珠子(たまこ) 18歳 没落した宮家の姫君 源惇長(みなもとのあつなが) 27歳 左大臣の三男、左近衛の大将 安倍彰親(あべのあきち……
平安の御世。政の中心は数百年前から変わらず、玄武、白虎、青龍、朱雀による四神の守護の恩恵を受ける平安京という都の中にあり……
一条の外れに物の怪邸と言われるほど荒れ果てた宮家の邸がある。無人ではなくつい最近まで女人二人が暮らしていた。一人は宮家の……
春の嵐が吹き荒れた。 容赦の無い風は今が満開とばかりに咲き誇っていた桜を吹き散らし、花を愛でていた人々はしきりに残念がった……
それから数日が経った。 逃亡しようとして惇長に捕まった珠子は元の局に戻されてしまい、嫌味女房に監視される毎日に精神的に参っ……
「今朝はお静かになさっておいでですのね。昨日は、それはそれは、ご退屈そうにしておいででしたのに」 朝、激しい痛みに、気持ち……
初夏に入ってから、じわりと汗ばむ日が続いていた。 珠子は扇を静かに煽ぎながら、早く目当ての場所へつかないかとばかり考えてい……
翌日、一条は坂本の実家へ帰っていった。 代わりに惇長の従者の由綱が女房の役目を果たしてくれたのだが、一条と違って男の由綱は……
「貴方……」 「妖物に魅入られますよ。気づきませんか? 姫の周りは妖の匂いがぷんぷんします」 「貴方には嗅ぎ取れるの?」 「皆わ……
雨が降らず、御簾内からでも陽の強さがわかるほど暑い日々が続いている。昼下がりだけあって蝉の声が騒々しい。 風はどこへ行った……
乞巧奠(きこうでん、七夕祭り)が無事に済み、宿直の惇長はなんともなし清涼殿の廂に座り、ふと置かれたままになっている盥の水……
暴風で、閉められた蔀戸がたがたと震えた。 降り出した雨が縁や庭の草木を叩きつけ、たちまち濡れそぼっていく。縁も風雨によって……
師走も中旬に入り、雪が舞い、凍えるような寒さに、人々は火桶に火を起こして暖を取っている。 京から望む山々はもう真っ白で、雪……
几帳を挟んだ向こう側の縁にいる女房に向かって、 「弾いていたのは私です。貴女は?」 と、珠子が警戒しながら返事をすると、 「こ……
女房達は皆撫子の御方の所に集まっているため、寝殿の孫廂(まごのひさし)に人影はなく、珠子は一人で翠野を抱えて彰親からの合……
それから惇長は、前のように珠子の所へやって来て、一緒に過ごしてくれるようになった。前と違うのは一緒の褥に入ってもなにもし……
優雅に扇を広げ、撫子の御方は面白そうに御簾の向こうを見やった。 騒々しい足音と共に女房達が慌てさざめく声がする。やがて撫子……
子の刻(深夜0時)。 燈台に明るく火が灯され、色鮮やかな衣装の花が咲き乱れている中、珠子は必死に欠伸をかみ殺していた。 東宮……
「中将の君」 いきなり噂の本人の右京の声がして、珠子はびっくりした。桜が飛び起きて局の奥へ逃げていく。 後宮暮らしで一番慣れ……
陣定の席で、惇長は渋い顔を隠しきれなかった。それは中心となっている左大臣も同様で、先ほどから重い沈黙が場を占めている。 「……
広いようでとても狭い後宮に、あっという間に珠子の恋人は彰親だという噂は広まった。広めたのは当然目の前の右京だ。 「本当にお……
一条に呼び出された彰親は、半刻も経たないうちに駆けつけてくれた。みるみる険しい顔になり、 「身体の中に入ったのですね。やっ……
惇長が、高熱でこんこんと眠っている珠子を抱いて彰親の屋敷へ入ったのは、亥の刻を小半時ほど(午後十一時)過ぎた頃だった。雪……
翌日はひどい吹雪だった。邸はみしみしと風を受けて軋み、格子や蔀戸の隙間から粉雪が舞い込んでくる。女房や家人たちは建物の中……
如月に入り、珠子は内裏に戻った。 淑景舎は以前より明るい声に満ちていて、風通しのいい場所に変わっていた。 妖の病魔が去ったせ……
琴の音や人の笑い声などが、遠くから微かに聞こえてくる。 粉雪が舞い散るこの寒い夜に、弘徽殿で雪を見る為の管弦の宴が催されて……
厳重な人払いがされた。 撫子の御方は気分が優れず暗い顔だった。珠子の兄の美徳に対しての約束が守れなかったのと、次から次へと……
珠子の局は、主が居ない為ひっそりと静まり返っていた。 猫の桜はおそらく彰親が連れ帰ってしまったのだろう、いつもの畳の上にそ……
雪がしんしんと降り、恐ろしく冷え込む夜の都を、美徳と彰親はゆっくりと歩いていた。 ともに、粗末な傘を被り蓑を羽織って身をや……
瞬く間に日が過ぎ、主上の譲位と共に東宮が新たな主上になられ、二の宮で御年一歳になられる永平親王が東宮に御立ちになった。落……
右大臣の屋敷は、朝から妙に騒々しかった。 なにか宴でも催されるのだろう。珠子は関係ないわと思いながら、刺繍をして気を紛らわ……
夜が明けた。 とはいえ、几帳や御簾や格子で隔てられた屋内は、まだまだ薄暗い。 美徳は瞑想をやめ、ゆっくりと目を開いた。 瞑想は……
「おお……これは素晴らしい」 院が楽しそうに笑まれたのを、惇長はうれしくお見受けした。 珍しく青空が垣間見えていた。御簾越し……
「これはどういう事か説明いただきたい」 惇長は、中納言義行に向き直った。 官位は同じでも、惇長の方が遙かに重く思われていて貫……
「やれ! なぜやらんのか。どうなっておるのだ、呪は効いている筈なのにっ」 哉親がどれだけ妖をそそのかしても、触手達は源晶を攻……
彰親の屋敷の庭にも、やはり桜の木があった。 今年は、満開の頃は屋敷の住人はそれを愛でる余裕はなく、何故かいきなり続出したけ……
陽が、湖の向こうへ沈もうとしている。 茜色に染まった空と金色に輝く陽を湖が映して、それはそれは美しい光景であるにもかかわら……
いよいよ妻問いが行われる日が来た。 今日は、村の若い者が総出で川掃除をする事になっていた。この間の屋敷の掃除のように、あき……
百合は、粗末な家の中の、また粗末な褥に美徳を誘った。 全てが使い古されたもので、今日の夜にはふさわしくはない。それが百合に……