ゲーム 第01話

「……つきあってもいいよ」

 私の精一杯の告白に、広山君は目を輝かせた。そんな彼を見て、私も勇気を出してよかったなとほっとする。だけど……。

「やりィっ! 広山に掛けた奴、倍率十倍だぞっ」

「ちっくしょー、なんだよ、林ももっとごねろよ。根性ねえなあー」

 え? なに!?

 誰もいないと思っていた放課後の教室だったのに、何故か数人のクラスメイトがわらわらと入ってきた。その面々に心が冷えた。広山君を振り返ったら、彼はばつが悪そうに目を逸らした。彼らの一人……、学級委員の見城さんがやっと気づいたの? と面白そうに笑った。

「ばっかねー。広山君があんたなんか本気になるわけないじゃん。ゲームよゲーム」

「……ゲーム?」

「そ、あんたを落とせたら、私は広山君とつきあってあげるって言ったわけ。優(まさる)、そっちの勝ちだからつきあってあげるわ」

「…………」

 あんまりな出来事に頭の中は真っ白になった。

 入ってきたクラスメイトたちは、美男美女カップルがやっと成立しただの、まともな審美眼ならこっちのほうが普通だの、好き勝手に騒ぎ出した。

 

 今から一月前のバレンタインデーに、広山君に誰も居ない放課後の教室で告白された。

 広山君は、端正な顔立ちで学校中で人気のある人。

 夏までは生徒会長までしていた。

 高校は、偏差値がものすごく高い高校に推薦入学が決まっている。

 中学三年に転入してきた私は、ここのクラスになじめなくて一人ぼっちだった。

 それをいつもフォローしてくれたのが広山君だった。

 遠足でどのグループにも入れずに一人で居た私を誘ってくれたり、体育祭で誰も応援してくれなかったのを応援してくれたり……。

 ほかにも沢山優しくしてくれた。

 ひょっとして私が好きなのかなと思ったのは、数回どころじゃない。

 でも、私は美人とは言いがたいし、頭もいいほうじゃなくて太っていたから、それはありえないと頭の中で打ち消していた。

 私にかまう広山君を、見城さんたちのグループはいつも文句を言っていた。

 見城さんは洋館に住んでいる生粋のお嬢様で、お父さんが会社の役員をしているらしい。

 美人でスポーツもできて、頭もいい。

 そして、広山君と同じ高校に進学が決まっていた……。

 バレンタインデーで告白されたとき、ものすごくうれしかった。

 もらったチョコレートは大事に家の机の引き出しにしまってある。

 なのに。

「広山も罪つくりだなー。思わせぶりに接してきて、今この時期に振るかよ」

「しょーがねーじゃん、ブタチンがなかなか落ちなかったんだからな。ブタのくせにプライド高いんだよ。アホのドジはさっさと告白して振られろっつーの」

「うわー、あんたらひどいわ。本人目の前にして言う?」

 毒を吐く男子に、それを笑う他の女子。

 私は……。

 広山君は、私の横を通り過ぎ様、小さな声で私にごめんねとあやまり、見城さんと教室を出て行った。入ってきた人たちも一緒に出て行く。

「お前みたいなブタチン、誰が好きになるよ。自惚れんな、ばーか」

 大嫌いなアニメキャラクターのあだ名をつけた男子が、私に笑いながら言い放った。どっと笑い声が起こった。私はぎゅっと唇をかみ締める。

「広山ー、ブタチンのお相手ご苦労様でしたー」

「今日からほのかお嬢様が癒してくれるからな。よかったなー。学校一美人とつきあえるようになった感想は?」

 わいわい楽しげに言い合う彼らの声が遠ざかっていく。

 誰もいなくなった教室で、私は馬鹿みたいにぽつんと立っていた。

 ゲーム……、そうか、ゲームか。

 

「はは……」

 手に持っていた手作りクッキーは、いらないものになってしまったようだ。ホワイトデーだから、がんばって作ったのにな。お母さん、ごめん、せっかく手伝ってくれたのに……。

 学校放送が、帰る時間だと言い始めたのに、帰る気がしない。

 ……帰ってお母さんにどう言ったらいいのかな。

 お母さんも、広山君を明るくて優しい男の子だって気に入ってから。

 気に入らないと拗ねてたお父さんも、最近心開き始めてたのに。

 弟の朗も、広山君はいい先輩だからと太鼓判を押してたのに……。

 がらりと教室の戸が開き、担任の田辺先生が入ってきた。

「何だ、林。まだいたのか。早く帰れよ。もう下校時刻過ぎてるぞ」

「……はい」

 やっぱり帰らなきゃいけないよね。

 のろのろと支度していたら、田辺先生が面倒くさそうにため息をついた。

「林、お前、もっとみんなと打ち解けないとだめだぞ。そんな暗い顔をしてるから一人だったんだぞ。孤立して楽しかったか? あともう少しで中学卒業だってのにいまだにお前……」

「……すみません」

「一年の弟は明るいし友達が多いのに。見習えよ。高校でも同じ事するなよ」

「……失礼します。さようなら」

 頭を下げて出て行く私の背中を、田辺先生はどう見ているかはわからない。きっとこのクラスのお荷物だと思ってたんだろうな。

 でも、だからちゃんと空気になってたのに。

 何で文句を言われなきゃいけないんだろ。

 廊下はしんとしていた。

 誰もいない放課後の廊下は、私を安心させる。

 たくさん人がいる場所より、いない場所のほうが好き。

 誰とも繋がらなくてもいいのだって、穏やかに思えるから。

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