白の神子姫と竜の魔法 第01話

 華やかな舞踏会が繰り広げられていた。

 着飾った貴族や軍人、王宮への出入りが許されている商人たち、隣国からの貴族や王族が参加しての大掛かりなものである。

 主役は、最近異世界より現れた美しい神子姫、マイだった。

 リンは王妃の椅子に腰を掛け、マイと手を取って踊る夫を見ていた。

 美しいマイにため息がこぼれそうになる。水色の花束のようなドレスは、さながら妖精のような彼女の美貌を引き立て、それでいてふくよかな胸に女らしい身体つきが、男性の目を惹きつけて止まない。

 夫である国王リヒャルトも、金髪碧眼の美しい男性だ。

 自分と、その場に居るだけて目を奪われるような美しさを持つ二人とは、あまりにも違う。

 王妃にしか許されない、金糸で縁取られた白のドレスを身にまといながら、リンは悲しさを押し隠して微笑み続けていた。

 普通、神子姫は二人一緒に召喚されるものなのだというが、何故かマイだけが一年も遅く現れたのだ。当然リンの時もこのような舞踏会は開かれたが、主役の輝きはマイの方が圧倒的に強い。

 それなのに、マイは影の神子なのだという。そしてリンが光の神子なのだという。

 影の神子はマリクへ物質的な富を。

 光の神子は精神的な幸福をもたらす。

 影と光という字面だけを追っていたら、まるで正反対だと誰もが思うだろう。 

 リンもそれなりに美しい。

 だがその美しさも、マイの輝くような美しさの前には影のように鳴りをひそめてしまう。

「今度の神子姫様は本当にお美しい」

「陛下とああやっておいでになると、本当にお似合いですわね。同時に召喚であったならマイ様が王妃に……」

「し! 聞こえたらどうする」

 気まずい空気が自分の近くで生まれ、リンは聞かないふりをして微笑みを貼り付けたまま、踊る二人を見続けた。

 光の神子姫は、いつも楽しそうに微笑んでいなければならない。召喚された時、大神官から、それが役目だと言われた。

 だから、マイのような華やかな美しさを持たないリンは、その微笑みだけを武器に今までやってきた。

 それがどうだろう。マイは、あまり微笑まないのにその美しさで人の注意を惹き付け、ちょっと微笑むだけで人々を魅了し、リンのたった一つの武器を打ち砕いてしまった。

 あの流れるような、軽やかなステップはどうしたってリンには踏めない。息がぴったりとあったダンスを続ける二人は、まさしく今日の舞踏会の華だ。

 リンの胸に、叶わない努力はやはりあるものだという苦い思いが広がった。

 どう足掻いてもあの美しさは手に入れられない。人をひきつける天性の魅力はリンにはないのだ。

 先ほどの貴族の言葉ではないが、同時に召喚されていたなら、きっとマイが王妃になっていただろう。リヒャルトがあんなに楽しそうにしているのを見たのは久しぶりだ。

 きっとリヒャルト後悔しているはずだ。リンを王妃としたことを。

 この世界では離婚はめずらしくはなく、相手が神子姫であっても離縁があったと、王妃教育してくれた大神官は言っていた。

 神子姫はただ、そこの国にいるだけで繁栄をもたらす。だから王族でなくともこの国の人間が神子姫と結婚して、神子姫をこの国に縛り付けられたらそれでいいのだ。

 リヒャルトはいつだってリンと離婚して、マイと結婚できる。

(私がこの椅子に座っていられるのは、あとどれ位だろう)

 今度は、二人に注目している人々を見ながら、リンは思った。

 最近のリヒャルトは、いつも不機嫌だった。

 何か腹立たしそうにしてリンに何かを言いかけては止め、突き動かされるように抱いた。

 最初は、あんなにも優しく愛を囁いてくれたというのに、あの彼はもういない。

 マイのせいだと思いたかった。でも、彼女が現れる前から、リヒャルトの心はリンから離れていたのを、リンは知っている。

 きっと自分は近いうちに離縁され、誰かに下賜される。

 こんなにリヒャルトを愛していても、彼の愛はもう望むべくもない。

 異世界へ召喚された時、とても優しくしてくれたリヒャルト。

 求婚されたあの夜はどんなにか幸せだった。

 彼だけを思い、彼だけのために、なれない神子姫の勤めも、王妃としての勤めも果たしてきた。

 でもきっと、それらは彼を満足させる出来ではなく、それで彼は最近ずっと不機嫌だったのだろう。

 音楽が変わった。

 マイを披露する舞踏会は終わろうとしている。

 リヒャルトがマイの手を引いて席へ戻り、今度はリンの手を取った。

 この国では、最後は必ず国王と王妃が踊らなければならない。

 貴族たちも結婚している者は夫婦で踊る。

 先ほどとは打って変わって、国王としての威厳を放ちながら、リヒャルトが言った。

「そなたは誰とも踊らなかったのか?」

「私がダンスが苦手なのはご存知でしょう」

 優しく、諭すように言うリンに、リヒャルトはわずかに顔をしかめた。

「いつまでたっても苦手は通用せぬ。ジークフリードに習え」

「宰相にそのような手間をとらせられません。陛下の手助けをするのが役目でありますものを」

 なれないダンスで一瞬足をくじきそうになったところを、リヒャルトが巧みなリードで助けてくれた。

 視線を感じる。

 じっとこちらを見ている、神子姫マイの嫉妬をまじえたきつい眼差しが。

 すると、彼女もリンの視線を気づいていたに違いない。

 音楽が終わった。

 リンを王妃の椅子に座らせると、国王がマイを伴って退席する。

 ざわ……と、それを見ていた者達はどよめいた。

 そんなことをリヒャルトがするのは、今回が初めてだったからだ。

 リヒャルトはいつも一人で退席していた。それはリンと結婚しても変わらず、常に国王が一番先に退席し、その次がリンという順番だった。

 それがどうだ。

 王妃の手を取るならともかく、神子姫のマイの手を取って退席していくではないか。

 皆の目に、マイへのリヒャルトの寵愛がいかほどのものかが披露された瞬間でもあった。

 リンは、哀れみとも、好奇ともとれる貴族たちの注目を浴びながら、一人で席を立った。その彼女へ手を差し出したのは、宰相であるジークフリード・フィン・マリク・グロスターだった。

 国王とあらかじめ打ち合わせがされていたのだろうとリンは察し、黙って彼の手に自分の手のひらを重ねた。

 廊下へ出ると、居並ぶ警護の兵が敬礼を続けていた。前をマイとリヒャルトが歩いている。二人は仲睦まじげに話をしていて楽しそうだった。

「本当にお二人はお似合いですね、夫婦のよう」

 リンがそう言うと、宰相は呆れたように言った。 

「貴女は何か勘違いされていませんか? 新しい神子姫が現れても、王妃は貴女であるのです。今日の主役は確かにマイ殿でしょうが、それだけの話です」

「私はマイ様に遠慮しているわけではありません」

「そうでしょうか。貴女は相当マイ様を気にしておいでだ。じっと彼女を見ていたではありませんか」

 周囲にもばれているのだ。リンは自分の未熟さが恥ずかしかった。だが、もう自分の落ち目は誰の目にもあきらかだ、そう思い直した。

「……王の部屋である水晶の間の隣の部屋に、マイ様がいらしているのです。気にして当たり前でしょう? 連夜そこで陛下がお過ごしであるのに、気にならない王妃がいるかしら……?」

「今だけです。陛下の貴女へのご寵愛は絶えるものではありません」

 国王を第一としているジークフリードを知っているリンの心に、宰相の言葉はむなしく響くだけだ。彼はリンを思っているのではない、国王の面子のために言っているだけなのだ。でも、優しいリンは静かにうなずいた。

 リンは笑顔を貼り続ける。それが自分の役目なのだから。

 役目が消えたら、平凡な能力しかないリンは、この異世界ではやっていけない。

 愛するリヒャルトのために、自分のために、リンは微笑んでいるのだった。

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