ゲーム 第13話

 翌日は、とてもよく晴れた暑い日だった。

 空調が効いているホテル内から見える外は、まだ午前中なのに物凄く暑そうだ。

 京都は暑さが結構凄まじい。

 中学時代、夏はじっとりと照り返してくる暑さで、冬は底冷えするように寒さで参ったのを覚えている。その時より暑さがひどくなっているんじゃないかな。

 こんな時でなかったら、涼しそうな奥の秘境へ行きたい……。

 ホテルの電話が鳴った。

「よく眠れた?」

 宮下君だ。今、午前8時だからずいぶんゆっくりしていると思う。

「普通よ」

「そう。朝食は食べた?」

「まだ」

「良かったら一緒にどう? これからの打ち合わせもしたいし」

「わかったわ」

 電話を切り、鏡を見て髪型を整えた。着替えもお化粧もとっくにすませていたので、すぐに指定の場所のホテルのレストランに向かうと、既に宮下君が出口で待っていた。

 昨日の今日でなんだか気まずい。あれからよく眠れず食欲もないけど、仕事の日はおなかに何かいれておかないと身体が持たない。

 それなのに。

 ご飯はおいしくなかった。食欲がないというせいもあるけど、お米が固すぎる。お味噌汁もだしがきいていない割には味噌の量が足りなくて、煮すぎた根野菜がさらにまずさを引き立てていた。焼き紅鮭だけがましで、期待していたお漬物も塩辛いばかりで美味しくなかった。宮下君は洋食を頼んでいて、そちらのほうがおいしそうだ。

「ルームサービスのほうが良かったかもな」

「あれはここが作ってたんじゃないわよね? 物凄く美味しかった」

「うん」

「そのコーンスープおいしそうね」

「……インスタントにお湯で水増ししてあるよ。目玉焼きは強火で焼いたみたいにべっとりで、裏は焦げ焦げ。コーヒーにいたっては最悪、飲めたもんじゃない」

「どうやったらこんなにまずく作れるの?」

「さあ……」

 ただでさえ気分が憂鬱なスケジュールが控えているのに、ひどいレストランの朝食で、余計にやる気が失せた。仕方なくホテルの外にあるコンビニエンスストアで適当なものを買い、近くの公園のベンチで食べた。

 ……最初からコンビニ朝食にしていればよかった。

「午前10時から午後5時まで、ATS社へ行く。そこが新しいシステム機器を搬入してくれる会社。動かせるようになるまで毎日この時間帯で行くから。難しいものじゃないから、2、3日ですぐにできるようになると思う」

「わかった」

「終わったら早めの夕食で、そのあと広山邸へ行く」

 そちらが今回のメインだ。いきなり家へ行くのかといささか驚いた。

「病院へ行くのではないの?」

「ん? ああ、今は自宅にいる」

「そう。でも私、彼に会っても罵倒する言葉しか出てこないと思うよ」

「それでいいと思う。ただ、家人の目を気にした方がいい。おれ等みたいなのが品がないとすぐにつまみ出される。あいつは離れに住んでるから、呼ばれない限り人は寄り付かないけれど」

「……彼が大切なのね」

 馬鹿にされていると思った。いらいらする。

 宮下君は、本当ならもう少し早く連れてきたかったんだけど、私に避けられていたうえ、決算が控えていてどうにもしようがなかったと言い訳じみた言葉を吐いた。広山優は、温和な優しい人なのだという。それがまた私をいらいらさせた。

 とにかく10発は殴ってやると思いながら、席を立った。

 新しいシステムは、今まで使っていたものよりもずいぶんと使いやすく、これならパソコンに慣れない人、弱い人でも簡単に使用できそうだ。宮下君のほうは、よくわからないプログラムが羅列しているものを、会社の人とあれこれ言っている。情報部だから、総務とは勝手が違うのだろう。

「宮下さんって人気があるでしょう?」

 システムを教えてくれる同年の鈴木さんが、宮下君をちらりと見て言った。

「ええまあ」

「うらやましいわ。うちの会社はイモばっかりで」

「んー、好みの問題じゃないですか? しぶいおじ様が多いから私はこちらがうらやましいです」

「あら、林さんはおじ様が好きなの?」

「好きというより安心する感じです。自分と同年代の異性は苦手で……」

「うふふ、林さん美人だから、言い寄られてうるさくて困ってる感じね」

 それ絶対違うからと言ったのに、美人はいいわねえと鈴木さんはうらやましそうに言う。どうみても、鈴木さんのほうが仕事ができる女って感じで素敵だ。住んでいるのは大阪で、毎日ここまで出勤しているらしい。大変そうだと言うと、茨木市という京都に近いベッドタウンの市から来ているから、ぜんぜん普通だと笑った。

 軽口はすぐに終了し、わからないところを私が質問し、鈴木さんがすぐさま詳しい返答をしてくれる。

 そんな感じで、午前中はあっという間だった。

 お昼になると、鈴木さんが美味しい店を知っているからと誘ってくれた。

 宮下君は、自分はまだまだ終わりそうにないから、先に行っててくれと言い、たくさんのファイルを抱えて、会社の人とディスプレイをにらんでいる。何か気に入らない箇所があるのだろう。

 外は予想通り、猛烈な暑さに変わっていた。

 ATS社は三条にある。四条に比べて観光客を誘致する店舗が少ないのか、ビジネスビルが目立つようなイメージだったのに、ひとつ通りを過ぎただけで、小さな建物がごちゃごちゃひしめき合っている場所に変わった。そのごちゃごちゃの奥へ行くと、小さなレストランが周りの建物の間に挟まるように建っていた。

 地中海のイメージだというそのお店は中もそうで、一瞬で私たちは異国に彷徨いこんだ。

 店の壁のボードに本日のお勧めが書かれている。

「ここはお魚がおいしいのよ。でも今日のメインはチキンみたい。どうする?」

「美味しければ何でもいいわ」

 ホテルの食事のまずさを訴える私に、鈴木さんは当たりはずれが多いものねえと気の毒がってくれた。

 出てきたチキンのハーブソテーはとびきり美味しかった。にんにくが多いから重そうなのに、ふんだんに使われているハーブがそれを融和させてくれている。サラダも地場野菜で新鮮そのものだし、ジュースも絞りたてでとてもさわやかだ。パスタに至っては、私好みのアルデンテで、この店が家の近くにあればと思う美味しさだった。

「……美味しすぎるわ」

「そうでしょ? こういう隠れ家的なお店が京都には多いのよ。おすすめのインドネシア料理店があるけど、場所が四条だから……」

「いえいえ、ここで十分です」

 感じのいい店員さんが、なくなりかけていたグラスの水を注いでくれた。お礼を言うと、どういたしましてと微笑んで戻っていく。

 季節のデザートの杏ジェラートが、すっきりした甘さで疲れを癒してくれる。

 朝のくそまずい食事がデリートできた。

 これからあとの予定を思うと気分が重くなるけど、それをふきとばす美味しいお料理だ。

「京都って、遊びに来るのには最適だけど、勤めるとか住むとかにはよくないのよね」

「そうなんですか?」

「んー。なんて言ったらいいのか……市街地の人は特に。よそ者は絶対に輪の中に入れてくれないの。温かく迎えてはくれるよ? だけど、本当に仲良くなるのは世界一難しいんじゃないかしら」

「…………」

 それは、中学校時代に感じていたことだった。排他的な地域はどこにでもある。だが、京都は何か違う。

「千年の歴史、上方を誇る意識が強すぎるのよ。大阪弁でしゃべったら、睨まれたりするし。プライベートでよ?」

「それって京都の人全体じゃないですよね?」

「ええ。もちろん。……私が溶け込めてないだけだと信じたいわ。林さんはほとんど関東でしょ? あっちのほうが住むのとか楽そう」

「そうね。寄せ集まりのところだもの。そんな重苦しいものはないわ」

「でしょうねー。あー、私もそっちへ行きたいわぁー」

 大変だな。

 でも、鈴木さんは職場ではとても明るいし、周りともうまくやっているように見えた。こんなふうに私に対しても友好的だ。壁を感じてもちゃんとそれを破ろうとがんばっている。素敵な人だと自然に思えた。

 中学の時の私とは大きな違いだ。

 人生って、こういう壁の連続なのかもしれないな。

 壁から逃げたら大きくなって、その壁が倒れてきたりする。

 逃げてばかりだと後ろに下がるばかりで、その間にいくつも壁が大きくなっては壊れ、瓦礫の山が積み重なって大きな山になり、取り返しのつかないものを招いたりしちゃうのかも。

 見城ほのかと仲良くするなんて絶対無理だった。

 だけど、彼女を是とするクラスメイトはあの取り巻きだけだったんじゃないかな。他のクラスメイトはやりすぎだと眉をひそめていたと思う。そんな悪人ばかりの学校があるわけないし。

 鈴木さんの言うように、京都にはもっと素敵な人がいるはずだ。

 実際、朗はうまくやっていた。

 それなのに私は、見城ほのかの虐めに耐え切れなくて、殻に閉じこもってしまったのだ……。

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