天使のキス ~Deux anges~ 第23話

 梅雨時のせいかむしむしとして、車の冷房も湿気をたっぷりと含んでいた。

 上品な淡いブルーのスーツを着た麻理子は、両手を膝の上に重ね、どんよりとした曇り空を窓から眺めた。

 雅明の車は白のスカイラインだった。同じ白なのに貴明のベンツとは、ずいぶんと乗り心地が違った。なんというか、こちらのほうが開放的な気がする。それが二人の特徴を現しているようで面白い。

「一体何分待たせるんでしょう!」 

 みどりは、先ほどからぷんすか怒っている。

「仕方ないでしょう、出かける前にお電話がかかってきたんだから」

「長すぎますよ。すぐ切るべきです」

「できる相手と、できない相手がいると思うけど」

「こちらのほうが優先なんです。もう十分も待たされてるんですよ! だいたいおかしいですわ、社長に隠し子なんてありえないと思います」

 車内で誰にも聞こえないのを良いことに、みどりはぽんぽん捲くし立てる。

「それをこれから確認しに行くのよ」

「あの男、私にまで粉かけてくるぐらいの股の緩さなんですのよ? 信用できませんわ! 私が結婚しているの知ってるくせに」

 それは初耳で麻理子は驚いた。

 結婚しているのに、毎夜麻理子と居て、家に帰らないのはまずいのではないだろうか。

 だがそれも仕事だと返されるのはわかっていたので、麻理子はそれ以上聞こうとは思わなかった。

「とにかく、社長に隠し子なんておかしいと思います。ぜったい雅明様の陰謀ですよ?」

「じゃあ、これどうやって合成するのよ?」

 麻理子は写真をみどりに見せた。

「いくらでもできます。私にでも作成可能な代物です」

「本当?」

 それなら限りなくシロだと麻理子は思った。でも自信満々の雅明の口ぶりを思い出すと、その希望は風船のようにしぼんでしまうのだった。

 それから五分後に雅明が戻ってきた。

「やあやあ、待たせた……。どうして麻理子さん後ろなの?」 

 後部座席に麻理子とみどりが座っているのを見て、雅明は駄目駄目と首を横に振る。

「麻理子さんは助手席だよ。後ろだと護りにくいだろ」

「貴方から、麻理子様をお護りしなければなりませんので」

 と、みどりが言う。

「阿呆かあんた。私もこのお嬢様のボディーガードなんだっての忘れたの? 護りやすい方が良いに決まってる。はい、前々!」

 それは有無を言わせない力があり、麻理子は嫌だったが助手席に座りなおした。雅明がボディーガードだなんて初耳だ。しかし、口からのでまかせでないのは、みどりがそれに反論しないことから伺える……。

「雅明様、ぜったいに麻理子様に手を出さないで下さいよ!」

 後ろからみどりが、雅明を視線で殺しそうないきおいで睨んでいるが、雅明は涼しい顔だ。

「さあね」

「このことは、貴明様に報告させていただきますからね!」

「隠し子がばれて困る貴明に、こんな些細なことが言い返せるもんかね。ふん」

 鼻で笑い、雅明は車を発進させた。

 横目で雅明の格好を見て、麻理子は頭痛がした。助手席に座らなければ良かったと思うぐらいだ。

 雅明は、洗いざらしのうす破れ状態のシャツに、穴だらけのジーンズといういでたちだった。ファッションでその格好をしているのではなく、あきらかに適当に見繕ったというのがありありとわかり、ファッションにうるさい麻理子が文句を言いたくなるほど、だらしない格好だった。

 他人が見たら、貴明だと間違われて大変なことになると思う。

 だが、麻理子はそこまで雅明と親しくないので、言いたくなるのを我慢した。しかし、こういう人間とは一緒に居るのも苦痛だ。人に会いに行くというのに、雅明の格好は、礼を失しているとしか思われない。

 一般道から高速に入ると、雅明が麻理子に話しかけてきた。

「君はどこまで貴明の初恋の相手の事、知ってるの?」

「熱愛の相手だったって事と、先代との間のお子さんがいらっしゃる事ぐらいです」

「まあ過激に愛してたらしいよ~。貴明の奴、思い込んだら一直線過ぎて魔物になるんだな」

「そうですね」

 麻理子は車の進路方向だけを見つめ、何も考えまいと努めた。それなのにその気持ちをかき乱す様に雅明は続けた。

「かなり頑固で勝ち気な女だよ。でも身体付きがたまらないんだよなあ……、男好きするって奴? それなのに身持ちが固くってさ」

「最低ね貴方。貴明様の元彼女さんまで手を出すの?」

 麻理子に突っ込まれて雅明は黙り込んだ。どうしたんだろうと雅明を見ると、不機嫌そうな顔で前を見ている。よほど、けんもほろろに振られたのだろう。うしろでみどりがくすくす笑った。

 それからしばらくは、みどりと麻理子が仕事の打ち合わせをするだけで、雅明は口をつぐんで何も言わなかった。麻理子は、おしゃべりな印象を雅明に描いていたのだが、どうもそうではないらしい。

 それとも恵美に振られたという話題が、余程不快だったのだろうか。

(弟の元恋人を兄が……なんて、ドラマじゃあるまいし)

 嫌いになって別れた二人ではないと聞いている。愛した人そっくりな人間に想いを向けられて、恵美という女が平静でいられるかどうかはわからない。

 しかしこの男のことだから、みどりや邸の女を誘いにかけるような軽さで、話しかけたに違いない。普通ならみどりのように断ると思われた。

 どちらにしても、麻理子が案じることではない。

 やがて車は高速を降り、田畑が広がる一般道に入った。麻理子はこんな田舎に来たのは初めてだった。ところどころに林があり、塚のようなものがあったりした。

 みどりがぽつんと言った。

「嫌な道……」

「さあすが、海外でボディーガードなさってただけある。そ、ここはそういう道」

「ちょっと! そんなつもりで麻理子様をお連れしたの?」

 みどりが怒っている理由が、麻理子にはさっぱりわからなかった。

 雅明は貴明と同じように、はっきりと右目を瞑って麻理子にウインクした。

「シートベルトきつめに締めてね。ぶっ飛ばすから」

 そう言って、雅明は楽しそうに、紺色のサングラスをかけ直した。

 同時にピーとおかしな音が響いたかと思うと、ついでオーディオのスピーカから、男の声が早口の英語をがなりたてた。

「やっと、おいでなすった!」

 口笛を吹いた雅明が急に車を加速させ、麻理子はつんめのりびっくりした。抗議しようと雅明を見ると、物騒な笑顔で舌なめずりしている。

 雅明はアクセルを踏み続け、ぐんぐん速度を上げていく。速度はどう見ても100キロを越えており麻理子は足から怖気だってきた。

 家が一軒も無い田舎道だが、麻理子は、一般道をこんなに高速で走る車に乗った経験は無い。

「ちょっと、どうして、こんなに……」

 麻理子の抗議の声も細くなった。速度の振動で揺れる車内で、冷や汗が身体中から噴き出した。

 雅明はこういう運転に手馴れた様子で、面白そうに笑った。

「黙ってた方がいいよ、舌噛み切るからな」

 そして片手でハンドルを操作し、煙草を口にくわえてライターで火をつけた。この恐ろしい速度でどうしてこんな行動ができるのか、麻理子にはわからない。

 前へ視線を戻そうとした麻理子は、バックミラーの端に、同じ位のスピードで追いかけてくる車が目に入った。

「麻理子様、動かないでくださいっ」

 みどりが叫んだ。

 猛スピードでスカイラインに迫ってくる車の天井から、サングラスをかけた男が身を乗り出し、銃を向けているのを見て、麻理子の心臓は縮み上がった。

「何あの人……っ」

 雅明がいきなり車線変更したので、麻理子はついに舌を噛んでしまった。

 発砲の音がした。あきらかにこの車をねらっている。雅明は巧みなハンドルさばきでそれらを躱す。 シートベルトをしていても車内は酷く揺れ、麻理子はくらくらしながら、ぎゅっと目を瞑るしかなかった。みどりも応戦しているのか、至近距離で銃声がして、麻理子は耳をふさいだ。

 不意に雅明が車の速度を落とした。麻理子はバックミラーを見た。たちまち狙撃者の車が追い上げてくるのが見える。

「ど、どうするつもりなのっ」

「シートベルトにしがみついてろ!」

 いつも間にか道幅が広くなり、右手に工場の長いコンクリートの壁が続いていた。

 スカイラインと壁の間に狙撃者の車が滑り込んできた。みどりはなにもせず銃を降ろして、座席にうずくまっていた。

 男がまた銃を構えた瞬間、発砲されるより先に雅明がハンドルを切って、狙撃者の車に体当たりした。ぶつかったのは雅明の側だったが、凄まじい衝撃で麻理子はくらくらした。それでもシートベルトをしていたので、なんとか無事だった。恐ろしくてもう声も出ない。

 無事じゃないのは相手の車で、工場の高い壁に大破した状態で停まった。

 雅明は路肩に車を止め、その事故車の中からよろよろしている男二人を、みどりと一緒に引きずり出した。どちらとも頭から血を流して、まともに口も聞けない状態に近い。手当をしようと麻理子が足を踏み出したが、雅明が腕で制して止めた。

「さあてと。お前さん達、狙っているのはどっちかな?」

 男達は言おうとしない。雅明は例のにやにや笑いを浮かべ、自分のジーンズの後ろポケットから拳銃を出して、男の眉間に当てた。

 男はとたんに白状した。

「……そ、そっちの……女……の方だ!」

 雅明は、さらに拳銃の先端をのめり込ませた。

「雇い主は?」

「そ……、それはっ……」

 一緒になって聞いていた麻理子は、いきなり雅明に抱きつかれて地面に転がされ、目が回った。気がついたらスカイラインの影にいた。

 次の瞬間、遠くから空気を切り裂くような銃声が響いた。

 雅明がスカイラインの影から応戦したが、一体どこに銃を向けているのか皆目検討が付かない。

「無駄ですわ。私たちの拳銃ではあそこまで届きません」

 みどりが麻理子の左にいた。右は雅明だ。

「そのようだ……。情報部の連中が追いかけても、逃げられるな」

「ナンバーも突き止められないでしょうね」

「隠してるか盗難車だろう。私たちもろとも殺そうとして、口封じを最初っからつけていたんだな。あいつらも気の毒に……」 

 麻理子がおそるおそる顔を上げようとすると、雅明に見るなと言われ手で目隠しされた。

 さっきの狙撃者たちが、新たな狙撃者に致命傷を負わされたらしい。

 雅明は、麻理子の目をハンカチで覆ってみどりに任せ、男二人に近寄った。一人は胸、一人は頭部に銃撃を受けて血を流していた。胸を狙撃された男はまだ微かに息がある。

「や……くそくが、ちが、う…………」 

「誰だ、雇い主は!」

「……田……勇佑」

 男はそこまで言って息絶えた。

 麻理子はその名の一部分を聞いて、平静ではいられずハンカチを取ろうとしたが、かえって雅明に強く押さえつけられ、スカイラインに無理やり乗せられた。

「降ろしてくださいっ。あの人に聞かなきゃ」

「無理だ。もう死んでる。あとはみどりにまかせろ」

 死んでるという言葉に、麻理子は背筋が凍りつく思いをした。殺人を見てはいなくても、至近距離で起きたという事実がとてつもなく恐ろしい。

「どういうこと? どうしてお兄様が私を……」

 麻理子の身体は震え、止めようと思っても止まらない。思いつく限り、「田」と「勇佑」が付く人間は従兄の嶋田勇佑だけだ。彼は両親が死んだ時、何から何まで引き受けてくれた優しい男だ。麻理子はずっとお兄様と慕って来た。

 別人か、あの二人が勇佑に罪をなすりつけようとしているのだと、麻理子は強く思い込んだ。勇佑の優しい笑顔から、こんな殺人をする人間だなんて、思い描くのも不可能だった。

 やがてやってきた警察官に雅明が状況説明をすると、直ぐに三人は解放された。動揺している麻理子は、何故直ぐに警察から解放されたのか、不思議に思う余裕もなかった。

 驚いた事に彼のスカイラインは、少しへこんだだけだったようだ。

 しかし、雅明は屋敷に電話して直ぐに替えの車をよこさせた。どうやら近くに、佐藤グループが懇意にしているレンタカー会社があるらしい。

 麻理子とみどりを乗せ、雅明は車を再び発進する。

「直ぐに私の屋敷へ帰って。恵美さんのお家はもういいわ。お兄様に聞かなきゃ……」

「そう言うと思ったけど、貴明の許可が降りてないんでねえ。それにお兄様とやらに決まったわけじゃないし、事実だったら殺されに行くようなもんだよ」

 貴明も雅明もみどりも、麻理子の知らない何かを掴んでいるのだ。

 自分自身に関わる事なのに何故自分が知らないのか、麻理子には到底納得できない。

「何かご存知なのなら、おっしゃってください」

 雅明はまた煙草を取り出し、口にくわえた。

「さあてね? さっきの二人組は病院経由で警察だし、もう誰も狙って来ないしなあ」

「お兄様はいい人でした! きっとあの二人組が嘘ついてるのよ。もしかして貴方が、さっきの人たちの一味なんじゃないの? 私を連れ出して!」

「一味とは穏やかじゃあないね。じゃあこのままどこかへ攫っちゃおっかなー」

「なんですって、やっぱり貴方!」

 くすくすと雅明は笑い出し、麻理子の頭をくしゃくしゃとする。

「私は味方さ。貴明に頼まれて、麻理子さんのボディーガードをしているんだから」

「本当なの?」

「だってみどりだけだと心配だろ?」

「貴方、どうして拳銃なんて使えるのよ」

「話すと長くなるなあ。それに目的地にすぐつくから、今は説明できない。ごめんね」

「ちょっと!」

 集落から離れた山際に、ぽつんと建っている一軒家の前で、車が停まった。

「さあ着いたよ。恵美さんの家~」

「え?」

「え? じゃないだろ。今日はその為に外出したんだ」

 突然、今日の目的を思い出し、たちまち麻理子の頭から、勇佑の事も二人組の事も吹き飛んだ。

 着いた? かつての貴明の恋人の家に? 

 麻理子は慌てた。

 雅明は車を降りて、目の前の家の呼び鈴をもう押している。みどりに助手席のドアを開けられ、麻理子はしぶしぶ雅明の後ろに立った。

 心臓の鼓動が高まる。

 会いたい様な会いたくない様な、みっともない気がして情けなくなる。

 でも気になって仕方がない。隠し子疑惑が頭をもたげた。

(あれは絶対に、合成写真よ!)

 麻理子は自分に何度も言い聞かせた。

「こんにちは、お姉さん」

 ふと気がつくと、横で派手なものが自分を見上げている。それはまぎれもなく写真で見た、ド派手金髪の貴明そっくりな幼い男の子だった。

「きゃあっ!」

 麻理子は後ずさりした。男の子は不思議そうに目をぱちくりとさせた。

 貴明にとてもよく似ている。目の色までそっくり同じだ。

 みるみる、麻理子の綺麗な目に涙が浮かんだ。

 同時に、麻理子だけだと言ってたくせに、こんな大事な事を隠していた貴明に、普段ではあり得ないくらいの怒りが湧いてくる。

 麻理子は最近、貴明の恋人になったり、婚約者になったり、同僚のいじめに疲れて感情的になっていて、それが愛する貴明の裏切りに完全にブチ切れた。

 携帯をその場で取り出し、貴明の秘書に電話した。怒りのあまり操作する指先が震える。番号を選択すると呼び出し音が響いた。興奮しすぎて心臓の音がとてもうるさい。

 雅明が恵美とおぼしき女性と少し立ち話をして、麻理子を紹介しようと振り返った瞬間、

「浮気者! 隠し子がいるなんて知らなかったわ! 婚約破棄させてもらいますからねっ!」

と、ありえないくらいの恐ろしい麻理子の怒鳴り声が響き渡り、その場にいた全員は飛び上がった。

 般若のような顔で麻理子は通話を切り、乱暴な動作で鞄にしまった。

「麻理子さん?」

「何よっ!」

 雅明に、麻理子はぎらぎら視線を向けた。

 余りの迫力に驚きながら、雅明は女性を紹介するから、とにかく落ち着いてと宥めた。

 麻理子は深呼吸した。こんな場所には一分一秒でも居たくないが、訪問しておいてあまりに失礼というものだろう。恋敵とは言えど挨拶ぐらいはするべきだった。

 目の前に立っているのは、間違いなくあの写真の女性だった。写真で見るよりさらに優しく明るい笑顔を浮かべ、たおやかでとても女らしい。

 男なら放っておかない魅力が、麻理子を残酷に打ちのめした。誰が見ても、貴明だって、この恵美のほうが良いに決まっている。雅明だってそうだ。雅明は女には見境なく声をかけまくるくせに、麻理子には声をかけてこなかった。つまりはそうなのだ。自分には女としての魅力に欠けているのだ。

 恵美が先に挨拶をした。

「初めまして、私、小山内恵美と申します」

「……嶋田麻理子と申します」

 丁寧に頭をさげた恵美に麻理子はさらに卑屈になり、ぼろぼろと涙を零し始めた。ハンカチで拭う余裕も無い。

「私、佐藤貴明さんの婚約者ですけど。もう別れようと思いますわ。だって、こんなかわいらしい男の子がいらっしゃるんですものね。私は恵美さん程賢くもないし、素敵な笑顔にもなれないし、優しくもないし、私なんて私なんて……! 遊ばれたって仕方ない世間知らずだしっ…………」

 ひどい自分不信に陥った麻理子は、はしたないと思いつつも、子供の様にわあわあ泣き出した。恵美も雅明もみどりも子供も呆気にとられて、座り込んで泣き続ける麻理子を見ていた。

 恵美が、だんだん顔色を悪くしながら言った。

「どういうことなの石川さん。いきなり今朝電話してきたかと思ったら、こちらへ貴明のフィアンセの方を連れてきて……。こうなるに決まってるじゃないの!」

「貴明も来るよ、そうら来た」

「ちょっと! 私はそんなの頼んでないっ!」

「もう来たから手遅れ」

 家の前に、貴明の白いメルセデスベンツが止まった。

「ナイスタイミング」

 雅明が呟く。

「麻理子っ!」 

 貴明が車の中から大慌てで飛び出してきて、座り込んでいる麻理子を抱きしめた。当然麻理子は抗ったが、貴明はきつく抱きしめて離さない。

「離してくださいっ!」

「落ち着いて麻理子」

 離す離さないでもみ合っている二人に、雅明が言った。

「ま、とにかく家の中へ入って、話はそれからにしよう」

 暴れる麻理子を押しとどめながら、貴明は状態を把握しようとして周囲を見渡し、恵美の姿を見て眼をみはった。

「雅明これは一体どういう事だ?」

「そのまんま。お前の子供をお前と麻理子さんに会わせる為に、しくんだことさ」

「僕の? ……まさか」

 貴明の顔からすっと表情が消えた。彼は感情が大きく揺さぶられると、コントロールが強く働いて無表情になるのだ。そして、今気が付いたように幼い子供に目を走らせた。

「正真正銘お前と恵美さんの子供さ、な? 恵美さん」

 先ほどとは一転して、辛そうに顔をゆがめた恵美に、雅明が言った。

 麻理子は、恵美がためらいながらもはっきりとうなずくのを見て、気を保っていられなくなりその場に倒れた。

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