平凡非凡ボンボボン 第03話

 激しく疲れた……。

 僕はなんだか最近とっても疲れている。おかしいねえティーンの僕がなんでこんなによろよろしてんだろ。普通十六歳って言ったら若さ溢れてキラキラ輝いてるもんなのに。自宅の自分の部屋の畳に突っ伏して、ふうううう……とため息をついた。ため息なんてものもヘボニャーの僕は無縁のものだったのになあ。これもそれも非凡のせいだ。

 あーあ、面倒くさいな。同性愛はよそでやってほしいよ。

 はあ……。

「何黄昏てるの? ゆーう」

 今ここで聞くわけがない声が部屋に響き、僕はがばりと起き上がった。め、目の前に何でか知らないけど主将が座卓にコーヒー置いて寛いでる。ええええええええっ?

「しゅ、しゅ、しゅ……っ!!!」

「キシャポッポじゃない。そんなに驚かなくっても」

「どーやって家の中に入ったんですか!」

「さっき遊の母ちゃんに……、あ、パートに戻るって出てったから今はいない」

 母ちゃんよ~。なんで初対面の男をいきなり入れるかな! 美形好きだからあっさり入れたんだろうけど家庭を守る人としてどうなのさ、……ってそこじゃない!

「部活はどうしたんですかっ!」

「えー? 遊が俺のせいで倒れたってのに、それを放置して暢気にバレーはないからなー」

「何馬鹿言ってるんですか! 今度の日曜日練習試合があるってのに」

「いーのいーの。どのみち日曜日まで俺は足首ひねったせいで部活禁止なんだよ、本当は。一日ぐらいさぼったって構わないの」

「都合よくひねる人がいますか!」

 なんちゅう人だっ、皆は部活頑張ってるってのに……。でも主将は優雅な手つきでコーヒーを口に含んでソーサーに戻した。

「冷たいな遊は。恋人の怪我を心配してくれないのか?」

「どー見てもぴんぴんしてるくせに、何言ってんですかっ」

「あ、やっぱりわかる?」

 にっこりわらった主将の笑顔は、この人の崇拝者なら心臓ぶち抜かれるくらいのたまんないものなんだろうけど、僕には悪魔の微笑だ。裏に何かどす黒いものを五億バレルは埋蔵してるよ絶対っ!! ずりずりと畳の上を尻で下がる僕に、にやにや笑いながら迫ってくる主将が猛烈に怖い。

「遊……」

 ベッドサイドまで追い詰められた僕は、主将にいやらしく口付けられた。ちゅっと音がして唇が離れた時にはまた力が抜けていた僕だったけど、止めさせようとして両手を主将の胸に置いた。でもそんなの敵うはずもなく、なんなく外されてベッドに引きずり上げられて押し付けられる。

「さっきは直接触れなかったから」

 そう言いながら主将は僕のシャツを脱がして上半身を露出させた。主将のせいで開発された僕の身体は、もうおかしくなってる。下半身が熱くたぎっていくのがわかるし、乳首も痛いぐらいに立ち上がって疼いて仕方ない。主将は何のためらいもなく乳首を口に含んで、強く吸い始めた。

「ん……っ」

 片方の乳首を指で遠慮なく捏ねまわされて、引っ張られて摘まれる。先輩の唇はもう首筋にまで下がっていてとても熱い。指先も身体も熱かった。

 ぴちゃぴちゃ。ちゅう……。

「や……っ、んっ。しゅしょ……うっ。はうっ」

 下半身が苦しい。開放を求めてぐいぐい腰を押し付ける僕に、主将は乳首を食みながら含み笑いをした。

 翌日。

 五時限目に使用すると言うでかい日本地図を教室に持っていくように現代史の教師に言われた僕は、しかたなく資料室から教室へ運んでいた。あー面倒くさ。現代史の坪田はあいうえお順に用事を言いつけると言っていたからそろそろやばいと思ってたけど、よりにもよって今日かよ。部の備品の搬入が昼休みにあると言っても聞いてくれやしない。

 えっほえっほと馬鹿でかい筒を持って廊下を歩いていると、一組の前であの綾小路が廊下の壁に凭れているのが見えた。奴はすぐに僕に気付いたけど、組んだ腕を下ろさないまま目を逸らしただけだった。良かった、皆がたわむろしている廊下の真ん中で主将とのいざこざを言われたら困るとこだったし。

 でもなんか通り過ぎた途端に、じいいいいっと見つめる視線を感じるのがちょっと。恨まれるのってまじ勘弁。 

 用事を済ませて慌てて僕は体育館倉庫へ入った。急いだんだけどとっくに搬入が始まっていて、坂田先輩も田中先輩も手伝っている。当然主将も来ていた。新しいネットはかなり重いらしくて、女性達はふらふらしている。僕は慌てて二人に駆け寄った。

 田中先輩はさっそく僕にぶーたれた。

「遅いわよ。新人のくせにどうして早く来れなかったの?」

「すみません。先生の呼び出しを受けていたので」

「そう! まあ主将が来てくれたからあんたなんか無用なんだけどね!」

 あからさまな敵視に坂田先輩が言いすぎと注意してくれたけど、田中先輩の不機嫌は治りそうもない。主将が僕に粉かけてるのが気に入らないんだろうな。主将は搬入業者と話をしていてこちらには気づきもしない。はあ……、あの人さえ僕に近づいてこなかったら田中先輩も優しい人なんだけどね。つくづくヘボニャーの僕には荷が重いよ。よっこらせと新しいネットを空いている場所へ置いた。

「坂田、ちょっと来て!」

「はい!」

 主将の声が体育館から聞こえ、坂田先輩は走っていた。田中先輩と二人きりになりきまずいから早く体育館へ戻ろうとしたのに、田中先輩に強く腕をつかまれて引き止められた。

「ちょっと待ちなさい。話があるのよ」

「は? ……えっと」

 やだなあ。絶対主将の事だろうし。

「主将とどこまですすんでるの?」

 直球かよ! 言えるか馬鹿と顔に出たのを読み、田中先輩はふうんと嫌な笑みを顔に浮かべた。

「その様子だと大したところまで行ってないわね。うふふ」

「なんですか大したところって」

「行くところまで行っちゃうって事よ。まだ後ろに突っ込まれてないでしょ?」

「…………!」

 綺麗な女性がなんて事を! と顔を真っ赤にする僕に田中先輩は甲高い笑い声を立てた。なんかこの人とても高校生の二年に見えないんだけど! アラサーのおばはんに見える。

「勘違いしているあんたに言っといてあげる。主将は惚れっぽいイヤーな性格なの。だからあんたの事もすぐに飽きるわ」

「……(そう願いたいもんですね)」

「そして必ず私のところへ戻ってくるの。いつもそうよ、中学の時からずっとよ。幼馴染でずっと隠れてつきあってるの、皆には隠してるから誰も知らないけどね。だから今は大目に見てあげるわ、浮気も許してあげる」

 何が言いたいんだろ。てゆーか主将と田中先輩ってできてたの? 田中先輩は言いたい事だけ言ってスッキリしたのか、ふっと息をついて体育館へ戻っていった。でも僕はもやもやした黒いものが胸に広がってなんだかむかむかする。なんだよそれ。つきあってるなんて主将は言ってなかった。いい加減な遊びに僕の平凡人生は壊されそうになってるっての? 馬鹿にすんじゃないぞ。あほらし!

 本当に好きな相手だったらどういう事だって本人に確認するんだろう。でも僕には迷惑なだけの主将の行為だ。もう知るもんか。ふんっ。

「………………」

 って、何で僕はこんなに怒ってるんだろ。

 遅い! と主将にどやされ、慌てて再び搬入の作業に戻った。田中先輩は先ほどの不機嫌さは消えて妙にうれしそうだ。なんか気に入らないな。綺麗だけどこういう女は彼女にはいらないなーと思いながら、僕は搬入を続けた。

 搬入が終わるのと同時に予鈴がなった。田中先輩は主将の腕を組んで途中まで一緒に帰りましょうと言っている。主将は何にも言わない。今頃気付いたけど、主将はなんだか調子が悪そうで表情が硬い。僕と居る時はいつもデレデレしているけど、他人の前では大抵怖い顔をしている。それでも少しは表情があった。でも今日はそれがない。気にしている僕に坂田先輩が耳に口を寄せてきた。

「主将が心配だから、篠原君、貴方が注意してよく見ていてあげて」

「え?」

 坂田先輩は体育館倉庫の鍵を閉め、体育館を出て行く主将達の後ろを見やる。二人の後をそれとなく付いていきながら、坂田先輩は後ろでくくっていた長い髪を下ろした。眼鏡で気付かなかったけど、坂田先輩も美人だ。田中先輩のキツイ感じはなくてとことん癒し系の。

「右足をわずかに引きずってる気がするの」

 坂田先輩の言うとおり、確かに主将は右足を庇っている気がする。いつもの闊達な足取りがなくて、妙に慎重さを感じる。渡り廊下はすのこがしいてあるだけだから、余計にそれらの動作が目立った。

「田中さんも悪い子じゃないんだけど、ちょっと配慮が足りないの。しゃきっとしててテキパキこなすけど雑なのが難点かな」

「はあ」

「マネージャーの仕事には当然部員の体調管理も入ってるわ。わかってるわよね、篠原君」

「はい」

「主将は怪我とか具合が悪いとかそういう気遣いが嫌いな人だから隠しちゃうの。貴方、主将の恋人なんだから気付いてあげないと。もちろん他の部員にも目をしっかり配ってね。田中さんに何言われたか知らないけど気にしちゃいけないわよ」

「……はい」

 うちの学校って共学なのに同性愛に寛容すぎるのが不思議だ。普通の女の子なら嫌がるもんなのに。てか僕も彼女は欲しいけど同性愛にそれほど偏見はない。自分にさえ降りかからなければの話だけども。

 二人は左へ曲がった。でも僕達は体育館倉庫の鍵を返さないといけないから、鍵庫のある職員室へ行くために右へ曲がる。職員室で鍵の返し方を教わりながらも僕は内心で赤面していた。そうだ、僕はマネージャーなんだ。私情に振り回されて主将の体調に気を配る余裕なんてなかった。情けない。強豪チームのマネージャーとしては失格だ。ヘボニャーだけど役割をおろそかにしちゃいけないよね。

 主将は昨日本当の事を言ってたんだ。それなのに僕はそれを嘘だと思い込んで確認もしなかった。馬鹿すぎる。あの後主将は僕をいかせるだけいかせて、すぐに家に帰ってしまった。多分……僕に悟られる前に帰ったんだろう。あの調子だと家族にも内緒かもしれない。だから僕の家に寄ってわざと時間稼ぎをしたのかも。

 部活の時間になったら主将に聞かなきゃ。

 職員室を出た途端に本鈴が鳴った。ヤバイ。現代史の坪田はねちねちと意地の悪い奴なんだ。坂田先輩に頭を下げると、僕は慌てて一年の教室がある三階へ向かって階段を二段飛ばしで走った。

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