ディフィールの銀の鏡 第05話

「一体どうなってるの、この森は……っ」

 万梨亜はジュリアスの家がある森の中から脱出しようと、夜中に衛兵の目を盗んで家を抜け出して、走り回っていた。ところが行けども行けども、出られない。確かものの数分で、王宮の横の南の川に出られたはずだ。それなのにかなりの時間走っても森を抜けられない。

「迷ったのかしら……」

 森から出て市街地を抜ければ王宮守護の結界が薄れて、ケニオンとの魔法の通信が可能になる。万梨亜は隠し持っていた銀の指輪を右手に握りしめた。指輪には、ジュリアスに壊されてしまった腕輪同様に青い石がはめられている。通信が可能になったら白く光るのだが、家の周りはジュリアスの強い結界のせいで光る事は無い。

 走り過ぎで疲れた万梨亜は、ヨロヨロと座り込んだ。少し休まないともう走れそうも無い。木陰に身を潜めて万梨亜は息をついた。

 恐ろしいジュリアス。彼は自分の家族も国も他国も騙している。

 ケニオンでも、彼は愚図で太った無能な王子と言われていた。そんな彼でも王族というだけで人質の価値があるだろうから、お前の色香でたぶらかして封印の魔力が込められている腕輪に彼を入れて、ケニオンへ連れて戻ってこいというのが万梨亜の任務だった。ケニオンの王は戦争がしたくてたまらない危険な王だ。それをデュレイスは案じていた。

 ケニオンの王にとって、奴隷の万梨亜などゴミくずのようなものだ。だから失敗してもなんとでも言い繕えるこの作戦を万梨亜にさせた。ディフィール側にジュリアス誘拐がばれたとしても、愚かな異世界の娘のやった事だから我々には責任はない……と。ディフィールにとっても、奴隷のしでかしたことで国交問題になるのは国の恥だから表沙汰にはしない、そう見越しての作戦だった。

『もし失敗したらすぐに私を念じろ。助けにいくから!』

 万梨亜にキスを何度も重ねてデュレイスは言った。異世界で戸惑う奴隷の万梨亜を、自分付きの侍女にして守ってくれた。西洋人の顔立ちばかりの異世界で、彼は東洋人のようなとても男らしい端正な顔立ちで、馴染み深い黒目黒髪だった。剣も魔法も強い優しくて温かい人間だった。

「デュレイス様、私を助けて」

「それはありえぬな」

 ジュリアスの涼しげな声が響き、万梨亜はぎょっとして振り向いた。外衣をはおったジュリアスが長い銀の髪を揺らして、いつの間にか背後に立っている。ジュリアスの指先がそっと万梨亜に触れただけで、彼の部屋に万梨亜は戻ってきてしまった。

「愚か者が。余から逃げられると思うのか」

 冷たい冷たい青い瞳を万梨亜に向けて、ジュリアスは寝台に腰を沈めた。そしてしなやかな右の手のひらで指輪を転がし始めた。

「それは……」

 万梨亜が右手にしっかり握っていたはずの指輪を、ジュリアスがいつの間にか持っていた。 

「返してっ」

「デュレイスの魔力が入っている。このようなものはいらぬ」

 ジュリアスはぴんと指輪をはじいた。万梨亜は宙に舞った指輪を取り戻そうとして駆け寄り、ジュリアスに抱きしめられた。指輪は再びジュリアスの手に落ちる。

「返してください! 貴方が持っていたって役に立ちませんっ」

「脱走の手助けをするものは必要ない。さて、いくつの用具を持っているのやら」

 万梨亜の目の前で指輪は腕輪と同じ様に灰にされてしまった。ケニオンから持ってきたのはこの二つだけだ。

 心のよりどころが無くなってしまい、万梨亜はこの先どうしたらいいのか分からなくなった。泣きそうになったが、ジュリアスに泣いている所を見られるのはしゃくだったので、必死に我慢した。

「そのように男をそそらせる顔をするな」

「誘惑なんてしてません! この世界の男なんてデュレイス様以外全員サドだわ! 大嫌いっ」

「……サド? ああ、そなたの世界の言葉だな。確かに当たっているかもしれぬ。余はそなたをいじめるのが楽しい様に思う」

 楽しそうにジュリアスは微笑み、万梨亜の右目の上あたりにキスをした。

「うそつき!」

「うそつきもなにも、賭け事に手の内を全て明かす人間がいるか?」

 万梨亜はジュリアスの腕を振りほどこうと頑張ったが、がっしりと抱きしめられていて不可能だった。畑仕事と掃除と料理で鍛えているのだろうか。

 また寝台に押し倒されてしまい、万梨亜は唯一動く口で抵抗するしかなかった。

「もう嫌です。いくらあの偽りの姿で女性に相手にされないからって……」

 万梨亜の服をするすると脱がせながら、ジュリアスは首を横に振った。

「別に不自由はしてはいなかったな。街中から適当にさらってきては抱いていたが。この美しい姿なら女も大喜びしていた……」

 どうやら本当の姿で女性に言い寄って、適当に遊んでいたらしい。何から何まで万梨亜は騙されていたようだ。

「自分で美しいなんて、ナルシストなのでは! 絶対前の太ったお姿の方がいいですっ」

「醜い余が好きだとは変わった女だ。余計な魔法は力の浪費だからしたくない」

「そうじゃなきゃ嫌ですっ」

「なんとも口の悪い娘だ。そなたもうそつきではないか。しとやかでおとなしい娘だと思っていたのに残念だ」

 万梨亜を裸にすると、ジュリアスも服を脱いで、またさっきと同じように万梨亜を愛撫し始めた。

 

「残念なら私をケニオンに戻し……、あ、は……」

 ぬらりと首筋を舐められ、生暖かい舌の感触で万梨亜の身体はびくんと跳ねた。

「さっき言ったであろうが。ケニオンには戻さぬと」

「あ、んん……ああん、や!」

「そなたは胸が感じるのだな。これは仕込みがいがあるな」

 力まかせに乳房をぎゅうぎゅう揉まれて、万梨亜は言葉にならない声を上げた。王子のくせに下世話な事をジュリアスは言う。

「……殺しなさいよ、奴隷が王族をさらおうとした……、ああ!」

「死ぬのが怖いくせに何を言っているのか。そうだな、普通は処刑ものであろう。だが何度も言うが、魔力の石を持つ女を殺して利益はなかろうな」

 ジュリアスは冷たく笑った。万梨亜はその笑顔が酷薄に見えて恐ろしくてたまらなかった。だけど彼の視線も手も身体も万梨亜に絡み付いていて、逃げる事も隠れる事もできない。

「痛っ!」

 まだ十分に濡れていない恥ずかしいところに、ジュリアスは強引に自分のものを押し入れてきた。濡れていない上に今日純潔を奪われたばかりだった為、傷跡が染み入るように痛んで涙が溢れた。

「や……だ! 貴方なんか大嫌い!」

「そうか、余は好きだがな」

「好かれたくなどありませんっ!」

 ジュリアスは万梨亜の腰を抱えて起き上がらせると、凶暴に腰を揺すった。新たな痛みが生まれて万梨亜は叫んだが、ジュリアスは一向に容赦してくれない。

「いたい……。やめて、……いや、あ、……は……」

「痛くされたくなかったら、逃げようとは思わぬ事だ」

 耳元でジュリアスは低い声で言い、そのまま唇を首筋に滑らせて歯を立てて強く吸った。同時に肉の芽をこすられて、痛みと疼きが身体中を駆け巡った。

「ああ……っ……デュレ……」

「勇気がある女子だ、余に抱かれている間に他の男の名を呼ぶとは。……ああ、あのデュレイスは必死でお前を助けようとしているようだぞ」

 くすくす笑いながらジュリアスは万梨亜を揺さぶって楽しんでいる。万梨亜は恥ずかしいところに出入りするものと、ジュリアスの指が撫でる肉の芽の疼きで、次第に悦楽の虜になっていっていた。感じたくないのに万梨亜のそこは、ぬらぬらとよだれを垂らして彼を受け入れる。

「だが残念ながら、国王も重臣もたかが奴隷に兵は動かさぬようだ。それどころかデュレイスに妃を押し付けた。ケニオンの有力貴族の娘……、名前は……ヘレネー。ほお、デュレイスやそなたと同じ、黒目黒髪の中々の美人だぞ」

 

 ジュリアスは適当な事を言ってからかっている、と、万梨亜は思った。

「うそだわ……」

「うそではない。お前の持っていた指輪を通して真実が見える」

 灰になったはずのあの指輪を、ジュリアスは万梨亜の指にするりと填めた。灰になったと思ったのは幻だったのだろうか。

「信じない!」

「見せてやる……目を閉じよ」

 泣きながら睨みつける万梨亜を、ジュリアスは再び押し倒した。そして万梨亜の額に自分の額を静かに押し当てた。

万梨亜の脳裏に、デュレイスと美しい少女がきらびやかに祝福されている風景が映し出された。暫く経つと場面は切り替わり、デュレイスがその少女と裸で絡み合う姿も……。

 やがてそれは消え、目を閉じているジュリアスの顔に戻った。信じたくないのに、万梨亜の中の何かがそれは事実だと言う。胸の奥が痛くて張り裂けそうになった。銀色の睫毛に縁取られた青い瞳が、ゆっくりと見開かれていく。

 

「これは事実で幻影ではない。指輪にこめられたデュレイスの魔力が、彼の状況を映し出しているのだ。これの魔力ももうほとんど尽きているゆえ明日は出来まいが」

「……信じ……ない。うそつきの……貴方の言う、こと、なんか!」

 言葉は勇ましいが、万梨亜の声は涙でしゃがれていた。顔はもう涙でぐちゃぐちゃで、そうとうひどい顔になっている。

 顔は汚れ、身体中舐め回されてベタベタだ。繋がっているところは万梨亜が出した蜜でベチャベチャになっている。万梨亜は汚くなった。身体は喜んでジュリアスを受け入れている。彼の愛撫に身体は喜び、彼の生み出す愉悦に震えていやらしい声が口から飛び出してしまう。

「はああっ、ああああ!」

「ふふ、そなたのここは余を喰い締めて離さぬぞ……」

 万梨亜は今ほどもとの世界に戻りたいと思った事は無かった。異世界に来てから辛い事ばかりだ。元の世界も辛い事の方が多かった。でも、それでも、マリアが居たから前向きに生きていられた。いつも側で助けてくれるマリアが居たから……。

 だが、王太子妃のマリアは万梨亜を冷たく拒絶した……。

(……どうしたらいいの、これから)

 万梨亜は不安で押しつぶされそうになった。未来が何一つ見えてこない。

 ジュリアスが熱い息を吐きながら万梨亜の肩に顔を埋め、妙に粘ついたような声で言った。

「……そなたは……余の妃になるのだ」

「嫌……!」

 好きでもないのにそんなの嫌だ。万梨亜は確かに奴隷だが、この世界の人間ではないのだから。望んで来たのは確かだが奴隷になりたかったわけではない。万梨亜は離して欲しくて、のしかかるジュリアスの身体をつっぱねたが、ジュリアスは意に介した風も無く、万梨亜を貫き続ける。

 わかってはいるのだ。この世界に居る限り自分は奴隷で、選択肢など無いと言う事は。それでも言わずにはいられない。

 絶頂に押し上げられる寸前に、かすんだ目で万梨亜はジュリアスの顔を見た。

 傲慢で、美しくて、甘い魅力的な微笑みを彼は浮かべていた……。

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