ディフィールの銀の鏡 第11話
万梨亜はジュリアスの衣装の刺繍をしていた。ケニオンでもヘレネーに寝る時間を奪われて、彼女の衣装の縫製や刺繍をさせられていた。あの衣装達はどうなったのだろうか。そのまま捨てられていたら悲しい事だ。
「たいしたもんですね~お妃様」
「ニケ」
人間になっているニケが、目をきらきらさせて万梨亜の刺繍を覗き込んだ。彼はとても人なつこくてくすぐったい感じがする。
「万梨亜でいいわ……。それにこんなの誰にでも出来るわ」
「ええ? 俺出来ませんよ」
「男性だから必要ないわね。でも必要になったら出来ると思うわ」
ニケはぶるぶると首を横に振った。
「いや、絶対にこんなに綺麗にできませんよ! つーか、刺繍専門に商売できる腕前ですよ」
「いいのよ、そんなふうに無理に褒めなくても」
「俺お世辞はいいませんから」
俯いた万梨亜の頬にニケがキスをしてきて、びっくりした万梨亜は刺繍の枠を落としてしまった。大笑いしたニケだったが万梨亜の後ろでぎゃっと言った。
「そなたはあれほど言ったのに、また余の万梨亜に気安く口づけしおって……!」
いつの間にか万梨亜の部屋に入っていたジュリアスが、目に青い炎を宿らせていた。この炎が宿った時何らかの魔力が飛び出す時だ。無駄な魔力は使わないと言いながら、こういう事には簡単に使ってしまうのはどういう事だと、万梨亜は思いながらニケを庇った。
「王子、ニケは私の刺繍を褒めてくれただけです」
「それは感心するが口づけはいただけぬ。しても良いのは余だけだ」
抱き上げられた万梨亜は、ニケにキスされた所に口付けられた。それは間接キスになるのではと言おうと思ったが、さらに話がややこしくなりそうなので万梨亜は黙っていた。何度かキスして満足したのか、ジュリアスは万梨亜を抱きしめたまま椅子に腰をおろしてしまい、万梨亜はニケが見ている前での膝の上のだっこ状態が恥ずかしくて、ジュリアスに苦情を言った。
「あの、王子……降ろしていただけますか?」
「妃を抱いて何が悪い」
「でもニケが……」
「こいつが出て行けば良いのだ。だいたいニケは馬でなかったか?」
ニケは腰に手を当ててぶーたれた。
「俺は魔族です。半分はこの姿ですから」
「ふん、ずっとここでは馬でいればよいのだ」
「魔族とは……、ニケは魔界の人間なのですか?」
万梨亜の問いに、ジュリアスとニケはうなずいた。
この異世界は、人間界と魔界、天上界の三つで成り立っている。人間界とは言わずと知れた、万梨亜達人間が住んでいる世界だ。
魔界は龍や悪魔、妖精など人ならざる者達が住んでいる。魔王という存在があり、悪い事ばかりしている魔族だが、魔王の前では借りて来た猫のように大人しくなるのだそうだ。とはいえ魔族は人間界にしょっちゅう現れては悪い事をする困った存在だ。中には人を捕食したりする魔族も居るので、人間達とは仲が悪い。
そして天上界は神々の世界だ。元の世界では空想の産物だが、この世界の神々は非常に身近な存在でその存在感は比べ物にならない。
万梨亜は当然ながら神々と会った事はない。召還で出てくるのは神々の身体の一部分の髪の先程が変化した姿で、神の分身だ。全身で神々が姿を現すのは尊い魂の人間の前だけなのだ。例えば熟練の魔術師や尊い存在の神官の前にのみ、神々はその姿を現す。
ニケは万梨亜が初めて会う魔族だった。しかも悪い事をしない魔族で、万梨亜に悪い事どころか良い事を沢山してくれる気さくな人(馬)だ。
「王子は魔族と交流があるのですか?」
「こちらははた迷惑なだけなのだが向こうから姿を現してくる。こやつは以前余の畑を荒らしたから捕まえて退治したのだ。罪を許す代わりに馬になってもらっている」
「ジュリアス様は神々にも愛されてますからねえ、強かったのなんの参りました」
ニケが軽い口調で言い、ジュリアスが睨んだ。
「王子は神々ともお会いになれるのですか? 凄いですね」
万梨亜が感嘆したように言うと、ジュリアスは首を横に振った。
「何も凄い事ではない。余は普通が良い」
銀色の睫毛をジュリアスは辛そうに伏せた。よく見るとジュリアスの髪の色は青銀だ。それがともするととても彼を冷たく見せると万梨亜は思う。ああそうか、だから太ったジュリアスに惹かれたのだと万梨亜は気づいた。あの体形はジュリアスの美しさが無い分、ひどく彼をやさしく見せていた。
「それよりもそれはもう完成だな。着てみたい」
「そうですね、どうぞ」
万梨亜は刺繍枠をはずして衣装をジュリアスに手渡した。白い布地に王族のみが使用できる青紫の複雑な紋様が刺繍されているその衣装は、ジュリアスにとてもよく似合っていた。ジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。
「そなたは刺繍がとても上手だな。おまけにそなたの魔力まで刺されている。衣服の鎧と言ったところか」
「魔力など刺せませんよ」
「その気が無くても、相手を思いながら刺した物には魔力が宿る。そういうものだ。うれしく思う、万梨亜がこんなに余の事を思ってくれているとは、ふふふ」
確かに万梨亜はジュリアスの事を考えながら、ひと針ひと針刺していた。だけど得意げなジュリアスが憎らしくて、こんな事を言ってしまった。
「では明日はニケの物を縫ってあげましょう。魔力の石の力が彼を護ってくれるでしょうから」
「そなたは余の衣服だけ縫っておれば良いのだ。何を言うやら」
「だって彼は私の刺繍を褒めてくれましたから」
「余だって褒めているぞ」
「どうも王子のは本心からに思えません。何か企んでいらっしゃるようで……」
ジュリアスが青い目でじっと万梨亜を見た。想いが込められた深いまなざしに万梨亜は動けなくなる。
「……万梨亜。そなたの心を奪うにはどうしたら良いのであろうな」
期待させないで欲しい。万梨亜はお辞儀をして逃げ出すように部屋を出た。そのまま二階の書斎に入ってドアを背中で閉める。ずるずると座り込んだ万梨亜の頬には涙が流れていた。
「もう、やだ」
好きになりたくないのに、どうしてジュリアスは自分を喜ばせるのか。どうして自分を動揺させる言葉ばかり口にするのだろう。奴隷であった自分を無理やり犯したジュリアスは元の世界の基準では犯罪者になるが、この世界では最高の待遇を万梨亜に与えている事になる。主人に抱かれる事は奴隷には最大の栄誉で、しかも相手が王族で正妻に迎えると言う。何もかも破格の待遇といえる。
左指には無理に填められた銀の指輪が鈍く光った。
うれしいと思う自分がいて、一方でとんでもないという自分が居て、万梨亜はいつも混乱してしまう。虐げられ続けた日々は万梨亜を素直にさせてはくれない。つい最近のデュレイスの事が一番尾を引いているのだ。
「どっちを選んでも、私はきっと納得できない……」
天井から釣り下がっているランプの光は、万梨亜の心には届きそうもない。
椅子に座り、ジュリアスはニケに思いを吐露した。
「万梨亜は失われた時の事を考えて心を制御している。深く愛する程失われた時の失望は大きい。可哀想に……、今までいかほどの愛する物を奪われ続けて来たのであろうな」
袖の刺繍を愛おしげにジュリアスは触る。ニケはうーんと考えたようだが、魔族の彼には人間の想いは計りかねる物らしい。
「人に嫌われたくなくて、万梨亜はいつも相手の事ばかり考えて己を殺している」
「そうですかねえ? ジュリアス様には好き勝手言ってませんか?」
「まだまだ駄目だ。それにあれは嫌われようとしている」
「変な女ですね。愛されてるんならどんと構えればいいのに。俺だったら独占しますが」
「それをすべて奪われたのだから、独占は罪だと思うのであろうよ。
机に手の甲で頬杖をついていたジュリアスの双眸が、ふと剣呑に光った。
「……近いうちに嵐が来る。万梨亜を中心に世界は回る。魔力の石を持つ乙女は数少ないが幾人も居る。だが、万梨亜の魔力の石の強さとは比較にならぬ。誰もが彼女を欲しがる……、なんとかしたいが余は未だ心を奪えない。情けない事だ」
「なんだってあんな心弱い人に、そんな強力な石が入っちゃったんでしょうね?」
肩に降り掛かった銀の髪を、ジュリアスは優美に振り払った。
「あれは本来の万梨亜ではない。本当の万梨亜は誰よりも強い。それをひきだすのが余の仕事だ」
「ジュリアス様の言い様を伺っておりますと、魔力の石の為に愛しているのかと思ってしまうんですが」
「そう思いたくばそう思え」
面倒くさそうにジュリアスは言うと、万梨亜の刺繍した服を脱いで丁寧にたたみ、粗末な夜着に着替えた。
一方ケニオンでは、豪華な寝台でデュレイスがヘレネーを相手に想いを発散させていた。ヘレネーはデュレイスの愛撫に嬌声をあげている。
「あん……は……ああ……っ!」
だがその愛撫の激しさの割には、デュレイスは何も言わずに顔色も晴れない。考えているのは万梨亜の事……。
(万梨亜! 万梨亜が欲しい。何故あのジュリアスの妻になったのだ。この私を愛していると言っていたのに。あんなにも私を求めていたのに)
せっかく取り戻したのに、デュレイスは万梨亜を抱く暇もないまま戦争に行かされた。男奴隷と逃亡したかと思えばジュリアスと共に現われ、再びディフィールへ連れ去られてしまった。デュレイスは気が狂いそうになる程、万梨亜を強く求めていた。魔力の石も欲しいが、それ以上に儚げで繊細な心を持った、あの美しい女が欲しいのだ。
その激情は全てヘレネーに伝わっていた。ヘレネーは内心かなり面白くない。絶世の美女の自分を差し置いて、奴隷の万梨亜に夫の心は奪われているのだから。
デュレイスが欲望を吐き出した後、ヘレネーは一つの策を思いついた。その滑らかな肌をデュレイスの腕に巻き付けながら、粘つく声で言った。
「デュレイス様、どうしてもあの万梨亜がご希望なのですか?」
「ああ」
この異世界では権力のある男は幾人もの妻を持つ。だからデュレイスにも幾人も側妃が居た。貞操観念は無いに等しく、妻の前で平気で他の女の話をする。
「一番愛しているのはヘレネーだけだ。だが今は万梨亜が欲しい……。魔力の石がもっと欲しいのだ」
本当は万梨亜を一番愛しているが、ヘレネーの実家の権力と彼女の立場と魔力を重んじるデュレイスに、ヘレネーの虚栄心は満たされ妖しく微笑んだ。
「では、ディフィールに圧力をかければよろしいのです」
「あのジュリアスが居る限り駄目だ」
「ほほ、あのような男どうとでもできます。私にお任せください」
自信満々に言うヘレネーに、デュレイスはぎらつく視線を投げた。
「万梨亜が私の物になると言うのか?」
「はい、デュレイス様は近いうちにこのケニオンの王になるお方。そしてわらわはその妃。貴方の為なら不可能はございません。どうぞお任せを」
「しくじったら許さぬぞ」
「疑い深い事。大丈夫です」
ヘレネーの目が、妖しい赤に輝く。その言葉に満足したデュレイスは、再びヘレネーを組み伏せてその身体をむさぼり始めたのだった。
「……痛い……」
万梨亜は胸の石の切ない程のうずきに耐えていた。熱くて熱くて寝台に入っても眠れそうにも無い。夜はとっくに更けているのに、このままでは眠れないまま朝が来てしまう。
「なんなの? なんでこんなに……どうしたら治まるの」
それはジュリアスに抱かれている時の甘いうずきと同じだった。勝手に恥ずかしい所が潤み出し、熱く、蜜を溢れさせていく。猛烈なのどの渇きを潤そうとして、万梨亜は寝台から起き上がった。目の前のテーブルに水がたっぷり入った水差しが置かれている。その時内股につうっと蜜が流れていき、秘唇がいやらしくうごめいていた。
「や……あぁ」
足を動かそうとするとその部分がこすれて、むず痒いしびれが腰を立たなくさせる。
「水が欲しいか」
万梨亜が顔をゆっくりとあげると、月明かりに美しいジュリアスが、コップに水を入れて自分を見下ろしていた。水が欲しい万梨亜は無言で頷く。ジュリアスは万梨亜を寝台に再び横たえさせると、万梨亜に覆いかぶさり口づけた。彼の口腔内から水が流れ込んで来て、万梨亜はそれを夢中で飲みほした。
「は、んむ……」
そのままジュリアスは深い口づけに変えていく。万梨亜は身体が更に熱くなってうめいた。
「私……おかしいんです。なんだか……」
「魔力の石が男を求めているだけの話だ。余が抱けば治まる」
「そんな……ああ……」
でもそれは事実で、ジュリアスが乳房を押し上げるように揉み、片方を強く吸い始めると石の熱さが治まってきた。だけどあの恥ずかしい所はますます熱く潤んで、わけのわからない快感をジュリアスの指でかき立てられていく。
「ああ……あ! 王子」
「芽がこんなに固くなっているぞ。ここの締め付けもひどいものだ」
ぬらついている蜜で芽をこすられながら、秘唇に指を何本も入れられて、たまらない愉悦にどうにかなりそうな自分が怖い。いつもジュリアスは万梨亜をはしたなくさせて楽しんでいる。そのうちジュリアスはその部分に顔を埋めて舐め出した。……下から上へ……、時には固くふくらみきった芽をしつこいくらい舐める。舌先の温かな刺激は、電流のように万梨亜の下半身を鈍く蕩けさせていく。
「いや、いや……、変になるっ……何か……ああ」
万梨亜はいつしかジュリアスの長い銀の髪を両手で掴んでいた。夜着の前ははだけられて、もう衣服としての役目を果たしていない。大きく開かれた足の付け根にジュリアスの頭が見える。
「あああ……っ……お願い……王子!」
秘唇に指を出し入れされながら、芽を強く吸われ、段違いの熱さと疼きに包まれて万梨亜は達してしまった。
「は……あ……はあ……」
涙を流す万梨亜を見下ろして、ジュリアスはようやく万梨亜のそこから顔を上げると、今度は自分の服を脱いで全裸になった。そして熱く固く猛るそれを万梨亜の中に埋め込んでいく。
「熱い……固い……ああ」
「そうだ……そのまま余に身体をまかせていればいい」
いつの間にか胸の石はもう熱くなくなっていた。熱いのはジュリアスと繋がっているその部分で、入れては抜かれ蜜をかき出されて、さらに万梨亜は高みに昇っていく。昇らされていく。
「愛している……万梨亜。……余にはそなただけだ」
「う……そ」
「そなたがどう思って……いようと……、愛して……る……」
ぐちゃぐちゃとジュリアスが腰を動かすたびに音がする。黒と銀の茂みが万梨亜の蜜で濡れてしまって恥ずかしいのに、今の万梨亜はもっと奥をついて欲しくて、ジュリアスの背中に爪を立てながら腰を動かしてしまう。
「く……はあ……んんっ、あああっ……王子っ」
「愛してる……は……」
劣情にまみれているジュリアスが、万梨亜の熱に負けまいとさらに腰を動かしてきて、万梨亜は声をさらにあげる。
「あああっ王子っ……なんで……もう……」
ジュリアスの物が、さらに太く大きくなった。
「万梨亜……っ」
しなやかなジュリアスの肉体に抱きしめられた。同時に万梨亜の中でジュリアスがはじけて白い液体を吐き出し、彼の熱が万梨亜の最奥まで流れ込んできた。万梨亜の中はそのジュリアスをびくびくと締め付けてまだ離さない。甘いむず痒さは続いていて万梨亜はジュリアスの胸の中で呻いた。
気がつくとジュリアスがやさしい目でじっと見ていた、月明かりのジュリアスは陽のもとに居る時よりもずっと美しく感じる。
「万梨亜、そなたは知らないのだな……。自分がいかに美しいかを」
「美しいのは……王子で……す」
再びジュリアスに唇を重ねられ、万梨亜は何も言えないまま再び甘い夢を見る事になった。