ゲーム 第04話
「やー、凄い人気ね」
「そうね」
新人歓迎会をしている飲み屋さんで、宮下君の方を見て桜子が面白そうに言うのに、まったくそのとおりだと思いながら頷いた。
広山君との再会から、一月あまり経った。
5月の決算とそのあとの株主総会せいで、遅い歓迎会だ。
季節はもう梅雨真っ只中で、今日も雨がしとしと降ってじめじめしている。
いつも近づけない宮下君に、今が絶好のチャンスとばかりに、営業部、総務課、秘書課のお姉さま方が殺到している。新入社員が居る部署のお姉さまたちは、他の社員はほどほどに、宮下君には熱心にモーションをかけている。
笑顔の裏側に潜む、般若顔の女郎蜘蛛がおそろしい。
「未来の社長な上にあの顔だから、皆熱心なんでしょうね」
やれやれとばかりに、私の向かい側の席の中村君が、いくぶんか拗ね気味にお酒のお猪口を煽った。それがまたなんともかわいくて私は自然に口元を緩ませてしまう。
ひとつ年下なだけなのに、弟にしか見えない。
「そういえば、林さんたちの期って、女子はほとんど結婚退職してるんですよね?」
「そうよー。私も9月に結婚退職なの」
出来上がってきたのか、桜子がきゃらきゃら笑う。
「じゃあ残りは林さんだけ?」
「思い切りセクハラね。無神経」
私がきつめに言うと、中村君は少し慌てた。悪気はないのはわかってるけど、こういう席で言われるのは嫌だ。他に誰も聞いていないだろうなと左右見た。幸い誰も聞いてなくって、それぞれの話題で盛り上がっている。
お酒が入ると、理性のたがが外れて、普段聞けない話題を熱心に聞いてくるから面倒なのよね。まったく。お酒の力ってこういう時は最悪。
「私は一生独身だからいいのよ」
「えー? 勿体無いですよ。林さん狙ってる奴多いんですよ」
「ふーん。私みたいなの狙ってどうするんだか」
あっさり落ちやすそうだから、適当に遊んでやろうって感じなのね。あーやだやだ。
「私みたいなのって……。林さん、どうしてそんなに自己評価低いんです? 美人だし仕事もできるのに」
「おだてたって駄目よ。今月はピンチだから。この間服買っちゃったし」
「や、そういう事じゃなくって」
「さては処理に困った請求書があるとか?」
「や、それはたしかにありますけど」
話を逸らそうと別の話題を振ったら、どんぴしゃだったのか中村君は頭をがしがしと掻いた。
「この間うちの部長と行かされた接待の請求書、どうしようかで悩んでるんですよ。スナックなんです」
「ありまー……。うちの課長はそういうの経費で落とすの大嫌いだけど」
「そうなんですよ。林さんに相談しようと思ってたんです」
営業部の大田部長は、接待にやたらとスナックとかキャバクラを使いたがるから、みんなに嫌われている。中村君は顔がいいし、話題も豊富だからよく同行させられているみたい。
「どうにか林さんのお力で処理してくださいよー」
「あのね、私は普通の事務員だからね」
「課長、林さんの伝票は絶対に受け付けるじゃないですか」
「他の人のだって受け付けるわよ」
「や、それが中村君の言うとおりなのよ」
話を聞いていていた桜子が口を挟んだ。
「石崎課長、本当にあんたの処理した伝票は、スナックでもあっさり受け付けるのよ」
「……知らなかった」
「あんた課長のお気に入りだもんね。さては狙われてるのかも」
「やめてよ、課長は奥さん居るでしょ」
「若い女の子が恋しいのかもね」
駄目だこりゃ、相当出来上がってきてる。
酔っ払いになりつつある二人の相手は結構きついな。
せっかく話題がそれそうなのに、またぶり返しそうで困ると思っていたら、桜子はトイレに行き、中村君は宮下君に相手にされなかった女の子たちに囲まれだしたから、開放されて、私は隅の席に移動した。
それにしても知らなかったな。石崎課長、私からだけそういう困った伝票受け付けてたのか。
今日は課長は息子さんの熱が出たとかで欠席でいないけど。
いや、居たからと言って、本当なんですかなんて絶対に聞けないけどね。
なんかのトラブルがあったら、私に押し付けようとか思われてるのかな……。
なんて、それはないか。
どことなくもやもやした気持ちを抱えてたら、誰も居ない隣に誰かが座る気配がした。
「こんばんは。なかなか林さんとは話ができなかったから……」
ええ? 宮下君?
女郎蜘蛛集団をどうやって撒いたのっ?
てかどうして私の隣に……。