ディフィールの銀の鏡 第43話

 リーオはディフィールからみて北西に位置する小国である。その隣、つまりディフィールの真北にケニオンがあり、リーオとディフィールはケニオンの侵攻に対して協定関係にあった。リーオはケニオンの国王デュレイスに幾度も攻めいれられ、そのたびに領土を削られていき、今では十年前の大きさの三分の一まで縮小している。つい最近までリーオの隣にサーミという小国があったのだが、つい最近デュレイスによって滅ぼされてケニオンに併合されてしまった。

 ディフィールもたびたび侵攻されていたが、鉱物の採掘と加工がおもな産業のリーオに対して農業国であったためケニオンの侵攻はかなり緩く、なんとか領土は十年前と変わらない大きさを保っている。とはいえ、軍事国家としてのケニオンは脅威で、ケニオンの周りの国々でさまざまな同盟が結ばれている。

 リーオとディフィールとの同盟は、現在いつ破棄されるかわからないといった手合いのものに成り下がっていた。というのは、同盟を結んだリーオの前国王が二ヶ月ほど前に老衰で亡くなり、後を継いだ新国王がケニオンへ歩み寄りを見せ始めたせいである。幸い大臣達の反対であまり進展していないようだが、ディフィールでは危機感をつのらせている。そんな中でのリーオの神殿での暴行騒ぎが起き、国王テセウスは頭を抱えていた。ディフィールでの武器材料はリーオからの物が半分近くを占めていて、リーオがケニオン側についてしまうと、もはや戦争にすらならず、あっというまにディフィールは滅ぼされてしまうだろう。

 ジュリアスが帰った後、緊急に大臣および軍の各司令官が王宮に召集されて会議が開かれた。

 リーオでの暴行騒ぎは食い違いがあった。リーオ側では、ディフィールの将兵が巫女を暴行したと言うのだが、ディフィール側では巫女が将兵を誘ったと言うのである。どちらにしても巫女が汚されたのは変わりが無いので、女神の怒りは解けないままだ。しかし巫女が誘いをかけたのなら、ディフィールだけが罰を受けるのはおかしいとの意見が出た。

「まったくもってけしからん事件です。エウレシス殿は一体何をされておいでだったのか」

 エウレシスから報告を受け取った、軍務大臣のデミールが残念そうに言った。テセウスと従兄弟関係にあるエウレシスが、今回の問題になっている部隊を率いてリーオに行っていた。

 居並ぶ彼らの前で、国王テセウスの額には深いしわが刻まれたままだ。王妃マリアは身体まで弱ってしまい、ベッドに臥してしまったし、貴族の女子達から似たような症状を訴える者が出てきつつある。

「どうにもなりますまい。リーオの思惑はともかく、カリスト女神の逆鱗に触れたというのは事実ゆえ、神託の通りにするしか……」

「愚かな! 万梨亜様ほどの魔力の石を手放したりしたら、どれほどの損害かわからんのか!」

「どちらにしても女神の言うとおりにせねば、女達は皆短期間に死に絶えるのだぞ。男達だけで国が成り立つ訳が無い」

「かといって、せっかく侵攻が止んでいたものをまた万梨亜様がご不在となると……」

「女神に事情を説明申し上げればなんとかなるのでは……」

 大臣および将官達が発言をするが、なかなか意見が収まる気配は無い。リーオの言い分に強い反対が出ないのは、エウレシスが率いた部隊の質が良くないのを皆知っているからである。囚人、平民、傭兵で編成されたその部隊は素行も身分も最悪で、毛並みのいい貴族の将官ではとても統率は無理だった。それゆえ、下の者達と気心が知れているエウレシスが、いつもそういった部隊の育成を勤めていた。勤めていたと言えば聞こえはいいが、王族つながりで一番嫌われている彼が押し付けられただけと言ったほうが正しい。

 

「やはり第二師団の方を派遣すべきだったのでは」

「馬鹿者、主力の一部を裂いてどうする! どうせ今回の小競り合いもケニオンの陽動に過ぎんのだ!」

 いくら死んでも構わないという人間が主体の部隊ゆえにリーオに派遣されたのだが、今回はそれが思い切り裏目に出た形になった。

「やはりあのような部隊の隊長を、エウレシス殿にさせたのが間違いだったのかもしれません。彼自身もあまり素行が良いとは申せません」

 デミールが言うと、テセウスが首を横に振った。

「エウレシスであればこそ、この程度で済んだのだ。文句があるのなら、この中の誰かを今リーオへ派遣されている部隊の隊長に任命するが?」

 皆一同に静まり返った。最前線でこきつかわれ、地位も名声とも無縁な部隊など誰も行きたくない。テーレマコスはエウレシスにいささか同情しながら書記を続けた。これは帰国したら何らかの処罰が待っているはずだ。

「ともかく私は兄の承諾を待とうと思っている。リーオだけが相手ならともかく、神々が相手では人間のわれらでは太刀打ちが出来ない。こちらに非が無かったとしても巫女を汚したのは事実であろう、女神がわれらの願いを聞いてくださるとは思えない」

 テセウスが苦々しげに言った。

 忌々しい繰言が終わったかと思えば、もっとも過ぎるようでいて、さらに場を掻き混ぜるような発言が出た。

「その神託とやらは本当に正しいのでしょうか? ファレなどという田舎の神官に、神々がわざわざ神託をくだされたというのがあやしすぎる」

 大神官長のネペレが尊大に言った。彼は貴族出身の神官で、地方に対する蔑みがありあまり人に好かれていない。テセウスが再び口を開いた。

「兄のジュリアスが認めたのだから事実だろう。真実の眼は常に正しい」

「ジュリアス王子が勘違いされたのでは? いくら神々の御子とは言え……」

「ならば兄上に直接そなたが申せ」

 テセウスがじろりとネペレを睨むと、ネペレは出てもいない額の汗を袖で拭いた。

「わ、私は……」

「寝坊をして朝の場に来なかったそなたに何がわかろうか。その上でさらに我が兄を汚すか?」

「陛下、私はただひとつの可能性を申し上げたまでで……」

「兄上ほど世の平和を望まれる方が、そのような愚かなうそをつかれる道理が無かろう。それ以上不快な事をわめくのならこの場から出て行ってもらおうか。第一ここは神官が口を出す場ではもともとないゆえな。信仰と政治は分離しておらねばろくな事が無い、今回の事が良い例だ」

 ネペレは国王に神殿を汚されたと顔を赤黒くさせたが、大臣や将官たちの援護が無い事を肌で感じ取り口を噤んだ。険悪な雰囲気が流れ、国務大臣のクレオンが場をとりなした。

「陛下。私めも本当に腹だたしいですが、万梨亜様に出向いてもらうほかはないと存じます。神殿巡幸の際は万全の用意をと思っておりますが、リーオは同盟国でありますゆえ万梨亜様の身の危険はなかろうかと。同盟の違反の危惧に関しては、神々の怒りを買うのを承知でするほどリーオの新国王も愚かではありますまい。同盟の違反は主神テイロンがもっとも厭う事であります」

「それはわかっている……。私が恐れているのはリーオに潜むケニオンなどの密偵の存在だ……」

 二人が話しているところへ侍従長がそっと歩み寄ってきて、テセウスに何事かをささやいた。それを聞いたテセウスが重々しくうなずき、会議の出席者全員に言った。

「万梨亜がリーオ行きを自ら申し出てくれた。よって、これから同行者を決める。また、万梨亜が不在であるのを嗅ぎ付けて他国が攻め込んでくるかも知れぬゆえ、それに関しても取り決めを新たに行う」

 一瞬のどよめきの後、皆神妙に頭を下げたが、ネペレだけが見えない角度で口角を上げた。

 テーレマコスは会議が終わるといつもの様に馬に乗り、王宮から暗い面持ちでジュリアスの館へとぼとぼと向かった。今にも雨が降りそうな天気のせいで森は薄暗く、自分やジュリアスの心の中のようだ。

「うわ!」

 暗い思いに浸っていたテーレマコスは、突然馬に乗りあがってきた女の淫魔に飛び上がった。何かにつけて言い寄ってくるニケの知り合いのルシカだ。

「お前また来たのか!」

「だってぇ。男を落とせないなんて私の沽券にかかわりますものぉ。あら? 暗いお顔ですね、どうなさったんです?」

「お前には関係ない。降りてくれ」

 テーレマコスの馬は魔の気配におびえる馬で、並足だったのが妙な歩行になってしまった。しかしルシカはそれに構うことなく、テーレマコスの首にかじりついた。

「関係ありますわぁ。ねえねえ、私を抱いてくれたら、とっておきの情報教えてあげてもいいですよ?」

「魔界の情報はニケで十分だ」

 近づいてくるルシカの顔を、片手でテーレマコスはぐいと押しのけた。ルシカは馬から落ちそうになっているのに、なぜかうれしそうに笑いながらますますテーレマコスの首にしがみついた。誰も見ていない森の中とはいえその行動はとても大胆で、テーレマコスはとても彼女が苦手だ。

「お前いいかげ……」

 ルシカの赤い目をテーレマコスはまともに見てしまった。淫魔の赤い目を見ると欲情の虜になると知っているテーレマコスは、館に急ごうとして鞭を当てたつもりが力が抜けて鞭を落とした。ゆらりと揺れたテーレマコスを、ルシカが抱きかかえて言った。

「そんな暗いお顔では王子も心配なさいますよ。お前、このまま森の奥まで行きなさい」

 力が抜けたテーレマコスに変わってルシカが手綱を握り、魔族におびえる馬は彼女の命令を聞いて駆け足になった。そして、一番森の奥深くにある大きな木の下で、ふらふらのテーレマコスは馬から引きずりおろされ、騎乗位のルシカを見上げる形になった。

「止めろ!」

「いい身体ね……」

 手際よくルシカに服を脱がされ、たぎって固くなりかけているモノをやわらかく握られた。それだけで甘い愉悦が身体を駆け巡る。

「く……!」

「まあ素敵。うふふ」

 淫らな手つきで、ルシカがそれを舐めながらしごいていく。テーレマコスの息が荒くなった。

「おまえっ……さわるな! くっ……。お前みたいな女とは遊び……たく、ないっ」

「あら? 童貞って聞いてたのに結構遊んでるの?」

「うるさい!」

 自分のモノにしゃぶりつかれて、テーレマコスは沸きあがる快感に懸命に耐えた。ルシカの舌戯は淫魔だけあってとても上手で、たちまちテーレマコスのモノは固く立ち上がり、熱くなった。ちゅうと先端を吸い付かれるともうたまらない。芝生のような草の上に横たわっていたテーレマコスは、ごろりと反転してルシカを組み敷いた。

「きゃあっ。なんなのいきなり」

「そんなに欲しいのならすぐくれてやる! その代わり情報とやらを必ずよこせよ」 

 乱暴に剥ぎ取られた服の下からルシカの豊満な乳房がこぼれ、それを力任せに揉みしだきながらテーレマコスはルシカに口付けた。ルシカが喜んでテーレマコスにしがみつき、淫蕩な笑みを浮かべた。

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