清らかな手 第2部 第23話(完結)

「おまけに新田が佐藤グループの筆頭秘書を務める高野湊の弟を男娼に使っている事を貴方は知った。高野の耳に入れば当然社長の佐藤貴明の耳にも入る。そうなれば自分の地位が危うい。どう処理をしようかと考えあぐねているそこへ、フレディ・ミッドガルドという人間を誘拐して欲しいという依頼を新田を通して貴方は受けた」

「大した想像力だな。私がその先を作ってやろうかね」

 フレディは至る所から飛んでくる殺気混じりの視線を感じながら、田端に頷いた。

「私は新田をなんとかして始末したかった。しかし玄人にやらせると必ず警察に感づかれる。だからそれを我々とは無関係の人間にやらせようと思った。目の前に現れたトビアスという男は、黒の剣という組織を追い出されて新しい組織を作りたがっていたから、私の資金援助の交換条件に新田を麻薬漬けにして精神的に殺す事を約束したよ」

 何か腑に落ちないものを感じ、フレディは別荘でのトビアスの発言をほじくり返した。

「新田に化けたトビアスは、私を一ヶ月調教して黒の剣に売り渡してして六千万受け取るとか言っていた。しかし一方で私の家族に誘拐を頼まれたからとも言っていた。よくわからないのですが」

「私は知らない。彼らがお遊び感覚で言っていたのではないかね。まあトビアスという男が君を欲しがっていた事だけは事実だ」

「…………」

「さておき、新田には政治家やその他の利権者への賄賂の罪を被ってもらい、トビアスと純には新田殺しの罪を着てもらわなければならなかった。別荘ごと爆破して、別荘の秘密を知った君達には死んでもらう予定だったのだよ。だが高野君とイヴィハイトがそれの邪魔をした」

 やはり田端とイヴィハイトは繋がっていた。フレディの顔が青ざめていくのを見て田端は低く笑った。

「私は高野君とイヴィハイトが繋がっている事を知らなかった。ましてやイヴィハイトと君が契約している事もね。計画を変更して私は高野君を誘導する振りをしながら、私と麻薬や男娼パーティーとのつながりを知っているかどうか探った。結果彼らが私の影を掴めていない事を知り、彼らと一緒に君を救出する振りをしたんだ。湖にまで飛び込まされて大変だったよ」

 フレディは高野が弟が死んだと悲しんでいた事を思い出し、腸が煮えくり返るような怒りを抑えるのに苦労した。もう殺気を隠すことも出来ない。声に鋭さが伴うのを自覚しながら田端の言葉の先を口にした。

「そして、動揺している高野と石倉さんを私にひきつけておいて、二人を自殺に見せかけて部下に殺させたんですね」

「そういうシナリオを君が描きたいのならそうしなさい。だがそうして君はどうするつもりだね? 私を殺すつもりかね?」

 目を細めながら田端が杖で床をドンと叩いた。フレディはいつの間にか周辺から客の姿が消えて、田端の部下達に取り囲まれている事に気づいた。これは予測していた事だったので完全にフレディの腹は据わっている。

「私はただ貴方の本音が聞きたかった。佐藤グループと交流がある貴方は知っていたはずだ、高野が弟をいかに愛していたかを」

 わずかに田端の皺が増えて小さな黒い目が揺れた。

「できるなら殺したくはなかった。だが彼はトビアスを愛していた。だから殺すしかなかった」

「強者の論理だ。弱いものが泣こうが喚こうが、己を守るためなら高野の家族愛など取るに足らないと言う事ですね」

「おかしな事を言う。君に家族愛はないと思っていたがね」

「確かに私に家族愛はない。だが他の愛は持っている……」

 フレディの青い目に火花が散り、初めて田端をその雷光の様な視線で射抜いた。

「いつかその野心で貴方は身を滅ぼす。私は人を愛する事ができない貴方という人間を心底気の毒な人だと思います」

「ミッドガルド君」

「私を殺したいのなら殺しなさい。私はこの事を警察に言う気もない。言ったところで証明するものはもう何も残っていないのですから……」

 そう、真相は全て別荘の爆破で闇の中だ。だから貴明は車の中であのような事を言ったのだ。彼は全て見抜いて黙っている事に決め、怒りも憎しみも封印する事を宣言した……。

 背中を向けたフレディに田端の哄笑が追いかけてきた。

「この私に向かって大した胆力だ。気に入ったよフレディ・ミッドガルド。いつでもかかってくるがいい」

 冗談ではない。もう二度とこの男の面を見たくは無いとつばを吐き捨てたい気分だ。フレディは先程から殺気を隠そうともしない田端の部下の間を抜けて会場を出た。そしてそこに高野が立っている事に気づいて、足を止めた。

「なんでここに……」

 眼鏡のレンズを光らせた高野に、フレディは腕を乱暴に掴まれた。。

「先程社長がおっしゃった事を聞いていなかったのですか!」

「聞いてた。でも純と高野の事を思うと聞かずにいられなかったんだ」

 ふかくため息をついた高野に引っ張られエレベーターに押し込まれた。エレベーターは宿泊室の階に止まり、フレディは昼間から宿泊する予定だったツインの部屋へ入る羽目になった。

 ベッドに投げ飛ばされ、フレディは抵抗する間もなく馬乗りになった高野に服を脱がされていく。

「ちょ……待て。社長はまだ……」

「その社長からの伝言です。おいたをする高野の恋人にキツイおしおきを今すぐ実行しろ、との事ですよ。殺されたらどうするつもりだったのですか!」

「だからってお前だって仕事が……っ」

「今日は将棋指して遊んでるだけですから、石倉とその他数人で十分です。貴方が徘徊し始めたのと同時に石倉と交代しましたよ」

 ろくに解されないアヌスに香油が冷たくたらされ、中途半端に服を脱がされたフレディはそのまま貫かれて痛そうな悲鳴を上げた。ぐいぐい入ってくる高野のモノが灼熱の炎の様でおかしくなりそうだ。

「ひぃ……っ、ああ!」

「貴方はぜんぜんわかってない! 私がどれだけ貴方を愛しているのか!」

「んん……、ああ、いた……っ……や……あ」

 力任せに突かれているのに、それでも相手が高野だと思うだけでフレディはたまらなくうれしくて、思い切り抱きついて肩に顔を埋めた。前にこのホテルで抱かれた時が最後だったので本当に久しぶりだ。

「わかって……る。わか……ああ……っ」

「弟が死んだ事はとても悲しいです。あの田端には言い尽くせぬ恨みがあります。殺してやりたいのを必死に我慢しているのに、貴方まであの男に殺されたら、私はまた外人部隊の殺人鬼に戻るところでしたよ!」

「……殺……人鬼?」

「そうです。私は昔とても荒れていました。貴方など比較にならないくらい真っ黒に汚れていますよ私は! 今は悔い改めていますが、貴方の為になら直ぐにでも殺人鬼の私に戻ります!」

 激情が言葉を押し流してしまい、言葉の代わりに唇が貪られて濃厚なキスになった。トビアスとも純ともこのようにうれしいという気持ちは湧かなかった。結局自分はあの夢の中の雅明が言った様に、高野が好きなのだろう。

 唇がずれて首筋に口付けていく高野に、フレディはふと笑った。

「アウグストが……お前を根暗な変態って……言っていた」

「的確ですね、さすがです」

 怒ると思っていたのに平然と返され、思わずフレディは高野の顔をがっしと掴んでその顔を見てみたくなった。しかし高野はフレディの胸を嬲り始め、その気持ちよさで手の力はさあっと抜けてしまう。

「貴方を最初に見た時から、私はずっと貴方を組み敷いて激しく犯す事しか考えていませんでした。こんな風に乱暴に激しくっ……」 

「あううっ……あっ……あっ」

 胸の尖りを引っ張られながらぐいぐいとアヌスを穿たれてしまい、フレディは泣きたくもないのに涙がまた流れ出してしまう。その涙をさも愛しそうに高野が吸って頬に口付ける。この男の手にかかると媚薬を使用されて犯されているわけでもないのに、身体は鋭敏に快楽を拾っていくのだ。

 また髪が解かれてシーツに散った。高野は余程フレディの長い髪が好きらしい。また一房取って頬ずりしている。

「貴方は本当に綺麗だ……」

「ちが……俺は……馬…………」

 馬小屋で育った汚い人間だと言おうとしたが、不意に足を抱え上げられて深く高野のモノに粘膜を擦りあげられ、その甘い痺れにフレディは腰を淫らにくねらせた。真ん中で揺れる自分のモノが、高野の香油まみれの右手に愛撫されて腰が熱く蕩けていく。

「ああっ……ああっ……そ……んんっ あ……!」

「フレディ……」

 自分を貫く圧倒的な存在の灼熱がたまらない。吸い付かれるのも舐められるのも高野相手だと歓びが段違いだった。その感覚は雅明を抱いていた時と同等だ……。

 高野が汗を滴らせながら言った。

「貴方の生まれなんて……どうでもいいんです。ただ、私には……貴方達二人が、雅明様と貴方が……、とても清らかな存在に見えた、それだけなんです……」

「たか……のっ!」

「湊と呼べと……言っているでしょう? 変なところで……記憶……力が低下してますね」

 香油でヌルヌルに濡れている、みちみちに広がったアヌスの周辺を高野の指に撫でられ、その部分が熱く反応し、きゅっと高野のモノを締め付けた。煽られた高野は再びフレディに覆いかぶさり、深く突き込みながら腰を密着させた。

「んんぁっ……み、湊、湊……はぁっ……」

「そうです。これからは……そう……呼んで」

「みなとっ……ああっ、や、はげし……あんっ……あああ!」

「……私だけの……可愛い人なんです……から!」

 さらに奥を貪欲に突かれて、フレディは高野の背中に震えながらしがみ付いた。落ちてしまいそうな感覚に小娘のようにおびえる自分が愚かしかったが、それでもいいかと思うほど自分は高野に溺れている……。

 ヌチュッヌチュッグチュッグチュッ。

 貫きながら高野の熱い舌が耳朶を舐める。その舌が耳の小さな穴を犯し始めると、フレディは駄々っ子のような声を上げて高野を楽しませた。

「やああッ……それは。やめ……ああッ……んんっ」

「可愛い……」

 耳元で囁かれている言葉に蕩けてどろどろになってしまう。尖りきった乳首をぐりぐりと捏ね繰り回されて、じんと自分のモノの先がしびれて先走りがだらだらと零れた。

 大嫌いだった。

 苦手だった。

 フレディは高野を見つめる。高野はじっと自分を見つめていたようで二人は見つめあった。フレディは小さく笑う。

(……ああ、この男には完敗だ)

 フレディは高野の首に思い切り抱きつき、その耳元に唇を寄せて吐息と共に囁いた。

「湊、愛してる」

「……やっと言った」

 幸せそうに笑う高野の両手と、照れ臭そうにしているフレディの両手が、優しく重なって絡みついた。

 

 次の休日にトビアスと純の墓に花を供えている二人の姿があった。二人の表情はいつになく晴れ晴れとしていて、見るものをホッとさせる春の陽射しの様な笑顔があったという。

【清らかな手 第2部 終わり】

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