アイリーンと美獣 第12話

 うーんと蒼人が首を傾げた。その前で壱夜が蒼人の責め苦に悶えている。最初は円筒で肉棒をいじめるだけだったが、引き出しの中から出てくる玩具をつぎつぎ吟味している。

「……これなんかアイリーンは喜ぶかもしれませんねえ」

 久しぶりに使う「アイリーン」という名前に壱夜が微妙に反応するのを、蒼人は意地悪く楽しんでいるようだ。カチリと音がして背もたれが後ろに倒れるのと同時に、座席部分が前にスライドして完全に寝る体勢になった。更に何やら蒼人が操作し、ぐらぐらしていた背もたれ部分と足元がしっかりと床についた感触がある。折りたたみの足でも出したのだろう。

「も……十分だろ。寝ようよ……な?」

 霞む目を懸命に見開いて壱夜は言ったが、蒼人はニンマリ笑っただけだった。

「何を言っているんです? まだ私のモノでイッてもいないのに」

「うあああっ……やあっ!」

 また円筒で肉棒を抜き差しされて、壱夜は苦しそうにまつげを震わせた。早く根本のハンカチを解いてほしい、終わらせてほしい。せき止められた欲望を何とかしてほしいのに蒼人は許してくれない。

「おや? 壱夜がそんな目をするなんて……おしおきもいいものですね。じゃあもう一つご褒美をあげましょう」

 円筒から手を離した蒼人が手にとったのは、どう見てもピンクローターと言われるおもちゃだった。しかも二つもある。嫌な予感に苛まれた壱夜は力が入らないのにも関わらず、逃げようとして手首のベルトを外そうと躍起になった。しかしびくともしないベルトに手首が痛くなっただけで、固定された円筒が肉棒に複雑に擦れ、またぎちぎちに股間が苦しくなっただけだった。

「あはぁ……ああ……くぅ……」

「ふふ、おいたが過ぎるからそんな目に遭うんです。さあ、これにもたっぷり媚薬を塗って、その可愛い乳首にセットしてあげましょう」

 目を見開く壱夜の前で、蒼人はチューブから媚薬を絞り出してたっぷりとローターに塗布した。そしてもうひとつのローターにも同じようにし、ぷっくりと赤く上を向いている壱夜の胸へ一個ずつ置いた。

「やめろっ……やだあっ……ああ!」

 テープで固定されたローターが、蒼人の手元のスイッチでブルブルと震えだして壱夜は顎を突き出してのけぞった。

「ああっ……ああ……! あおと……やめ、おね……ああああんっ」

 芯の出来た乳首から伝わってくる細やかな振動で、また肉棒が熱を持って壱夜を苦しめ始めた。射精を止められていても、止め切れない先走りが先から流れ出していて、その亀頭の部分だけが円筒から出ているのがなんとも淫らだった。蒼人は目ざとくそれに気づいて赤い舌を出し、丁寧にそれを舐めとった。

「ひう……! い……あああ」

 そのまま蒼人の唇がすっぽりと亀頭だけを包み込み、腔内でねっとりと舐め回した。そんな事をされたら壱夜はたまったものではない、どっと新たな汗を滲ませながらよがりによがった。足首で固定されている先の指がぎゅうっと閉じて痙攣する。

 蒼人は隠微に笑い、さらにローターの振動を強くした。

「あああああっ……いやあああっ……たすけええっ……」

 勃起している粒がローターによってさらに押し潰された。そしてゆっくりとねじり込まれて突かれながらまた押し潰される。痛いほど固く立ち上がっている乳首に加えられる、痒みを伴う愉悦はもう辛いばかりだった。その悶えに悶えている壱夜が蒼人は楽しくてならない。もっと淫らに、もっとあられもなく身体をのたうって欲しいと悪魔の様に考えて、ローターの動きを最強にした。

「ひい――――っっっ」

 壱夜の目の前は真っ白に染まった……。

 その頃、岩井は同じマンションの部屋のリビングに居た。奥の部屋から聞こえる、壱夜の愉悦を訴える悲鳴が止まないので、程々にして欲しいと願いながら新聞をめくっている。そこへインターホンが鳴り、岩井は待ちかねていたその人物のためにゆっくりソファから立ち上がった。

「遅いですよ、照久様」

「仕方ないだろ、蒼兄の代わりに談合に行ってたんだから。それより当の本人は何をやってるんだよ。いきなり引っ越すな、迷っただろうが」

 照久と呼ばれた男は玄関からどかどかとリビングへ入ってきて、暑苦しそうにスーツの上着をソファに放り投げた。それを岩井は拾い上げてハンガーにかけ、キッチンへ入っていく。どっかとソファに腰を下ろした照久は髪を掻き上げて、ん? と首を傾げた。

「なんだ? 誰かとやってんのか」

「ええ……新しいおもちゃと言いたいところですが、本気のようで困っています」

 岩井は濃いブラックの珈琲を、照久の前のテーブルに静かに置いた。それを口にしながら照久は唸った。

「……あの声って、男、だよな? 蒼兄ってゲイだったか?」

「いいえ、あの方を囲われるまで女性のみでしたよ」

「女みたいな男なのか? 気持ち悪いな」

 照久はノンケなのでゲイは大嫌いだ。岩井は相変わらずの仏頂面で深い深い溜息をついた。

「至って普通の小柄な青年ですよ。確か照久様より3つばかり年下なだけです。本人は嫌がっているんですが蒼人様がお離しになりませんのでね……」

「へー……」

「蒼人様が本気な以上、逃げられないからお気の毒です」

「それでおふくろが俺に探りを入れてこいって言ったのか……」

「あの方もいい加減過保護ですね。蒼人様はいい大人だというのに」

 二人が話している間、ずっと壱夜の悩ましいよがり声が続いている。もともと甘かったその声に壮絶な色艶がどんどん増していくのがわかり、照久は舌打ちした。

「……いつもの部屋借りるぜ。あそこなら完全防音だろ?」

「ピアノの部屋ですね。ええ、どうぞそうなさってください」

 照久は珈琲を飲み干してカップをテーブルの上に置いた。照久は蒼人の実の弟になるが、顔かたちが母親似の蒼人と違い、いかつい父親似だった。誰もが兄弟だと信じないぐらい似ていなかった。だが胎内には蒼人と同じヤクザの血がどす黒く流れている。

「挨拶ぐらいしないとまずいか」

 軽く蒼人の部屋のドアをノックし顔をのぞかせて、照久は激しく後悔した。とんでもなくむせ返る淫気が充満している。おかしな椅子が部屋の隅に追いやられていて、大きなベッドの上で蒼人が腰掛け、自分の膝の上に全裸の青年を座らせて貫いていた。蒼人は怒る風もなくそっけなく言った。

「こっちがいいというまで開けないでくれますか? 壱夜が可哀想でしょう?」

「ひ……あぁっ」

 ぼろぼろに泣いている壱夜と呼ばれた青年が、焦点の合わない目で自分を見つめ、その気がない照久だったのに背筋がぞくりとした。なんとも艶やかで男のくせに色っぽい。

「へえ……、それが今の蒼兄のおもちゃか?」

「失礼な。……壱夜は恋人ですよ。何です……かその目つきは……、あげませんよ照久でも」

 蒼人の目は完全に捕食者の目で、ギラギラ光って赤く濁っていた。

「馬鹿言うなよ、男なんかいらねえ」

 と言いつつも照久の目は、二人の結合部に注がれている。何回吐き出したのかしれないが、おそらく壱夜のものだと思われる白濁でぐっしょり濡れているそこに、蒼人の太い肉棒がグッサリとささっていた。

「ふ……どうだか」

 蒼人は舌を出して壱夜の首筋を舐め、ズンズンと壱夜をまた貫きながら揺さぶり始め、壱夜はまたあげたくもないよがり声を上げ始めた。

「ああっ……ああっ……、あぅうっ……ゆるしてえっ」

 肥大している壱夜の赤い乳首は片方だけローターが付いていて、片方は蒼人が摘んだりこねまわしたりしている。

「おーお、どんだけ嬲ってんの……」

「さあ? ……それより……いつまで見ている……つもりですか? 早く……出て行ってくださいよ」

「なんかローターの音、大きすぎねえ? 欠陥品じゃねえの?」

「ああ……、それはね」

 くっと悪どい笑みを浮かべた蒼人が微妙な腰の動かし方をした。途端壱夜が火がついたように悶えて震えはじめた。

「いぃあああああぁっ! やめえええ! あっ……あっ……あああんっ」

「気持ちいいですよね……、たっぷりご褒美……貰えて幸せと言いなさい」

 乳首を嬲っていた手が壱夜の細い顎を掴んだ。壱夜はなんども瞬きを繰り返し、涙を流して息を荒らげながら途切れがちに言った。

「僕……は、蒼……とにおほうび……もら……しあせ……す」

「ふふ……よく言えました」

 興奮を抑えきれない荒い息と共に、蒼人はまた壱夜の乳首を摘んで引っ張った。

「ああんっ……やああぁっ」

 ガンガン突かれて壱夜がまた狂ったように悶えて震える。照久はようやく合点がいった。

「なーる、後ろの穴ん中にローター入れたのか。蒼兄は鬼畜だな~」

「わかったら……早く出て行きなさい。……話は……明日……聞きますから……」

「わーった。じゃあな壱夜。壊れんなよ」

 にやりと笑った照久を、壱夜が認識しているかどうかも怪しいものだった。足首の鎖と前で施錠されている銀の手錠をガシャガシャ言わせながら、蒼人の愛撫と突き上げで淫らに腰をくねらせているだけにしか見えない。

「いやあっ……はあっ……やだっ……やだ! いくっ……いっちゃうよぉっ!」

 照久がドアを閉めるのと同時に壱夜の絶叫が聞こえ、そのあと途絶えた。苦味のある風貌の照久は、終わった情事を確認してから、自分に当てられた部屋に入って小さく笑った。ブラインドを開けて煌めく夜景を見下ろしながら呟く。

「あれならありかもなあ……壱夜、か」

 照久は、機嫌良さげに火の付いていない煙草を唇で転がした。

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