清らかな手 第2部 第07話

 その晩、フレディは痛む腹や鳩尾を撫でながらパソコンに向かっていた。専門の人間でないとわからない文字列を目で追いながら、キーボードを叩いている。しかし、フレディの引き出したい情報にはなかなかたどり着けない。

 時計は深夜の一時半を指している。

「……俺はもう、本当に役立たずになったのかな」

 これ以上しても成果が出ないと諦め、パソコンの電源を落とした。目を酷使したせいで視界が霞む。洗面台で顔を洗うとタオルを水に浸してしぼり、それを目の上に載せてベッドに横たわった。

 貴明や、佐藤グループの専門家チームに監視されているのを承知の上でさまざまな方向からアクセスしてみたが、結局たいした事は拾えなかった。トビアスはセキュリティを強固にしているらしい。

「……ふ、本当に今の俺は役立たずだ」

 死ぬ事が出来ない今、どうやって生きていけばいいのだろう。一般人として生きていくにはこの日本は閉鎖的だ。さらに何の肩書きもなく、職歴もない自分がまともな職にありつけることはない。最悪、日本の闇の世界で生きる事になってしまう。

 だが、普通に生きると黒の剣を抜けた時に決めた。だからここでくじけるわけにはいかない。

「とりあえずはこの屋敷をどうやって抜け出すか……」

 コンコンとドアがノックされ鍵を回す音がした。想像通り現れたのは高野で、フレディは一旦はずした濡れタオルを再び目の上に載せた。しずかに高野の足音が近づいてきて止まり、上着を脱ぐ衣擦れの音がする。

「黒の剣にアクセスしようとするなんて……馬鹿ですね。今の貴方にできる事など知れているでしょう?」

 頭を優しく撫でられた。ひどく不愉快だったが、また鳩尾を力任せに突かれたらたまらないのでフレディはされるがままにした。そのうち、高野の手がシャツのボタンを外し胸を愛撫してくる。高野の愛撫に慣らされた身体はすぐ反応し、小さな乳首は硬くとがっていく。

 高野の指がきゅっとそれを摘んで捻りあげた。

「く……」

「いい身体ですね。本当に」

 含み笑いと一緒に高野の唇が胸に吸い付く。それでもフレディは我慢した。どうせ拒絶してもこちらが傷つくばかりで、高野に痛手を負わせる事などできやしない。ここは完全に彼のテリトリーなのだ。それなら相手が欲望を満たすまで我慢して、余計な抵抗などせず早くいかしてしまえばいい。そうすればこちらも力を温存しておける……。

「フレディ、そんなに私が嫌いですか?」

 唐突に高野が言う。フレディはその問いを馬鹿かと思った。

「……大嫌いだな。お前も早く他の奴を好きになればいい」

「自分で出来もしない事を、私に求めないでください。諦めきれない辛さは貴方の方が良くご存知のはずでしょう」

 変な男だ。雅明のような美しい男を好きになるのならわかるが、何故自分のように至って普通の容貌の、それも異国人を求めるのだろう。おまけに闇の世界の汚物にまみれた自分など何の価値がある。雅明のように闇の世界に居ながらも、清らかである事など自分には出来やしなかった。

「……アウグストは綺麗だった。俺はどこまでも汚れてる」

「フレディ……」

 目の前にすっとアーミーナイフが突き立てられた。驚くフレディに高野はかすかに微笑む。

「社長を殺したいと言ったでしょう? それならその前にこの私を殺しなさい」

「……何?」

 タオルが取られ、顔の横すれすれにナイフが刺さった。そのナイフは鋭い切れ味を持つようで、すっと刃が枕に沈んで行く。一瞬ナイフに気をとられていたフレディは、ベッドに乗りあがった高野に気づくのが遅れ、あっという間に深い口付けを受ける羽目になった。それはかつてない激しさで、フレディは息苦しさに襲われて高野の下でもがいた。

「んふ……、ん! ……んーっ」

 唾液が流れ喉元を伝っていく。やがて高野の唇は耳朶に移動した。

 

「おまえ……いい加減に……あ……ああ!」

「もっと乱れなさい」

「やめ……やめろ、なんで……っ……ああっああ……も」

「素直になりなさい」

「はあっ……やめ……はぁっ……」

 感じ出した自分に自己嫌悪を抱いたが、それ以上に高野の生み出す疼きが気持ちよくて、フレディは身体を振るわせた。乳首から首筋に唇が移動し、ねっとりと這った。

「ああ!」

「気持ち……いいでしょう?」

 刺さっていたナイフは鞘に収められて枕元に転がる。高野の手はフレディの下腹部に伸び、熱くなっているものをスラックスごと掴んだ。

「……あ、そこは……っ」

「もうすっかり固くなってしまって……、身体は私に馴染んでいるのに……ね」

 スラックスの前が割られギチギチのものを取り出された。先走りを利用して先をぬるぬるとこすられ、痒みにも似た、たまらない痺れが全身を襲う。その甘さを逃がそうとまたもがき、フレディは再び高野に押さえつけられてしまった。

「私は、今日ほど貴方を憎らしいと思った事はありません。貴方は、社長を愛し始めている。私がこんなに貴方を想っているのに!」

「何を言ってる……」

 フレディはぼんやりと高野を見上げる。眼鏡をいつの間にかはずした高野の目は、身に覚えの無い嫉妬に燃え盛っていた。

「社長を愛するのは、雅明様にそっくりだからですか?」

「だから、何で……あああああっ!」

 双球を絶妙な力加減で揉まれ、フレディはあっけなく射精した。 

「あ……あぁ……」

 がくがく震える身体を何とかしたいが、高野が吐き出されたものをアヌスにぬるぬると塗りつけ、ぐぐっと指を潜り込ませてきた。そしてすぐに愉悦の一点を容赦なくこすり付けられる。

 ズクン……と局部が強い愉悦で疼いた。

「やめろ……っ……ど……して、ああっ……も……あああ」

 指はぐちゅぐちゅといやらしい音を立てて出入りを繰り返す。その度にフレディはまた絶頂へ押し上げられていく。高野のもう一方の手は執拗に熱く息づく肌を愛撫し、時折とがった胸先をつまんだりこねくり回した。

 切ない吐息を繰り返すフレディの耳元に、高野の熱い息が吹きかかる。

「……愛しています。だから……」

 その熱さを受け入れたくなくて、フレディは横倒しになっていた首を振った。しかしその甲斐もなく高野の唇が耳朶を熱く食んでくる……。

 このままではこの男に、身体だけではなく心までも絡め取られてしまう。

「フレディ、愛しています」

 言うな、聞きたくないとフレディは目を固く閉じる。甘く蕩かされた身体を仰向けに転がされ足を大きく開かれた。

「フレディ」

「あああ……っ!!」

 フレディのアヌスは喜んで熱い欲望を飲み込んでいく。もうこの身体はおかしくなっている。高野の愛撫にこうも応えてしまうのだから。

「あ……あ」

「社長はこんな事はしてくれませんよ。あの人の心は奥方のものだ」

「俺は……っ」

 雅明の運を食い尽くした佐藤貴明など、大嫌いだ。高野はとんでもない勘違いしている。

「ああっああ……っ」

 引き抜かれたモノがまた熱く押し入ってくる。足りない、ぜんぜん足りない。もっと強く、もっと深く入って欲しい。

 気づいたら高野の背中をフレディは抱きしめていた。高野はスラックスの前を割っただけでその他はまったく乱れていない。それに反してフレディはシャツを淫らな花のようにシーツに広げ、あとは全くの裸だった。

「もっと……あッ……ん」

 また高野の唇が重なる。さっきは嫌がっていたのに今ではその舌が絡んでくるのがうれしい。夢中で舌を絡め返すフレディに、高野の目がぎらつく。さらに奥深く高野のモノが突き込まれ、それを逃すまいとフレディの腰が淫らに揺れる。

「いやらしいですね……、私をこんなに咥えて」

「あ……も……っと。と、止めるな」

 腰を動かすのを止めた高野を、動かそうとしてフレディは腰を揺する。

「動いて欲しいならおねだりなさい。”湊、もっと犯して下さい”とね」

 それは屈辱的な言葉だったが、官能の沼におぼれているフレディはあっさりと口にした。

「み、みなと……湊、もっと犯して」

「私のモノを食べたいのですね?」

「あ、早くッ」

「……仕方がない人ですね」

 再び激しく腰を揺さぶられ、フレディは歓びながら高野にまたしがみ付いた。首筋を吸われ、一層官能を高ぶらせる。

「きつい……締め付けないでください」

「はあッ……あん……あッ……あ!!」

 挿れられるなどまっぴらだと思っていたのに、今ではその肉の歓びに支配されている。自分は本当に変わってしまった、高野に変えられてしまった。

 恋人の面影がぼやけて消え、高野の秀麗な顔に変わった。微笑んだ高野に両手をベッドに沈められ腰をゆすぶられた。パンパンと肉がぶつかる音がして、ますます二人は高まっていく。

 自分はこんなに薄情な人間だったのだろうかと、微かな自己嫌悪が愉悦に混じった。雅明以外と抱き合って歓ぶ自分は一体何なのだろうと。

 ジュブっと音がして高野のモノが引き抜かれ、身体を四つんばいに転がされる。身体に力が入らないフレディは、腰だけを突き出した間抜けな格好で再び高野に突き入れられた。硬い灼熱が当たる部分が変わり、またその部分がどろどろに蕩かされていく。

「ああ……それ……いいッ」

 積み重ねられている枕に顔をうつ伏せて、呻いた。同時に涙が止まらない。

(もう俺は、アウグストを愛する資格なんてない)

 こうなる前に死にたかった。

 でも、もう自殺などできやしない。高野の想いが自分の心に住み着いてずっと自分を見つめているのだから。

「フレディ……っ」

 フレディは、自分の罪深さをひしと感じた……。

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