りつぶして灰にし、床にぼろぼろと落とした。向き直ったジュリアスに危険を感じた万梨亜は、素早く防御の魔法円を描いた。たちまち彼と万梨亜の間に魔法の防御壁が立ちはだかる。

 ジュリアスが目を細めた。

「悪あがきはよすがいい。そなたの負けだ」

「まだ負けていません」

「魔術が使えるようだが習い始めて日が浅いようだ、まだ荒すぎてもろい所がある。そら……このように」

 口元を魅惑的に歪めたジュリアスが、防御壁の出現によって消えたはずの魔法円を浮かび上がらせた。そしてすんなりとした人差し指でその魔法円を書き変えていく。危険を感じた万梨亜は窓から飛び出そうとしたが、ジュリアスの魔法がかかっていて開かない。

「余を弱らせて何をしようとしていた? 賭けはそなたの負けだ。正直に言え」

 万梨亜は首を横に振る。ジュリアスの長い銀の髪が揺れて、空気が変わっていく。万梨亜がかけたはずの病の魔法も防御壁も消えて、ものの数秒でジュリアスの魔力で部屋は満たされた。

「わざと病にかかってやっただけの事だ。なんならこの病、そなたにかけてやってもよいのだぞ」

「……いかようにも」

「何故だ?」

「…………」

 その時、凄まじい衝撃音がして館が揺れた。館に落ちそうになった雷が、結界に跳ね返された音だった。

ジュリアスはすぐにその雷の正体を見抜く。

「ほう、国の結界を通り抜けて余に攻撃を仕掛けられるとは、デュレイス王子の魔力も相当なものだな。だが残念ながら自国の外では威力も十分の一以下だ……」

 すべてを見抜いているジュリアスに万梨亜は震え上がった。やはり彼は”真実の眼”の持ち主だけあって何もかも見通せるらしい。青い目の炎が消え、ジュリアスが万梨亜の腕を掴み自分に引き寄せた。万梨亜はおそろしさに胸が潰れる思いだ。賭けに負けたのだから、勝者の望みを叶えるしかない。

 勝算はあった。ジュリアスの魔力は、万梨亜の魔力の石の力に比べればかなり劣っていた。そしてあの腕輪に込められていたデュレイス王子の魔力。万梨亜の力を見えぬようにし、任務を遂行させる魔法が封じ込められていた。あの青い宝石にジュリアスを捕獲して、瞬間移動してケニオンに帰るつもりだった。

 だが、ジュリアスの結界の強度は相当なものだ。

(どうして気づかなかったのかしら)

 ジュリアスはずっと人に真実の姿を隠していたではなかったか。掛けのこともあるし、敵国の奴隷という性質上、万梨亜に本当の能力を曝け出すわけがない。美しい容姿をばらした地点で、この可能性があることに気づくべきだったのだ。

 公開の色を深く滲ませて、苦悶している万梨亜をおとなしく待ってくれるジュリアスではない。

「さて、余の望みを叶えてもらおうか」

 唐突に寝台に押し倒されて、万梨亜は悲鳴を上げた。

 おかしい。雷が落ちても、万梨亜が大声で叫んでも外の衛兵たちはやって来ないのだ。城からの問い合わせの使者も来ない。でも誰かが来るはずだと万梨亜はその望みにかけた。来てくれるのがあのテセウスなら、この場を見たら、ジュリアスをたぶらかそうとした罪で万梨亜を牢屋に放り込んでくれるはずだ。牢屋の中で彼を操ればケニオンへ帰る事は可能だろう。とっさにそう思ったのをジュリアスは読み取って笑った。

「言ったであろう? 余より魔力が上の者などこの国には存在せぬと。デュレイスの攻撃を消すことなど、余には朝飯前だ」

「そんな……」

 唇を噛み締める万梨亜に、ジュリアスは人が悪そうな笑みを浮かべる。

「そなたは無邪気で素直すぎる。人を見かけで判断すると痛いめにあうぞ?」

 かまうものか。デュレイス以外を信用しないと決めたのだ。

「ん!」

 唐突にジュリアスの唇が重なり、たちまち舌が侵入して絡み付いてきた。胸も痛いほど揉みしだかれて涙が滲む。

「余が望むのは、そなたの全てだ」

「……優しい方だと思っていたのに」

「愚か者。やはりそなたは人が良すぎる。だからこんな罠にあっさりひっかかるのだ」

 耳朶を甘噛みされて万梨亜は身体を震わせた。いつの間にか服がはだけられていて、露になった乳房にジュリアスの手が這い、揉み上げていく。それは甘美なうねりを伴うものだった。

「余は最初そなたを一目見た時から、そなたが欲しかった」

 万梨亜はジュリアスの魔力を封じる魔法をかけようとして、絡み付いている手のひらから反撃されて悲鳴をあげた。胸にある魔力の石が熱くて痛い。ジュリアスの青い目に青い炎が一瞬燃えて消える……。

「よけいな反撃を試みるゆえそのような目に遭う。魔力の使い方をよう覚えてもおらぬそなたが、余に敵うと思っているのか」

「く……!」

 頬に口づけながらジュリアスは満足そうに笑った。

「余はそなたをたいそう気に入っている。魔力の石をのぞいてもそなたは美しい。そなたほど余の心を奪った女子はいない」

「……貴方などに好かれたくない……きゃあ!」

 内股をさすられて甘いうずきが走り、それが恥ずかしくて万梨亜は逃れようともがいた。しかし、ジュリアスの身体は押しのけられないまま、指に敏感な場所をゆっくりとかき混ぜられる。微妙な力加減にしだいにそこは熱をはらみ、潤み始める……。

「……畑仕事をする王族なんて、いるわけないと思ってたわ」

「だまされておったくせに、ふふ……」

 前日までのことはすべてジュリアスの芝居だったのかもしれない。万梨亜の正体をあぶりだすためにわざと本当の姿を見せたり、傷ついた万梨亜を癒したり、雑用をした事も。

 デュレイスは万梨亜をとても心配していた。王国にとっては、死んでも痛くも痒くもない奴隷の万梨亜が、ジュリアス王子捕獲に狩り出されると決まったときに。万梨亜で試験的に試してから、本格的な捕獲に繰り出す作戦だった。心配したデュレイスは、いざとなったら必ず救いにくると言っていた。

 銀色の髪が波打つ美しいジュリアスの、卑怯な一面を知って万梨亜はどこかほっとしていた。誘拐しようとしていた企みを、ちっとも悪いと思わなくなったからだ。あのテセウスと兄弟なのだから、優しい方がおかしい。

 秘唇のぬかるみに何本も指をいれられ、その痛みに万梨亜は顔を歪めた。

「きついな。信じられぬがまだ乙女か」

「抜いて……痛い……いた……い」

 しかし反対に指は深く差し込まれ、穿たれた。痛みと甘い疼きがわき起こり、再び万梨亜はジュリアスの胸の中で逃れようと暴れた。そんな万梨亜の反撃などなんともないジュリアスが、密やかに息づいている陰裂の蕾を優しく溢れている蜜ごと撫で回し、いやらしい水音が響いて万梨亜は耳を塞ぎたくなった。

「主人に災いをもたらそうとした奴隷です。死が妥当でしょうっ」

「そなたは余の奴隷だ。どうしようが余の勝手だ」

 くやしい、と、万梨亜はジュリアスを睨みつけたが、かえってきたのは艶やかに美しいジュリアスの微笑み。不覚にも見とれてしまい万梨亜は顔を横にした。その首筋に強くジュリアスの唇が吸い付く。甘い衝撃で万梨亜は愉悦の声を上げて彼の愛撫になす術もなくもだえるしかない。

「そうそう一つ言い忘れていた」

「は……何…………をっ」

「魔力の石の力を自由自在に操るには、男の力が必要なのだ」

 いつの間に脱いだのか、ジュリアスの肌が妙にひんやりと万梨亜の肌と重なり、さわやかな匂いがいつもより強く漂ってくる。

「ここに……」

 強く擦られた局部は熱を持ち、粘り気のある蜜を溢れさせて淫らに脈打った。

「男の慾を入れると、魔力の石が自在に扱えるようになる」

「え……?」

「ただし、それを奪った男が、だ」

 腰が蕩けてしまっている万梨亜は、迫りくる危機に気づいても逃れようがなかった。鋭い痛みが股間からわき上がり、硬直した肢体を強く組み伏せられる。ジュリアスが万梨亜の奥に完全に侵入し、熱く己の存在を誇示する。

 美しく微笑みながら、ジュリアスは感に堪えないとばかりに熱い息を零した。

「万梨亜、そなたの中はどの女より熱くて、気持ちがいい……」

「あ……う……抜いて、抜いてください!」

 熱さと痛みに耐えかねて万梨亜は懇願する。だがジュリアスは無視して腰を突き上げ始めた。

 ぐちゅ、ずちゅと、粘膜と蜜のこすれる音がする。痛みだけだったはずの動きに、万梨亜はいつしか甘いうずきを覚えていた。奥と上の方を擦られると、異様な快感が下半身を走り抜ける。

「あん……いやあっ! おかしくな……っ……ああああ!」

「そうか、そんなに気持ちいいのか。初めてだというのにそなたという女は」

 

 おかしそうにジュリアスはくすくす笑う。そして万梨亜の両足を抱え上げてさらに激しく腰を揺する。

「いや……はあん、ううん……あんっ」

「……は…………」

 冷たく感じていたジュリアスの肌が熱い。淫卑な水音と、獣のような二人の吐息だけが部屋を支配している。むず痒い甘い疼きが蜜を纏いながらお互いを行き来し、ひらすらその愉悦を腰で追いかけて、乳房を、腰を、ジュリアスにいいように撫で回されて歓び、すすり泣く。

 ジュリアスの行為は、彼の口付けと強い抱擁で終わりを告げた。同時に万梨亜の中を暴れ回っていたものが膨らみ、欲望を吐き出す。熱いものが花洞の中に満たされていき、その熱で冷静になった万梨亜は絶望に呻いた。

 デュレイスに身体を捧げるつもりだったのに、敵国の王子に奪われてしまった。そのジュリアスは堪能したかのように息をつき、万梨亜にキスを繰り返す。

 やがて、ジュリアスは自分のものを引き抜いた。

 そしてまだ蠢いている万梨亜のそこに指を入れてかき回しながら、ジュリアスが万梨亜の耳元でぞくりとするような声でささやく。

「万梨亜、そなたも魔力の石も完全に余のものになった」

「う……そ」

「そなたの負けだ」

 かき抱かれた万梨亜は、敗北をはっきりと悟って涙を流した。

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