見つめないで 第15話
そしてやっとお昼にありつける……と、思ったんだけど。
「ロッカーの鍵がない」
作業着のポケットに入れたはずの鍵が無い。どうやら落としてしまったらしい。
皆、次々とランチのテーブルに着いている中、私一人、途方にくれている。鍵が無いとお弁当が取れない。仕方ないので、朝からの自分の行動範囲をうろうろ探していると、エレベーターの中で忍さんと一緒になった。
いかにも総支配人という感じで、びしっと決まったスーツ姿だ。
「どうした? めずらしくおろおろしてるな」
「ロッカーの鍵を無くしてしまったんです」
「……まじかよ。お前、紛失したら、新しく作り変えなきゃいけないんだぜ?」
「……いくらするの?」
「付け替えだから、一万少し……かな」
「見つからなかったら最悪だわ」
貯金魔の私は痛い出費で、頭が痛くなった。一体どうして落としてしまったのかしら、こんなミスした事ないのに……。
「マスターキーみたいに、首から下げとけ」
「次からそうするわ」
鍵はどこを探しても見つからず、休憩室に再び戻り、私は皆に鍵を拾っていないか聞いて回った。皆、拾っていないとそっけなく言う。小寺みちるはにやにやしている。この女なら、持っていても、しらないと言うだろうな。でも、今はそんなのに構っている暇はない。フロントにも、鍵を拾ったお客が居ないか聞いたけども、誰も拾っていないと冷たく返されただけだった。
一時間半ある休憩時間が、残り20分になった時、私はついに諦めた。
事務所で鍵の手続きをしてとぼとぼ出ると、なぜか、待ち受けていた忍さんに総支配人室に連れ込まれた。
「何よ? 職場ではやりたくないわ」
「馬鹿、ブス子は変なドラマの見すぎだ。誰がするか、ほら」
忍さんは、コンビニかなんかで購入したようなお弁当を、私に差し出した。
「腹に飯を詰め込んどかないと、仕事にならねえだろ。さっさと食え」
「……ありがとう」
「ふん、倒れたりされたら迷惑だからな」
不貞腐れてデスクに着いた忍さんは、秘書の水沢さんが出したコーヒーを啜った。水沢さんは、おかしそうに笑っている。
「総支配人は、本当に素直じゃないから……」
「水沢。余計な事言うな」
水沢さんは、お弁当を食べている私に、お茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
「総支配人はめちゃくちゃ捻くれてるから、三杉さんに、ひどい事をしたんじゃないか心配してるの。いきなり襲われたりしなかった?」
ああ、忍さんとできているという噂は、もうここに届いているのか。これだと、このホテルすべての人に広まったろうな。
あー、面倒くさい。正直に言おうかしら。
でもさすがに、襲われるわ馬鹿にされるわ、同棲を強要されて大変でしたとは言えず、適当に笑い返してお弁当を食べ続けた。
「根は悪い人じゃないから、誤解しないであげてね」
「いい加減にしろ水沢! さっさと仕事にもどれよ」
この人の前では、忍さんは例の余所行き人格にならないらしい。
「おー怖! 邪魔者は退散しますわ。ほほほー」
水沢さんは、なんだか愉快な人だ。根性悪いわりにはまじめそうな忍さんには、あんまり釣り合わない。でも良い人だと思う。だから、彼女は周一郎さんとは関係ないだろう。
お弁当を食べ終えてお茶を飲み、忍さんにお礼を言った。忍さんは書類から顔を上げ、気まずそうに口ごもった。
「あのな、ブス子……」
「何ですか?」
忍さんは立ち上がり、私の隣まで歩いてきたかと思うと、ぎゅっと私を抱きしめた。
……職場では、こんな事もしないほうが、いいと思うんだけどな。それなのに、私も可笑しくなったみたいで、昨夜から忍さんが大嫌いと思う気持ちが、薄れていっている。黙って身をまかせた。
ふふ、あったかい。
思えば男性とこんなに密着して平気になったのは、確実に忍さんのせい。一緒に寝たりすると、内気で男性に臆病な性格も吹っ飛ぶものなのだろうか。……違う、くやしいけど忍さん限定だ。
忍さんにされた事は、警察に訴えてもいいレベルなのに。
それなのに、こうされるのが嫌でなくなってしまった。
「春香……」
耳元で忍さんが何かを言おうとした時、ドアが慌しくノックされ、私達は弾かれた様に離れた。
入ってきた水沢さんは、さっきとは打って変わって、緊張した空気を漂わせていた。
「どうした? 血相変えて」
「総支配人、大変です。1063号室で盗難事件がありました」
「何?」
忍さんと私にも緊張が走る。とても嫌な予感がした。
「何が盗まれた?」
「宿泊されていた、原様のロレックスの腕時計と、現金二十万円が入った財布だそうです。原様はとても怒っていらして、総支配人を呼べとおっしゃってます。すぐに警察が……」
「わかった、すぐにいく」
嵌められた。私は唇をきつく噛んだ……。