ディフィールの銀の鏡 第79話

 天上界にある主神テイロンの神殿は、相変わらず眩しい光に包まれて厳かな雰囲気が漂っていた。カリストは天上界へ着くなりここへやってきて、現れた伝令神パラシドスにテイロンへ面会を乞うた。テイロンはカリストを嫌っていて滅多に会ってくれないので今日も駄目かと思っていたカリストは、お会いになりますとのパラシドスからの返事に狂喜した。これはテイロンと通じるチャンスかもしれないと。

「こちらへ……」

「部屋は知っているわ。案内は無用よ」

 カリストはパラシドスの案内を拒否し、用済みとばかりに彼の横を通り過ぎていく。心配げに見ているパラシドスにはもう目もくれない。足早に歩いて覚えのあるテイロンの部屋の扉へたどり着くと、はやる心を抑えてノックした。入室を許可する懐かしいテイロンの声に、さらに心は浮き立った。

「久しぶりね、テイロン」

「……そうだね」

 テイロンは定位置の窓際のテーブルの側に立っていた。裾を引きずる白い衣装に、床まで届く長い金の髪を持つ主神テイロンは、カリストがどれだけ欲しても決して振り返ってはくれない男だ。珍しく寵愛しているペネロペイアの姿が今日はなかったが、滅多にここを訪れないカリストは知らない。

 テイロンは、カリストから魔王の話を聞いても、そうかと言っただけだった。

「そうか、ではないでしょう? あれだけの負の力をまとった魔王よ? さすがによくないと思わないの?」

「火遊びが過ぎて消せなくなって嘆願かい? 自分で魔王に加担しておいて何を言う」

 痛いところを突かれてカリストは言葉を詰まらせる。華奢なつくりの白い椅子に腰を掛けたテイロンは、美の女神がたじろぐほどの美しさを放っていた。ここは機嫌を直してもらって、自分の魅力でテイロンをとりこにして魔王を何とかしてもらわなくてはいけない。

「わ、悪かったと思っているわ。それに、デキウスだって同罪じゃないの!」

「あれならとっくの昔に罰を下したけどね。人間界の砂漠地方で一生懸命働いているよ」

「ま……!」

 デキウスと交信が取れなくなっていたカリストは、やっと理由がわかった。テイロンが一枚噛んでいてはどれだけ交信を試みてもうまく行かないはずだ。テイロンは普段は優しい陽気な神だが、本気で怒ると魔王よりも恐ろしい事を平気でやる。それを三十年ほど前にカリストは目撃している。つい最近の出来事なのに、平和な年月が続いて退屈になったカリストは忘れてしまっていた。

「こっちから出向こうかと思っていたけど、来てくれて手間が省けた」

 テイロンは優雅に首を左へ傾げ、その姿からは想像も付かない罰を提案する。

「君への罰は、その美しさをなくす事かな。ディフィールの女達にした事を己がやられる。それが一番だね」

「ええ!?」

 美しさが命より大事なカリストは、顔を真っ青にして後ずさる。脳裏に浮かぶのは突然老婆になって悲しんでいたディフィールの若い女達。とりわけマリア王妃の悲しみが深く、それがカリストには愉快でたまらなかった。人間ごときが美しさを誇るなどおこがましいと思っていたから。

「それがいい。自惚れ屋で後先考えずに行動して事件を起こし、その後始末を人にやらせる馬鹿な君にはぴったりの償いだよ……」

「うそ、止めて!」

 逃げようとしたカリストの細い足首に、床から直接生えてきた緑色の蔦が絡まった。

「逃げられると思うかい? 前々から君にはお仕置きしなければと思っていたんだよ。ペネロペイアに散々意地悪していたからね。ディフィール前国王に攫わせた時はかなり頭にきたなぁ……。ペネロペイアは優しい女だから君にやられたとは口が裂けても言わなかったけど、心の中は君への恐怖で一杯だった。他にもいろいろやったろう?」

「違う、違うわ……、私は人間が神と結ばれるなんて駄目だと思って」

「私が望んだ事を何故君に批判されねばならないの? 君は私の正妻かい?」

 不気味な蔦が全裸に近い状態のカリストに絡まり、女神の動きを封じていく。カリストは必死に許しを乞うたが、ムダだとわかると責任転嫁をし始めた。それは何故かあのリクルグスを髣髴とさせた。

「貴方が悪いのよ! 私がこの世で一番美しいのに人間の女なんかにうつつを抜かすから」

「君程度がこの世で一番美しい? ははっ、笑わせないでくれる?」

 テイロンの双眸が黄金の炎に燃え長い髪が揺らめいた。

「ひぃっ!」

 カリストを覆った蔦が、彼女の柔らかな身体を容赦なく締め上げた。しかもそれは締め上げるだけではなく、薄い葉が刃のように彼女の白い肌を傷つけ、残酷にえぐりあげる。

「止めて! 一番悪いのはペネロペイアだわっ!」

「どこまでも馬鹿だね君は。ペネロペイアが死んだとしても、私はお前など相手にしないよ」

「テイロン!」

「私は、お前みたいな虚栄心の固まりは大嫌いなんだ。悪い事は皆人のせいにして、自分の起こした過ちを反省できない馬鹿が君だ。その頭の中にあるのは甘い砂糖菓子か、人間界の生クリームなんじゃない?」

「それはペネロペイアよ!」

「まだ言うの?」

 ふっと笑ったテイロンは、蔦を操作してカリストの股間を広げさせた。局部が露になる、女性にとっては屈辱的な格好にカリストが悲鳴をあげる。

「沢山の男を誘惑した蜜壷に、君の忌み嫌う人間のモノを入れさせよう。まずは準備かな……」

「正気なのテイロン!? ああっ」

 蔦の蔓の先にある丸い先端が局部を刺激し、カリストは淫らに腰をくねらせた。ぱくりと裂けた先端から細い触手が現れ、女神の熟れた肉芽に吸い付いて舐め始める。たまらない刺激にカリストは恐怖と同時に愉悦を感じて喘いだ。

「や……あぁ……。あっ、あっ……ん」

「淫乱女神にふさわしい痴態だだね」

 たわわに揺れる乳房を蔦が締め上げ、または緩めて揉み、いびつな形に変えては元に戻し、とがった先端にまた口を開けた蔓の先が吸い付いた。

「はぁんっ、どうして……。テイ……」

 普通の男が見たら一気に劣情に駆られる女神の痴態なのに、テイロンは眉ひとつ動かさない。カリストの緋色に染まっている局部に蔓の先端がいくつも貼り付き、触手が淫らに咲いた花びらに滴る蜜を吸い上げて、何本もの蔦が我先にと争うように胎内へもぐり込んでいく。

「いいっ……あふっ、あんっあん、駄目……え」

「化け物にやられて喜ぶ女神か、無様だね。見苦しいったらない」

「しょ……き……なの? んぁああああっ」

 秘唇から胎内へ深く入り込んだ蔦の先が絡まりあって一本のでこぼこの棒になり、男のように激しく突き上げ始めた。その凹凸のある棒に蜜を絡ませ、カリストの身体は燃え上がって淫らにもだえる。蔦は激しくもだえるカリストをさらに締め上げて四肢を拘束し、よりいっそう女神の身体を愛撫してもみくちゃに犯し、枝葉を繁らせていった。

「正気だよ。……そうだね、これから一年間人間界で犯されて、それからまた一年魔界の魔物といやらしい遊びをしてもらった後、最後は醜い老婆になって誰にも相手にされず彷徨う……なんてのが一番いいね」

「ああっああっ! いいのぉっ……もっとやってぇ……っ」

 カリストは恐ろしい未来を聞いてはいない。蔦のもたらす愉悦に完全に飲み込まれている。テイロンが生み出した蔦はカリストの神力を奪って成長しており、彼女がイく度に力を奪っていく恐ろしい植物だった。

「これだけ人間界へ迷惑をかける事をしでかしたんだ。女神でありながら人間界の諍いに手を貸すなど愚か極まりない。人間界には手を出さない、三十年前の神々の誓いを進んで放棄したお前にふさわしい罰だよ。たっぷり後悔するがいい」

 

 テイロンの指先がぱちりと音を立てるのと同時に、蔦ごとカリストの姿が部屋から消えた。蔦に犯されてよがりくるうカリストの行く先は、なんと戦場から自国へ帰る最中のとある国の軍の駐屯地だった。人を殺して狂気と正気の狭間をさまよっている男達は、突然現れた見るも淫らな女に狂喜し、肉に喰らいつく狼のように女神の身体へ殺到していった。

 厄介な女神を処理したテイロンは、暫く経って部屋へ入ってきたパラシドスから魔王の行動の報告を受けた。

「……やはりジュリアスと戦うか」

「彼にとっては許せない対象でしょうから」

「未来は変えられないのかな……」

 テイロンが右の掌で空気の壁を撫でた。その空間にニケに騎乗して、ファレ山のカリスト神殿に着いたジュリアス達が映っている。まだルキフェルはそこに居ないようで、ジュリアスは万梨亜をニケに託し、瘴穴封じを始めた。壊すのは危険と読んだらしい。それは正解で、魔界へと通じる大きな瘴穴を壊してしまうと、次元のバランスが崩れて天界、人間界、魔界を保つのが難しくなってしまうのだ。

「孝行息子にしてやれる事はなんだろう?」

「テイロンよ。貴方にも後悔なんてものはあるのですね」

 ため息をパラシドスにつかれたテイロンは、苦笑いを浮かべる。ジュリアスの受難の発端はすべて自分に原因があるのをわかっているため、テイロンはパラシドスを怒れない。

「他の神々達と誓い合ったものは破れない」

「ええ、だからこそ今まで世界はほぼ平和だったのですから」

 パラシドスが頷く。視線は空間に映る緊張気味の万梨亜だ。彼女の目は一心に愛しいジュリアスを映している。嫉妬の炎で一瞬自我を奪われかけたパラシドスは、静かに瞼を閉じて彼女への想いを封じ込める。万梨亜はジュリアスでないと幸せになれない。他の男では駄目なのだ。自分は彼女の幸せを見守ると誓ったのだ。

 そんなパラシドスの愛をテイロンはうらやましく思う。純粋な愛しか持たないパラシドスが眩しい。テイロンの愛は相手の自由を奪ってしまう愛で、それは果たして愛と呼べるものかどうか本人ですらわからない。過去にテセウスとジュリアスが悩んでいた事を、テイロンも同じように悩んでいた。主神として最高の地位にあってもその悩みからは開放されない。

「……自分の子供達の戦いを見ているしかないとは」

 映像にルキフェルの姿が映った。赤い魔力に満ちたまがまがしい姿は、まぎれもなく魔界の頂点に立つ魔王そのものだ。パラシドスが呟く。

「三十年前の貴方にそっくりですね」

「親子なのだから仕方ないよ」

 表情を無くしたテイロンの顔が、映像から放たれたルキフェルの赤い影で染まった。

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