清らかな手 第1部 第03話

 それから一週間が過ぎたが、雅明は相変わらずアレクサンデルの館の一角にとらわれている。ボスのトビアスからはなんのアクションもないらしく、本当に見捨てられたものと思われた。

 食事代わりの怪しげな薬入りの栄養剤の点滴のせいで、ひどく考えが散漫になりつつある。当初はかなり抵抗していたが、勝手に点滴を抜いたり逃げ出そうとすると、数人がかりで押さえつけられてもみくちゃに犯されるために、ここ数日はおとなしくしている。

(このままではいけない。なんとかしなくては……なんとか……)

 恐ろしいことに思考力も低下しており、そこから先が何も浮かばない。以前はいくらでも対策か浮かび、その度に危機を乗り越えられたと言うのに。

 怪しげな薬は麻薬が入っているようで、切れるとひどく禁断症状が出る。動悸や息切れ、異常な感情の高ぶりで気が狂いそうになる。部屋につけられている監視カメラで館の使用人が雅明を見張っているらしく、雅明がおかしな行動をとりだすと部屋にやってきて、点滴を始めるのだ。

(このまま売られてしまうのか。麻薬中毒にされて、世間から隔離されて、一体どうなるんだ。逃げ出したいがどうすればいいのかわからない。わからない……)

 シャツ一枚で下着を許されていない雅明が、ソファに座ったり、丸まったり、部屋の中を歩き回ったりしているのを自分の部屋のテレビで眺めながらアレクサンデルが笑った。

「悩んでも出口が見つからないと絶望させる。反抗したら暴力を振るわれるから大人しくするしかないと思わせる。だが命令を聞いたらやさしくする。奴隷をつくるにはこれが一番だね」

 雅明はしまいにはソファの上で両膝を抱えて震えている。

「……佐藤貴明は何と言ってきた? ハインリヒ」

 あの中年男は部屋の隅でノートパソコンを開いていた。そして無表情に言う。

「売るなり、弄ぶなり、好きにするがいいとメールが来ました」

「……そのメールだけか?」

「はい、なんどかあの部屋の様子が入ったファイルを送信しておりますが、返事はその一通のみです」

「ふん、悪魔の様に冷たい男だな。兄がどうなろうと知ったことではないと言うことか」

 ハインリヒは、画像編集のソフトを立ち上げながら、口の端だけを上げた。

「いっそネット上に流しますか? ダメージは凄まじいものではないかと」

「それができたらね、くそ」

 佐藤貴明は、世界各国の有力者とつながっている。親族の恥となる事には相応の処置を打つはずだった。ゆすりの元になっている兄の雅明の抹殺をする可能性が大だ。貴明の不興を買った人間は、行方不明になったり事故死したり、再起不能の状態に追い込まれたりしている。裏とのつながりもあることは確かだった。せっかく捕まえた大事な商品を殺されたら損だ……。

「仕方ない……。適当な富豪に売るか」

「それがよろしいでしょうね」

 シュレーゲルからは佐藤貴明と同じ様な回答があるだけだった。同じく無視を決め込むらしい。

 黒の剣も何も言ってこない。彼らにとって雅明はあきらかな捨て駒だったのだろう。

 とっておきの駒だと捕獲した男だったが、どうやら彼の価値は彼自身しかないらしい。

「……薬の量を増やせ。近いうちに公開オークションがあるからそこで売り飛ばす」

「いくら稼いでくれるでしょうかね?」

「さあて……、まあ、並みの人間よりは破格値だろうよ。もうひとつおまけをつけるからな、普通の商品の五倍の値段がつくだろう」

 嫌な笑みを浮かべると、アレクサンデルは他の監禁部屋の映像に切り替えた。

 雅明はぼんやりした頭のまま、テレビをつけた。

 すると画面に自分が映っていて目を見開いた。

 しかしよく見ると違った。テレビの画面の男は黄金色の髪を長く伸ばしていて、ダークグレーのアルマーニのスーツを着ている。

「……貴明か」

 そのまま見ていると、その番組は経済番組でこれからのことを予想などをしながら話し合うと言った趣向のものだった。貴明は流暢に英語を話し、専門家達と難しい話を対等にしている。そのチャンネルはアメリカのものらしかった。

「よく似ているな、双子なだけある」

 背後からいきなりひびいたアレクサンデルの声に、ソファに寝転んでいた雅明は怯えたように振り向いた。シャワーを浴びたのかバスローブのみを着ているアレクサンデルは、雅明の右手首を握ると自分のほうへ引っ張った。雅明はそのまま茶色の絨毯の上にひきずられる。

「弟の前で、俺のものをしゃぶれ、ん?」

 アレクサンデルは雅明の眼の前でバスローブを脱ぎ捨てると、すでに固く立ち上がっている自分のモノを跪ついた雅明の頬にぴたぴたと押し付ける。

「いやだ……」

「嫌?」

 顔を横にしている雅明を蹴りつけると、アレクサンデルは手にしていた鞭で雅明の背中を叩いた。

 ぴしりぴしりと音がして、雅明が悲鳴を上げる。その鞭は特殊なもので痛覚は与えても肌を傷つけないものだった。

「痛いっ、止めて……お願いだから!」

「では言うことを聞くか!」

 うつ伏せで泣いている雅明の首筋をアレクサンデルは鞭でゆっくりとなぞる。雅明は必要以上に怯えて震えている。

「き、聞く……」

「なら早く来い」

 アレクサンデルはベッドへさっさと歩いていく。雅明はよろよろと立ち上がると、ベッドに腰掛けたアレクサンデルの足の間に座ろうとしたが、両腕を捕まえられて抱きしめられる。

「おしおきだ」

 そのままベッドに仰向けにされて、雅明は顔を青くした。何をされるか検討がついたらしい。アレクサンデルは雅明の足を大きく開き腰を少し浮かせると、アヌスへ肉棒を押し付けた。

「このまま入れてやる」

「…………っ」

 先走りの液を利用して先ほどから固くそりかえっているそれを、アレクサンデルは容赦なくアヌスへ押し込んだ。ひきつれる痛みに雅明がつらそうにくぐもった声を漏らす。しかしそれはアレクサンデルを煽るだけで制止することにはならない。

「痛いッ、痛い、アレク……う!」

「こっちは気持ちがいいぞ、ふふ」

「あ、あ、すみません、もう逆らわないから……、許してっ」

「そうはいかない。たっぷりとおしおきが必要だ」

 長い銀色の睫毛を震わせて、仕置きの挿入に雅明は耐えている。雅明はこの一週間あまりで、アレクサンデルは絶対的な君主で逆らうことは許されないと、身体に叩き込まれていた。

 薬との相乗効果で、雅明はアレクサンデルを見ると怯え、無防備に身体を差し出す。

「う……うう……」

「感じたらどうだ? もっと声をあげたら?」

「痛い! もう勘弁してっ……お願い……します、ああああーっ」

 女と秘唇とは違ってぬめっては来ず、あまりの痛みに雅明が泣き叫んでもアレクサンデルは腰の動きを止めなかった。ようやく精が出された時には、女の様に雅明の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「言うことを聞かないとこういう目に遭う、わかったな」

「……わか、わかった……」

「いい子だ……、それでいい」

 アレクサンデルは上手い具合に調教が進められて満足そうに笑うと、麻酔効果のあるオイルをアヌスに塗り付けた。

「これで痛みは消える」

「あ、ありがとう……」

「ふ……」

 ありがとう、か、とアレクサンデルは笑うと、ベッドから見えるテレビを観た。相変わらず弟の貴明が話しているところが放映されている。兄の雅明にはない、威圧感のある鷹のよう鋭い貴明のまなざしが、アレクサンデルを射抜いてくる。外見の繊細さとは裏腹に内面に恐ろしいものを持っている弟……。

 同じ兄弟でこうも違うものか、と、ベッドに臥せってじっと眼を閉じている雅明をアレクサンデルは見下ろした。雅明は弟に比べてより繊細で化け物じみた存在感は皆無だ。

 トントンとドアをノックする音がする。来た、と、アレクサンデルは舌なめずりをした。これから起こることを予測するとまた股間がたぎってくる。この美しい男をさらに汚すことが出来ると。

 雅明はそのノックする音にも男が近づいてくる音にも気づいていないようだ。だが、男はもう興奮状態にあり息が荒い。ここ数日間、ずっと雅明の痴態を映像で見せ続けた結果がこの男の状態だ。情欲にたぎった眼で、男は反対側を向いて横たわっている雅明を見つめる。アレクサンデルは静かにベッドから立ち上がると、顎をしゃくって、男にやれと命令した。

「な……っ」

 唐突に仰向けに向けられ、自分をベッドに押さえつけた男を雅明は信じられぬという顔で見上げた。

 それは相棒のフレディだった。フレディは血走った眼で、雅明が唯一着ている白いシャツを力任せに引き裂く。

「フレ……、おま……え、あああっ」

 両手を押さえつけられて乳首に吸い付かれて、雅明が身体をよじろうとする。美しい茶色の瞳はこれ以上はないというほど見開かれ、ベッドの隣のソファに座っているアレクサンデルを見た。その茶色の瞳に浮かんでいるのは、絶望の二文字だった。

 その顔が見たくて仕組んだアレクサンデルは、満足そうにウイスキーグラスをあおった。

「アウグスト、ああ……」

 フレディはさも愛おしそうに雅明をだきしめると、唇を貪るようにキスしてきた。か細い力で抵抗しながら雅明は涙を流している。ガラスの様に脆くなっていた心が軋み壊れそうになっているのだ。

「なんで……お前が……」

 激しいキスから解放された雅明は顔を横に向けてフレディを拒絶する。しかしフレディは構うことなくこぼれている涙を吸い、こう言った。

「好きなんだお前が、アウグスト」

「……冗談はやめてくれ」

「ずっと気づいていなかっただけだ。今やっと気づいた。好きだ、アウグスト」

「私は、……く……」

 耳朶を舐められて甘噛みされて雅明は感じたくもないものを感じた。相棒の愛撫で自分は官能の疼きを感じている、とんでもない事だと思っているのに、逃げることも撥ね付ける事も出来ない。できるのは効果のない抵抗だけだった。

「いやだ……」

「アウグスト」

 フレディの手はくまなく雅明の身体を愛撫している。胸も首筋に強く吸い付いては雅明の反応を確かめているかのようだ。相棒を犯し続けるフレディにアレクサンデルは嗜虐的な笑みを浮かべると、命令した。

「そいつのものに吸いつけ、フレディ。射精したらお前が全部飲むんだ」

 こくりとうなずくと、フレディは立ち上がりつつある雅明のモノに手を伸ばす。

「嫌だ、嫌だ……は、あ……あああっ!」

 柔らかな感触が自分のモノをぬるりと包み込み、吸い付いていくのを雅明は止められない。解放された両手でフレディの頭をのけようとしても、薬で弱った力では到底不可能だった。逆にフレディの征服欲に火をつけ、彼はピストンを繰り返したり、歯で甘く噛み付いてきたりする。そしてアヌスに指を這わせて抜き差しを始めた……。

「ああっはあ……、フレ……くうっ」

 みるみる肉棒は固く熱くなり、フレディの口腔内を圧倒していく。ビクビクとうごめくそれにフレディは喜びを隠せない。雅明が自分にいかされかけているのだ。ぬるぬるする唾液を利用してさおを激しくさすりながら、先端をちょろちょろと舌で舐めて思い切り吸い上げる。

「あんんっ……ああ……ああああ……はう……、駄目だ、それ以上……ああっ」

 真珠色の肌が桃色に染まり、より一層淫靡な空気が部屋を支配する。

 銀の髪を振り乱して喘いでいる雅明に近づいて、アレクサンデルは足を広げて背後から抱き込むように雅明の身体を抱えた。

「嫌だ嫌だと言っているが、ずいぶんいい気分な様だな」

「あっあっ……、やめ……フ……レディ! どうしてっ……」

 耳を中心へ向かって舌を出して舐めていきながら、アレクサンデルは雅明の両胸に手を回す。

「何故って、決まっているじゃないか……、フレディは君が好きなんだよ」

「うそだっ」

 その瞬間に肉棒の先を強めに噛み付かれ、雅明は絶叫する。

「ああああああっ……ああーっ!!」

 身体中をびくびく震わせて、雅明は二人の男の愛撫に耐えた。身体中が性感帯になってしまったかのようにやたらと反応してしまう自分が、雅明は情けなくてまた新たな涙を流す。

『……このところのユーロの……』

 いきなり弟の声が大きく響いてきて、雅明はびくりとして声がするほうを見る。アレクサンデルがリモコンでテレビの音量をあげたのだ。冷たいまなざしで貴明が画面の向こうから自分を見ている。嫌でも弟との地位の違いを突きつけられた。

「いやだっ……やめろ! やめろと言っているのに!」

『今日の日本の株価指数を見ると……』

「いやだあーっっ!」

 なけなしの力で再び抵抗を始めた雅明を、二人の男達はなんなく押さえつけて夢中で貪る。骨ばった手で撫で回される腰、太もも、腹、胸、首……。アレクサンデルが薄い胸を揉みながら乳首を摘んで撫でて、押しつぶす。フレディは相変わらず雅明のモノをしゃぶりつつアヌスに指を入れて犯していく。

 二人の男の舌の水音と息遣いと、自分が上げている喘ぎ声と、テレビから流れてくる弟の冷たい声が、雅明の頭の中をぐるぐるとかき回し、惑乱させた。

「はあはあ……ああ……は…………うう……くう……っ」

 手足を緊張気味に震わせる雅明に絶頂が近づいていくのを感じ、二人の男の愛撫に激しさが増していく。 

 ぴちゃぴちゃ、ズルッ……ヌルッ……、ちゅう……ちゅうちゅっ。

「…………っ!」

 やがて雅明は男二人に高みに押し上げられて、がくがくになって達した。フレディは雅明のモノが射精を始めたのを零すまいと深くそれを飲み込む。

「あ……あ…………っ」

 何度も震えていきおいよく飛び出してくる精を、ごくごくとフレディは飲み込み嚥下する。ほぼ出終わった頃にもっと出せと言わんばかりに、フレディの舌が舐めたためまた新たな精が流れ出た。それをちゅうちゅうと吸い上げてフレディはそこから口を離そうとしない。

 ぐったりとした雅明をベッドに横たえると、アレクサンデルは自分の精をいつもやっているように腹に出した。熱いものが降りかかるたびに、弛緩しているはずの雅明がぴくりと反応するのが面白い。

「フレディ、もう出せないと思うぞ?」

 執拗に肉棒をくわえ込んでは刺激を続けるフレディに、アレクサンデルは声をかけたが、フレディは耳を貸そうとはせずにそのままさすったり舐めたりしている。

「……まあいい、夜は長い、楽しむんだな二人とも……。お前達をセットでオークションに出してやる」

 アレクサンデルは脱ぎ捨てたバスタオルを拾って羽織ると、部屋を出て行った。

 うつむいて肉棒を口に含んでいるフレディの両眼に、一瞬正気の光を戻したのを、アレクサンデルも、再び喘ぎだした雅明も知らない。

 テレビ番組はもう貴明を映さず、他愛のないバラエティ番組を映していた。

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