平凡非凡ボンボボン 第05話
なんか……寒いような気がする。なんだっけな。僕は異常に肌触りのいいシーツを触りながら目覚めた、んで、寝かされている場所にビックリ仰天した。なんだ? なんで天井に薔薇の造花が乱舞してるの? この馬鹿広いベッドは一体。ここはどこだ僕の部屋じゃないよーっ。
ぶわりと身体中がチキン肌になった。ならずにはいられない。僕はぼこぼこになった両腕をさすりながら周囲を見回した。天蓋のカーテンは夜だからか開けられていて、周囲にあるのは壊したら弁償何万円もしそうな西洋人の彫像とか、花瓶とか、高そうなイスやテーブル、汚したら汚れを取るのに何万円も取られそうなフカフカ絨毯と来たもんだ。つまりすんごい金持ちの部屋だ。
「すんげー嫌な予感がビリビリするな……」
これは俗に言う誘拐いうものではなかろうか。しかもなんで素っ裸にされてんだよ。しそうな奴には二人ばかり心当たりがある。一人目は僕を襲いやがった綾小路麗。二人目は自称恋人の柳沢駿。どっちとも超金持ちだからこういう備品を持っている確立が高い。学校の保健室は普通だったし……。
それにしても綾小路め、なんだって僕を襲ったんだよ。僕のどこにあんな事をしたい要素を夢見たってんだ。僕と主将は全然違うのに。自分の綺麗な容姿で見目良い奴らをぼんぼん釣ってりゃいいのになんだってヘボニャーの僕を襲うんだ。
非凡とアホは紙一重と言うけど本当なのかもしれない。
カーテンの向こう側でドアが開く音がした。あの足音は完全に男だ。……どっち? 僕は上掛けを肩まで引っ張り上げてカーテンが捲られるのを待った。
「起きたのか?」
……主将、だった。主将はワゴンで僕の食事を持ってきてくれたらしい。おいしそうなスープにステーキにパン、サラダ、アーモンドタルトもある。って事はここは主将の家で……でもこんな部屋来た記憶がない。なんなんだよこの新婚さんラブラブしちゃいましょみたいな変なベッドは。こええよう。んでもって主将の至って普通の顔も怖い。これはどー見ても怒り狂ってるのを押さえつけてる仮面だ。作り笑いが半端なく危険だぞな匂いがぷんぷんする。だけど一応聞いておこう。
「僕は何で主将の家にいるんですか?」
「あァ?」
ぎゃっ、なんかならず者みたいなその返事止めてくださいっ。んでもって仮面は最後まではずさないでくださいお願いだから。僕は下手に出た。
「いや、なんで家じゃないのかなーって……」
「仕方ないだろ。眠り込んで起きないお前を車に乗せて家へ行ったら、これから旅行へ行くからお前を預かってとか言われたんだよ。お前の両親バカップルだな」
父ちゃん母ちゃんっ! よりにもよって今日旅行に行くなよおおおおおっ。なんつーバッドタイミング! おまけにほとんど面識ない人間に普通大切な息子を預けるかああ? 親としての良識を問いたいよ。美形に悪者はいないとか言ってる母ちゃん! そんなはずないっつーの!
「す、すみませんでした」
「別に構わない。どのみちお前を連れてくるつもりだったしな」
主将がにやりと笑った。片頬だけで笑うのやめて下さい怖いから。
「それってどういう……」
「はぐらかすなよ」
いきなり主将は猛獣スイッチが入り、目つきが鋭くなった。んでもって、びびった僕を押さえつけるようにベッドに乗りあがってくる。ついでに上掛けもベッドの外に落とされた。ひええええええ……や、やられてしまうっ。
「ひゃうっ」
いきなり胸の先をつねられて僕は弓なりにのけぞった。綾小路に散々やられた後なので、まだ疼いているのが一気にハイになった。主将はそれが気に入らないのか舌打ちして、今度は立ち上がりかけた僕のアレをがっしと握った。
「痛いっ」
「ああ痛いわなぁ。でもな、俺のほうがもっと痛いんだぜ? なあ? お前はどうして他の野郎にやられちまうんだ? 隙だらけなのも大概にしろよなぁ?」
「隙……て」
「綾小路にやられてただろーが。あの坊ちゃんに好きなようにされやがって。あいつに咥えられてアンアンよがってたんだろうが、ああ?」
耳元で脅かさないでください! むっちゃそのドスが効いた声が怖いです。おまけに握り締める力は弱まらないから痛いし、僕が何したって言うんだよ。被害者なのにさ!
「ご、誤解です。あいつには……」
「庇うのか? お前、あいつが好きなのか俺より」
「ひ、待って、違……、第一主将足を怪我して」
乳首を弄んでいた手が、いきなり薄い胸をむんずと掴みあげた。心臓を掴まれたような痛みで息が詰まる。か、勘弁してくれー。ヘボニャー絶体絶命のピンチなんじゃないのこれっ。主将は指の間から飛び出した乳首をべるべると舐めて唾液だらけにしていく。痛いくせにそこだけ痺れるように気持ちが良くて、変態じゃないのに僕は喘いだ。
「はぅ……ん、ん……ぁ」
ちゅうちゅう……じゅるるっ。
「やめ……しゅしょ……うう。怪我ぁ」
「っせーな、そんなもん演技なんだよ」
は? 演技ってなんじゃらほいそれ。気持ちよさにアホになりつつ僕の頭に、その妙な単語が猛毒のように染みていく。気付いたら僕は主将を突き飛ばしていた。主将は僕の思わぬ反撃にそのままベッドの向こう側に落ちた。どしんと痛そうな音がする。
「お前っ、痛いだろうがっ」
主将はすぐに這い上がってきたけど僕はそれどころじゃない。主将は確かに足をわずかに引いていた。なんで僕にまで嘘をつく必要があるんだ。
「僕知ってるんですよ! 主将が右足庇ってるの」
「だからそれは演技なんだよ」
僕の中で何かがぶち切れた。猛烈に腹が立って主将の腹にパンチを一発ぶち込む。主将はわずかに呻いただけでそれをやり過ごし、僕はそれにますます腹が立った。僕なんて所詮ヘボニャーの非力人間だ。どれだけ力いっぱい殴ろうが蹴ろうが、この人には敵わない。だから……。
「僕が、僕が信用できないんですかっ。だから嘘つくんですか」
「ちょっと待て遊。さすがに何発もやられたら俺も腹が痛い」
五発ほどお見舞いしたところで主将に両腕を掴まれて、僕は動けなくなった。悔しくて思い切り主将をにらみつける。主将は服をちゃんと着ているのに僕は全裸で、情けないあれまで晒してる。傍から見たら僕は相当な間抜けに見えるだろう。主将はさっきまでの怖い雰囲気が消えて、おたおたとしている。知るもんか。勝手におたおたしてたらいいんだっ!
「主将は勝手だ。勝手に襲って恋人にして、勝手に綾小路に嫉妬して、勝手に僕を怒って。そのくせ肝心のところで他人扱いだっ。そんなの僕は恋人だなんて認めないっ」
感情のままに僕は叫んでいた。いつもの理性のたかが外れている僕は決定的な何かを言外に言ってしまう。当然主将は耳ざとくそれを聞きつけた。おたおたが消えて、今度は目がすっと細くなる。
「おい……待てよ遊。それって俺が好きって事か?」
主将の言葉に僕は怒りがぴたりと止まった。お互い今日は感情のスイッチの切り替わりが早すぎるような。いや待って、その前に僕はなんて言ったっけ。言ってはならない呪いの言葉を言っちゃった気がする。さっきまでの怒りパワーで押し流してしまえヘボニャーよっ! なんて思ってももう治まった怒りが復活してくれるなんて都合のいい展開はない。僕が怒ったのって、結局それって……。
綾小路がマネージャーになるのが心底嫌だったり、田中先輩が主将に付きまとってるのを見てた僕。それって、それって、結局は!
いや認めないぞ、そんなのヘボニャーの僕にあってたまるか! でも悲しい事にヘボニャーの僕は素直すぎるという最大の弱点がある。理性が拒否しても本能が認めてしまい、僕は火山が噴火するように、ぼんっと顔を真っ赤にしてしまった。
……うう、僕は主将が結局好きになっちゃったんだ。