ゲーム 第21話

「新婦のほのか様と新郎の勝彦様、このたびは本当におめでとうございます」

 敵意を漲らせた若い男性が、顔とは正反対のうやうやしい態度でお辞儀をした。ホテルの係が乱入してきた彼らをつまみだそうとすると、別の男性に反対に投げ飛ばされた。

「今日はこのめでたい日の余興に、とっておきのお話をさせていただきます」

 高砂の、見城ほのかが立ち上がった。

「誰なのよあなた。呼ばれもしないのにはいってくるなり失礼だわ!」

「これはこれはほのか嬢。相変わらずでいらっしゃる。私の妹はその醜い貴女の顔のためにやけどを負ってしまったというのに」

「何の話よ」

「おや、覚えておいででない? 思い出させてさしあげましょうか」

「必要ありません。誰かその人達をつまみ出して頂戴」

 その声でわれに返ったホテルの係が連れ出そうとしたけれど、またさっきのように投げ飛ばされただけだった。もう誰も向かっていこうとしない。

 彼らの中から、見るのもつらくなるほどのやけどを顔に負っている、若い女性が進み出た。

「ほのかさん、私をお忘れでしょうか? 田代彩です。私の彼を自殺に追い込んだのを知った私が詰め寄った時に、そちらの旦那様のお友達に命じて、タバコの火を押し付けて私の顔をこのように焼いてくださいましたわね?」

「何を言ってるんだお前はっ!」

「あら、あなたご出席されていたの? そう、あなたがこんなふうにしてくださったんですよ。よく見てくださいよ、すごいでしょう? 手術しても消えないんです。ものすごい腕ですよねあなた」

「おれは知らないぞっ! へんな言いがかりをつけるな」

「警察に訴えたら兄の職を取り上げると脅迫してくださったの、一生忘れませんわ」

「ふざけるな!」

 ホール内は大騒ぎになった。一方でこんなに面白い余興はないとばかりに面白がる人達もいる。私は宮下君を見上げた。彼の顔は強張っていて、それでいて目は冷たく光っていた。

「……これが復讐なの?」

「いや。これは、おれが仕組んだ復讐じゃない」

「は?」

『ねえ? どうやってあのブタチンをいじめる~?』

 突然聞こえてきたのは、なんと見城ほのかが私をいじめる方法を考えている、中学校の時の肉声。

 披露宴会場が一瞬静まり返った。

『酒飲ませりゃ一発だと思う。あいついかにも弱そうだ』

『俺、いろんなグッズ持ってきた。これなんかつけたら発狂もんだってさー』

『へえ? いいんじゃない? その馬鹿でかいバイブで処女消失なんてブタらしいわ。あはははははは!』

 シルクスクリーンに、悪巧みをするあの時のメンバーが映し出された。

 若くても、皆顔はほぼ変わっていない。えらそうにベッドに腰をかけて、男達を顎で使っているのは間違いなく見城ほのかだ。

 ホールは先ほどより騒然となり、怒号や非難する声が沸きあがった。

 高砂の上の見城ほのかが誰かの罠よと叫んだけれど、そう叫ぶ事によっていっそう非難する声は大きくなった。

『あの女、孤高を気取って生意気なのよ。思い知るが良いわ! ブタはブタらしくブヒブヒ言ってなって感じ』

 美しい花嫁姿と同一人物とは思えないほどの、中学生の時の醜い彼女の姿。

『ブタの始末は俺に任せな』

 そう言うのは花婿になっている取り巻き男。彼は顔が真っ青で今にも倒れそうになっている。

 司会者があわてて係にパソコンを止めるように言うが、パソコンを止めても映像は止まらない。一番上座に座っている取り巻き連中に非難が集中した。

「おやおや、他にも貴女方をこんなふうに祝福してくださる方がいるようだ。良かったですね、ほのかさん、勝彦さん」

 乱入してきた男の人が言い、やけどを負った女の人もうなずいた。

「ねえ? ここにいる我々は皆あんた達に人生をめちゃくちゃにされた人間なんですよ。あんたたちの暇つぶしのために死んだ奴もいる、彼女のように消えない傷を負った女もいる。会社を潰された奴もいる。そんな人間が幸せになる権利なんてあるんですかねえ?」

「おだまりなさい!」

 見城ほのかが怒り狂って叫んだけれど、それはさらに強い非難を呼び出す元になった。

「なあにあれ? 聞いていたけどこんな昔から極悪人だったのね見城さんって」

「誰だか知らないけど可哀相」

「あのぼんくら御曹司、やっぱり昔っから馬鹿だったんだなー」

「うわ、悪い連中ばかりがお友達か。見てみろよあの映ってる奴ら、全員友人席にいるぜ」

「腐った奴には腐った奴しか近づかないんだな!」

「やだー。こんな意地悪女が社長令嬢? 会社辞めよう」

「どういう教育したら。あんなゴキブリが製造されるんだよ」

「見城とは取引中止だ」

 馬鹿にする者、呆れる者、こんな披露宴に長居は無用と帰る者、入り乱れて披露宴が一変、人を糾弾する場所になった。

 見城ほのかのお父さんや親族達が、並み居る招待客を抑えようと必死に何かを言っているけれど、私達には聞こえてこない。

 司会や係が必死に彼らを止めても、数の差で明らかに不可能だった。

 招かれていたテレビ局がはりきりだした。

「そういやあの令嬢。新入社員をいびっては退社させてたな」

「そうなんですか? 新郎の方は女遊びがひどくてですね、何人中絶させたやら」

「あの友人席の女ども、受付の新人を自分たちより目立つからって昨日もいじめてやがった」

「最悪だな。ますます悪くなってんじゃね?」

 取り巻き達は誰一人それには言い返せず、小さくなっている。カメラのフラッシュがまぶしいほどにたかれる中、ただ一人、見城ほのかだけが私を陥れるための罠だと言い張っている。花婿は顔を青くさせて震えているというのに。

「これは皆嘘よっ! 誰なのこんな……卑怯だわっ」

『ブタチンはいじめがいがあるわ~。必死に我慢してるのが楽しいったらないのぉ』

 スクリーンの音声が、見城ほのかの声を消した。

「あのミニディスクに入ってた」

 宮下君が言った。

 広山優からもらった物だ。

「出よう」

 宮下君が席を立ち、私もそれに続いた。

 大騒ぎの坩堝になった大ホールを二人、他の披露宴客にまぎれて抜けた。

 どこをどう歩いたのか、気がついたらホテルの庭にいた。はずれにある庭なのか人は私達しかいなかった。

 まだまだ暑くて、太陽の日差しで噴水がきらきらと光の粒を散らし、その水音が涼しい。

 宮下君は、噴水の前にある白いベンチに腰をかけた。私も同じように座る。

「他にも同じ事考えてる人がいるとは想像外だった」

「あなたは大丈夫なの?」

「あいつら、優には一言も話すな、呼ぶまでくるなってあの日言ってやがったそうだ。怪しんだ優は盗撮を仕掛けておいたんだな」

「…………あの映像、私はいなかったわ」

「そんなもん優が残すはずがない。恐ろしいほどの独占欲を抱いていたから……」

 ざあっと風が木々をそよがせた。

「あんなものを私に渡して、どういうつもりだったのかしら」

「復讐に使えって言いたかったんだろう? おれたちはすでに、林さんに嫌われているという制裁をうけているからな。さらに優は、自分を傷つけて寿命を縮め命で罪を償った」

「重過ぎるわ」

「仕方ないさ。これで本当にゲームオーバーだ」

 宮下君はいやに切ない顔で笑った。

「これでやっと林さんはおれ達という疫病神から解放される。おれは京都支社に移動する。こっちにはもう帰ってこない」

「跡取りではないの?」

「宮下夫妻は、おれを養子にした後、広山家からの影響を恐れて親族からも養子をもらいうけた。それが中村だ。今では、血のつながりがあるほうが優先順位があがるんだ。義父の妹の次男なんだよあいつは。そしておれの義理の弟」

 やっと謎に思っていたピースがはまった。

 中村君のほうが御曹司なんじゃない!

「名前が違うわ」

「それこそトップシークレットだ。ちなみにおれの本名は|俊一(しゅんいち)。養子にされた際に優の希望で優にされたって……葬式の時に聞いた。わかったろ? 広山家には今高校生の次男がいるし、おれは両家にとって取替えのきくスペアで、いつでも切り捨て可能な捨て駒ってわけだ」

 ベンチから立ち上がり、宮下君は再び歩き出した。

 どきんどきんと胸が高鳴る。今言わなければと心が焦った。気づいたら、逃がすまいと彼のスーツの裾を掴んでいた。

 驚いた顔をしている宮下君に、私は言った。

「ゲームオーバーするつもりなら、早すぎるんじゃないかしら?」

 もう、我慢したりなんかしない。

 人を気にして自分を偽ったりなんかしない。

 私があのクラスで何もしなかったのは、いじめが怖かったのもあると思う。でも本当は、何一人で必死になってるのと恥をかいて笑われるのが怖かった。

 だからなにも感じないふりをしてた。

 告白に返事して、馬鹿にされて笑われた日も、何も言い返せなかった。

 私はあの日言うべきだった。

 告白した彼と明らかに様子が違いすぎることを、みっともなく追いすがっててでも聞くべきだった。

 ひょっとして広山優は、宮下君とは違う自分を見抜いて欲しかったのではないだろうか。

 すべてが矛盾して、何が本当なのかわからない。

 でも、今はハッキリしている……。

「中村なら、林さんを幸せにできる」

「それを決めるのは私、そうでしょう?」

 ゲームはずっと終わらない。

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