アイリーンと美獣 第17話

 壱夜は、両手首に手錠を填められ宙吊りにされた。幾度も射精させられたせいで身体に力は入らないし、前も後ろも媚薬を塗られまくり感覚が快感以外になくなって猛烈にだるい。つま先は床に着くか着かないかの高さで調整され、その辺りに一人の底意地の悪さが垣間見えた。

 壱夜は霞む目で一人が鞭の様なものを手にするのを見たが、すぐに視線を落として目を閉じた。

「何度も何度も言ってるけど、寝るんじゃねえよっ!」

「うぐっ」

 ビシッと斬る様な痛みが胸に走り、一気に眠りの淵から浮上させられた。見ると赤い線が肌に走っていて僅かに血が滲み出ている。ひゅうっと空気を飛ぶ鞭の音がしたかと思うと、次は腹部に痛みが走った。

「ひっ」

 今度はもっと容赦なく叩かれたようで、鞭の跡全体に血が滲んだ。

「やっぱりこれぐらいしないと面白くないね。ねえ見てよ壱夜の顔。すっごく怯えて楽しいよね」

 べろりと鞭を舌先で舐めて、一人が残酷に笑った。

(こいつ……変態だ。くそ、いてえ…………)

 現代日本に生きてきて普通に生活していた壱夜に、鞭でしばかれるなどという経験があろうはずもない、怯えて当然だった。新たな涙を零し始めた壱夜に目を細めると、一人は背中側に回った。

「完璧に奴隷にしてやる。おいお前達、後ろにバイブ突っ込め、そして前をもっと嬲れ」

「はい」

 長髪と体育会系がにやにや笑って近づいてきた。媚薬をさらにたっぷりと前と後ろに塗られ、壱夜はその部分の熱さと甘く蕩けるような悦楽に睫毛を震わせる。種類の違う玩具を立ち上がった両乳首に取り付けられ、スイッチを入れられた。ちゅうちゅうとに吸い付き出した玩具にむず痒さを掻き立てられて、壱夜は狂おしげに腰をくねらせた。

「あああああっ! ああーっ!!!」

「淫乱が! ほら、ご褒美だよっ」

 長髪が極太のバイブを壱夜のアヌスに突き刺した。奥深くまで突き刺さった先が前立腺を刺激し、壱夜が絶叫する。前は体育会系がいやらしく擦りあげ、わななく尿道には綿棒に似た細いバイブが埋め込まれていて、それがまた腰が蕩けるような愉悦を掻きたてた。

「ああ……ああっ……ん……あああ……っや!」

 ジュブジュブ、ヌルヌル……、チュプッ。

 全身性器になったような錯覚が起き、快感だけを壱夜は追いかけ始めた。それこそが一人が望んでいたもので、残忍に目を光らせて再び鞭を打った。快楽と同時に生まれる痛みが、より強い快楽を引き出し壱夜を狂わせていく……。

「あああッ! あうっ! ひいいっ……ひっ……か……はっ!」

 憎しみが篭った鞭は、壱夜の身体を容赦なく傷つけて引き裂き、血の臭いが精液の臭いに混じった。しかし、一人も他の男達もそれを当然のように見て、思い思いに壱夜を犯していくのだった。

(僕……もう死ぬのかな)

 壱夜は呻きながらそう思った。

 その時大きな音をたててドアが開いた。入ってきたのは照久と岩井、そして無表情の極みの蒼人だ。長髪達が殺気立つ中、一人が気の抜けたような甘ったるい声でうれしそうに言った。

「やっと来てくれたんだ、蒼人ぉ」

 照久が銃を構えた。

「お前やりすぎ、蒼兄は口も聞きたくないってよ」

「うるさいねえ……照る照る坊主は黙っててくれないかな。ねえ蒼人、壱夜君見てよ、可愛い仕上がりでしょー?」

 ぴくり、と、蒼人の片頬が動いた。それは誰が見ても怒っており、ダイナマイトの導火線に火がついたような、とんでもなく危険な感じが漂っている。壱夜の身体はあちこち精液まみれな上、吸い付かれたり噛まれたりされて赤いあざが全身にあり、鞭の跡が血を流し続けていた。早く治療をしないと危険だ。

「あれ? 平気なんだ……つまらないなーっと♪」

「いっ……」

 ばしっと一人がまた壱夜を鞭で叩いた。壱夜は朦朧とした意識の中で、蒼人に気づいた。しかし夢の中なのか蒼人は笑いもしないし怒りもしない。じっと自分を黙って見ている。それが腹立たしくて壱夜は気力を振り絞り、掠れた声で毒づいた。

「あお……と、ばか……」

 無表情だった蒼人の顔に変化が現われた。目を見開いてまじまじと壱夜を見て、僅かに口をうれしそうに綻ばせたのだ。それを見て一人が般若の様な凄まじい表情になった。

「ちょっと、おかしくない? なんでそんなにうれしそうなのさ! もっと辛そうにしろよ、こいつが好きなんだろうが!!!」

 ぶるぶる手を震わせて一人が力任せに鞭を叩きつけようとした時、照久が銃を発砲して一人の鞭を砕いた。一人はその衝撃に痛そうに右手を押さえながら叫んだ。

「お前らっ、ぼさっとしてないで蒼人以外をなんとかしないかっ。蒼人にしかこのショーは見せたくないんだからなっ」

 しかし長髪も体育会系も動かない。他の男達も動かなかった。ヒステリックに怒鳴り散らす一人に、ようやく蒼人が口を開いた。

「……私達の後ろに居る人が見えないのか?」

「何を……!!」

 蒼人や照久の後ろからすっと現われたのは、派手な友禅の着物姿の恰幅のある美しい女だった。髪を頭の後ろに結い上げ、朱い口紅を施した唇をきつく引き結んでいる。

「……あ、姉さん」

 微かに狼狽して後ずさった一人に、女性はずいと草履を履いた足を踏み出した。

「素人さんにずいぶんみっともない真似してるわね。馬鹿とは思ってたけどほんっとお前は馬鹿だわ」

「なにを……」

「何を言ってるのかわからないってあたりが馬鹿なのよ。こんな有様だから頭が津島に養子に出したんだ。ちったぁましになるかと様子見てたけど、ちいっとも治ってない。それどころか悪化してる。もうお前みたいな馬鹿はつける薬もないわ」

 女性が顎をしゃくると、ドアの外から柄の悪そうな男達がぞろぞろと入ってきて、一人の顔色が土気色に変わった。

「お前が雇った裏ビデオの会社連中よ。今日からお前はうちとは全く関係ない、ただの裏ビデオのアダルト男優や。トウが立ってて質が落ちるらしいけど、せいぜい派手に撮ってもらいな」

「じょ、冗談じゃない! 蒼人以外に……」

「跡継ぎを降ろされたからって、若頭の蒼人を閉じ込めようとしたり、動けんように足の骨折ろうとしたり、会社の経営の邪魔しようとしたり、お前には本当に虫唾が走るわ。あ、その手下どもも同じように扱って。私よりその馬鹿の言う事聞いたもっと馬鹿な奴らだから」

 長髪達が逃げようとするのを、男達が押さえつけて縄で縛り上げた。その間に蒼人と岩井が吊り下げられている壱夜を床に降ろした。玩具をすべて取り除き、岩井が手早く診察して難しい顔をした。

「薬が使われているようですが……、何の薬だかわかりません。それに心臓近くに鞭を打たれた衝撃が心配です。肛門の裂傷も早く病院へ行って処置しないと」

「壱夜……」

 蒼人は深いため息をついて、気を失った壱夜の頬を優しく撫でた。男達が担架を持って運んできたので、自分の上着を脱いで壱夜に着せてやると、男達に取り押さえられた一人が子供っぽい口調で蒼人を詰った。

「なんでそんな奴がいいんだ。私の方がきれいじゃないか!」

「まだそんな事言ってんのかてめえは……」

 呆れる照久の顔に一人の唾がかけられた。

「照る照る坊主は黙ってろ! ねえ蒼人。私は蒼人でないと駄目なんだって。今からでも遅くないから。跡目なんてどうでもいいんだ本当は、私がほしいのは蒼人だけなんだ。な? 今までの事は水に流して仲良くしよう?」

 縋ってくる一人を、蒼人は冷たい視線で撫でた。

「断る。私が好きなのは壱夜だけだ。お前の事は兄だと思うのも汚らわしい……」

「蒼人!」

 蒼人は一人に背を向けて、担架に乗せられて運ばれていく一夜に向かって歩き出した。それを見た一人が男達に突然体当たりし、すぐ傍にあった引き出しから拳銃を出した。照久を除く男達がそれにはっとした瞬間、一人が酷薄な笑みを浮かべて発砲した。

「壱夜!」

 滅多に聞かれない蒼人の悲壮な叫びに、照久と岩井がびくついた。哄笑する一人を男達が怒鳴って殴りつける。そして拳銃を叩き落として両手首を後ろに縛り上げ、狂ったように笑い続ける一人を連れて部屋を出て行った。

 被弾した壱夜の腹部から、夥しい量の血がぼとぼとと零れた。

「壱夜! しっかりしろっ!」

「落ち着け蒼兄、手当てができねえよ」

「黙れこの役立たずがぁ! 岩井、どうなんだ。壱夜は……!」

 感情的になって怒鳴り散らす蒼人を照久と男達に押さえつけてもらい、岩井は冷静に応急処置をして、知り合いの外科医に連絡を取った。

 外は相変わらずネオンが煌いている……。

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