白の神子姫と竜の魔法 第03話
目覚めたら、おとぎ話のお姫様が眠るようなベッドに横になっていた。
……私って、確か部室に居たんだよね?
そんでなんか白い光に襲われて……、あれからどうしたんだっけ。
記憶がおぼろげで思い出せないんだけど。んーと。……えーと。
違う。
そもそもここはどこなんだろ。窓から外を見ようとしたら、レースの白いカーテンがかかってるから見えない。仕方ないな。
広いベッドの端までにじり寄り、毛足の長いカーペットに足を着いた。うわー……なんの動物の毛かしらないけれど高価なのが一目瞭然だ。
妙な形の花瓶も、壊したら恐ろしい金額を弁償をさせられそう。
着ている服がブレザーから、裾が長いひらひらのワンピースになっていて、本当にお姫様になったかのようだ。
さて……。
カーテンを開けて外を見ると、花々が咲き乱れた庭が目に飛び込んできた。それも西洋風に整えられた丸やら四角のイメージの。
歴史の時間の資料で見た、ヨーロッパのどっかの国のお城がこんな庭だったような……。
この庭、向こう側まで何キロあるんだろう。
なんとなく気になって、簡単に外れる鍵を外して窓を開いて、隣の部屋を見ようと首を伸ばした。
するとずらーっと並ぶ窓があった。建物は二階建てでそれがまた高い。
真っ白な石造りの壁には、金の華麗な模様の縁取りがしてあって、庭と同じぐらい果てしない。
「…………」
下を見下ろしたら、ど派手な軍服に、槍を持っている軍人みたいな人と目がばっちり合い、何故か敬礼された。
ぱたんと窓を閉じた。
なんだか大掛かりな映画のセットだな……。
演劇部にスカウトされた記憶はないけど、病人が出たかなんかでピンチヒッターにされたんだろうか。
でもこんなセット、確実に億のお金がかかりそう。
ベッドの縁に腰をかけて足をぶらぶらさせていると、誰かがドアをノックする音が響いた。返事をしたら良いのかどうかわからないでいると、相手は儀礼上叩いたのか、勝手に両扉の片方を開けて入ってきた。
「お目覚めでございましたか、神子姫様」
ミコヒメサマ?
何それ……。
きょとんとしている私を無視して部屋に入ってきた侍女役の人は、テーブルクロスがかけられたテーブルに食事を並べ始めた。
美味しそうなパンに、チーズ、サラダ、普通の洋食に見えるってことは、やっぱりこれは大掛かりな映画のセットかなんかなんだろうか。
「あのー、私、家に電話したいんですけれど?」
「電話はこちらにはないと申し上げましたが」
中年のおばちゃん風の侍女さん役の人は、不思議そうに首をかしげた。
嫌な予感がする……。
「いえ、多分私、一晩くらい寝てたと思うのよ」
「ええさようでございますとも。昨日お風邪を召されてずっと横になっておられました。陛下もお心を傷めていらっしゃるご様子でした」
風邪なんかひいてないよ。私は病弱とはほどとおい健康体なんだから!
「電話がないんなら、パソコンとか」
「それもないと申し上げておりますのに。一体どうなさったんですか? 元の世界にいきなりお戻りになりたいとおっしゃるなんて……。大丈夫でございますよ。ただの風邪だったのです」
「いえ、そうじゃなくて!」
「ともかくお食事されることですわ。それから考えましょう。陛下は後でこちらにおいでくださいますし、このさいですから宰相も呼びましょう。何か解決してくださるかもしれません」
……壮大なドッキリのようだ。
もう何も言わないでおこうと思って、黙ってテーブルに着くと、侍女さん役の人はほっとしたように表情を緩めた。
物凄い演技力だな……。みごとに慣れた侍女を演じてるし、あの顔、どうやって特殊メイクしてるんだろう。
うちの学校の演劇部、特殊メイクできる人なんていたっけ?
食事を飲み込みながら、早くドッキリでーす! と誰か出てきて欲しいと切実に思った。
陛下役の人と、宰相役の人が部屋に入ってきた時はとんでもなく驚いた。
どー見ても伊達君と稔だ。
二人とも、本格的にそれぞれの服装に扮した、えらくまたお金のかかったコスプレだ。
「リン、風邪はすっかり治ったようだが、里心がまた蘇ったそうだね?」
心配顔の伊達君にぎゅうっと抱きしめられて、これ以上はないというほど心臓がドキドキ言った。
こんなのされたことない!
口をパクパクさせていたら、私達二人をほほえましく見ている侍女のおばさんが目に入った。
もう……どうしたらいいのか。
白木さんに了承を得てるんでしょうね、これ。
「陛下、神子姫は驚かれていらっしゃるようです」
「そうか?」
侍女さんの指摘に、ようやく離してくれた伊達君に顔を覗き込まれ、今度は顔に熱が集まった。
こ、こ、これも慣れてないってば~!
おまけにキスするな~。こんなにスマートな真似をするなんて、いったいいくらのお金を積まれたの!?
「だが顔色は良い様だし。心配はないのではないか?」
「ええ。お天気もよろしゅうございますし。
天気とどう関係があるの?
「今日はどうにも外せない会議があるゆえ、宰相、そなたが神子姫をなだめてやってくれないか?」
「はい」
稔がえらくかしこまって頭を下げた。
そして伊達君はまたキスをしでかしてくれ、完全に虚脱状態になった私を椅子に座らせると、ま
た来るからと言って出て行った。
早い退場だけど濃密な演技だった。
付き合っていた二か月分をわずか数分で短縮したよ、このドッキリ。
なんなの一体。
ぼうっとして頭の中がハッキリしない。
「テレジア、気付けのお茶でも用意してくれないか?」
「そのほうが良さそうでございますね」
テレジアという名前の侍女さん役の人はうなずき、お茶の用意をしに出て行った。
「ちょっと……これ、一体どういう仕掛け……なの?」
あえぎながら言う私に、長いストレートの茶髪を左サイドに縛って胸に流した稔は、困ったように笑った。
「仕掛けでもなんでもない。ここは異世界です」
「ドッキリはもういいよ。家に帰りたいんだけど」
「それはちょっと難しい相談です」
「その丁寧口調、何?」
「合いませんか?」
「まったく……」
稔はくすりと笑い、持っていたノートを目の前のテーブルに置いた。
「これ、あのくだらない小説ノートじゃない」
「そうです。どうぞご覧ください」
なんなのよ一体。
あの暗い小説は好きじゃないのにと思いながらノートを開いた。
『……好きじゃないと思いながらリンはノートを開いた。』
「え?」
『────リンは驚いた。』
なにこれ?
『なにこれと思って、目の前の宰相を見ても、彼は黙ってうなづくばかりで、リンは交互にノートと現在の状況を見比べるしかない』
ぱらぱらと前のページをめくると、さっきから今までの私の様子が克明に書かれていた。
なにこれなにこれなにこれー!
書かれているというより、まさしく白地の紙に文字が滲んで浮かび上がり、文章になっているのだ。
それも日本語で……。
気持ち悪くなってノートを稔に放り出すと、稔は開いたままになったノートを綴じて、丁寧にテーブルの上へ置いた。
「なん……なのこれ?」
「このノートに魔法がかかっていて、それが書いているのです」
「はあ? いい加減に演技止めてよ!」
次から次に起こるファンタジーに頭がパニックになりそうなのに、驚いている私が余程面白いのか、さっきから稔はにやにや笑いっぱなしだ。
「演技ではありません。ここは貴女から見たら異世界で、たくさんある国のひとつマリクという王国です」
「異世界? あんた、稔なんでしょう?」
「ええ。稔として、貴女の世界で数年過ごしていました。神子姫を探すために」
稔はノートをぱらぱらとめくり、今まで見せた事がない、嫌に人をおびえさせる冷酷な笑みを浮かべた。
「このノートの文字は、誰でも見られるというわけではないのですよ」
「……は?」
「読めるのは神子姫だけ。そういう魔法がかかっているのです」
恐ろしくなって椅子を立ち上がり、近寄ってくる稔から逃げようとして失敗した。
ぎゅっと背後から稔に抱きしめられ息が詰まる……。
「探していたんです。この文字が読める神子姫を。それが貴女だ。リン」
「冗談は……止めて」
「冗談?」
耳元で稔が笑い、私の目の前で軍服の左袖を腕までまくった。
何をするんだろうと固唾を飲んでいると、よく見ていてくださいと稔は言った。
腕から手にかけてぐにゃりと皮膚がゆがんだ。
みるみるうちに稔の左腕から黒の鱗が生えて皮膚を覆って行き、手が爬虫類のように変化して黒く鋭利な長い爪が伸びた。
「ひ……!」
ありえない光景に喉に声が絡まった。
「わかりましたか? いくら特殊メイクでもこんなふうにはできませんよね?」
ドッキリじゃない。
こんなの絶対に誰もできない……!!!
本当に異世界……なんだ。
震えながら後ろに首を回したら、稔の顔が間近にあった。
「わかったろ? 鈴が元の世界に戻れるか戻れるかどうかは、このノートが終わるまでわからない。もちろんこの俺にも……」
唐突に丁寧口調から元の稔の話口調に戻っても、芽生えた何かは消えない。
あの白い世界が広がり、私はそのままその色に飲み込まれていった。