宇宙を映す瞳 第04話

「如月華、参りました!」
 華が入室して敬礼すると、彼女の上官の井田少佐が頷いた。部屋に居るのは井田だけではなく、宇宙軍万青師団のハケット少将と、第二王子親衛隊副隊長の川崎大尉も同席していた。
 このメンバーを見ただけで、華は何故自分が呼び出されたのか悟り、目の前が真っ暗になりそうな気分に囚われた。
「如月少尉、君に辞令が出ている。今日付けで陸軍後方勤務の任を解き、宇宙軍万青師団へ転属及び、万青第二王子親衛隊へ入隊を命ずる」
 井田少佐のあだ名は「鉄火面少佐」だ。何があろうとその顔に感情が表れないことから、そう揶揄されているのだが、この時も口ひげは黒々としてきちんとその顔に張り付いており、厳しい視線もいつも通りだった。
「理由を教えていただきたいのですが」
 華は自分を冷静に評価している。宇宙軍へ入れるのは、海衣や貴美のようなエリートだけなのだ。士官学校の成績も、千人中で百位以内の者に限られている。華は射撃の成績は良かったが、他の教科は至って平均で、いつも真ん中をうろうろとしている、目立たない存在だった。
 井田少佐は頷き、手元のシートコンピュータを操作して、華に見せた。何故か見せられたのは、万青王家の系図だった。


 万青は王家が王が支配する親政星で、法律が定められていても王はその上の存在とされている。そしてその下に王の子供たち、その母の正后、定められた四人の側妃、直系以外の王族、貴族たちへと続く。庶民にも身分差があり、一番上が万青の民、次が緑青、黄青、花青、光青の四つの惑星の人間、最下位が地球人などの遠く離れた辺境惑星の人間だった。宗教は無く、敢えて言うならば、万青の王が神のような存在だ。宗教を信じるのは、進化が遅れている蛮人の証とされ、笑いものになるのが万青の共通認識でもある。
 政府機関は王族が独占しており、地球連邦総督府に雪がやって来たのも、先の総督だった王族が万青の軍務長になって栄転したため、その空いた席に雪が宛がわれたのである。  万青の現在の王は、紅葉(こうよう)という。王太子は正后千鶴(ちづる)の息子で、第一王子である春美(はるみ)。第二王子は亡くなった地球人の側妃、土方沙耶(ひじかたさや)の息子の雪。第三王子の日向(ひなた)の母は王太子と同じ正后だ。側妃は四人居るが、王の子供はこの男子三人のみだ。

「……雪様の地球連邦総督就任は、この王家のしがらみと貴族の思惑から引き離そうとされた、王の意思によるものだ」
 井田少佐の説明を受けても、まだ華にはわからない。万青の王家の内部の事情など万青の民にすら明らかでないのだから、地球人の華にわかるわけがない。そこで初めて、ずっと黙っていたハケット少将が口を開いた。
「万青の星で、地球人の地位は最下位だ。そして、地球人の側妃だけが他の側妃を差し置いて、男子を出産している。しかも雪様は、王太子に並ぶほどの才がおありなのだ。自意識の塊の万青の正后は、それが許せない。付け加えると第三王子も優秀な御方であるが、雪様と生まれた日が同じなのに、生まれた時刻がわずか数分遅れただけで第三王子だ。それだけで、王位継承権が二番目の地球人の王子。……我慢ができると思うか?」
「それほど万青では、地球人差別がひどいのですか?」
「猿のように扱われている」
「…………」
 つまり雪は、左遷させられたのではないか? 華は沈黙でハケット少将の問いに答えた。少将は黙って頷き、さらに事情があると付け加えた。
「雪様はお命を狙われておいでだ。今まで三人、身代わりで命を落としている。大方は正后の差し金だが、その外の貴族たち、側妃たちによるものもある」
 背筋に嫌な冷気が降りていく……。
「正后の悋気は凄まじい。もともとは、地球人の沙耶様に対する王の溺愛が発端だ。沙耶様は病気でお亡くなりになったと公式発表されているが、事実は暗殺だ。雪様も、もう少しでお命を落とされるところだった。これまで何度も危機はあったが、今年に入ってあまりにもあからさまになったため、見かねた王が動かれたのだ」
 恐ろしい話だ。そんな中を海衣は雪を護ってきたのだ。
「亡くなられた三人の方は……」
「皆、宇宙軍所属の親衛隊の者だ。君はその欠員の補充という形での、入隊になる」
 つまり、弾除けの為の転属なのだ。華は目をふせ、近いうちに家族と別れを告げるために会わねばなるまいと思った。
 軍で上官の命令は絶対だ。そして死ぬのが仕事なのだ。あまりにも長い間後方勤務をしていたので、華はそれを忘れかけていた。
 仮面を完全に被った華は、それでも不思議に思った。だれが自分に白羽の矢を立てたのだろうかと。
「どなたが私を?」
「親衛隊隊長である、瀬川准将の強い要望だ」
 鈍い痛みが胸を貫いた。海衣がフィアンセの華を希望したとは、周囲の人間は快く思うまい。軋轢を思って華は気が重くなった。現に目の前の三人は、特に少将と大尉は、華の入隊に反対しているのがその態度でわかる。
「説明は以上だ。如月少尉、返事は如何?」
 井田が言った。
 三人は、華の返事を待っている。
 華は敬礼した。
「謹んで拝命いたします」
 望まれていない転属だ。だが華は、そう言うしかなかった。  部屋を出て部署へ入ると転属の噂がもう流れていて、皆が宇宙軍への異動を祝ってくれたが、華は仮面をつけたままの笑顔で返した。
 皆の目には宇宙軍は憧れであり、栄転と映るのだから仕方ない。少ない荷物を片付けて挨拶をし部署を出て、廊下を歩く華の足取りは重かった。
 どことなく、瀬川准将が……という声が聞こえてきた。
 華は物陰に隠れ、そっと様子を伺う。数人の若い下士官がだべっている。
「あいつ今も雪王子にべったりだな。姉が万青の側妃で王を操ってくれるおかげで、将官様になれていいご身分、一体何様だよ」
「お貴族様だろ? 伯爵を賜ってるんだから」
「違いない! だけど、ろくな武勲もないのに将官なんだから、部下はたまったもんじゃねえよ」
「言えてる。でも嫁は、後方勤務のでくの坊だろ? ざまあみろだ」
 華は、怒りで身体中が燃える様に熱くなった。
「でもそのでくの坊、今度はお貴族様と同じ部署に配属だとよ。公私混同もここに極まれりって感じだ。そんなのがまかり通るから、宇宙軍ってのは腐ってるんだろうなあ?」
「馬鹿らしい馬鹿らしい。無能な上官に足手まといの女士官。親衛隊の奴らも気の毒になあ」
「平凡な陸軍で俺たちはラッキーだな」
 野卑な笑い声が上がる。

 やっぱりこれが軍隊内の評価なのだ。華は、足早にその場を去り、誰もいないロビーの壁にもたれた。
 海衣はエリート中のエリートなので、人の嫉妬を買いやすい。しかし、自分をフィアンセにしたせいで、あのように言われるのには我慢ならない。明日からは、その海衣が指揮する親衛隊へ入隊するのだ。しっかりしなければ、海衣はますます悪く言われてしまう。
「…………」
 喉が渇く。そう言えば、朝食後のお茶を飲んでから、何も口にしていない。もう昼の二時だ。
 華は、指紋認証の自販機でコーヒーを買い、しばらくその湯気を見つめた。
「如月少尉」
 呼ばれて顔を上げると、居たのは川崎大尉だった。
「引越しの挨拶は終わりましたか?」
「はい」
 華と川崎は、ロビーのテーブルについた。本部の五階の窓からは、星都が一望できる。今日は雲ひとつない快晴の空だ。
「後方からの転属は異例でしてね。どんな人間が来るかと思っていましたら、貴女の様な可愛らしい方で驚きましたよ」
 さっそくこれだと、華は余所行きの笑顔を続けた。うんざりする。どことなく注目を浴びているのは、川崎の容姿のせいだろう。この階は事務部があるので、女性士官が多いのだ。
(まあ……美形よね)
 長い青銀の髪は三つ編みにされて左に流れ、整った顔立ちは異性を強く引き寄せる、甘いものだ。両目は深い青色で誰かを思わせたが、華は容姿など海衣以外に惹かれないので、どうでも良かった。それにこの男は笑っていても、目の色は好意の対極にある。
「お話はなんでしょうか?」
 川崎は笑みを深めた。この顔で沢山の女性士官を釣り上げていそうだ。
「ここではなんですので……」
 立ち上がる川崎に、華はもったいないが飲まないままコーヒーを捨て、後に続いた。
「どちらへ?」
「直ぐそこですよ」
 人が居ない方へ川崎は歩いていく。余程重要な話らしい。
「ここで話そう」
 空いている部屋のドアを、川崎が開けた。
「────!」
 入った刹那、川崎の腕に引き寄せられた。閉まるドアに押し付けられ身動きができなくなり、一瞬息が詰まる。
 誰も居ない部屋は静かで当たり前だが、妙にそれが耳に痛い。
 目の前に紺色の軍服がある。抱きしめられているので身動きが取りにくかったが、華はこの状況を恐れてはいなかった。
「合格かな……」
 川崎が言い、華は川崎の腹に押し当てていた銃口をそのままに、川崎を見上げた。
「反射神経も状況判断力も的確だ。女性士官はこれで流されるのが多くてね」
 川崎ならかまわないという、女性士官は多いだろう。
「おいしくいただかれたのでしょうね」
 華の嫌味に、川崎は敏感に反応した。
「まさか。好きでもない女を抱く趣味はない。特に、君みたいな男にしか見えない女にはね」
 やはり、さっきは馬鹿にされていたのだ。
「軍に女の部分は不要ですから、ほめ言葉にしていただきます」
 川崎の身体が離れたので、華は銃を腰にしまった。
 改めて向き合うと、川崎は言った。
「女は直ぐ甘えたりさぼったりする。従って、俺は君の入隊は今も反対だ。特にフィアンセに対してコネを利用するような女はね」
 どうやら、この転属はコネと思われているらしい。
「勤務は明日から、午前五時に雪様のご宿泊先に集合だ。一秒でも遅れたら即辞めてもらう」
 この冷たい態度が、これからの川崎が華に向ける姿勢なのだろう。男だとか女だとかやたらと口にするのは、そういう女性士官に手を焼かされた過去があるのかもしれない。女の甘えなど出すつもりもない華にはいい迷惑だった。
「了解しました。お話はそれだけでしょうか?」
 川崎は一瞬目を細めた。生意気な、と思ったのかもしれない。

 本部を出た途端、華は身体が震えてくるのを必死に押さえ込み、停まっていた自動タクシーに乗った。
「大丈夫、私はやれる……」
 ぎゅっと拳を握る。
「できるから。海衣様。ご安心ください」
 後方勤務でも訓練は怠っていない。地上戦なら大丈夫だ。
「大丈夫」
 何度も何度も華は自分に言い聞かせた。
 華を乗せて、自動タクシーは星都の車の波の中を走り去っていく。