熊の王子様

 私は昔っから王子様がとにかく好きだった。

「くーやーしーいーっ!」
「まだ言ってるの佳奈ってば。ミッドガルドさんはあの陰険秘書のモンなんだって」
「認めないから~。男同士なんていやらしいっ」
「あの人ホモだから仕方ないじゃない」
「違うのっ!」

 ただいまお昼休み中。昼食を終えた皆が本を読んだりおしゃべりしたりしている休憩室で、私は思い切りテーブルをぶっ叩いて目の前の同僚を睨んだ。

「ミッドガルドさんはもともとは女性が好きなの! まえにそうハッキリ言ってるの聞いたもの!」

 フレディ・ミッドガルドさんは今年三十歳になるドイツ人だ。金髪の長髪が似合うかっこいい人で、社長の兄さんと出来てると聞いた時はびっくりしたけど、一途に想いあっていることがわかって同性愛も許せる気がした。でも社長の兄さんは直ぐ亡くなってしまい、ミッドガルドさんは一人ぼっちになってしまった。

「うう、もう一周忌も過ぎたから、なんとか新しい恋をって狙ってたのに……。あんまり私の気持ちを押し付けると、自分勝手だって思って我慢してたのに」
「そうは言ってもね……、出来たものはしょうがないでしょ。あきらめなさいな」
「あきらめられない~」

 ずるずると再びテーブルにうつ伏せになる私を、遥は笑った。そら遥はいいわよね、将来有望男と結婚できてるもんね。他の皆もそうだもんね。同期で結婚できてないのは私だけ、なんかわかんないけどいいとこのお嬢ばかりで、美人揃いなんだから。

 自分は美しいって自信があった。でもやっぱり上には上がいて、更に上があって、上上上……があるって、ここに来て気付いた。この佐藤邸の美女メイド軍団の中では私は一番格下なのよ……。

 とーぜん見劣りするからまったくモテナイ。
 ううん、見劣りならまだいい。正確に言うと地味すぎて存在に気付かれてすらいないと思うわ。悲しすぎる……同じ人間なのに! 私は彼女たちの隣に立ったら消えてしまう透明人間なのだ。

 いいとこのお嬢ばっかの職場だってわかってたら、来なかったのになあ。引き立て役にすらならないなんてどうなんだ。

 天下の佐藤グループ、本社ビルの隣にある佐藤邸が私の勤め先。ここは社長のご家族だけが住んでいるんじゃなくて、佐藤グループの社員が沢山住んでいる。なんとなく借り上げホテルの様な妙なお屋敷だ。

 ここのメイドとして働くって事は、住む事が許されている将来有望社員と出会えるチャンスが多いという事。当然求人の倍率は物凄い。宝塚並だと思う。その超難関を通って採用された時は薔薇色の未来が待っていると友達に自慢しまくり、羨望の眼差しで見られたものだけど……。

 休憩室で繰り広げられる社内カップルのあつあつぶりを、指を咥えて見ている自分が今の私の現実。

 結婚退職していく同僚を何人見送っただろう。最近は私より後で入った子達がどんどん結婚退職していく。このまま佐藤邸のお局への道が開けているのが見えるよ。

 斜め前に座っているのは目をつけてた情報部の藤川さん。二十歳のみるくちゃんとできたのか。いいなあ幸せそう……。男はやっぱり美人が好きなんだよね。社長ですら美人の奥さんだもんね。

 男にミッドガルドさんを取られるなんて、私ってそんなに魅力ないのかな……。それなりにアプローチしてたんだけどなあ。

 男にすら負ける私って、恐ろしく魅力がない女なのかもしれない。

「おーい、カナカナ。茶ぁくれや」
「…………」

 また変なのが来た。無視だ、無視無視。第一誰がカナカナだ? 私はセミじゃないっての! 私はテーブルにうつぶせになって寝ている振りをした。

「カナカナ、寝てねえで仕事しろ! 俺は社長のお供で外から帰ってきたばっかりなんだよ。喉がかわいた~。茶をくれ茶を」

 拳骨が頭に降ってきた。椅子に座っている私の遥か上にそびえ立っているのは、やっぱり石倉克己(いしくらかつみ)だ。

 真っ黒スーツで黒いグラサン、短く刈ってある髪まで真っ黒でこの男は熊にしか見えない。無精髭がないだけがマシの熊! 細くて小さい私なんかの前にこの男が立つと私が見えなくなるくらいでかい。おまけに体格良すぎるマッチョで、私の好みとは程遠い男だ。

 おっさんで年は三十五歳だったかな? 五年前の入社当時からやたらと声かけてきてうっとうしいったらない。言い寄ってきて欲しい男性は寄ってくれず、なんで私にはこの熊のおっさんなんだろ……。

「お茶なら自動販売機があります。どうぞ」
「アホ。グラスに氷を浮かべた麦茶が欲しいんだよ」
「給湯室ならあっちです。氷は部屋の冷凍庫にあります」

 冷たく突き放す私の態度は熊にはまったく通じなかった。メイド服の後ろの襟首を掴まれて無理やり立たされた。宙ぶらりんにされて首が苦しい~っ。周囲の皆が驚いて私に注目してる。いやー! 何の公開処刑よこれっ。

「お前の仕事はメイドだろ! 早く茶ぐらいいれろ」
「……私は休憩中ですってば。他の組の人に…………」

 メイドは昼勤と夜勤に分かれている。今休憩しているのは昼勤の私達で……。

「あ?」

 不意に黒いグラサンがはずされ、見るも恐ろしい切れ長の三白眼が目のまん前に来た。あまりのド迫力に、私のなけなしの度胸は空気の抜けた風船のようにしぼんでいく。

「……ただいま、すぐ」

 私はそのまんま子猫のように襟首を掴まれ、休憩室の奥の給湯室へ移動させられた。くすくす笑う同僚達の視線がひたすら痛い……。

 くー……重い。やっぱりワゴンで運べば良かったかな。でもこの花瓶を割ったら何百万も借金を背負いそう。それは駄目だ! 今年の夏の休暇こそ、道東に行ってエンジョイするんだから! というかメイドの仕事って結構力仕事が多いよね。何でこんな時に限ってワゴンが皆使用中なんだよう……。

「ふー……っ」

 何とか人目がつかないところまで花瓶を運んだ私は、よっこらせっと花瓶を注意深く床に下ろした。あともう一息だ。腕に感覚がなくなってきてるな、何キロあるんだろこれ。休憩室の先が花瓶を置く部屋だ。

 腕を擦っていたら、きゃはははと笑う声が聞こえた。ああ、夜勤の子達は今休憩中か。

「それを言ったら悪いってば~」
「だっておかしくって。河野さんてばぜんぜんわかってないんだもん」

 河野って私の事だよね? なんだろ。

 なになに何のお話ー? って話の中に飛び込んでいくタイミングを逃した私は、その場で耳をダンボにした。

「五年前の採用試験さ。合格者の中で急遽結婚が決まったから、棄権した人がいたらしいの。それであの人が就職できたって事よ」
「何それ。他にもいっぱい居たでしょ? 私の従姉が落ちたって泣いてたのよ。あの人より美人で頭が良かったのに」
「麻理子様がたまたま持っていた履歴書が、あの人のだったんだって。社長はその時多忙で、どちらにしろ補欠だからそれでいいだろって事で決まったそうよ」
「うわー。だからあの人超垢抜けてなくて地味なんだ。完全な嫁き遅れだし」
「場違いは大抵落とされるのに。社長夫妻も罪作りよね。残酷!」

 ………………。
 まじ? それ……知らなかったな。

 夜勤の人達はそれから別の話題に移ったけど、私はしばらくその場でボーゼンとしていた。いや、わかっちゃいたんだよ? なーんか場違いな職場で一人浮いてるなーってね。だけどしかし、まさかそんなふうに私の採用が決まったなんて、我ながらビックリだ。超ラッキーなのかアンラッキーなのかわかんないな。

 ここはお給料もいいし、待遇もいいからね。

 だけど……。

 ああ、考えるのやめ! 花瓶を早く運んでおかななきゃ。うんせっと花瓶を持ち上げて抱え、私は休憩室の前の廊下をそのままよたよた通り過ぎた。夜勤の人達は私に気づく事無く楽しそうにお話している。思えば私、仲良くしてくれる同僚って遥だけなんだよね。遥もいいとこのお嬢様だけど、哀れみでつきあってくれてるのかな……。

 そんな事考えながら歩いてたら、いきなり花瓶が軽くなった。

「前、柱だぞ」

 抱えていた花瓶を熊の右手が掴んでいた。何故熊がここに居る?

「……すみません」
「すぐそこだろうから運んでやる。麻理子様がお待ちだぞさっきから。なんだってこんな重たいの手で持って運んでんだ。ワゴンはどうした?」

 ああそうか、社長が麻理子様とご一緒だから熊もここに居るのか。熊は社長のボディーガードだもんね。

「皆使用中で……」
「さっき三階の端っこに放置されてるの見たけど」
「……すみません」
「なんでお前が謝るの?」

 熊が足を止めたので私も止めた。

「ワゴンの回収と点検、私の仕事なんで」

 私がそう言うと、熊は小さく舌打ちした。

「……いじめか」
「違います。仕事です」

 お部屋の前に着いたから花瓶を返してもらおうとしたけど、熊はグラサンをかけたまま私を見下ろして、花瓶を片手で高く上げた。

「あの?」
「ワゴンの回収と点検は当番制だったはずだけど?」
「私が最年長だから今年から任されてるんです。その分お花を飾るお仕事が減ったんでいじめではないです」

 熊は、髭の剃り跡が青々している顎をゆっくり撫でた。

「一番人気の仕事から外されて、面倒ごとを押し付けられてる。いじめでなくてなんだ?」
「何がおっしゃりたいのかわかりませんが、仕事です。花瓶返してください。私も暇じゃないんですよ」
「…………」
 
 何か言いたそうにしていたけど、熊が大人しく私に花瓶を返してくれてホッとした。
 
 お部屋の中では麻理子様がちょっと不機嫌な顔でお待ちで、私はひたすら遅くなった事を謝った。そして次の仕事の裏庭の草むしりに向かう。

 草むしりも皆に嫌われている仕事の一つで、私が一人独占していた。庭師のおじさんもいるんだけど、表と中庭しかしないらしい。綺麗に整えられている表と中庭に比べて裏庭は荒れやすかった。私が来た頃はここだけ日本昔話の山の中だって思ったぐらい。

 しっかし、なんだってこんな素敵な洋館にこんな庭があるのかな?

 皆は気持ち悪がるけど、いろんな虫や植物があって癒されるんだよねー。中庭の草むしりの為に灰色の作業服に着替えた私は、遠慮なく雑草が生えまくっている裏庭に足を運んだ。

「わ、矢車草咲いてるっ。車輪がいろんな色つけてかーわい」

 ピンクや青色、白、とりどりに咲き誇っている矢車草に猛烈に興奮した。私は花が何より好きでとりわけ野草が好きだ。どっちかというと薔薇とか百合より、こういうお花の方が好きだ。和むし癒される……。

 とはいえ、なんか……これって私か? 薔薇や百合のような美人の中で目立たなくなっちゃった矢車草? 一緒に飾ったら絶対に見向きもされなさそう。

「ははは……」

 こんな事思うなんて、さっきの熊の言ったいじめって台詞が効いてんだな。そうだねー、麻理子様とお仕事できるフラワーアレジメントから外されるのって、立派ないじめかもね。でもセンスが無い私があの場に居たって、役に立たないもんね。それくらいならワゴンとか掃除用具とかを管理する方が向いてるもん。

 こんなふうにお日様浴びる事ができる草むしりだって楽しいし。いいんじゃないのかな……。

「あれ? 人が居たんだ」

 いきなり背後から声が聞こえ、私はぎょっとして振り返りながら尻餅をついてしまった。

「……草むしり? 手伝おうか?」

 そこでにっこり笑ってたのは憧れのミッドガルドさんだった。きゃーっ、さすがに好きな男性に土まみれの姿は見られたくないっ。

「いいいええっ。これは私の仕事ですのでお気遣いなくっ」
「そうか……? でもまだ少し寒いから風邪引かないようにしないと。でもこれだけを一人でするのは大変じゃないのか?」
「数日かけてしてますんでっ」

 まぶしすぎるよ。顔に熱が集まって私はきっと変な顔してるに違いない。わたわたしているとあの陰険秘書までやって来た。

「フレディ何して……? ああ、草むしりですか?」
「この子一人でやってるらしくて……」
「ふーん。他の者は?」

 眼鏡がきらりと光った。私はこの秘書室長がとても苦手だ。異様に丁寧な言葉遣いが冷たい冷たい感じ。仕事は出来ると思うけど、なんでこんな人とミッドガルドさんが出来てんだろ。

「私の仕事ですのでおかまいなく。どうぞお仕事にお戻りください」

 こんな場所で二人の仲の良さを見せ付けられたらたまらない。思いっきり事務口調で言ってしまい、なんかつっけんどんになってしまった。でも恋敵にやさしくするアホはいないはずだ。なのに、陰険秘書がずずいと足を乗り出して裏庭に入ってきた。な、何をする気よ。

「これも雑草でしょう? なんで抜かないんです?」

 そう言いながら、なんと陰険秘書は私が大切にしている矢車草を引っこ抜いた。がんがん引っこ抜かれてから、私は始めて自分が唖然としている事に気づいた。

「何すんのよっ! せっかく綺麗に咲いてたのにーっ!」
「うわっ」

 そんなつもりはなかったのに、手が勝手に動いてしまった。

 目の前には、抜いて山にしてあった雑草を頭から引っかぶっている陰険秘書。そしてその隣では口をあんぐり開けて、それを見ているミッドガルドさん。

「これは……」

 ミッドガルドさんが何か言いかけたけど、私は抜かれた矢車草をまとめて拾い上げ、動けないでいる二人をその場に置いて、がーっとお屋敷内に逃げ戻った。もうれつな勢いでお屋敷内を走る私に皆道をあける。私はそのまんま掃除器具が入っている部屋に入ってドアを閉めた。

「ううううう……っ!」

 目が熱くなって涙が滲み、私は根っこごと引っこ抜かれた矢車草を抱きしめて泣いた。

 くやしい!
 
 自分のように思ってる花をいらない草だって引っこ抜かれた。
 八つ当たりだって分かってる。陰険秘書は悪くない。だって誰が見たってこんな小さな花は雑草だもん。皆そう思うだろう。

 そのまま私はその場でしゃがみこんでぐずぐず泣いた。でも仕事中だからいつまでも泣いてるのは変だし給料泥棒だ。メイド長に見つかったら絞られるだろう。私は涙を袖でぐしぐし拭いて、空いてるバケツに水を入れて矢車草をいけた。でもこのまんまだと誰かがまた雑草扱いして捨てちゃうかもしれないから、隣のロッカー室に行って、自分のロッカーの中に矢車草を入れてあげた。あと二時間で勤務が終わるから、それぐらいなら入れておいても大丈夫だろう。

 戻りたくないけど、とぼとぼと裏庭に戻った。さすがにもう二人の姿は無かった。不思議な事にばらまいた雑草がまるごと無くなっていて、少し辺りが綺麗になっていた。

「はあ……」

 その場で座り込んで、私は放置していた草刈鎌を引き寄せた。目の前を白い紋白蝶がひらひら飛んでいく。

「もう田舎に帰ってもいいかも」

 ここに入社して五年頑張ってきたけど、何一つなっちゃいない気がした。
 仕事は誰でも出来る雑用ばかりで、なんのキャリアにもなってない。
 人間関係は最悪。仲良くしようとしたけど孤立している。彼女達の華やかな雰囲気はとても入れそうも無い。
 目当てだった恋人探しなんてできやしない。

 美人だからすっごいキャリアウーマンになれるよと短大時代に言われたけど、明らかなお世辞に有頂天になってた田舎者の自分に蹴りを入れたい。同僚や遥に比べたら一番なっちゃいないのは自分だ。

 私ってば傲慢で馬鹿だ。情けない……。

 また泣きそうになっていたら、いきなり暗くなった。うん? 雨でも降るのかな? と見上げたら背後に熊が立っていた。

「きゃあっ。何ですか!」
「よっ」

 び、びっくりしたっ!!!

 熊はトレードマークのグラサンを外して、何故か私の隣に座り込んだ。何故か肩をぷるぷる震わせている。何を我慢してるんだこの人……と横目に見ていたら、熊はいきなり笑い出した。

「ぶわっはっはっは! お前、やるなあ!」

 そして私の背中を思いっきり叩いた。ちょっと! グローブハンドで叩くな痛いっつーの!

「あの高野室長を草まみれにするなんてサイッコーだぜ。くっくっく。滅多にお目にかかれないぜあの陰険男の間抜け面はよおぉー……、ひっひっひ」

 な、なんかよくわかんないけど、ひどくご満悦なようだ。私は痛む背中をさすりながら笑い続ける熊を見上げた。いつも怖い顔してるけど、こうやって笑ってる顔は結構可愛いかもしれない……。

 ドキッとした。そしてはっと我に返った。

 待て私、ミッドガルドさんみたいなカッコイイ人なら分かるけど、こんな熊にときめいてどうすんの。可愛くなんてないってば! きっと心が弱ってるからだろう。そうに違いない。絶対そうに決まってる。

「お」

 いきなり熊は立ち上がって裏庭にガサゴソ入った。なんだろ? 蛇でも居たのかな? 
「俺、この花好きなんだ」

 にこにこ笑って熊が指差したのは、まだ数本だけ残ってた矢車草。突然の事でどぎまぎした私は、こんな事しか言えなかった。

「へー、熊みたいな石倉さんでも花なんか好きなんだ」
「花が嫌いな奴いるか。俺は野草が好きなだけだ。お行儀のいい花は嫌いなんだよ」
「へー……」

 うるさいぞ私の心臓! 静まれ馬鹿者! 私は妙に可愛いく見える熊から視線を横に逸らした。

 と、また目の前が暗くなった。

「…………!!」

 目の前にあるのは熊の顔で、唇に熊の唇が当たってて……、え? え? えええええええええええ───っ?

 私はかがみこんだ熊にキスされていた。驚きの余り硬直して動けない私を抱き寄せて、熊が嫌にお腹に響く低い声で、妙に甘く耳元で囁いた。

「つーまーり、お前が好きって事」
「!!!」

 突然の熊の告白に、私の頭から富士山が噴火するような熱が吹き出た気がした。

:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:

 熊にキスされてしまった。しかも唇当たったなと思った後、舌が入ってきて、濃厚なのに変わって、最後には散々口の中をベロベロ舐められて吸われてえらい事に……。

『お前、甘いな……』

 いつものドヤ声じゃなくって、すんごい腰に来る声だった。

「うー……」

 思い出すだけで顔が熱くなって何か身の置き所がないっていうか、私も年頃なものだからああいうのに激弱っていうか! 

 つまり、つまり、……物凄く熊のキスは良かったんだよぉ!
 熊のくせにどこであんなテクニックを身につけやがったんだ……。あんな凶悪な顔が好きって物好きもいるのかなぁ。かなりの経験が無いとあんなキス出来ないよね。

 思えば謎な男だ。屋敷でメイドとして働いていると、自然会社の人間に詳しくなる。それを目当てに入社を目論む人間が居るくらい。「営業二課の池畑主任は○○大卒で、○○に住んでて家族は……」ってな具合に結構わかっちゃうもんなんだけど、あいつはわかんないんだよね。名前以外の情報が流れてこない。

 そんな事を考え出すと社長のSPみたいな人達って、誰一人どういう家族構成なのか分からない。一言で言うと社長の近辺を警護する人達の情報公開はされていない。せいぜいが「○○は○○とつきあってる」止まりだ。

 うちってダークな部分が満載な企業なのかな。大体社長が美形過ぎるから余計になんか怖いというかなんというか。私はミッドガルドさんみたいにさっくりとした美形は好きなんだけど、社長みたいな壮絶な美形は苦手だ。無気味だし怖い。同じ金髪の長髪なのにこうも違うもんかな。皆はきゃあきゃあ喜んでるけど、あの社長は得体が知れないわ……。

 熊も社長と同じような闇? とか壮絶さを匂わせる男なんだよ。大体日本人のくせに、なんか日本人離れした雰囲気があるのが怖い。

 本社の社員の人達はそんな事なくって、フツーのエリートさんとかなんだけど、お屋敷の一部分だけ異様というかなんというか。とにかく近づきたくないから熊にも私に近寄ってほしくないんだ。

 やっぱり辞める方向で行ったほうがいいのかも……。

 いじめとか、妙に場違いとかそんな事はお給料のうちだけど、得体がしれないグレーの企業ってのは田舎者の私にはダメダメ。ひょっとするとうちの社長ヤ○ザ? うーん……近いけど…………なーんか違う。いっそ○クザだったらスッキリするのになあ。

「さっきのアレジメントアレでよかったの?」
「本社裏入り口の? あれでいいと思うわ。麻理子様の仰る通りにしたし」

 着替えた私は、同僚達の声で現実に戻った。

「怖いのよねーあの方。なんであんなに必死なんだろ。綺麗にいけておけばいいだけじゃない」
「そうよねえ。なんかものすっごく怖いのよね。手を抜いたりしたら怖いの何の。お花なんて綺麗に飾れば良いと思うのだけど。指示通りにして何故かこの前怒られたのよ」
「なんで怒られるのかしら? 指示を無視したとかならわかるけど」

 大変なんだな。こんな話を聞くとアレジメント外されたの、いじめとか思えないんだよねー……。いきなり花なんか渡されて仕事任されたら、私なら慌てて大失敗しそう。

 私は矢車草が入ったバケツを抱え、ロッカーの鍵を閉めた。

「おつかれさまです」

 私が話をしていた二人に挨拶すると、二人は今始めて私がそこに居た事に気がついたようで、驚いた顔をした。

「あ、おつかれさま……」

 二人の視線が私の持っているバケツに落ちた。なんでこんなの持ってるんだろうって思ってるんだろうな。やっぱり雑草……なのかな。

 なんとなく気になって本社裏入り口の花を見に行った。濃い青紫のアネモネの花が、白い陶器の花瓶にカスミソウに包まれていけられていた。うーん……悪くは無いけど、まだ寒さが残る季節にこの配色はちょっとなあ。私は手元の矢車草から同色だけど明るい色のものを数本抜き、付け足してあげた。裏の社員専用のだから、私がちょっとアレンジするくらい許されるだろう。

 こういう素朴なアレジメントは嫌いじゃないんだけどな。殺風景な部屋にほのぼのと明るいものを付け足すのは得意。だけどお屋敷のど派手な内装に飾る花は駄目だ。やっぱりお金持ち属性がないからかなあ……。

 自然と共にあるってのはどこにいても同じなんだろうけど、慣れなさ過ぎて緊張する。やはり私は和室のある家とか、平凡な社屋のほうがいいんだろう。

「ねえ石倉さんってば! なんでずーっと付き合い悪いのよ」

 突然横の廊下からヒステリックな女性の声が聞こえ、見ると、本社のいかにもできる女って感じの美女が熊のスーツの裾を引っ張っていた。熊は面倒くさそうにしていて、なんだかえらそうだ。

「だーかーら。お前とは何年も前に終わってるだろうが。こんなとこに嘘ついて呼び出すなよ。仕事中だぞ」
「いつもいつもそうやって逃げる! 私は終わってない。貴方以上の男っていないもの。ね? 私達相性抜群だったじゃない」

 ちょっとー……いくら人通りが少ない場所だからって、メロドラマ始めないでよ……。そこ通らないと帰れないのに。にしても熊のくせにもてるのね。女性は物凄くスタイルが良い美女で、体格の良い熊とつりあっている。

「総務の加賀谷さんとも別れたんでしょ?」
「……何年前の話だ」
「だからいいじゃない。いい加減けりもついたんでしょう? ねえ」
「悪いけどお前らじゃ駄目。好きな女が居るって何回言ったらわかるんだ」

 うるさそうに振り払おうとする熊に、美女ががっしと後ろから抱きついた。

 ああもう早く終わってくれないかな。

 壁に隠れてため息をついた。ふと話し声が途絶え足音が近づいてくる。終わったのかな……とそっと覗くとなせか熊がこっちに歩いてくるではないかっ! なんで!? バケツを引っ掴んで逃げようとして失敗した。あっけなく追いつかれ腕を掴まれてしまう。

「離し……っ」

 ぐいと引き寄せられ、私は屈み込んだ熊にキスされた。

 ななななん……なんでキスすんのーっ!!!

 美女が猛抗議しているのが耳に入る。そりゃそうでしょうよ、好きな男が目の前で他の女とキスしてるんだから。でもごめん。こいつ力強すぎて離せないよぉっ。

「悪いけど、俺、こいつが好きなんだ」

 唇を離した熊が私を抱き寄せながら言った。私は恥ずかしいやら腹が立つやらで何にも言えない。美女は鼻で笑った。

「うそ、その子。テンで子供じゃない。おまけになんかの間違いで採用されたって言う……」
「そんな事知らねーよ。俺はこいつが好きなんだ」
「ばっかみたい。そんな嘘つかないで!」

 そーだそーだ。あんたは私をからかってるだけで、私を彼女に付きまとわれない道具としか思ってないでしょうがっ。

「そうですよ。嘘ですよ」

 私が言ってやると、熊はぎょっとし、美女は勝ち誇ったように微笑んだ。

「そら御覧なさい、第一年を考えたら? 確実にロリコンだわ」
「ロリコンで結構。ロリコンの俺が見たらお前はもうババァなんだよ」

 とんでもない事を熊がのたまった。美女は憤怒の表情で顔を真っ赤にし、思い切り熊のほっぺたを引っぱたいた。痛そうな音の後、ハイヒールの足音ががカツカツと遠ざかっていく。

「ありがとうなカナカナ。あいつしつこくて助かったわ」

 やっぱりか! 私はあんたの女関係処理係じゃないっての! むっかーと怒りがお腹の底からわきあがり、気づいたら熊を突き飛ばしていた。

「馬鹿にすんじゃないわよ!」

 呆気に取られている熊を残し、私はバケツを持って社員の通用口を飛び出した。

 熊の馬鹿っ。あんな美女に言い寄られてるくせに私にキスなんかしやがって……。大人は大人とつきあってりゃいいじゃん。どうせ三十五の熊に比べたら二十五の私なんて子供だよ。

 くやしい。なんで熊ごときに傷つかなきゃいけないのよ。からかうにも程がある。

 大嫌い。大嫌い。だーいっ嫌いっ!

 お屋敷を出て少し歩き、駅で電車に乗って三十分、駅前から少し歩いたところに私の住んでるアパートがある。なんか昭和の香りがすっごい漂うぼろさだけど私は気に入っている。

 お屋敷から実家まではとんでもなく時間がかかるから、当初寮に入る事になっていた。でもその寮ってのが高級マンションか、お屋敷の中の一室だった。格安で借りれる社宅だからそこに住めばいいのに、私はどうしても気後れがしてどっちも断った。

 ところがなかなか希望の物件が見つからず、ええカッコしないで社宅借りたら良かったと気づいた時にはすでに遅く、同僚達や社員さん達にすべて貸された後だった。誰にも言えないよ~このボロアパートに住んでるなんて。

 駅前のスーパーの袋を左手に、バケツを右手によたよたアパートまで帰ってきた私は、見慣れないベンツがアパートの駐車場に置いてあるのを見つけた。なんでこんなとこに高級車が停まってんの? と思いながら通り過ぎようとして、ドアを開けて出てきた人を見てびっくりした。

「お前遅いぞ」

 ベンツから出てきたのは、熊とミッドガルドさん……。
 何なのこの心臓に悪い組み合わせ。

 人生最大の危機に私は瀕している。

 何でかと言うと、自分のせっまい2DKのアパートで憧れの男性と、熊を一頭招待する羽目になってしまったからだ。部屋は片付いているからいいんけど、部屋に物がない殺風景さがビンボー臭を放っている。無趣味を今ほど呪ったことは無い。

 熊、帰ってくれないかなー。ミッドガルドさんは残ってくださっていいのだけど。このまんま得意の料理の腕を披露して、胃袋で心をゲットできないものか。

 そんなよこしまな私の心に気づかないミッドガルドさんは、爽やかに微笑んで部屋を見回した。

「日本のアパートって感じでいいですね」
「あのっあの! そんなに見ないでください。恥ずかしいから……」
「そーだぞミッドガルド。いくら珍しいほどのビンボーぶりだからって。いてえッ!」
「っさい! 入りたいというから入れてあげたのに、馬鹿にするなら出てけーッ」

 座っている熊の頭をどついた私に、ミッドガルドさんがビックリしている。いけない、おしとやかにならねば……。

「あのー。ところで何故わざわざこちらに?」

 愛想笑いを浮かべながらお茶をローテーブルに出した時に、呼び鈴が鳴った。新聞代には早いし、荷物も来ないはずなんだけどなと思いながらドアスコープを覗くと、何故か陰険秘書が立っていた。

 ずさささーっと後ずさった私を、二人は不審に思ったらしい。

「誰?」
「え、あの、秘書室長が……なんでかしらないけどここに」

 いささか震え声でいう私に、ミッドガルドさんがやっと来たかと立ち上がった。

「謝罪させるために呼んだんですよ。本当はすぐに謝罪してもらうつもりだったんですが、ちょっと急用が入ったりして遅れまして」

 ドアを開けようとするミッドガルドさんに私は縋り付いた。

「いえ、あの、良いんですよ! あれは別に室長が悪かったわけじゃっ」
「悪気は無くても傷つけた事には変わりないですから。第一謝りに私達は来たのに、このまま帰ったのでは何をしに来たのかわかりません」

 うわああああん。良い人だし王子なんだけど真面目で頑固だよこの人っ。謝罪なんかいらないよおおおぉっ! 熊が面白そうに笑ってるのも許せない、あんた必要ないじゃん。ミッドガルドさんはドアチェーンを外してドアを開けてしまった。やっぱり外に立っているのは仏頂面の陰険秘書で……。

「ほら、謝れ!」

 ……なんで上司に向かってミッドガルドさんはえらそうにしてるんだろ。陰険秘書は私の前に立つと菓子折りを差し出した。

「……さっきは雑草だと思って引っこ抜いて、すみませんでした」

 丁寧に頭を下げられて慌てた。何しろこの人は管理職で、私から見たらかなりえらいさんなんだから。

「いえ。もう気にしてませんので……。ご丁寧にありがとうございます」

 菓子折りを受け取った私に、陰険秘書は眼鏡をきらりと光らせた。うッ。これ苦手。

「でもフレディは私のものだから諦めてくださいね。貴女には後ろの熊がお似合いです」
「は!?」
「はああっ!?」

 同時に声を上げたのはミッドガルドさんと私で……。陰険秘書はビックリしているミッドガルドさんを抱き寄せていきなりキスをした。なッなッ何なのこの人ーっ。ミッドガルドさんも頑張って抵抗しているけど……、してるけど、なんか、こう……。

「おい。人の家で盛るのは止めとけよ」

 熊が私の両肩を支えながら言った。陰険秘書はミッドガルドさんを離したけど、ミッドガルドさんは顔を真っ赤にしてくたんとしてしまった。涙を流す寸前の様な目の潤み具合が色っぽい……。

「しませんよ。いいですか河野さん。このようにフレディは私向きに改造されているので言い寄っても無駄です。いざベッドに持ち込んでも、もう使えませんよ?」
「は? なんでですか?」

 意味不明でさっぱりわからない。ぼーっとしているミッドガルドさん可愛いなと思って見ていたら、秘書が顔向きを変えてしまった。ケチ。もっと見せてよ!

「こいつ女役やってるから勃っても役にたたねーって事。はいはいお前ら邪魔だから帰れ! あと高野。酔っ払い運転になるからタクシーで帰れよ」
「了解です。健闘を祈ります」
「おう。お前らはまだ医者の許可が下りてないから止めとけよ」
「わかっています。では河野さん。また会社で……」
「あ、はい。お疲れ様です」

 ミッドガルドさんはそのまんま何故か眠ってしまい、陰険秘書がおんぶして出て行ってしまった。なんじゃあれ。そんなにあの陰険秘書のキスは良いって事? 一気に腰砕けになってたよね。

 失恋を通り越して悩んでいる私に、熊が笑った。

「ミッドガルドは酒に異様に弱いんだよ。酒飲ませられたんだ」
「!」

 やっぱり陰険だあの秘書っ!  むかっ腹が立ったけど、あえて押さえた。

「それよりお医者様って何?」
「ああ、ミッドガルドが11月ごろ誘拐監禁陵辱されてな。ヤバイ薬打たれてズダボロ状態だったんだ。俺と高野で救出したんだが、やっと最近になってましになったから仕事に復帰してるんだ」
「……そう言えば見かけないと思ってたのよ。大変な事になってたなんて全然知らなかった。てっきり出張かなんかだとばっかり」

 誘拐監禁陵辱って思い切り犯罪じゃない。かなりの重大事件なのに誰も知らないなんてどうなってるの。どうしてミッドガルドさんはあんなに普通なの? なんで熊はそんな事を知っているの?

 疑惑が暗雲のように広がり、私は目の前に立っている熊が恐ろしくなって後ろに下がったけど、壁に阻まれた。いつもの自分の部屋が妙にモノクロになったような感覚がして怖い。

「……貴方達何者なの?」
「知りたいか?」
「いい。もう私、明日会社辞める……」

 怖いから辞めるなんて馬鹿みたいだけど。今とてつもなく危険な場所に居る気がした。ドアノブに手をかけて外に出ようとした私は、熊にそれを阻まれて抱き上げられてしまった。

「きゃーっ! 誰か来てっ」

 でも誰も来てくれる筈も無く畳の上にどさりと下ろされた。起き上がろうとしたら、熊が圧し掛かってきて押さえつけられて動けなくなってしまう。ひえーっ、熊に、まさに熊に襲われてるよぉ。死んだふりは有効だろうか……って、こいつも一応人間だっ。

「おい、目を開けろ」
「やだっ」
「もう一回口を塞がれたいか?」

 それや嫌だと目を開けたら、超至近距離に熊の顔があった。うれしそうに笑っていてなんか変だった。こっちは怖がってるのに。

「俺が怖いか?」
「熊も会社も怖いっ。もうやだっ。田舎に帰る……んーっ」

 服ごとぐわっしと胸を握りこまれた。

「いたーっ……。暴力反対陵辱反対っ! 殺さないで!」
「殺さないで……? うーん……小さいけどまあまあいい乳してんな」

 今度は太ももをグローブハンドで鷲掴みされ、それがなんとも的確な力加減だったので思わず甘い声をあげてしまった。

「あん……やぁっ……!」
「殺しなんてするわけないだろ。俺がお前を殺すわけない」

 熊は着ていた黒スーツの上着を脱いで、ネクタイもするりと解いた。シャツの外されたボタンからものすごい筋肉が見える。なんでこんなの見ている余裕があるかと言うと、とっくに大学時代で経験済みだから……なんだけどっ。

「俺な。自分で言うのもなんだけどかなりもてるんだぞ?」

 それはさっき見たよ! お願いだから太もも触らないで足のつけ根触らないで。でもすぐに下着の隙間から指が入って来てさすがに私は焦った。熊の腕は私の細腕ごときではびくともしない。

「……だからって女避けにしないでよ。あの美女にいじめられたらどうすんの」
「守ってやるよ。お前は知らないだろうけど、ずっと男どもの毒牙から守ってやってたんだぞ?」
「……は?」

 なんか今、聞き逃せない事を聞いた気がする。恐怖も何もかもすっ飛んだ私は、熊に押さえつけられたまままじまじと見返した。熊の目は三白眼なのにとても優しい。

「屋敷のメイド連中はグレードが高いから本社の男の羨望の的。でもいずれも高嶺の花だからって事で、こいつなら落とせそうだとお前は狙われてるんだ」
「私が地味過ぎてスルーされてたんじゃ……」
「いんや。あり得ないほどフツーに可愛いからめちゃくちゃ目立ってる。現にこれを見ろ」

 熊が上態を起こして、私の腰に馬乗りになったまま脱ぎ捨てた黒スーツの上着をごそごそする。出てきたのは写真数枚とミニディスクとUSBスティックだ。写真を見て驚愕した。

「なななな……なにこれっ!」

 私が花瓶運んでいる写真に『佳奈ちゃん頑張ってるかーわいー』。草刈ってる写真に『この素朴さがたまらない』と、どー見ても男性の字で書かれている。いつ撮られたのこれ……あきらかな隠し撮りだ。最後のペラペラの紙はなんと注文書だった。『三月の佳奈ちゃん、休憩所特集』。……気持ち悪い。何してんのこの熊は。今までべたべた引っ付いてたのは小遣い稼ぎの為かーっ!

「私で商売しないでよっ変態!」

 ぶっとい首を締め上げたら、熊はギブギブと言って私の細い腕を解いた。

「違うって阿呆。これは今日営業の奴らから取り上げたんだ」
「営業はエリートばっかりでしょうが。こんな気持ち悪い事するはずないっ」

 なんとか熊の下から脱出し、乱れていた服を直した。ふう……危ない危ない、変態に堕ちるところだった。でも熊はさらに続けた。

「……お前はうちの男共に何を夢見てるのか知らんが、社長からして変態なんだからどうにもならねーぞ。俺なんか正常の部類だ」
「あー、あー、居るんだよね。異常なのに自分を正常だって言い張る変態」
「じゃあ言ってやるが、ミッドガルドは高野に穴掘られて喜んでるんだぞ? さっき見たろーがあの瞬殺されたの」
「う……っ。でもあれはお酒のせいだって……」
「まあ酒もあるけどな。それにしてもあそこまでだらしなくならねーよ。ありゃあ骨の髄まで高野にやらしー事されて喜んでるはずだ!」

 そんなはずない! とキツク言い返せないのが辛い。

「あいつはたった二日で高野に堕ちたし、社長夫人の麻理子様だって一週間で社長に堕ちたんだ。お前だって俺が守ってなきゃ、この変態どもに一日やそこらでやられたはずだぜ? ほわんほわんのど田舎娘だったんだからな。感謝してほしいくらいだ」
「う……う、それは……」

 ずずいと熊が身を乗り出してきて、私はまた熊に囚われてしまった。うわん、ばかーっ! せっかく逃げられたのにっ。

「お前、初めてじゃないんだろ?」
「なんでわかるのよ!」
「見りゃ分かる。第一普通、男に慣れてねえ女が親しくない男を自分の家になんかあげねえよ」
「いえ……それは」
「あわよくばミッドガルドを……て思ったろ? 残念だったな」

 ドッキンとした。なななななんで熊がそんな事……。

「図星だ」
 
 顔ーっ! 赤くなるなばれるじゃないのっ。釈明できない私のセーターに熊の手が入った。グローブハンドが器用にインナーを引きずり出して、ブラジャーのホックを外してしまう。

「もう我慢出来ない。俺に、堕ちろ……」

 またあのお腹に響く、低くて甘い誘惑の声だ。

「私……」
「お前が入社してきた時から、ずっと好きだ」
「石く……」
「克己だ」

 そう言っておきながら熊は私に唇を押し付けて話せなくする。抱きしめられた熊の腕がとても熱い。熱くて熱くて……。強面の凶悪人間にしか見えない熊が、とても優しい目をして私に囁く。

「佳奈。もうお前しか見えないんだ。責任取れ」

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 ……危ないところだった。昨日もう少しで熊に食べられるところだった! あれからさらに熊が不埒な事をしようとした時、熊の携帯に社長からの呼び出しが入ったおかげで、私は熊の魔手から逃れられた。社長! 良い仕事してくれるから良い人だ。美形過ぎて気持ち悪いなんて思っててごめんなさい!

 とにかく、今の私にできる事は熊の魔手から逃れるべく、一刻も早く会社を辞める事だ。何も辞めなくてもだけど、ミッドガルドさんの誘拐監禁陵辱事件隠蔽がどうも薄気味悪い。絶対に警察にばれたらやばい仕事してるんだよ、あの会社。

 私は小市民だからそういう会社はお断りだ。思えば、福利厚生の異常な金回りの良さで判断するべきだったのかも。どのみち引継ぎがあるから最速でも一週間は辞められないけど、大人気な職場だからすぐに次の人は見つかるだろう。

 ちょうど田舎の両親から帰って来いコールが(お見合い込みで)うるさいから、帰っても文句は言われないはずだ。新しい仕事は難しいかもしれないけど……とにかく、今の状況を打破する事に専念しよう。

 私はいつも通りに会社に着き、タイムカードをスラッシュさせて、なんとなく昨日の自分が矢車草を追加したアネモネのアレジメントに目をやってびっくりした。

 私が追加した矢車草がさらに増えてる! なななななにこれっ。新手の嫌がらせかと一瞬思ったけど、よく考えたら私がやった事も自己満足のいやがらせだったのかも。改めて眺めると、こっちのほうがさらに良い気がする……。私は彩しか考えてなかったけど、これはそれぞれの花の個性が際立っているというか、見ていて気分が春めいて明るくなる。

 凄いな、このアレジメントした人。

 ロッカー室で着替えている他の同僚に挨拶しながら身支度している私に、遙がやって来て小声で言った。

「佳奈、麻理子様に呼ばれてるよ……」
「え? なんで」
「知らない、とにかく早く行った方が良いよ」

 まさかまさか、あのアレジメントしたのがバレた? それで怒られてしまうのだろうか。というかそれよりも私はメイド長に辞表を届けないといけないんだけど。朝のチャンスを逃すとタイミング的に明日になってしまう。

「早くしなさいってば。ずっとお待ちよ」

 ううううっ。私、超美形の社長も苦手だけどキツそうな麻理子様も苦手なのよっ。

 私はメイド服の内ポケットに辞表を忍ばせ、遙に引っ立てられてしぶしぶ滅多に行かない麻理子様の部屋に連れてこられた。あー、この両開きの扉からしてどこのフランスの王宮だと思いたくなる豪華さだ。

 ぜったいにアレジメントの事だ。私が裏庭に咲いてる矢車草を大事にしている事は、あの陰険秘書が知っているし、常に社長と行動を共にしているミッドガルド秘書が麻理子様に話しても不思議じゃない。余計な事しなきゃ良かった。ううう。

 怒られる前に辞表置いて逃げよう。

 ……とか高校生みたいな事はしないけど、そうしたい気分だ。メイド長に先に会いたかったな。

 怖いよう。だけど呼ばれたからには仕方ない。ガンバレーと言う遙を横目にドアをノックした。すぐに扉が開き、麻理子様のおつきのみどりさんが出てきた。

「おはよう河野さん。麻理子様がお待ちよ」
「おはようございます。失礼します」

 この辺からしてどこの王族だといいたくなる。

 私は重い足取りで麻理子様がいる次の間に入り、あり得ない、ううん、あり得るんだけど逃げ出したくなるメンバーに足が止まってしまった。

 麻理子様。部屋の主だから居て当たり前。
 社長。居てほしくないけど、麻理子様の旦那様だからまあ居て当たり前。
 ……熊ーっ!!!! 社長のボディーガードだから居て当たり前なんだけど、屋敷の中でまでする必要ないでしょうよ!

 空気が違いますメンバーが勢ぞろいしていた。いやーっ! なんなんのよ朝っぱらからこれはっ。もうこのまま帰りたいようっ。裏庭除草作業の続きがしたいっ。だけど私は彼らに使われている使用人だ、サラリーもらってるんだよ。くう。

「おはようございます」

 逃げようとする自分をなんとかなだめて、私はふかくお辞儀をした。

「おはよう河野さん。こちらにいらしてそこへ掛けて」

 麻理子様の上品な声が、行きたくも無い豪華三点セットのビロードのソファを指した。私は逃げたい逃げたいと思いつつ、もう一回お辞儀してソファに軽く座った。まん前に社長夫妻。後ろに熊。

 なにこの配置。私は何か詰問されるの? やっぱりアレジメントが越権行為とか。裏入り口だからって思った私が馬鹿だった……。

「朝早くから悪いが、石倉から気にかかる報告を受けて来て貰ったわけだ」

 無気味な美貌満載の社長がいきなり本題を切り出した。うわーこわい! 人と話す時は死んでも目を離すなと言われて育った人達なのか、皆私に視線を当ててはずさない。そんなにガン見されたら蜂の巣になりそうだ。

「はい……」
「ミッドガルドの誘拐監禁について、石倉が口を滑らしたらしいね?」
「はい……」
「どこまで聞いたか教えてもらおうか」

 重苦しい空気が漂ってるから、気を失っても不思議じゃない中、私は社長に呼び出されるような事をぽろっと話しやがった熊を呪った。
 
「昨年の十一月に誘拐監禁されて……、えっと乱暴されて……、薬を打たれたと…………」
「ふうん」
 
 さらに私を射抜くような視線を放ってくる社長。怖くて私はさっきから自分の膝を見ているしかない。け、け、消されてしまうよ確実に。どうしようっ。社長が長い足を組み替えるのが目の端に映った。

「石倉。お前馬鹿か。なんだって河野にぺらぺらと話したんだ」
「何故ミッドガルドが長い事いなかったかと聞かれまして」
「…………出張とかごまかしようがあるだろうが。よりにもよってこんな普通の女に……」
「大丈夫です。河野はぺらぺら話す女じゃありませんから」
「信用できないな。女は特に」

 社長から差別発言が! でもわかるよ、内容が内容だもん。しかし消されるくらいなら話しません絶対に! そう心の中で叫んでいたら、熊がとんでもない発言をした。

「大丈夫です。私と彼女は結婚する予定ですので」

「何ィ!?」
「まあ!」
「はあああああっ!?」

 熊は唖然としている私ににやりと笑いかけ、私の隣に移動して私を立たせた。

「ですから、常に監視も出来ますし大丈夫です。それに彼女は他人にそんな恐ろしい事を話すペラペラ度胸なんてありませんよ。誰だって命が惜しい……そうだろ?」

 そうだと言え! と熊の三白眼が私を見下ろした。
 
 きょ、脅迫! 逆らうとやっぱり消されるの私っ……。背中と胸に冷や汗がどっと吹き出て私は頭の中がまっしろ状態。しかし、何も言えないで居る私に熊はグローブハンドで背中をさすって催促する。

「は、はい。石倉さんが……好き、なので」

 氷のように張り詰めた空気の中で、私はもはや熊のいいなりだ。違うと言ったら即消されると思わせる雰囲気バリバリの中でどうして異論が言えるだろう。熊のグローブハンドは今度は私の肩を抱きかかえた。

 じーっと私達二人を見ていた社長がぽつりと言った。

「……しかし、いささか釣り合わない様な」
「失礼よ、貴明」
「うん……」

 社長! 貴方は正しいっ。怖い人だけど審美眼は一般的で好感が持てるよ。二メートル近い大男と一メートル五十センチ台の私では凸凹すぎるもんね……。でも命の方が大事だから仕方ない。

「まあ石倉が認めた女なら大丈夫か。わかった。で、結婚式はいつだ?」
「式はおいおい。届けは近いうちに」
「そうか……。じゃあお祝いに今日から一週間休暇をやろう」
「ありがとうございます」

 恐ろしいやり取りが進められているというのに、私はぼーっとしていた。命は助かった。助かったけどなんかおかしくない? なんで熊と結婚しないといけないの? というか誰も反対しないってどうなってんの……?? 

 私は熊から逃れるために会社を辞めようとしてたんだよ!

 それなのに熊がペラペラ話した事のために生命の危機を迎えてしまい、開放されるために熊と結婚とは一体どうしてっ。

「河野さん。石倉はアメリカのマフィアの息子だが、長男ではないうえ勘当されているから大丈夫だ。男としても信用できるから僕が太鼓判を押す。まあ数年前までは女遊びもひどかったがここ数年は大人し……」
「社長。五年前から私は河野一筋ですので」
「そういえば……そうか、河野さんの為に全て切ったのか」
「そうです。では失礼します」
「うん、河野さんも朝早くからご苦労だった。では一週間後に」

 しかし出て行こうとした私は、社長の隣で黙っていた麻理子様に突然キラキラ笑顔で両手を握られた。なにーっ。この人こんな風に笑えるんだと思っていると、社長もキラキラ笑顔に変わっていた。うわ、うわ、うわあああっ!

「おめでたいわ。私からも後でお祝いさせていただくわね。河野さんアレジメントの腕がいいのにぜんぜんしてくれないからガッカリしてたのよ。裏入り口お花を直してくれたのは貴女でしょう?」
「いえ、あれは、その」

 うぎゃーっ!! やっぱりばれているっ。

「ミッドガルドさんが言いに来てくれて見に行ったら、とても良かったわ。うれしくってつい私も手を加えちゃったのごめんなさいねっ」
「あの、そんな」

 怒られるどころか謝られた。とてもうれしそうな麻理子様に社長が言った。。

「おい麻理子。二人とも困ってるだろ」
「あらいけない。じゃあお二人で休暇楽しんで頂戴」
「結婚祝い金を支給しなくてはな」
「旅行とかどうかしら? そっちの方が思い出になるし」
「いいね」

 社長夫妻が盛り上がっているのを私は別人を見るような思いで見ていた。なんなのこの陽気な人たちは。熊が私の横でため息をついた。

「出るぞ」
「え? 勝手に出ちゃって良いの?」
「どうせもう俺らなんか見ちゃいねーよ。バカップルだから」

 私は熊に言われるままに部屋の外に出た。明るい廊下の窓から太陽の陽射しが入ってくる。娑婆に出たような錯覚を受けるのは気のせいか。

「さて、じゃあ私は仕事に行くから」

 逃げようとした私は熊に担ぎ上げられた。

「逃げるな。お前はもう俺の女だ」

 やっぱり駄目だった。拉致されてしまうよおおおおっ。誰か助けて! 

 熊の部屋は、お屋敷の三階の一番北の端だ。担がれたまま部屋に連れ込まれた私は、そのまんま部屋の隅にあるシンプルだけどでかいベッドに下ろされた。熊のサイズだとこれぐらい大きくないと落っこちてしまうし、ベッドヘッドに頭をぶつけてしまうんだろうなあ。屋敷内のベッドメイクはメイドがしているけど、熊は結構人気者で私がここに来た事は無い。

「風呂行くか? このままがいいか?」
「……今からするんですか? 朝なんですけど」
「俺は夜勤明けなんだよ。これから夜だ」
「……お風呂お借りします」

 ぎらついている熊の目を見ていると、どうやら逃げるのは不可能そうだ。本気で結婚する気なのかどうかはわかんないけど、とりあえずやるもんやらせたほうが逃げられるかもしれない。

 それでもお風呂場から逃げられないかなと探ってみた。でも小さな窓があるだけで出られそうもない。第一ここは三階だ。諦めてシャワーを浴びながら、夜勤明けで寝てくれないかなーと期待してみる。しかしお風呂場から出てきた私は、すでに全裸でスタンバイしていた熊に捕獲されてしまった。

 もう腹を括ろう。でも戴かれる前にはっきりさせておきたい事がある。これを拒絶されたらめちゃくちゃ抵抗しまくろう。

 熊がベッドの前で私を下ろしてくれたので、ちょこんとベッドの端に座った。熊も私の隣に引っ付いて座り、私の腰に手を回して手のひらをお腹に当てた。男の裸は過去に恋人が居たから少しは耐性があるけど、熊のたくましい毛むくじゃらの裸はなんだか緊張する。生白くて細っこい私がなんだか恥ずかしいよ。熊の身体は傷跡が沢山あって、明らかな銃創もあった。

「……石倉さんは、アメリカ人なの?」
「日本人だ。アメリカ人マフィアの父の子を、日本人の母がひとりで産んだ私生児だ。母はもう大分前に病気で死んだけどな。マフィアが嫌でフランスの外人部隊に入ってた。たまたまバカンスで行ったギリシャで社長に会って拾われたんだ」
「…………」

 なんだか世界が違いすぎて、本当についていけない。映画の世界に迷い込んだような気がする。

「今の社長は先代からの犯罪スレスレの経営状態からまだ抜け出してる最中なんだ、だからやばいところから結構狙われてる。それから身を守るには実戦経験のある俺達が必要なわけ」
「やばいって……ヤク○とか?」
「それもある。だが海外進出しているとやっかいな輩がわんさかいるもんだから、そっちのほうが大変かな。日本の常識が通じない奴と仕事をする際に、海外での経験がある者がどうしても必要になる……、エリートではない経験がな。ミッドガルドも高野も俺と似たようなもんだ。ミッドガルドはとある組織のスパイでハッカー専門だったんだ。だから、俺達をお前が怖がっても無理はないんだよ」

 あの王子様みたいに穏やかなミッドガルドさんが……。

「でも普通の市井に居ても何かと過去のしがらみってのがあってな。あいつが誘拐されたのもその一つ。だけど大事にしたら俺達も痛くもない腹を探られる羽目になる。あげく闇に潜んでいる余計な厄介ごとを引き出してしまう事にもなりかねないから、公にしなかったんだよ」
「そっか……」

「だから会社辞めるな。お前が居なくなったらとても寂しい」

 いつの間にか辞表が熊の手にあった。まいったなというのが正直な気持ちで、熊は本当に私が好きなんだなと認めるしかない。多分熊には口にすら出来ない酷い過去があって、それを癒してくれる人間として私を求めてるんだろう。ただ、私のどこがそんな要素あるのかわかんないけど……。

 熊の腕に力が篭って耳元で情熱的に囁かれた。

「佳奈、お前が欲しい」

 ベッドに押し倒され、猛烈なキスを受けた。今までのとは比較にならないほど激しすぎてついていけない。息する暇もないくらいで苦しいよぅ。その間にも熊は私の身体を至る所を撫で回して、私を陥落させようとしている。

「佳奈……」

 過去の恋人二人と熊の愛撫は段違いだ。撫でられるだけで身体が熱くなっていく……。

「ずっとお前が欲しかった」
「あんっ……」

 内股を探られて、押し広げながら撫でられた。それだけで恥ずかしいところが濡れていってしまう。熊の大きな手で乳房が押しつぶされて摘ままれて、また、口で吸われて舐められる。ちゅぷと音がすると恥ずかしいったらない。まるで期待しているみたいで。

「すまねえけど、五年も我慢してたから余裕ねえわ」
 
 何を律儀に報告してるんだこの熊は。と思ったのもの束の間、熊の手がいきなり局部を撫でた。

「い……なにっ……」
「こーこに入りたくてたまんねえの。あんまり使ってねえなあ……」

 唇の横に熊は口付けながら、濡れている秘唇を撫でて広げて侵入する。すぐに固くなっている小さな芽を指が捕らえてぐりぐりと撫でた。

「あっ……あああっいやっ!」
「お前そのものでちっこいなー」
「やだ! 変な……事」
「くく、恥ずかしそうなお前が見れてうれしい」

 熊が本当にうれしそうに私の頬にキスをする。ドキンと胸が高鳴り、私は首を横に振った。熊は首に吸い付いて執拗に舐める。秘唇に入り込んだ指が二本に増えてかき回して、胸はずっとグローブハンドに包まれていて……、くすぐったくて気持ちよくてたまらない。

「んんっ……あ、……く……ふっ」
「あれ? もういっちゃうのか? 堪え性がないなあ」

 恥ずかしくて我慢したら小さく笑われた。くやしい!

 ぬちゃりと音がしてさらに指が押し込まれ、同時に固くなった芽を押しつぶされた。我慢出来ない疼きが生まれ、私は熊の身体に抱きついて爪を立てる。

「我慢してないで声上げたっていいんだぞ。もっと」
「や! 指っ……動かして、それっ……あああ!」
「パクパク俺の指喰い締めて、やらしいの」
「んあっ……ああっ! はう……ぁ……」

 口の端から唾液が流れて、それを熊が舐め取ってまた私の唇を塞いだ。今度は優しいキスでゆっくりと私の口の中を撫でていく……。愛撫も優しいものに変わり、刺激が欲しい私は物足りなくてもがいた。

「んんっ……」

 緩慢な指の動きがもどがしくて腰を動かそうとした私を、キスをしたままの熊が押さえつけ、くぐもった声で笑った。わざとやっているんだ。

「……どうしてほしいんだよ?」

 腰を浮かした熊が、固くなった自分のモノを、しとどに濡れている局部に押し付けてぬめるように動かした。蜜を介した粘膜が複雑に擦れて腰が蕩け、たまらない愉悦が広がった。

 でも女から欲しいって言うのは恥ずかしいよ!

 我慢している私を焦らすつもりなのか、陰部のドロドロになっているところを熊が自分のモノで突いて楽しみ始めた。その度に、にちゃにちゃといやらしい音がして、物足りない秘唇がじくじくとうごめいて蜜をまた垂れ流していく。こいつはやっぱり意地悪だっ。

「ほらほら。お前のここは正直だよな。吸い付いてくる……」
「ああ……やめえっ!」

 両方の乳房を乱暴に揉まれた。でもすぐに優しい愛撫に変わって撫で回され、固くなった先端を器用に摘ままれてしまう。きゅうっと引っぱられると連動して恥ずかしいところが熱くなって、ジンジンする。

「……あ……あっ……うう、やああ!」

 今度はゆっくりと蠢いていた秘唇の中の指が激しく動かされ始めた。聞くに堪えない水音と私の悲鳴で部屋が埋め尽くされていく。どれだけもがいても熊は私を押さえつけて翻弄する。足りないのに焦らされて喘がされて、傍目にはどれだけ乱れてるのって思われそう。

「許して! ああっ! ああっ! んはあ……っ はやいよ……ああ!」
「こうして欲しいんだろ? 俺のこれでさ」

 指が引き抜かれ、ぐちょぐちょの陰部に熊のモノが押し当てられて擦られた。火照って泡立つ部分をぬるぬると刺激され、断続的に続く甘い痒みで私は身体を悶えさせて、熊を喜ばせた。

 …………だめ、もう降参。

「……た。ちょ……だい」

 息も絶え絶えに言った途端、膝の上に抱き上げられて熱い塊が押し込まれた。蜜を掻き分けながらぐいぐいと入ってくるそれは想像以上だった。

「あ……ああぁ!」

 やはり体格がよく大きな男なだけあって、かなり大きい。少し辛い。座位も騎乗位も思いっきりあれがぐっさり突き刺さるから、今みたいにいかされまくって力が抜けた時にやられるとガクガクになっちゃう……。それにしてもやっぱり熊の身体は毛深い。こんなに毛むくじゃらのもじゃもじゃ男は初めてだ……。(二人しか知らないけど、)でも全然嫌じゃない。

 熊は私の辛そうな様子をしっかり見ていて、しばらく背中を優しくさするだけでじっとしていてくれた。ワイルドなのに繊細な心配りがうれしい……。結局モテる男って基本フェミニストなんだろうか。

「好きに動いて良いぞ」

 優しく言う熊の声がなんだか男らしい。私は余裕が少し出てきたので抱きついて腰を揺すってみた。たちまち治まっていた愉悦がよみがえってきて、また動けなくなってしまう。

「それで終わりか? もうちょっと動いてみろ」

 熊が自分の膝を揺すって催促する。ぎゅっと片方の胸を掴まれて身体が震えた。

「やああっ……もう……ああっ! はっ」
「動かないのならこっちから動くぞ。もう馴染んだみたいだしな」

 熊は再び私をベッドに押し倒し、猛然と腰を突き上げてきた。やっぱり今まで随分セーブしていたようで、私はたちまち熊のなすがままになってしまう。これはちょっと……きついかも。熊の胸の中で目を瞑り、嵐の様な熊の激しさと、こすられるたびに襲ってくる甘い快楽ににひたすら耐える。

 密着した腰は汗と蜜で濡れて熱い。

「うぅっ……ああっ……はあっ……あんっ……あ、ああ!」
「可愛いな……佳奈は……っ」

 熊の手が私の頬を撫でた。やっぱりとても優しい。

 意地悪な熊。
 計算高い熊。
 強引な熊。

 優しい熊。

 みーんなみーんな、石倉克己なんだろうな。

「かつ……みっ」
「……く」

 ああもう限界。大きな波が、来る……。絡みつく熊の手のひらも指もあったかい。何もかもが甘く蕩けるようで夢のよう…………。

:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:*:.:

 やってる最中に気を失ったらしく、目覚めたら部屋の明るさが午後の陽射しになっていた。熊は私に腕枕をして静かに眠っている。いつも綺麗に剃ってある髭が少し伸びていて、それが無邪気に眠る熊の顔に合ってて可愛かった。

「金髪の王子様じゃなくって、熊の王子様か……」

 顎を撫でてあげると、むにゃむにゃと何かを呟いて、またすーすーと寝息を立てている。ほわんと心の中が暖かくなった。同時に熊もいいじゃないかと思った。自分はお姫様ではなくて森の娘なのだし。

 職場の皆は突然の結婚なのに誰一人驚かなかった。開口一番に遥が言ったのは、
「だって石倉さんから男寄せ付けるなって頼まれてたし」
 というもので……。聞いていた同僚達がごめんと謝りながら口々に言い出した。

「私はなるべくいい写真が撮りたいから、早野さんに裏庭の草刈をさせてくれって頼まれたわ」
「ごめんねー。この間ワゴン隠しちゃって。宮本さんに花瓶を運んでる写真が欲しいって頼まれたの」
「麻理子様のお気に入りになると、お部屋に入り浸っちゃって姿が見れないから、させないようにって人事課長が……」

 ……なんなんだこれは! 後ろで熊がうんうんと頷いている。

「でも克己はいじめだって言ってなかったっけ?」
「いや、ああでも言わないとお前、俺の気持ちに気づいてくれないから」
「で、でも私の入社は麻理子様の適当な一言で……」
「あれはお前が来るのを見計らって協力して貰った芝居。お前がいつまでたっても俺に振り向かないから協力してもらったんだ」

 場所は例の休憩所。当然多数の休憩中の人間がいるわけで……。熊の台詞にきゃあああっと物凄い女性陣の悲鳴と、男性陣の悔しそうな呻き声。やっぱりこの会社は変わってる。悩んでた私って一体。でもさらに悩み事が拡大したような気がするのも確か。

「認めんっ!!」

 がたっと席を立った人事課長が怒鳴った。ちょっと目をつけてたイケメンの三十路の人だけど……。

「俺は認めんぞ。お前みたいな熊五郎に佳奈ちゃんは幸せに出来ないっ!」

 渋いキャラが崩壊している。彼の周りの男の人達が同意して立ち上がった。

「そーだそーだっ! 卑怯な技使いやがって」
「熊のくせに人間の女に手を出すなっ!」
「昨日取り上げた物返せ!」

 やいのやいのとうるさくなって私は目が回りそう。そうか……、ある意味私はモテていたのか。でもなんか違う。モテたかったんじゃなくて恋人が欲しかっただけで。

 たった数日で会社のイメージががらりと変わっちゃった。熊の言うとおり変態だらけなのかな。いやいや全員が私のファン? なわけじゃないからまともな人が多いはずだ……。そう思わないとこの先勤める事なんてできないよう。

「何を言っても手遅れ。もう婚姻届は受理された。今日からコイツは石倉佳奈だ」

 熊が後ろから私を抱きかかえて満足げに言う。さらに大きな怒号と悲鳴が休憩室に轟いた。

 熊と私のおとぎ話はまだ始まったばかり。

<おわり>

Posted by 斉藤 杏奈