平凡非凡ボンボボン 第01話

 平凡というのは特に悪い言葉ではないと思う。

 なんでかというと、世の中非凡やアホだらけだと成り立たない。もっと深く突き詰めて言うと、非凡だらけだったりアホだらけだったりしたら、それこそ世の中めちゃくちゃになるじゃないか。平凡が居てこそ非凡やアホは光り輝くもんだろう。第一僕は非凡やアホな奴になって目立ちたいとか思わない。社会の一般人として、ゲームで言うモブとして生きるのが一番平和だと思うんだ。

 そして今日も僕は平和なヘボニャー(平凡人間? 僕が勝手に命名した)として体育館の片隅でボール磨きをしている。僕は高校一年でこの春入学したばかり。このバレー部の見習いマネージャーだ。

「遊(ゆう)よぉ~? 毎日毎日ボール磨きさせられて飽きねぇ?」

「飽きない。掃除好きだしね」

「俺は早くレギュラー入りしてえわ」

 部活仲間の武田仁志(たけだひとし)が、ぶつぶつ言いながら僕の隣でボールを磨いている。百個近くあるボールを磨くのは新入部員の仕事として定番だから仕方ないのに、こいつは中学時代で有名チームのレギュラーだったもんだから、そんな事を言うんだろう。ハッキリ言って一年でレギュラー入りなんかしたら、先輩部員に嫉妬されていじめられそうだから嫌だ。

「日本は縦型だから、大人しくしてたほうが人生楽だよ」

「何じじくさい事言ってんだお前はよ! 男が逆境を恐れてどうする! そんなんじゃ女にもてねえぞ」

「……お前、もてるためにバレーやってんの?」

「当たり前だろ。このまま企業チームに入ってオリンピックに行くんだ。いい女よりどりみどりだぜ。うはうはだ~」

「ふーん」

 女にもてたいからオリンピックとは、また壮大な夢だなと感心する。まあこいつ強豪バレーチームのあるここの高校に推薦で入ったらしいから、レギュラーになれる素質はあるだろう。身長も百九十センチあるし、スパイクジャンプが一メーターぐらいある忍者だし。僕は無心にボールを磨きながら練習している先輩達を眺めた。

「おらあっ、そこ! へばってんじゃねーぞ!」

 インターハイで何度も優勝しているチームを現在引っ張っている、主将の柳沢先輩がレギュラー達をしごいている。副主将の池田先輩とサーブカットの打ち手をして、その練習を一時間ぶっつづけでやってんだから、先輩達も大変だろうけど主将のほうがもっと大変そうだ。すんごいスタミナだなあと感心する。

「今日も柳沢先輩すげーな」

「……うん」

 仁志が憧憬を滲ませながら言うのに同意したけど、ハッキリ言って柳沢先輩は苦手な人だ。身長は百八十センチとこのバレー部内では小柄なほうだけど、居るだけでピリピリするというか落ち着かない。話しかけたら殴られそうな雰囲気が漂っている。現実、鬼の柳沢として部員達は先輩を恐れている。だって本当に怖いし容赦ないし! 僕は挨拶ぐらいしかした事ない。

「見ろよあのスパイク、カミソリみてー。どんだけ筋トレしてんのかな」

「さ、さあ」 

そんなの知りたくも無いよー。柳沢先輩のスパイクの威力は凄まじくて、顔に受けたら強打で即死するのではないと思うぐらいの威力がある。柳沢先輩は、いくつかの大学から推薦の打診があってひっぱりだこ、そのうえ怜悧な美形で、校内の女子どもの人気は絶大だ。成績も主席というから、夜遅くまで部活動があるのに一体いつ勉強しているのか謎な人だ。

「先輩みたいになれたら女にもてまくれるんだろうなー」

 にやにやしながらボールを磨いている仁志は、どうやらマジで女にすべてをかけているらしい。まあ実際こいつはもてるからな。性格は明るいし、顔はさわやかだし悪くない。ただなあ……、このだらしない顔見たら女も幻滅するんじゃなかろうか。

 ホイッスルの音がして、僕はボールを置いて立ち上がった。僕はバレー部員でもマネージャとして入っているから、タオルを配ったり飲み物の用意とかの仕事がたんまりある。マネージャーは僕と三年の坂田先輩、そして二年の田中先輩の三人だけだ。一年生でマネージャー志望は僕だけなんだけど、そのうち二人ぐらい選ばれるんだろうな。僕は先輩達に教わりながら飲み物を配った。本当は一人でてきぱきやるもんなんだけど、入りたての新入生だから仕方ない。

 しかし、田中先輩強烈に主将にアピールしてるな。女って凄い……。チラ見していた僕は偶然主将とバッチリ目が合ってしまった。げえっ! 視線で射殺される。

「篠原」

 何でいきなり名指し!? じっと見ていたわけでもないしインネンつけようとしていたわけでもないですっ! 

「控え室の机の上の、合宿予定表が入ってる封筒持ってきて」

「……はいっ」

 何だ、用事があっただけか。でもいつも坂田先輩にそういうの頼んでいるのに、なんで新入部員の僕なの? 頼まれごとを主将にされた事が無い僕は動揺してしまい、控え室に向かおうとした途端、何もないのにその場ですっ転んでしまった。

「くっ……」

 ボー然としている僕を見て主将が笑い出し、たちまち体育館は笑いの渦と化した。うううう……恥ずかしいっ。仁志なんか腹を抱えて笑っている。お前、覚えとけよ! 数学の宿題手伝ってやらねーからなっ。

 はあ……大恥かいた。僕は部室で体操服から制服に着替えた。今日はあれから散々で凡ミスをやりまくり坂田先輩にお叱言を食らう羽目になった。何もかもがとろくて今なんか皆帰っちゃって部室でたった一人だし! もう泣きたい。でもマネージャーは忙しくて泣いている暇なんかない。また明日も朝練があって早起きしないと駄目だから、早く帰らなきゃ。仁志が練習後に待ってると言ってくれたけど、マネージャーの仕事があるから断った。すげー心細いからやっぱり残っててもらった方が良かったかな……。

「はーあ、ちょっとマネージャーしていく自信ないかも」

 独り言を言っても誰も聞いてない。部室の鍵をかけて廊下に出たら、もう真っ暗だ。こんなに遅くまで部活しているのはバレー部だけだから、本当に僕が最後で誰も居ない。こつこつと自分だけの足音が響く廊下を歩き、ぽつんと長細い蛍光灯が一個だけついている薄暗い昇降口で、上履きから下履きに履き替えた。

 僕は自転車通学をしている。昇降口から自転車置き場は近いし、体育館も近いんだけどもうちょっと外灯をつけてほしい。こう真っ暗だと何も見えなくなって穴なんか掘ってあったら嵌ってしまうと思う。

「なーんにも見えませーん……。……っっ!!!」

 じゃりじゃりと砂利の上を歩いて自転車置き場に向かって僕は、真っ暗闇の中で突然背後から抱きしめられ、おまけに口を塞がれて体育館の壁に押し付けられた。

何っ!? ゆすりたかり? お小遣いなら昨日DVD買っちゃったからないよっ。

「か、金はな……んむっ…………!」

 信じらんねえ事に、そいつはいきなり僕にキスしてきた。この馬鹿力と手の大きさは明らかに男だ。うそおおおおっ、まだ誰ともキスなんてした事ないのにっ。野郎がファーストキスの相手なんて悲しすぎるっ! てか、美少年ならともかく、なんだってヘボニャーの僕を襲うんだよ。趣味悪いぞこのホモ! ゲイ! 変態っ!!!

 両手を頭の上で一括りにされて動けない僕は、相手の股間を蹴り上げようとしてかわされ、足を動けないように絡み付かれてしまった。

「ひぃっ」

 痴漢の手がブレザーの前の合わせ目から侵入して、シャツごしに胸を抓りやがった。それが痛いのに、僕の身体は何故かキモチイイと思ってしまう。びくんと震えた僕に痴漢は小さく笑い、今度はソフトに固く尖った乳首を撫で回した。その間にもキスは続いていて、息切れ状態の僕は痴漢に口の中をレロレロと舐められてしまっている。なんというか……この痴漢、やたら上手い……。

 唾液がつうっと口の端から流れていく。痴漢のだか僕のだかわかりゃしない。痴漢はそれを熱い舌で舐め上げて、角度を変えてまた唇を食んだ。じゅうっといやらしい水音がするけど、そんなのどうでもよくなるくらい痴漢のキスも胸の触り方も上手だった。気が付いたらブレザーのボタンもシャツのボタンも外されていて、捲り上げられたランニングシャツから飛び出ている乳首に痴漢の指が直に触っていた。

 じゅっ……ちゅううっ。

「あぁ……んっ! あっ あっ」

 唐突に痴漢が指で嬲られてジンジンしている乳首を吸った。おまけに熱い舌でレロレロと舐められてまたきつく吸われる。

「はぅんっ……あぁ……あ、あ、あんっ」

なんでわかんないけど感じてしまっている僕はそのまま腰砕けになり、その場にしゃがみこんだ。一括りにされていた両手は自由になっているのに、僕はもっと刺激が欲しいと痴漢の頭を抱えて胸に押さえつけた。もう駄目だ僕。このままホモ路線に行っちまうのかな。ホモのマネージャーなんて許してもらえるのかな。主将に殴られそう。あの鋭い視線が侮蔑の色に染まるのが見えた気がして、なんでかさっぱりわからないけどさらに身体が熱くなった。僕って変態!? 

「……えっ……そこ、えええっああ……ちょ!」

 痴漢の手がベルトのバックルを外して、元気になっている僕のモノを取り出した。でかい痴漢の手に収まるほど小さいそれにちょっと悲しくなったけど、これはやばすぎる、なんとかしないとっ。これ以上されるとマジで僕はホモだよ! でも……。

「はぁ……く、ふ……」

 僕は性的に淡白な性質であんまり自慰とかした事がなくて、その人肌というか他人の手に扱かれる刺激は強烈だった。痴漢がもう片方の乳首に吸い付いて歯を立てたせいもある。駄目! そんなあやすように噛むな! 吸うなっ! お願いだから~っ!!!!

「ああああっ……やあっ」

「反応がいいな、お前」

 痴漢がいやに涼やかな声で言い、僕は聞き覚えのあるその声に仰天した。でも何かを言おうとした口はすぐに痴漢のキスに塞がれてしまった。舌が吸い出されて唇に挟まれ、頭の中がじいんとしびれて何もわかんなくなる。痴漢に協力的になった僕はもう駄目だ終わりだ。

 お母さんごめん。お婿にはなれそうもないよ僕。全身が、特にあそこが疼いて疼いてたまらない

 二度目のキスでどろどろになった僕を痴漢は嘲笑った。

「何にも知りませんって顔して、いやらしいよな……」

 いやらしいのはお前だホモ野郎! って言いたいけど、身体のほうは痴漢のキスやら愛撫に大喜びで何も言えない。頼むから僕のモノの先を親指で優しくこするの止めて! 爪立てるのも止めてっ。気持ちいいよう……。熱くて、熱くて、なんかもう力が入らない……。

「見えないけど、白いのがいっぱい出てるんだろうな。ヌルヌルして扱きやすい」

「はあ……んっ……やあ……っお願い! も、これ以上されると……駄目、駄目ぇっ!」

 緩急つけて扱かれ、自由自在の愛撫に僕はされるがままだ。

「イけよ」

 痴漢に感じてイくなんて最悪だ。それも男なんだ。がっちがちになった僕のモノは今にも出してしまいそうで、必死に我慢した。誰か来てくれないかな。あ、でもこんなとこ見られたら、明らかにホモがやり合ってるようにしか見えないかも。だけど、この痴漢は絶対ばれたらやばいはずだ。僕は快感で力が入らない両手を、僕のモノを扱く痴漢の腕に添えた。なんとかして止めさせないと……。

 なのに、痴漢の愛撫は激しくなるばかりだった。

「ああああ……っ……もうやめ! おねがっ」

「我慢してないでイけよ……なあ?」

 耳元でささやかれて僕は懸命に横に首を振った。僕は男なんだ。男なんかにいイかされてたまるかっ。懸命に理性にすがる僕を軽く組み伏せて、痴漢の手の動きはますます激しくなり、限界も近くなってきた。ぬるっぬるっと滑るように竿を扱く大きな手の圧力には敵わない。また乳首をじゅうじゅう吸われた。男なのになんで女みたいにそこで感じるんだよ僕っ。

「あうっ」

「イけってば」

 激しさがマックスになって、暗闇の中に居るのに頭の仲は真っ白になって……。

「やっ……あ────っ…………」

 僕はついに痴漢にイかされてしまった……。ドクンドクンと痴漢の手に出してしまった僕は、情けないやら恥ずかしいやら悔しいやらで、涙が一気に溢れてきた。それに気づかれたくなくて、荒い息を吐きながら暗闇の中で目を瞑る。痴漢は手馴れた手つきでハンカチのような布で僕のモノを拭った。そしてズボンのチャックを上げてベルトのバックルを締める。

 そのまま置いていかれるんだろうと思っていたら、以外にも痴漢は僕をおんぶした。身長が百六五センチしかない僕は、痴漢の高身長を感じ取ってちょっと怖くなったけど、がっしりとした腕は力強かったのでそのまま黙っておぶられた。

 自転車なんか乗れるだろうか。腰に力が入らないしだるい。自転車置き場に向かう砂利道をじゃりじゃりと進んでいく音がする中で、僕はやっとものを言う気になった。

「……主将」

「何だ」

 柳沢先輩は暗闇の中で返事をした。ごまかされるかと思っていただけにちょっとびっくりしたけど、僕は続けた。いつも怖い怖いと思っていた人なのに、何だか今の彼は少しも怖くなかった。だって無理やりだったけど愛撫はとても優しかったから……。

「何で……こんな事。主将、男が好きなんですか?」

「男が好きなんじゃない。篠原遊が好きなんだ」

「……僕、平凡ですよ」

「平凡だろうがなんだろうが好きなんだ。お前が部に入ってきた時から好きだった。チャンスをずっと狙ってた」

 そんなめちゃくちゃな。第一接点なかったじゃないか、今日のあれが初めてだ。

「お前だけが俺を異様に避けてたろ。すごい傷ついてたんだぞ。こっちは話しかけたくてうずうずしてたのに」

 鬼の柳沢が傷つくって……。おまけに腹が立って陵辱行為ってないだろ。めちゃくちゃすぎるよこの人。僕はなんだかさまざまな疲れがざっと襲ってきてぐったりとした。仁志ィ……この人頭イかれてるよ。止めとけよ……絶対それがお前の平和のためだ。ホモになっちまうぞまじで。

「……それはあやまりますけど、僕は普通に女の子が好きなんで」

「すぐに男が好きになる。お前にはその素質がある。俺が保障する」

 そんな保障いらねええええええっ! それより自転車置き場が過ぎてしまった。僕はどこに連れ去られるんだっ。

「あの主将! 自転車」

「今のお前に自転車乗れるか。責任もって送る」

 僕はすこしだけ先輩を見直した。穴掘られなかったけど、レイプした事を少しは反省しているらしい。

「え?」

主将は、校門のところに止まっている馬鹿でかい車のドアを開けた。やばいよそれ! やくざの車じゃないの? 後部座席に下ろされた僕がそう言うと、先輩は涼やかに笑った。

「安心しろ。これ、うちの車」

「お、お父さん凄いですね。高級車……」

 挨拶した僕に運転席のお父さんがにっこり笑ってくれたけど、すぐに前を向いてしまった。あれ? 照れてるのかな。それとも笑顔は社交辞令? 何故か先輩が呆れを含んだため息をついた。

「お前ドジな上天然なんだな。何にもない床の上すっころぶだけある。これは運転手の赤田さんだ」

「……主将の家は金持ちなんですか? いつも電車通学だったような……」

「父親が社長やってるからな。今日は特別。皆には言うなよ、特に女どもにはな」

 そんな学校の誰もが知らない秘密を漏らさないで欲しい。そう思っていると主将はにやりと笑った。車は静かに道を走り始める。

「俺、秘密主義だけど、恋人には皆公開する主義なんだ」

「恋人?」

 ぎょっとした僕に先輩が上から圧し掛かってきた。ぎゃあああっ、運転手さんっ赤田さん助けてよおおっ。あっという間に何回か目のキスを奪われてしまった。

「その気にさせるからな。あと部活を辞めやがると許さないぞ。明日もきっちり来い、わかったな」

「部活には行きますが恋人なんて……ひゃうっ」

 感じると今日判明した乳首を制服の腕から撫でられて、僕はありえない声を上げてしまった。先輩は麗しい顔で笑いながら脅した。

「家に帰りたいだろう? わかるよな、この意味……」

「そんなあ」

「俺はいいんだぜ、このまんま俺の家に帰って俺の部屋で続きをやってもさ」

「ううっ……」

 押さえつけられた両手首が痛くて熱い。家に帰してもらえるかどうかもわからない状態では、僕はただうなずくしかなかった。

 何で僕は非凡な主将に目をつけられたんだろう。平凡生活カムバーック!!

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