ゲーム 第02話
嫌な夢を見た。きっとこいつのせいだ。
昨日ポストに投函してあった、同級会のお知らせのはがき。
誰が好き好んで、あんな嫌な思い出の詰まったクラスの奴らと会うんだっつーの。
私はベッドから出て、机の上に置いたままになっていたそのはがきをくしゃりとつぶしてゴミ箱に捨てた。
よくもまあ、あれだけ人を馬鹿にして無視しておいて、同級会にお越しくださいなんて言えた物だわ。さすが成金のお嬢様、見城ほのか。
絶対に来てねだと? ふざけんな。
せっかく封印していた黒歴史なのに。
ああもう、早く忘れないと。
「おっはよー、ゆきの。なんか顔色悪くない?」
「おはよ。そりゃ悪くもなるよ。いやーな事思い出しちゃってね。夢見最悪なわけ」
会社のロッカーでさっそく顔色が悪いのがばれて、よっぽどショックだったんだなーと苦笑してしまう。
「ふーん。ホラーな夢?」
「それなら楽しくていいだけどねー。はずれ」
「過去の彼氏とか?」
「少しだけ正解」
制服に着替えて、ドアについている小さな手鏡で髪型をチェックする。よし、大丈夫だ。
「へえ、男嫌いのゆきのの彼氏か。興味あるな」
「ロマンスなんかございませんからね。ご期待めさるな」
「けち」
桜子が頬を膨らませたので、面白くてつついてやった。ふたりでわいわい言いながら総務課へ入ると、先に来ていたみんなから挨拶がくる。私はそれに笑顔で返して、自分の机についた。
うーん、今日も忙しくなりそうだわ。
パソコンをたちあげていると、 営業部の中村君が、これから得意様に行くって格好で私の席に来た。
「林さん、この間頼んでおいたプランAのデータ、あがってる?」
「あがってますよ。はいこれ」
手渡すと、それを大切にケースに入れながら中村君はワンコみたいに笑った。さわやかだなあ。
「林さんは仕事が早いから助かるよ。お礼に今晩夕食なんかどう?」
「仕事しているだけですので、必要ありませんよ」
「相変わらずお堅いなあ」
つまらなそうに文句を言う中村君をしっしと追い払って、新しいデータ入力に取り掛かる。横から桜子が言った。
「もったいないなー、中村君って結構人気あるんだよ。営業部のホープだって」
「ふーん。そりゃすごいね。でも私には関係ないわ」
「顔もいいし、性格もいいのに」
「はいはい黙る。仕事してくださいな」
ぶうぶう文句を言う桜子は、9月に結婚退職する。なんでも中学時代から付き合っていた彼氏なんだそうで、そりゃまた長い春だったんだなと感心する。
彼氏とは桜子に紹介されて一度だけ会った。
とても誠実そうで優しそうな人。一緒にいるだけで元気になれる桜子とはとってもお似合いだ。
桜子と私は同じ年の二十四歳。
もろ結婚適齢期だ。
同期入社の女の子は六人いたけど、四人結婚退職した。
残っていたのが桜子と私。
でもついに桜子も結婚してしまうから、私は完全に売れ残り状態。
だけどまったく気にならない。私は結婚なんか絶対にしない。
恋人も要らない。
特に中村君みたいな顔のいい奴は断固お断り。
顔のいい奴って、たいていそれを自覚してるから性格が悪い。
あちこちの異性を食いまくって、我が物顔で周囲を振り回して、かけた迷惑なんか省みもしないお花畑連中だ。
まあ……中村君はちょっと違うかもしれないけど。
思えば昔の私はあほだったなー。
なんで連中のちゃちなゲームに気づけなかったんだか。
ま、友達がいなくて情報が流れてこなかったせいもあるんだけどね。
あの日の夜、弟の朗が帰りの遅い私を心配して玄関から出てきたところを見て、私は泣いてしまった。
朗は泣きじゃくる私を家にいれ、私の部屋ですべてを聞いて激怒した。
同じバレーボール部の広山君を尊敬していただけに、私にやった仕打ちは鬼畜そのものに見えたに違いない。
両親は共働きでまだその時帰っていなかった。二人にも言うべきだと朗は言った。
でも私は中学卒業と同時に引越しが決まっていたから、あとたった数日だし何も言わないでほしいとお願いした。両親にも転校するから告白を断ったとうそをついた。
広山君を気に入っていた両親は残念そうだった。
朗は何度も言うべきだと言ったけど、私はかたくなに首を横に振った。
あの学校の連中に何を言ったってだめなのがわかっていたから、かたくなに公にするのを拒否した。
ブタチンなんて嫌なあだ名をつけられ、同じ学年の生徒に馬鹿にされていたこと。
女子にはいない存在にされて、体育のグループも、掃除のグループもいれてもらえなかったこと。
最初のころはつらくて担任に何度も相談したけど、皆無視されて、私が打ち解けないから悪いと言われていたこと……。
あのゲームだけじゃなく、私の中学三年は最悪だった。
よく乗り切れたものだと思う。
事なかれ主義の教師たち。
人を珍獣扱い、もしくは空気扱いする同級生。
人生の中で一番暗黒の部分だと言っても過言ではない。
卒業式の日、とてもいいクラスだったとしんみりしたり、笑顔で泣いたりしているクラスメイトたちを、私はとても冷めた目で見ていた。
見城ほのかは、こんな素敵なクラスメイトたちと、先生といられて、とてもいい一年間をありがとうございましたと、学級委員の最後の挨拶をして号泣していた。
それを見てよりいっそうしらけた。
皆順番に挨拶していく中、私はさようなら、お元気で、とだけ言った。
その時、誰も見ていないと思っていたのに、広山君と何故か目が合った。
誰も私に注目していないのに、彼だけが私を見ていた。