ディフィールの銀の鏡 第61話

 その部屋は、天上界の神々の神殿には劣るもの、ディフィールの王宮よりもはるかに豪奢な宝石で彩られた美しい部屋だった。目覚めた万梨亜は一瞬天上界にまた戻ったのかと思ったが、空気があきらかに人間界のものであったため、嫌な予感に苛まれながら寝台から降りて窓によろよろと寄りかかった。外の見覚えのある風景に、ああやはりと思う。ここはディフィールの王宮ではなくケニオンの王宮だ……。

 夕刻に入ろうとしている時刻らしく、庭のあちらこちらで燈台に灯りをつけてまわるキラキラとした炎が見えた。それらは幻想的で、このような事態でなければ心がときめく風景だ。

 魔力を吸い取られたせいか身体が重い。立っているのも辛く、万梨亜は黒曜石のようなテーブルについている、柔らかな布張りの豪華な椅子を引いて座った。

「……ソロンはどうしたのかしら」

 ソロンの姿はこの美しい部屋にはなかった。この部屋には何の魔法の気配もなく、このまま逃げようと思えば逃げられる。しかしそれは逆に考えると逃げられないように幾重にも妨害がある事を意味していた。それに今の弱りきったこの身体では王宮の外に出るのも困難だろう。

「…………」

 そっと下腹部を撫でてみた。相変わらずジュリアスの子供が宿っているという感じはない。母の魔力を糧に成長するとジュリアスが言っていたのを思い出し、死んだりしないかと不安が湧き上がってきた。余程の事が起こらない限り大丈夫だとジュリアスは言っていたが、今はその余程の時ではないだろうか。ディフィールはどうなったのだろう。そしてどうして自分がここに居るのだろう。マリアはどうしたのだろう。

 こんこんと扉をノックする音がして万梨亜ははっと顔を上げた。入ってきたのは見知らぬ若い女性で侍女か何かだろうと万梨亜は思った。次いで予想通り、デュレイスが王の風格を漂わせて入ってくる……。

「万梨亜、目覚めたか。ここはお前の部屋だ。この女はお前つきの侍女でシャンテと言う。前の時のように、ヘレネーがお前に災いを成さないよう警備しているから安心するがいい」

 デュレイスが万梨亜の真向かいの椅子を引いて座り、テーブルの上にシャンテがお茶をそれぞれに置いた。甘い香りのするお茶だ。媚薬入りのそのお茶の香りを万梨亜はよく知っている。奴隷時代にどれだけこのお茶の精製をやらされた事だろう。黙り込んだ二人にシャンテは頭を深く下げて、静かに部屋から出て行った。

 窓の外は闇が濃くなって、燈台の明かりがほのかに部屋を照らした。

 万梨亜はじっと自分を見つめるデュレイスが何だか恐ろしく、落ち着かない心地で膝の上に重ねた自分の両手をじっと見ていた。彼が自分に何を求めているのかよくわかっているだけに、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。しかしデュレイスの王者の雰囲気がそれを許さず、万梨亜は椅子に縫いとめられたように動けない。

「……相変わらず万梨亜は美しいな」

「大勢の美姫を掴み取れる貴方が、何をおっしゃるのか……」

 賛美すら感じるデュレイスの言葉に、万梨亜はその言葉には値しない自分を再認識した。しかし万梨亜が気付いていないだけで、ジュリアスに愛されて自信を取り戻した彼女は以前より光り輝くような美しさになった。ただ、魔力を吸い出されてしまった今は光だけが消え去りかけていて、はかなげな感じだ。それでも魔力の石の魔力なのか、その透明感がある白い肌はきめ細やかで、服の上から見える成熟した女の身体の曲線は清純な色香をかもし出している。波打つ漆黒の黒髪がより一層デュレイスを誘っていた。思わずデュレイスは固唾を飲み込んだ。万梨亜は美しくなった、以前より確実に。

「女神カリストですら、お前の足元には及ばぬ」

 カリストの名前が出て、今の境遇を作り出したのは他ならぬデュレイスである事を万梨亜は思い出した。

「……どうして」

「お前を手に入れたかったからだ。お前にはそれだけの価値がある」

 まただ。また魔力の石に狂わされている人間がここに居る。万梨亜は魔王とソロンの姿を脳裏に思い描き、暗く重く心が冷えていく。

「ソロンは……」

「あの者は幽閉してある。お前も知っているだろう? 囚人の塔の地下一番深くにな」

「そんな。あそこは」

 デュレイスはお茶のカップを手に取り、何口か飲んで皿に戻した。

「ふ、聞けばあの者は神ゆえ食事も睡眠もいらぬそうではないか。だからどこに居ようが同じだろう」

「でも」

「お前は相変わらずお人よしだな。ソロンがお前から魔力を奪い、ディフィールの結界を破ったのだぞ? 国王テセウスはそれで我らに屈し、王妃マリアとお前を隷属の証にここに送り、それに不満を覚えた貴族達や神官達に国王を廃され王宮の地下に幽閉されたのだ」

 マリアはやはりここに来たのだ。万梨亜は腰を浮かしてデュレイスを初めてまっすぐ見た。

「マリアはどこにいるんですか」

「あれは貴重な人質だから離宮に居る。無体な真似は決してしないから安心するがいい」

「…………」

 囚人の塔に入れられていないとわかり、それだけは安心して万梨亜は腰をおろした。しかしソロンが気にかかる。

「ソロンを出してあげて。あの人はずっと一人ぼっちで生きてきたの。やっと外に出れたのにあんまりだわ」

「敵になる男を解放する国があるか。あれはヘレネーの管理下で厳重に見張らねばならない」

「どうしてなの。あの人はマリアを送るのに賛成していた……」

「賛成したから、お前から魔力を奪ったから味方とは限らない。なんらかの打算があるのはお前のほかの人間では当たり前だ。お前のように愛のみで行動する人間など見たことはない。お前はソロンに惹かれているのだろう? なにしろあのジュリアスの分身なのだからな」

 がたりと音を立てて椅子から立ったデュレイスに不穏なものを感じ、万梨亜も椅子から立って後ずさった。

「ソロンはソロンよ……」

「なら何故あれを塔から出そうとする?」

 大きな黒い影となって迫ってくるデュレイスに、万梨亜はおびえたが引き下がるわけにはいかない。あの塔の辛さはほんの数分でわかるほど過酷なものだ。外から完全に遮断された真っ暗闇でかび臭い陰鬱な空気。照明はろうそくのか細い光のみで、それですら牢番達は面倒くさがって放置気味なのは一目瞭然だった。ジュリアスなどはどう見ても明かり一つない牢内に居た。

「可哀相すぎるもの。あの人が何をしたというの……」

「何かをしでかしそうだから閉じ込めるのは当たり前だ。それにソロンの行動がディフィールをケニオンの属国に変えたというのがわからんのか?」

「それはそうだけど、でも、なんだか違う!」

 背中が壁に突き当たり、とうとう逃げ場がなくなった万梨亜はデュレイスに左手首を取られた。剣を持つためにあるようなごつごつとした大きな男の手は、その気になったら万梨亜の細腕など一瞬で砕けるだろう。過去の優しいデュレイスを万梨亜は思い出そうとしたが、国王になったデュレイスからはその欠片すら感じられない。

「お前は相変わらず聡い。そうだ、あれはヘレネーの術中にある……ディフィールに降臨した女神カリストはヘレネーが化けた偽者だ」

「うそ! だってそんな真似を女神が許すはずが」

「情愛を絡めれば神とて操れるのがこの世界。ジュリアスが少しは靡いてやればこんな事態にならなかったであろうに」

「だからって……いくらソロンでもあっさりと。そうよ、神ならばすぐに相手を見破れるはず!」

 デュレイスの手はとうてい振り切れるものではなく、万梨亜はずるずると寝台へ引きずられた。そのままデュレイスの身体に押し倒されて背中がシーツに深く沈み、未だに体力が回復しない身体が悲鳴をあげる。嫌だ。もう嫌だ。ヒュエリアはやはり現れてくれない。助けが来ない自分はどうしたってこうなる定めなのだろう。デュレイスが観念した万梨亜に満足げに笑った。

「言っただろう? 情愛で絡めれば神とて操られると。つまり心に隙があればいくらでも操れる……、あのソロンの心内は寂しさとジュリアスへの嫉妬で一杯だった。ヘレネーでなくとも簡単に支配できるだろう。お前がこの淫らな身体で操ってやれば、ディフィールをケニオンから護られたであろうに」

「ヘレネーが可哀相よ……あ、くっ」

 捲り上げられたスカートにデュレイスの手が滑り込み、下着の横から乾いた秘唇に指が突き入れられて軽い痛みが走った。ドレスの前が引きちぎられて乳房がまろび出て、その淫靡な動きがデュレイスを刺激する。

「それにヘレネーは王妃だ。私の命令は絶対だ。いい女だが、悋気を妬きすぎるのが難点だ……」

「貴方が好きだからよ。愛し、……っているからよ。それなのにどうして彼女一人を……」

 深まっていく愛撫で声を出すのが困難だ。心は拒絶を叫んでも身体はデュレイスの愛撫に素直に応えた。デュレイスを以前は愛していた。強く拒めない自分に嫌悪しながら、それでも万梨亜は必死に抗った。抗っているつもりだった。抵抗している万梨亜の首筋にデュレイスがかぶりついて舌で舐め、何度も何度も二本の指が局部をかき混ぜて、女の身体に火をつけていく。自分はやっぱり貞操観念がないのだと万梨亜は思い、そんな自分がつくづく嫌になった。それですら悦楽に変わっていくのが止められないのだから。

「万梨亜、お前は素晴らしい……」

「や、……はっ……んんっ……、わかっ……てデュレイス、ヘレ……、やああっ!」

 かき混ぜられて熱く潤みだした蜜が、固くなった肉芽にまぶし付けられてくるくると刺激され、身体に言いようのない痺れが走った。さらに蜜があふれてデュレイスの手をぬるぬると濡らしていく。固かったつぼみは柔らかくなって充血し、指の出し入れがやりやすくなる。

「何人の男に愛された? そのたびにお前は魔力を蓄えて、石が男を欲してお前はますます淫らになる」

「違う! もう……やめてっ、あぁ!」

「こんなに固くなっている。見事な色づき具合だ」

「ああっ! うぅあ……」

 鷲掴みにされている乳房の先をじゅうじゅうと吸われ、そのむずがゆさに落ちてしまいそうな錯覚を覚える。粘りつくような水音がするようになり、自分は敵に抱かれて喜んでいるのだと万梨亜は心の中で泣き叫んだ。どうしてジュリアスは助けてくれないのだろう。自分の妻がこんな目に遭っているのに平気なのか……。違う。わかっている。きっと何もかもわかっているから出てこないのだ。きっといつかこの責め苦は終わる。その時が来たらジュリアスは助けてくれる。でもそれは何年も先かもしれない。ひょっとすると何十年も先の出来事になるかもしれないのだ。

「お前がおとなしく私の妃に収まれば、ディフィールにいくつも温情をかけてやってもいい」

「…………あ、あ」

「お前次第でディフィールの運命が決まる。私に逆らうな」

 それは脅しだったが、自分の身体一つでディフィールを救ってくれるというデュレイスの言葉は魅力的だった。自己犠牲など止めようと思っていたのに、結局万梨亜はそこにたどり着いてしまう。

「……陛下を幽閉から解放してくれるの? ディフィールを戦場にしない?」

「約束しよう」

 抵抗を止めた万梨亜に満足したデュレイスが万梨亜に口づけをして、同時に秘唇に埋められた指を増やした。滑ってほころびきったそこは泡だち、ヌルヌルと蠢いてデュレイスの指を食いちぎろうと締め付ける。弱っていた万梨亜はあっさりと達し、嬲るつもりがないデュレイスが自分のモノを熱く埋め込んだ。口付けが終わり、今度は耳朶をきつめに噛まれ、じんと背筋がしびれた。

「本当に?」

「うそはつかない。あれほど私だけだと言っていたくせに、あっさりと敵国の王子に心を移したお前ではないのだからな」

 肉の一部と化している、ジュリアスにはめられた指輪をデュレイスの指がなぞった。万梨亜は力なく首を横に振った。快感を撒き散らすデュレイスのモノと万梨亜は今や熱く溶け合って、愉悦を共有している。万梨亜はデュレイスを裏切ったのだと負い目を感じ続けていただけに、それは痛烈な一打といえた。でもデュレイスだってヘレネーを迎えたではないか。裏切りはお互い様だ。

「貴方は……、ジュリアスほど私を……愛してはいないでしょう」

「その名を口にするな!」

 激しく突きこまれて、しびれるようなかゆみが強まった。デュレイスは、自分のなすがままになっているはずの万梨亜の心をつかめない自分に、苛立ちを覚えているようだ。

「どれだけ後悔したか。あの王子にお前を奪われたと知った時。あのような事がなければ、お前は他の男に抱かれる機会などなかったはずなのに。ずっと私の部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れさせず、私だけのものにして隠しておけばよかったのだと」

「ああっ……やっ……はぁあっ……ん、んっ」

「だがもう安心だ。お前は私の妃になる。正妃でなくても一番愛しているのはお前だけだ」

「……あっ……あっ……! ゆ……してぇ!!」

「逃がさない。お前がどこへ行こうが必ず我が手に戻るのだ。あのジュリアスはソロンがいる限り永遠に目覚めない。奴の石を見つけ出して砕いてやる。そうすればお前も正気に戻るだろう」

 こんな人ではなかったはずだった。デュレイスは優しくて、思いやりがあって、戦争など大嫌いで……。きつく抱きしめられながらめちゃくちゃに突かれて肌が妖しく濡れ、淫気がますます濃厚になっていく。デュレイスは万梨亜を貫いたまま寝台の上に起き上がり、今度は座位で万梨亜をせめはじめた。花洞の中を貫く角度が変わってさらにしとどに蜜が溢れ、二人の下半身を熱く濡らす。天蓋に薄くたれている布越しに外の燈台が光をなげかけ、デュレイスの鍛え上げられた浅黒い肉体と、万梨亜の生白い肌を浮き上がらせた……。

「私の子を孕め……。お前の子供なら、王にしよう」

「やめ……、出さないでっ」

 デュレイスのモノが大きくなったのを感じ取り、万梨亜はきつく絡み付いているデュレイスの腕を必死に引き剥がそうとした。デュレイスの子供を身ごもったりしたら、ジュリアスの子供は死んでしまうかもしれない。しかし情欲におぼれているデュレイスの前で万梨亜は無力だ。魔力の石の力は吸い取られてしまってほとんど出ないのだから。

「……っ」

「いや……」

 息を詰めたデュレイスが万梨亜の中に出した。座位を解いて万梨亜の足を抱えあげ、さらに深く密着する。注ぎ込まれてくる白濁があっという間に狭い胎内を満たしていった。涙が止まらない万梨亜の眦をデュレイスの手が優しく拭ったが、万梨亜の涙は止まりを見せない。

「万梨亜。お前こそ私の隣に立つのにふさわしい……」

 万梨亜は、ケニオンで正妃に次ぐ権力を持つ側妃になった。

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