白の神子姫と竜の魔法 第20話
ジークフリードの手のひらが、熱い。
何度も何度も、私の首筋に口付けを繰り返し、体温を移すかのように密着する。うれしそうに囁いて耳を食むの、恥ずかしいのでやめて欲しい。
「……これは、今日一晩かかりそうだ」
「ジーク……」
「フィンです。二人の時はそう呼んでください」
言葉を遮り、ジークフリードは自分のミドルネームを呼ぶように強要した。相当な思い入れがあるらしい。
それはよしとして……、部屋に入るなり、いきなり始めるってのはどうなのかな。うれしいけれど、盛ってるみたいで、恥ずかしいんだよーっ!
「フィ、フィン、あの、私今日疲れてるんだけど」
「だからするんです」
「あ、はぁ……ん!」
ぎゅっと、いきなり胸を服のうえから鷲づかみにされて、妙な声が出てしまう。
笑いを含んだ息……、わざとだ!
ジークフリードの手は大きくて、私の小さな胸なんて物足りないような気がする。
「駄目です。今、抱きたい」
「…………」
止める気はないらしい。
…………。
ああもう! するのなら、猛烈にお風呂に入りたい。
怒涛の展開過ぎて忘れてたけど、私、一度お風呂には入ってるんだよ。夕方に、ギュンター王子と泊まる予定だった宿屋で。
でもその後で、迫ってくるギュンター王子を阻止するために悪戦苦闘したせいで、かなり汗かいて汚れてるのよ。身体中から力が抜けて、神殿ではお風呂入れなかったし。
だからこれは困る。抵抗する気持ちが、女なら沸いてくるってものだわ。
「私……、お風呂に入りたい」
「何故?」
「つ、疲れてるからリラックスしたい」
汚れてるから! とは何故か言いにくかった。
「……そうですね、お湯は身体が温まるし回復力も上がりそうだ」
微妙にずれた事をジークフリードはつぶやき、体力がなくて立てない私を横抱きに抱えた。
うわーっっ! またこの体勢? 落ちそうで不安定で嫌なんだけど!
でも、おんぶってのも間抜けだし、我慢するしかない……。
部屋を出て、廊下を少し歩いた北側に広い広い浴室があった。途中で誰にも出会わなかったから、とても安心する私。お姫様だっこを人に見られるのは、たまらなく恥ずかしいからね。
翠色をわずかに含んだ石で作られた浴室は、とてもきれいで、部屋の中央に湛えられている湯が湯気を放っていた。ジークフリードは私を抱えながら服を脱ぎ、私の服も脱がせて、設えられたシャワーの前の椅子に私を抱きながら腰をかけた。
シャワーの湯が温かい。
ジークフリードは花の香りのする石鹸を泡立て、私の身体を洗ってゆく。それ専用の布が、用意してあるのに使わない。素手で、きわどい所も遠慮なく、むしろじっくりと擦りたてて来るからたまらなくなって抗議した。
「ちょ……、フィ…………! そこ、そんなに汚れてないと思うっ……あんっ!」
「他の男が触ったかもしれないと思うと、丁寧に洗わないと気がすまない」
「そんな……ぁ…………触られて、な……い……」
ジークフリードの手が局部に入り込み、泡だけだと信じたいぬめりを引き伸ばすように撫でていく。同時に肩を吸われながら、胸の先をつままれ、身体が跳ねた。
「あんっ……触られてないってば! や……あ!」
「本当でしょうか。わからないですね」
からかい気味にジークフリードは笑い、さらに熱くなったぬかるみを熱心に摩った。ぎゅんぎゅんと熱が下半身に集まり、むず痒い痺れが身体中を駆け巡り始める。
もうそこはぬるぬるだ。
「や、やだって……おかしくなるから!」
「なっても大丈夫です」
「────っ!」
指先に固くなった肉芽を摘まれ、一瞬意識がとんだ。
これだけでもかなりの魔力が補充されていて、手足のだるさはあっても、力はよみがえってきている。
ジークフリードに丁寧に身体を洗われて(弄ばれて)、なんどもイカされた私は、抱きかかえられて大きな浴槽に入った。
ジークフリードは一回も達してなくて、アレが固いまま当たってくるから、ちょっと怖い。このあとベッドで、めちゃくちゃやられるのかと思うと、さらに怖い……。
精を注がれなくても元気になってきたから、やらなくてもいいんじゃなーい? とかはちょっと聞けない雰囲気だ。私に触れる指先は、今までとは比較にならないほど熱があって優しいし。
「これで、他の男のにおいは消えましたね」
「だれも香水なんて、つけてなかったけど……」
そんな単純なものじゃないと、面白くなさそうにジークフリードは言い、私を強めに抱きしめた。
ちょ、……なんか、うろこが固いし気になるよ。
指先は竜の爪になっちゃってる。
「どれだけ私が貴女を愛しているか、貴女はわからないからそんなふうに言えるんです」
「私は、貴方が変わりすぎててこわいんですけど」
ジークフリードは、私の頭にそっと口付けた。
「リン王后が復活された今、何の遠慮も要りませんからね。思わぬ邪魔が入りましたが、やっと貴女は私の元に戻ってきた」
「フィン……」
「この数日は、とても苦しかった」
……苦しかったって。
いや、私の苦難も聞いて欲しいんだけどね。
ジークフリードは、なにやらぶつぶつ言い訳を始めた。
「投獄した貴女を、本当は、隠密裏に助けようと思っていたんです。でも、ギュンター王子がウルリッヒ王子を手を組んで、貴女を浚ってしまった。ルーカスには暴発させるなと指示していたのですが、押さえ切れなくて」
そこらへんがイマイチわからない。
ジークフリードの予定としては、なんなくリン王后と私を交代させられそうだったのに、オトフリートが邪魔をしたから、私を投獄したって事よね。
身の毛もよだつ計画だけれど、そこで死刑囚の女と私を入れ替えさせ、私を解放するつもりだった。でもそこへ、ギュンター王子が私を浚ってしまったと……。けれどもけれども、万が一に備えて、ルーカスを従者に紛れ込ませていたから、私を救い出せた。
……なんか、随分都合が良いな。
「偶然なの? ルーカスを従者にできたのって」
「ある意味偶然です。アインブルーメには、常時、隠密を潜入させていますから」
涼しい顔でジークフリードは言う。
「オトフリートさんは、何故あんな事を言ったの?」
「浅からぬ因縁があるのです。が、貴女には関係のない話です。あの神官が、影の神子と繋がりがあったのには驚きました。神子が近づいたのか、神官が近づいたのか……恐らく後者でしょうが。あの優しげな顔は女性に受けがいいと見え、王都からあの辺境へ巡礼へ行く者は多い」
確かに、頼りない感じだったけど、すっごい親切だったもんね。
嫌味がなくて、一生懸命っぽかったし。
悪い印象はないな。
「でも、そんな話はもうよしましょう、鈴……」
「聞きたいことが山ほどあるのよ」
「後で良いでしょう? 私は貴女が心配で心配で、たまりませんでした。ウルリッヒ一派がこちらの一挙一動を見張っていたため、身動きはできず、両陛下にも嘘をつき続けたんです。ご褒美くらいくださってもいいでしょう?」
「私だって、大変だったのよ?」
「わかっています。けれど、私は話すより抱き合いたい。触れていたい。想いを確かめたいのです」
首だけで後ろを見たら、覗き込むジークフリードは、捨てられた子犬みたいに目を潤ませていた。
「鈴、私には貴女だけなんです」
……なんなんだ、この大きな子供状態。いちいち意外な一面を見せる男だ。必死というかなんと言うか。私のほうが変なのかな。この場合。もっとうれしいと思うべきなのかな。
ううん、十分嬉しい。離してほしくないと思う。
だけどこれは……、私の気持ちなの?
ロザリンが思ってるんじゃないの?
ジークフリードは浴槽から出て、宝物を扱うように私の身体を拭いた。
自分で拭けると言っても聞かない。歩けると言っても抱き上げられ、今度は廊下で物を運んでいた侍女さんたちに、しっかりお姫様抱っこを見られてしまった。
二人とも目をまん丸にさせた後、気がついたように頭を下げた。
うう、恥ずかしい。
まったく気にしていないジークフリードは、部屋へ戻って乱暴に扉を閉めた。何もかもがもどかしそうだった。
「鈴……」
そっと私をベッドへ横たわらせるなり、ジークフリードは縋り付くように覆い被さってきた。
「待って、何か飲みたい……」
「鈴」
ううっ。聞いちゃいないよ、この人。
「フィ……あ、あっ……ま……んっ」
耳をぬるりと舐められ、一気に身体が火照った。
存在を確かめるように身体全体を愛撫されるたび、ジークフリードの魔力が流れてきて、身体がさっきより元気になっていく。
気持ちいい。
好きな人に想いを寄せられると、物凄く幸せだ。
指先が性急に足の間に潜り込んで、深く穿つ。入ってくる魔力が段違いに強くて、とっさに柔らかな枕をつかんだ。
「違うでしょう、鈴。私にしがみつきなさい」
そう言ったジークフリードの目が、欲に濡れて……怖いけれどうれしい。
さらに指を抜き差しされると、段違いの気持ちよさで、枕ごときでは逃せなくなったから、言われたとおりにジークフリードにしがみ付いた。
うろこで覆われた身体はなんか固いけど、ものすごく温かい。ジークフリードは煽られたように私に深く口付けた。
もう何も考えられない。考えたくない。
さっき、何度もイったせいで、呆気なく私は達した。欲しくて欲しくてたまらない。
「フィン……は、やく……」
ようやく唇が離されたのに、また口付けられた。違うの、キスじゃなくて……もっと熱いのが欲しいの。せがむ様に腰を押し付けたら、またぐりぐりとされる。違う、指じゃないってば……。
「ふ……うっ」
口をふさがせているせいで、熱が逃せない。ジークフリードはなかなか入れてくれない。執拗に肉芽を撫でてはつまみ、周辺のぬかるみを塗り広げて、私の欲を煽って楽しんでいる。
欲しいよ、欲しいよ。
また私はびくびくと身体を震わせ、果てた。もう力が入らない……。あそこだけは、熱を持って蠢いている。
「その顔は、いつも私をそそらせる」
顔をゆっくりと撫でられ、それだけでも感じてしまう。
そして、やっとジークフリードが、私の中に入って来てくれた。
「あ……っ…………!!」
熱い、熱い、灼熱だ。
たまらなくなって名前を呼ぶと、ジークフリードはうれしそうに微笑み、優しく私を突き上げてきた。荒っぽくない、私を思いやる抱き方だ。
たぶん、本当は、思いのたけをぶつけてきたいんだろうな。私のために、ジークフリードは自分をセーブしてる。
「鈴……」
でも、名前を呼ぶジークフリードは、本当に私を思ってるのかな。
なんだか切なくなってきて、涙が零れた。
「んっ……ん…………、あァ……はっ」
身体も心も、全力でジークフリードを求めてる。
私も好き、好き。
そう信じたい。
「…………っ!」
程なくして、息をつめたジークフリードが爆ぜ、愛撫とは比べ物にならない量の魔力が入ってきた。
それで終わりかと思ったけれど、すぐにジークフリードは私の胸にまた手を伸ばし、今度は固くなった先をちゅうちゅう吸い始めた。
「もう……だめ!」
「まだぜんぜん足りません……」
みるみる、ジークフリードの慾が固さを取り戻していく。
うそでしょーっ!
ああ……だるいけど、気分最高。魔力が巡り巡って……物凄く満ち足りた気分。
初めてだなあ……こんなの。
もう真夜中だ。
薄暗い、光石の彫刻がぼんやりとお互いを照らす中、私たちは裸でそのまま横になっていた。
「ねえ、フィン」
「なんです」
「何もかも教えて、私について」
「……そうですね」
ジークフリードは、私の右手の甲に唇を寄せて、吸った。長いまつげがとんでもなくエロティックで、あんなにやったはずなのに、不覚にも身体の奥が疼いた。どうなってるんだ私。
「貴女を、リン王后の髪とロザリン姫の魂を結びつけて、作り出しました」
「それは知ってるわ。どうして私に高校生の記憶があるの?」
「リン王后のあちらでの記憶がそこまでなのと、異世界召喚という記憶を作っておけば、あとあとやりやすいかと思いました。そしてリン王后がなりたかったという、その素直で前向きな性格を持たせました。五歳の差は眠り病ということにしておけば、なんら違和感もないはずだった」
「べつに、今のリン王后の記憶でも良かったんじゃないの? それに、この変なノートの創作とかにしなくたって……」
テーブルの上に置かれているノートを、私は指差した。
なんだって、そんな意味不明な手の込んだ魔法を使ったのか、わからない。
「本人に良く似た人間を作るのです。偽者が、リン王后を廃しようと、たくらむ危険は拭えない。過去にいくつか例があります」
「頻繁に使われてるの?」
「頻繁ではないが、少なくもない」
なーるほど。本物と入れ替わったって、姿かたちは、ばれないくらいのそっくりぶりだもんね。段階を踏んで別人にしておけば、そんな事企みにくそう。相手は王后だから、そこまで用心したのか。まー、私は一国の后なんてまっぴらだけど。
「陛下とリン王后はお元気?」
「ええ。以前よりまして親密に。完全にウルリッヒ王子と王太后一派の勢いは、失墜している」
「マイさんは?」
「彼女は、先日、メッテルニヒ公爵へ嫁いだ」
もう降嫁されたの? 早すぎる。
「公爵が、マイ様に入れ込んでおりましてね。彼女は幸せに暮らせるでしょう。戻らない国王の寵愛を待たなくて済む」
事務処理を報告しているかのようなジークフリードを見ていると、冷酷な男だと言っていたギュンター王子を思い出してしまう。
本当に引き下がってくれたのかなあ。
あの蛇みたいな執拗な目、あれを見てるから、どうもこのまま見過ごしてくれるとは、思えないんだよね。
黒竜公の城にいる限り、安全だと信じてはいるけど。
「ロザリン姫は?」
「彼女は……」
ジークフリードは言いかけ、唐突にばっと起き上がった。同時に扉がノックされる音が響く。騎士だろうか……。
私にゆっくり休むようにと、ジークフリードは優しく口付けてくれ、手早く服装を整えて部屋を出て行った。宰相は忙しいようだ。
静けさに取り込まれた途端に、眠気が襲ってきた。
ま、いーか。
ロザリン姫については、また明日聞こうっと。