ディフィールの銀の鏡 第32話

 大島玲ことデュレイスは、例の和室でヘレネーと話をしていた。離れにあるこの部屋はしんとしていて暗い。灯りは点いておらず、月明かりだけが障子越しに二人を包んでいた。

 薄い夜着を羽織っただけのヘレネーを、膝に乗せて壁にもたれているデュレイスの尊大そうな態度は、大島玲のものではなく一国の王のものだった。

「折角万梨亜をデュレイス様に捧げましたものを……」

「あの旦那様とやらの正体を彼女の目の前で暴いたら、なんとかなると思っていたんだが。何故ジュリアスの記憶が戻ってしまったのだ!」

 怒りを発散するような感じで、デュレイスがヘレネーの胸を握った。ヘレネーは小さく声をあげてデュレイスの胸に顔を埋める。

「……申し訳ございません」

「せっかく万梨亜をわが王宮に置けたというのに、あの王子はいつも邪魔をする」

 デュレイスは自分が可愛がっていた万梨亜がヘレネーだった事に、未だに気づいていない。ヘレネーはジュリアスに返り討ちに遭うまで万梨亜として王宮にいたのだが、ディフィールでジュリアスと戦って魔力が尽きた時に、ジュリアスにまた万梨亜が攫われたと説明したのだった。

「あの王子が作り出した万梨亜の心の世界に入り込めば、必ずデュレイス様になびくと思ったのですが」

 くっくっくとデュレイスは笑った。

「やはりジュリアス王子を消さねばなんともなるまい。ヘレネー、そうは思わぬか?」

「思いますが……」

 ヘレネーの表情は珍しく固い。先ほど圧倒的なジュリアスの魔力を見せ付けられ、この世界では彼には敵わないと思っているのだ。また彼の背後には主神であるテイロンがいる。だがそんな事で諦める彼女ではない。ヘレネーは赤い炎を目に宿らせながら、デュレイスのはだけた胸に口づけた。

(この世界やディフィールから引きずり出せば、わらわにも勝機はあるはず) 

「ひとまずデュレイス様はケニオンへお戻りくださいませ。ディフィールや近隣諸国に最近不穏な動きがございます。いつまでも本体のデュレイス様が臥せっておいでだと、何が起こるや知れませぬ」

「そうか仕方ないな……」

 デュレイスは、黄金の短剣を近くの棚の引き出しから出した。ケニオンで作られたそれは、この異次元とケニオンを繋ぐものだった。

「決着の場はこの私が作ります。できる限りこの世界で種を蒔きますゆえご心配なく」

「種?」

 訝しむデュレイスに、ヘレネーは悠然と微笑んだ。

「この世界は、万梨亜の心と繋がっております。あの父親代わりの男とマリアは使えます」

「本当はそなたを許嫁として万梨亜に紹介し、彼女の心に揺さぶりをかけたかったのだが。万梨亜は私の事を恐れるばかりで愛してはくれなかった」

「仕方ありませぬ。今の万梨亜はディフィールやケニオンでの記憶は一切無いのです。ですがこちらの記憶は残ります。それが種となって、万梨亜がディフィールに戻った時、デュレイス様をこの世界で拒否した事を思い悩む日が必ず来ます。ケニオンへ初めて彼女が来た時、お二人は愛し合われたのでしょう?」

「成程……」

 デュレイスは納得して微笑み、ヘレネーを掻き抱いた。万梨亜でないのが残念だが、血の高ぶりを抑えてくれるのは当面はこの女だけだ……。ヘレネーは薄く笑いながらデュレイスに唇を重ね、デュレイスが着ている服を脱がせていった。

 健三がいない部屋で、万梨亜は手早く荷物をまとめていた。

 昨日の夜、健三に襲われて気を失ってしまった万梨亜は、気がついたらジュリオの部屋に居た。ジュリオが言うには、万梨亜が中々部屋に来ないから不審に思ってこの部屋に迎えに来た時に、万梨亜に襲い掛かっている健三を発見したのだそうだ。健三はジュリオの姿を目に入れた途端、万梨亜を突き放して外へ逃げていったという。

「荷物はこれだけか?」

「はい」

 ジュリオが少なすぎる万梨亜の荷物を持った。このまま万梨亜はジュリオの部屋に行く事になっている。アパートに戻ってもいいのだが、そうするとまた健三が来るかもしれない、最悪、大島が来るかもしれないという事でジュリオが承知しなかった。

「何か置手紙でもしたほうがいい気がするんですけど……」

「必要ない。あんな邪な男にそんな情け見せたらつけあがってくるぞ。いままでやってくれた事だって、あんたをものにしたいって下心があったからだろう? やさしい父親代わりに見せかけて、なんて男だ」

 万梨亜にはどうしてもそうは思えなかった。健三は昨日はともかく、いままでずっと父親のような愛情で万梨亜を助けてくれた。母を愛人にしていたのは本当かもしれないが、万梨亜を性の対象に見ていたというのはどうしても信じがたい。

 あの時健三の背後に黒い男が見えた。あれは幻ではなく現実だ。ひょっとするとあの男が健三をあのように導いたのではないだろうか。薄気味が悪い黒い男は、ひたすら万梨亜を不幸に導こうとしているようだ、そして魔界とやらに引き込もうと躍起になっている。人を狂気に陥れる者が居る世界になど行きたくない、万梨亜は次にいつ黒い男が現われるのかと怯えていた。どうしたら付きまとわれなくなるのだろう。

 万梨亜は部屋を出てドアに鍵をかけ、それをドアポストに落とした。そしてそのままふたりで階下のジュリオの部屋に向かった。

(駄目だわ。びくびくしていたって仕方ないもの! ともかく川崎の家に行こう。そうすれば何か詳しい事がわかるかもしれないわ)

 エレベーターに乗っても考え込んでいる万梨亜に、ジュリオが言った。

「一人で川崎健三の屋敷に行って、詳しい事を聞き出そうとかしないでね」

 心の内を当てられた万梨亜は、ぎょっとしてジュリオを見上げた。青い目はとても冷ややかで、形の良い唇が苦笑を浮かべる。

「やっぱり考えてたんだ。馬鹿な事を」

 ジュリオの部屋の階にエレベーターが止まり、万梨亜は引っ張り出された。ジュリオは片手に万梨亜の荷物の入ったバッグ、もう片手で万梨亜の左手を引っ張っている。彼女と手を繋いで仲良く歩くなんていう優しい引っ張り方ではなく、まるで囚人が逃げないように強く警戒しているような感じだった。

 ガチャっと音を立てて、ジュリオは自分の部屋の鍵を開けた。靴を脱いだ万梨亜は、見覚えのあるリビングの奥の部屋へ連れて行かれた。ジュリオが記憶を失う日の前まで住んでいた所だ。万梨亜は冷たい表情のジュリオを見上げた。

「でも聞かなければ納得いきません。私、いままで何も知らされていなかったんです。母にいつも私は辛く当たられていましたけど、当たり前です。だって私のせいだったんですもの。マリアだって……」

「何も知らずにぬくぬくと健三に助けられていたから、辛く当たられて当然と思い込んでいるようだが、事実は逆だ。マリアとやらにいいストレス解消材にされて、母親には上手くいかない人生のストレスのはけ口にされてたんだ」

「……私……そんな……」

「戸田さんは何も悪くない、それより……」

 ジュリオはバッグを下ろし、部屋の奥に置いてあった段ボール箱を持ってきた。

「これ、戸田さんのだよね?」

 忘れもしない、ジュリオがくれたものだ。ジュリオがこれを覚えているという事は……。万梨亜は一つの事実に思い当たってジュリオをじっと見つめた。恥ずかしそうにジュリオは笑って段ボール箱を降ろし、万梨亜を静かに抱き寄せた。

「ごめん昨日思い出した。僕が万梨亜を会社に誘ったんだ」

”万梨亜”。呼び捨てにするのは、ジュリオが万梨亜を思い出した証拠だった。昨日までの軽々しい雰囲気が消えたのは、記憶が戻ったからだ。 

「フォンダートさん……」

「僕は万梨亜が好きだったんだ。記憶を失ってから冷たくしたけど、それでも結局僕は万梨亜が好きになった」

「フォンダ……」

「ジュリオだよ。昨日、あんなに僕を呼んだのを忘れたのか?」

「それは」

 ジュリオが記憶を戻した事はとてもうれしい。彼が自分を好きだと言ってくれるのはとてもうれしい。だが自分には彼はもったいない、彼にはもっとふさわしい女性が居る気がする。

 万梨亜は両腕を突っ張った。

「駄目です。私は……誰も好きになりません」

「嘘だ。万梨亜は僕が好きなはずだ」

 再び引き寄せられ、万梨亜はその温かなジュリオの胸に酔いそうになる。でも駄目だ、好きになったらジュリオの迷惑になる。カワサキハウスでは相変わらず万梨亜は嫌われている。そんな自分に好意を寄せてはいけない。

 この人も自分を好きでいてくれる。それで満足するべきではないだろうか。

「人間として、会社の上司としては好きです……」

「瑛や悠馬のように好きだというの?」

「それは……」

 言いよどんだ万梨亜はジュリオに抱き上げられ、隅にある寝台に降ろされた。仰向けの万梨亜に見えるのはジュリオと白い天井。まだ昼なので明るい光が差し込むカーテン……。

「会社の上司にこんなふうにされても逃げないのは、変だね」

 骨ばったジュリオの手のひらが万梨亜の胸に伸びた。布地越しに熱が伝わってきて、万梨亜は身体を震わせながら再び両手を突き出した。

「お、驚いて動けなくなっただけですっ」

「……顔を赤くして、誘ってるとしか思えないよ」

「そうやって他の女の人をくどいているんですよね?」

 万梨亜が言うと、ジュリオは胸のポケットから見慣れない携帯電話を出した。

「付き合っていた女とは別れ話をきちんとつけた。女の名前は全て消した」

「なんでそんな……あ!」

 携帯を床に落としたジュリオの手が服の中に入ってきて、万梨亜の背中をゆるゆると撫でた。

「なんでって決まってるだろ。万梨亜が好きだから他の女はいらない」

「……そんなの……信じ……られ」

「いまから信じさせるよ」

 ジュリオの柔らかな唇が口の端に触れただけで、万梨亜は情けないほど感じてしまった。そんな万梨亜に微笑みながらジュリオは唇を重ね、たちまち口腔内に舌を侵入した。

「ふ……ん……んっ」

 服が脱がされていくのを止められない。万梨亜はジュリオは嫌いではない、だから彼を止める手にも力が入らないのだ。止めないといけない、止めないと……。

「嫌なら昨日みたいに助けを呼んだら良いんだ。そうしたら止めて上げる」

「そんな……やっ……です。ああ!」

 ジュリオの手が万梨亜の両足を割って、その一番奥深い秘所を撫でた。強引なのに妙に繊細な手つきで、蕩けそうになった。

「ほら、もっと嫌がらないと止まらないよ」

「……んな、ん……」

「仕方ないよね万梨亜は。いつも素直じゃない……」

 ジュリオが笑いながら言うと、唇をやわらかな舌で舐めた。触れるか触れないかのじれったい指が下着越しに熱を注ぎ、万梨亜は首を振ったが、ジュリオの手は嬲るのを止めない。

「フォンダートさ……っ」

「だからジュリオだって、名前呼ばなきゃ止めてあげない」

「ジュリオさ……っ、あ、ああっ……お願い……!」

「直接触って欲しいの?」

「ちが……ああ……っ、んんー」

 指がショーツの脇から侵入し、固くなっている芽を擦りたてる。熱くぬかるみつつあるそこは、望んでもいないのにジュリオの指を濡らして吸い付いた。ジュリオは花びらや芽を触るだけで、奥の欲望に満ちている部分には触れて来ない。

「あああ、や……んんん……は……あ……」

「いい声出すね。気持ちいい?」

「違います……。私……気持ちよくなんか……ああああっ」

 意地を張る万梨亜の芽を、ジュリオの指がぎゅっとつぶした。痛みと耐え難い快感が同時に熱を起こし、万梨亜は唇を細かく震わせてジュリオの首にしがみ付いた。

「やあああ……あ……」

「可愛い、こんなに濡らして……」

 ジュリオが満足そうに万梨亜の首に吸い付いた。身体中が性感帯になったようで、万梨亜はその刺激をなんとか逃そうと身体をくねらせる。秘所を嬲るジュリオの指は次第に動きが早くなり、万梨亜を高みへ押し上げて真っ白な世界へ追い立てていく。

「駄目……駄目! ジュリオさ……お願いっ」

 ジュリオは万梨亜の懇願を無視して万梨亜の服をせわしなく脱がせると、むき出しになった鎖骨から乳房へむさぼるように唇を這わせた。ジュリオの唾液で濡れて、万梨亜の身体は官能の炎で熱くなっていく。

(……また、胸……が)

 また胸が熱くなる。青い光がまた万梨亜から生まれているのに、ジュリオは何の違和感も感じないのか、そのまま秘所を嬲っていない方の手で、乳房を押し上げるように揉みしだきはじめた。

「あは……はう……あああ……ああっ……!」

「僕が抱いた女を消して欲しい。そして万梨亜の身体についた他の男を消したい……。健三や大島の……」

 一瞬身体を固くした万梨亜にジュリオは青い炎を一瞬目に宿らせて、万梨亜に激しいキスをした。

「うむ……ふぅ……ふ……」

 ついに秘唇に指が滑り込んできて、穿った。そして入っていない指が、肉の芽を小刻みに押しつぶす。じゅくじゅくと卑猥な音と共に下半身に淫らな熱く疼いているのに、万梨亜はその熱を開放できない。唇はジュリオの唇で塞がれたまま舌が絡みついている……。

 万梨亜はジュリオの愛撫の激しさで、慎みも何もかもめちゃくちゃにされていく。 

「んん……っ………………ーっ!!」

 青い光も、ジュリオも、一瞬何も見えなくなった……。

 はらはらと銀色の髪が広がった。ジュリオなのにジュリオではない……。万梨亜は熱に浮かされた目でその銀糸を震える手で触った。ジュリオは困ったように笑い、万梨亜の手に指を絡めて口付けて舐める。

「……万梨亜の魔力が強すぎて、変身が解けてしまった」

 大島が言っていた。ジュリオの正体はジュリアスという王子だと。万梨亜を無理矢理奪って后にしたのだと……。

 万梨亜は目を閉じて、心の奥底からこみ上げてくる熱い感情に堪えた。

(それでも、私はおそらくこの人が好きだったはずだわ)

「確かにジュリオはジュリアスである余だ。だが特に思い出さなくとも良い。名や境遇などさほどの違いは無い。余は余でそなたはそなた。互いを求めるのになんの遠慮があろうか」

 ジュリアスが万梨亜の中に己のものを埋め込んだ。

「あぁ……!」

 万梨亜の内部を複雑に擦る、熱く火照るモノの快感に耐えかねて、万梨亜は散らばる銀の髪ごとジュリアスにしがみ付き、身体を仰け反らせた。ジュリオはそんな万梨亜を怖い目で見下ろしている。

「他の男など、生涯許さぬ……」

 抱きしめられて突き上げられ胸は青い光を宿らせたまま、万梨亜はジュリアスを身体全体で受け止める。奥深くまで万梨亜を穿つモノが先ほどよりも高い所へ万梨亜を導いた。

「ああン……はぁ……んんんっ……いや……も……!」

「そんなに奥深くまでくわえ込みながら、それでも余を拒もうというのか?」

 その言葉に万梨亜は羞恥で身体を赤くしたが、万梨亜の花洞はぎゅうぎゅうとジュリアスを締め付けて離さない。ジュリアスは意地悪気に微笑み、ズッと自分のモノを抜いた。

「あ…………」

 熱と擦れる快感が遠のいていくと目を開いた瞬間、ズンっと思い切り深く突かれた。

「あああああぁ!」

 抱き起こされた万梨亜はジュリアスの身体に必死にしがみ付き、甘いむず痒さを耐える事以外何も考えられなくなった。自分の意思に関係なく揺さぶられる腰はさっぱりいう事を聞かない。

 ぬちゃぬちゃと水音が立つ中、荒い息を吐きながらジュリアスが笑った。

「貪欲に深く交わって、もっと感じたらいい」

「ああっ……はああっ……んあ……、く……あ、あ、あっもういやあっ!」

 きしむベッドが万梨亜を踊らせ、ジュリアスが快感に耐える万梨亜を翻弄した。乳房も、深く繋がった所も彼と一体化して溶け合って、万梨亜は自分が消えていきそうだと思った。

「く……万梨亜……っ」

 びくびくと万梨亜の中が痙攣するのと同時に、ジュリアスが自分の熱を放った。熱く満たすそれは、万梨亜を幸福にするのと同時に不安を注ぎ込んでくる。

 このまま永遠に時間が止まったら、自分はどんなにか幸せだろうに……。

 涙を流す万梨亜に、ジュリアスが愛おしくてたまらないという風に唇を重ねた。万梨亜はたまらなく幸せだと思いながら、ジュリアスの頬に両手を添えた。

「ずっと、余の傍に」

「……そうできたら、いいですね」

「必ずそうなる」

「…………」

 その日一日、ジュリオ……ジュリアスは万梨亜と過ごし、どこへも行かなかった。

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