ゲーム 第20話
桜子の結婚式の日がやってきた。
秋晴れの結婚式日和だ。
結婚式披露宴が行われるホテルのロビーには、見城ほのかと取り巻きの御曹司の式のために呼ばれた、テレビ局の人達がわいわいやっていて、地方局だけど、そこまで目立ちたいかとあきれ返った。
見覚えのある中学校時代のクラスメイトと数人すれ違ったけれど、誰も私には気づかない。あの頃の私はとても太っていたから、別人のように痩せた私に気づくはずもないので、ほっとした。
……にしても、見事に取り巻きどもは嫌な人相になってるわね。
10年前は別人というけれど、あんなふうに悪化したくはないものだ。
気を取り直して桜子の支度室に行くと、白無垢でおしとやかに正座している彼女が居た。
「うわ、ここまで桜子が大和撫子とは思ってなかったわ」
「失礼ねー。にしてもこれ暑いわ。布団に包まってるみたいだし、肘が垂直に90度しか動かないんのよ。脱ぎたいわ」
「それが嫌なら何で神前式にしたの?」
「白無垢が夢だったの」
いまどき珍しい人だなー。ウェディングドレスも素敵なのに。いやいや、白無垢も素敵なんだけどね。
神前式の部屋は親族しか入れないから挙式は見れない。でもま、桜子の事だから、さぞ上品なお嫁さんに化けて振舞うだろう。心からのおめでとうを言って、うれしそうに笑っている桜子に花束を渡した。
「しまった。キリスト教の式にしたらブーケをゆきのに投げられたのに」
「若い子が取るわよ」
「25才はまだ若いってば」
披露宴の時にすればいいのだけど、されたくないので触れないでおく。
すぐに桜子の学生時代のお友達もやってきて、大賑わいのお部屋になった。さすがに桜子は人望があるんだなー。どの人も見ていて気持ちがいい人ばっかりで、壁を作る私でも気楽にお話ができる。
「良い人ばかりですね、桜子さんのお友達って」
高田さんが同じように思っていたらしく、いやにしみじみと言った。私も黙ってうなずき返した。
「そうね。私みたいなタイプでもお友達にしてくれるんだもん」
「……後が私だなんてちょっと心配なんです」
「高田さんらしくしてたらいいのよ。あとは仕事をするのみ」
「私らしいってなんでしょう?」
「若くてパワーがあって、ひたむきに前向きに」
「乙女みたいですね」
「桜子にはないものだわ」
おどけて言うと、高田さんはおかしそうに笑った。
「アドバイスをくれる先輩がいるって良いもんですね」
「高田さんならなれるよ」
「もう、林さんはなってます」
「ありがとう」
素直に感謝が言える自分になったのは、誰のおかげなんだろう。
それはいろんな人たちが投げかけてくれた思いの結果なんだと思う。
披露宴会場は、例に漏れずさまざまな花々で飾り立てられていた。
同期の結婚式はこれが最後だなとつぶやくと、招待されていた同期があんたが最後でしょうがと笑った。確かにそうだけれど……どうしても自分の花嫁姿が想像できない。
桜子は日本女子を極めるんだと言っていたので、お色直しはすべて大振袖だった。
ドレス姿も見たかったなあ。
花婿さんはでれでれで、ふやけて砕けちゃうんじゃないくらい目じりが下がっている。
向こう側のテーブルに座っている宮下君は、笑顔で拍手している。
ここにはお姉さま&若い子達は招かれていないので、彼に向かってきゃあきゃあ言うのは、桜子の学生時代のお友達だけだ。中村君もやっぱりもてている。男の人たちもこっちを見ていて、披露宴はやっぱり出会いの場なんだなあと思った。
桜子のお父さんはしんみりしていて、お母さんは嬉し泣きでハンカチを押さえている。
やっぱり最後の手紙では、桜子は泣いてしまった。
もらい泣きしたのは私一人ではなく、お友達も泣いていた……。
披露宴が終わり、そのまま新婚旅行へ行く桜子を見送って、すみっこのソファに座ってのんびりしているところへ、礼服を着た中村君がサービスのコーヒーを持ってきてくれた。
「ずっと言おうと思ってたんですけど、そのドレス素敵ですね。よく似合ってます」
「ありがとう」
隣に腰をかけ、中村君は声を潜めた。
「見城ほのかと取り巻きの式、ずいぶん派手にやってるみたいです」
「テレビ局を見たわ。見城さんのお父さんが親ばかなんでしょ?」
「らしいですね。とんだ命取りになるのに」
「どういう事?」
「このホテル、僕の姉の旦那の持ち物なんです。そのつてで桜子さんに格安でお式と披露宴をご招待したんですが」
持ち物って……。
いったい中村君って何者なんだろ。妙に宮下君と繋がってる気がするし、横領事件の時も思ったけれど会社の細部に関わってるし……。
いくら営業成績がいいからって、ここまで深く関われるものなんだろうか。
思いながら話を聞いていると、中村君はにやりと笑った。
「クズはクズだと思い知るべきです。広山さんと宮下さんはもうすでにそれを認めて恥じている。そして彼らも犠牲者だ。宮下さんの行為を偽善だと世間は言うかもしれませんがね……。でも違う。林さんもそう思ってるんじゃありませんか?」
「……そうね」
「良かった。そうじゃなかったらとっくに排除してますよ」
「過激ね」
「そりゃあ林さんの為ならなんでも……、だけど、あいつらは違う」
「いったい、何が起きるというの?」
「わかんないんですか?」
「何をよ?」
中村君は、いきなり飲めないはずのコーヒーを一気飲みして、紙コップをぐしゃりと潰した。
「宮下さんは復讐する気です」
「────……!」
感動的な披露宴で忘れ去っていた過去の淀みは、会場を後にする宮下君の後ろ姿で私に襲い掛かってきた。
止めなければ。何故かそう思った。
「宮下君っ、待って」
宮下君は大ホールへ繋がるエレベーターの前に立っていた。ちょうど追いついたときに扉が開き、宮下君にエレベーターの中に引っ張り込まれた。エレベーターには私たち二人しかいない。
「一体何をする気なの?」
「止めようとしているなら無駄な話。もう手配済みだ」
「彼女の式に、あなたは呼ばれなかったの?」
「腹いせのつもりらしいけど……ね」
宮下君はくすっと笑った。こんな時でも彼は魅力あふれる男だ。中村君よりはるかに格好良く礼服を着こなしている。
「このまんま紛れ込んでも、誰も気づかないほどの招待客がいるから必要ない。千人規模だから、出入り自由さ」
「……テレビ局を呼んだのはあなたなの?」
「いや、提案したのはこのホテルの支配人。派手好きのあいつらはあっさりそれにのった」
桜子の披露宴よりかなり遅れて始まった見城ほのかの披露宴は、キャンドルサービスが終わったところのようで、すべてのテーブルにキャンドルが灯り、新郎新婦は高砂にいる。
誰一人私たちが入っても気にしない。宮下君はこっちだと言って、空いている席に私を座らせた。予備の席らしい。
見城ほのかを憎んでいるのか、どうなのか、もう今ではわからなくなっていた。
心臓ばかりがどくどくとうるさい。
宮下君はどんな手配をしたのか絶対に言ってくれない。
止めようがないのは彼の真剣な目でわかる。
「では、新婦のほのか様の思い出の映像をご覧ください。皆様、スクリーンにご注目ください」
高砂と反対側の壁に、大きなシルクスクリーンが降りてきた。
その時だった。いきなり新郎新婦専用の真ん中の扉から、男女数人が乱入してきた。礼装をいずれも着ておらず明らかに招待客ではない。場は何事かとざわめいた。