アイリーンと美獣 第05話

 ううう……尻が痛え……。

 壱夜は涙ぐみながら歩いていた。繊細な顔だちの青年がそんな顔で歩いていたら、あらぬ誤解をされそうなものだが、誰も声などかけて来ない。何故なら隣に番犬のようなどでかい男が歩いているからだ。

 岩井、とだけ紹介された番犬男は、蒼人の部下の一人で、壱夜のボディーガードだという。蒼人は、自分が居ない時は、必ず岩井をそばに置かなければならないなどという、わけのわからない強引ルールを壱夜に押し付けて、仕事に行ってしまった。

 普通の服装とはいえ、プロレスラーを思わせるごつい男と歩いていると、違和感が半端ないが、壱夜はそんな事に気を配る余裕すらなかった。

 昨日は、一日中蒼人に喘がされ、貫かれ、舐められ、吸われ、噛み付かれめっちゃくちゃにされた。何回もいかされて蜜を吐き出させられた壱夜に比べて、蒼人は最後のたった一回しか出さなかった。遅漏というやつに違いないと壱夜は睨んでいるが、ひょっとすると途方もない忍耐力の持ち主なのかもしれなかった。

(本当に冗談じゃねえよ。なんとかして逃げないとこのまんまじゃ女にされてしまう。やだやだ、僕は可愛い彼女が欲しいんだから!)

「壱夜様。スーパーにお寄りになるのではなかったですか?」

 岩井のごつい低音バスの声に、壱夜ははっとして立ち止まった。いつの間にかスーパーに来ていて、通り過ぎようとしている。しかし……。

「あのー……、ここってたっかい食材しか置いてないところなんで」

「しかし、徒歩圏内ではここしかございませんよ」

「僕は、もっと庶民が行くスーパーがいいいんですが」

「とんでもない! 本当ならお取り寄せしたいぐらいなんです。安いものばかり売っている所に壱夜様をお連れした事がばれたりしたら、蒼人様にお叱りをうけますので!」

 岩井が顔を真っ青にして言うので、壱夜はしぶしぶそのスーパーに入ったが、この岩井が顔色を変えてまで恐れる、蒼人という人物が得体が知れなくて、壱夜は気分が陰鬱になった。

 蒼人は、見かけはすこぶるいい。端正な顔立ちに品のいい話し方に優雅な物腰。

 だが中身は猛獣だ。野獣なんてもんじゃない、例えるなら虎とかライオンとか、ヒグマだ。壱夜は一度だけ北海道へ旅行した事があるのだが、その時泊まった旅館でヒグマの剥製を見た事がある。壱夜の五本の指をまとめても、ヒグマの爪一本に足りなかった事を思い出す。あんな大きな爪で引き裂かれたら間違いなく即死だ。

 ……蒼人は、ヒグマの爪の恐怖を思い出させる男だ。

(なんだって俺なんだよ。すげえ美女とか相手にしろよ。金持ちでもてるんだろうからさ)

 なんとか逃げられないだろうか。お昼前のスーパーは混雑していて、人ごみにまぎれて逃げられそうな気がする。

「くれぐれも逃げようなどと、無駄な事はお考えにならないように。昨日よりも凄まじい事になるのは間違いありません」

 気持ちを読まれたのかと、ぎょっとした壱夜に、あわれみの視線を岩井が向ける。

「お気の毒としか言いようがありませんが……、蒼人様が飽きられるまで我慢なさって下さい」

「……いつ飽きてくれるんだよ?」

「…………」

 岩井は答えず、黙ってカートを押した。壱夜は背筋がぞわぞわとして、いつものお気楽で楽しい日常が、真っ黒に塗りつぶされていくような心地だった。周囲が楽しそうな家族連れ、春の花畑で浮かれているようなカップルばかりなだけに、その真っ黒な闇にいるような自分をより強く感じる……。

 買い物を済ませ、壱夜は岩井を従えてとぼとぼとマンションへ帰った。本当は前のアパートに帰りたかったのだが、岩井の視線が怖くて言う事ができなかった。正確に言うと、岩井の向こうに立っている、蒼人という存在が怖い。

(情けねえの。男なのにな)

 歩いたせいで尻の痛みが倍増してしまった。でも壱夜はどうしても外に出てみたかったので、後悔はしていない。マンションの自分の部屋に入ると、ベッドにゆっくりと突っ伏して、しばらくそのまま横たわった。 

 明後日からはまた出勤だ。蒼人が畑中に強引に交渉したのか、今日の朝、休めと携帯に電話があった。壱夜はその電話で、蒼人との関係についてもっと詳しく聞きたかったのだが、畑中は用件だけ言ってすぐに電話を切ってしまった。故意に聞かれまいとしているのは明らかだった。

 どのみち、尻の痛みが凄まじいので休みはありがたかったが、岩井が始終気配を漂わせているので気が休まらない。家の中にいる時は岩井は別の部屋にいる。しかし、壱夜の一挙一動に神経を尖らせているのがなんとなくわかる。

「ああ、もう、頼むから早く開放してくれよ……っ」

 壱夜は頭を抱え込んでしまった。

 夕方、部屋のドアを岩井がノックした。

「壱夜様、今夜は蒼人様はおかえりにならないそうです」

「うっそマジ? ラッキーっ!」

 部屋の中で本を広げていた壱夜は、思い切り万歳して尻に激痛が走り、そのまま固まった。しかし本当に固まったのはドアが開いた瞬間で、岩井の背後から蒼人が出て来たのを目にした時だった。

「お、お、おかえりになってるじゃねえかよっ」

 ラグの上を尻をついたままあとずさり、さらなる激痛に見舞われたが、そんな事を今の壱夜は考える余裕はない。ばっちり聞かれてしまった。やばい、怖い。ひええ。

 蒼人はちっとも怒っている風も無く、岩井に振り向いた。

「これでは、当分見張りは必要ですね」

「私もそう思います。何しろスーパーでも人込みにまぎれて、逃げようと何度もされてましたから」

 ばらすんじゃねえよっ! と壱夜は冷や汗たらたらだ。蒼人は目をすうっと細めると壱夜を見下ろした。危険な影が蒼人の目の奥にちらちらしていて、壱夜は岩井を縋りつくように見上げた。頼む、なんとかしてくれよ、助けてくれよと。しかし、それは蒼人の怒りを逆撫でするようなものだった。

「岩井、今日はもういい。ご苦労だった」

「夕食はいかがなさいますか?」

「今日はお前が作れ……、壱夜は作れそうもないし」

 決定だと、壱夜は緊張する。それでも諦めきれずに壱夜は岩井を見つめた。その壱夜をじっと蒼人が見ているというのに。

「了解しました、では」

 岩井は丁寧に頭を下げると、壱夜をちらりと気の毒そうに見て出て行ってしまった。

(うっそおおおおっ。あの野郎僕を見捨てやがった。頼りになりそうなくせに見掛け倒しかよっ)

 このままでは確実に……。壱夜はなんとか逃げ道はないものかときょろきょろした。でも隠れる所は無く、窓の外は地上何十メートルだ。唯一の出口のドアには蒼人が立っている。

 蒼人はスーツを脱ぎながら、かすかに口を歪めて笑った。

「壱夜、ベッドの上へ行きなさい」

「え……、僕、……えっと」

「行きなさい」

 かすかに怒りを含んだ物言いに、壱夜は肩をびくつかせ、しぶしぶベッドまで歩いた。後ろから歩いてきた蒼人が、そんな壱夜を後ろからトンと押してうつぶせにすると、上から圧し掛かって来る。

「やだっ……今日は勘弁してくれよ! 痛えんだよっ」

「知らないですね。逃げようとしたものが悪い」

 蒼人の手が、壱夜のベルトのバックルを外してズボンと下着を一気に引きおろしすと、すうっと下半身が寒くなる。壱夜はなんとか止めて貰おうと、うつ伏せにされながら懸命に言った。

「逃げるも何も僕は成人してるんだよ! 自分の事は自分で決めたいんだよ。なんであんたに決められないといけないんだ……っ……ひぎっ……い!」

 赤く膨れているアヌスに指を突っ込まれ、壱夜はベッドに突っ伏して痛みに耐える。切り裂かれるようなじんじんとした痛みが下半身に広がって、足が震えた。

「まだわかっていないようですね壱夜。もう君は私のもの。私が決めたら君はそれに従ってさえいればいいんです……」

「ぎ……い……いた……って……」

 蒼人の唇がうなじをきつく吸い、自分の所有物である証を増やした。壱夜はもう言葉にならない呻きしか口にできない。

「まったく。素直に私に従っていれば良いものを……」

「あああんっ……あ、……ああ」

 ぬるぬると耳を舐められ、わき上がってきそうにも無かった愉悦がわきあがる。ぎしりとベッドが軋み、壱夜は仰向けに寝転がされた。止める間もなく唇が重なり、たちまち深くなっていく。

 なんで男なのに、こいつはこんなに綺麗なのだろうと壱夜は頭の片隅で考えた。する事は異常だし考え方も変だ。

 考えが他所に飛んでいる壱夜に、蒼人はふうと息をつき、壱夜のじんじん痛いアヌスに香油をたらした。ああ、今日も突っ込まれるのかと壱夜は諦めに似た気持ちで、それを受けるしかない。

「まったく、これから先は欠勤ばかりが増えますね、身体がいくつあっても足りない状態になりそうです。……まあ私も今日は疲れていますので、コチラで代用します」

 見せられたのは男性専用のバイブ。壱夜は内心飛び上がった。そんなものは今までお世話になった事もないしお世話になるつもりも無かった。でも蒼人にビビッている事を悟られたくない。

「うるさいな。早く突っ込めよ変態」

「さっき痛くて泣いてたくせに」

「じゃあお前も突っ込まれてみろよ! その尻で会社まで全力疾走できんのか?」

 ふっと蒼人は笑うと、昨日のように容赦なく奥までバイブを突っ込んだ。壱夜は激痛に耐えて涙を浮かべた。同時に下半身の感覚が無くなっていくのが怖い。

 蒼人はどこまでひどい事ができるのか、バイブの振動を最強にした。前立腺にぴたりと当てられた部分が愉悦の刺激を送り込んできて、壱夜はとっさに震える身体でバイブを抜き取ろうとした。しかし、蒼人にその両手を頭上に押さえつけられる。

「あっあっ……ああああっ……許して、ごめ……あ……っ 」

「気持ちよすぎて激痛が消えたみたいですね。良かったね」

 蝶は蜘蛛に身体をその糸で巻かれ、動けなくされていく……。

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