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あとひとつのキーワード 第16話

 結局、ひなりと私が同じ布団で寝ることになってしまい、窮屈な寝心地で最悪な夜を迎えることになった。
「いいじゃないの。女同士何が起こるってのよ」
「起こらなくても窮屈なのよ。だから病院へ行けって言ってるのに」
「病院が信用できないのよ。何されるかわかったもんじゃないわ」
「そんなところまで沙彩が何かしてるわけ?」
「……やりかねないから警戒してるの」
 ひなりは眠っている靖則を見下ろし、額に手を当てた。熱冷ましが効いているわねと安心したように呟き、これまたどこから出したのかわからない、パジャマのボタンを止めた。
「あんた、魔法でも使ってるの?」
 私が聞くと、ひなりは、
「今頃何言ってるの。使えないのは封印されてるあんたぐらいよ」
 と、言った。
「で、でも、今は日本で魔法なんて……」
「そりゃあね。普段は使わないわよ。マスコミに追い掛け回されたり、どっかの研究所行きにされかねないもの。ま、便利よね、亜空間利用して、魔法で回路を繋げたら物が自在に取れるもの」
「へえ……」
 そんなものなのかと思っていると、ひなりはあんたもやってみたらと言い出した。
「できるわけないでしょ」
「今まではね。でもさっき、封印に小さなほころびが出来たから、少しは使えると思うわ。試しにあのキッチンの菜箸を浮かせてご覧なさいよ」
「どうやって?」
「浮いているところをイメージするの。簡単よ」
 簡単とは思えない。頭がおかしい超能力者志望者みたいだ。でも、ひなりの目が真剣だったから、やってみたら……ものの見事に浮いた!
「ええええ? 何のトリック?」
「トリックじゃなくって魔法。こっちに持ってきなさいよ。さ、イメージイメージ」
 半信半疑のまま言われるままにしたら、菜箸はふわふわと私の手のところまで飛んできて、ぽとりと落ちた。
「すごいじゃない!」
 ひなりは喜色満面で、それでも靖則を起こさないように手をぱちぱちと叩いた。すごいといえばすごい。こんなことできたことないから。
「この調子で封印を解けばいいと思うわ。ジョゼの魔力は国の中でも強大な方だったから、沙彩に勝てるはずよ」
 それには大いに疑問がある。
「……ジョゼは、何も反抗できてなかったわよ。雪の中放り出されても見上げるだけだったもの」
 私が言うと、ひなりは驚いたようだ。
「前世の夢はいつから見てるの?」
「……昔から繰り返し見てたのは、パザン大佐とレイナルド王子に殺されるところよ。靖則に出会ってからは違うシーンを度々見るわ。顔貌は見てる時はわかってるんだけど、目覚めたらぼやけて思い出せなくなるのが特徴だった」
 明日も会社だ。照明を消すと、窮屈な布団に潜り込んだ。ひなり、私、靖則という具合に横になっている。無茶苦茶寝づらくて嫌なのに、ひなりは譲らない。私が靖則の婚約者だから、横に寝るなんてとんでもないという。それなら連れて帰ればと言えないのがつらいところだ。靖則は怪我をしていて動けないし、手当ができるのはひなりだけだし。
 隣でひなりがぶつくさ言い始めた。
「やっかいな封印だわ。二重、三重にかけられていて……、私も解けなくて苦労してた。いくつか暗号のようなものがあって、それを口にすると解かれるの」
「かけたのは沙彩? レイナルド王子?」
「どちらともかけてる、でも、種類が違うものをかけあって、複雑に絡み合っているみたい」
「ひとつひとつ解くしかないわけ?」
「いいえ。あんたが目覚めたら、一気に解けると思う。それくらいジョゼの魔力は凄いの。当時、だれが掛けた呪いでも魔法でも、力技で打ち破ってたし」
「空恐ろしいわね」
 そんなものを自分が持っているのかと思うと、なんか怖い。
「ジョゼ自身は普通の魔女だったわ。だけど周りにいる人間が悪すぎたのよね。利用されるだけ利用されて、魔力を限界まで引き出されて、ほとんど抜け殻になったところを……」
「殺されたのね」
 暗闇の中で、ひなりが辛そうに顔を歪めたのが何故か見える気がした。


『ジョゼ。お前を正式に后に迎えようと思う。式までの間はこの部屋を使うといい』
 レイナルド王子が、質素な部屋へジョゼである私を連れ入れた。ジョゼは、後ろに控えているパザン大佐を見やった。パザン大佐の表情は固いままだ。
『でも、どうやってソフィア様に……』
『私が次期国王になれるのは、ジョゼ、お前の功労によるものが大きい。皆それで意見が一致している。ソフィアも宰相も、さすがにそれには逆らえん。やり手の宰相といえど、廷臣たちの意見は無視できない』
『そんなお心弱い方たちでしょうか』
 ジョゼが今まで受けた仕打ちを思い返していると、レイナルド王子がぎゅっとジョゼを抱きしめてきた。パザン大佐の咎める声を無視して、ジョゼの頬にキスをいくつも落とす。
『ジョゼは私の后になるのがうれしくないのか?』
『嬉しいに決まっています。ですが……』
 どうしても、このまま宰相とソフィアが手をこまねいているとは思えない。その矛先が自分に向かえばいいが、レイナルドやパザンにいけば危険だ。今まで自分がしてきたことがすべて水の泡になる。レイナルド王子の戴冠式までは気が抜けない。
『戴冠式の前に、お前を正后にする旨を宣言するつもりだ。そのほうがすべてやりやすくなる』
 レイナルド王子は、政敵を打ち破った喜びで、気分が高揚していて、現実に目が行かなくなっているのではないかと、ジョゼは不安に思った。戴冠式の後、すべての実権を名実ともに握った後のほうがやりやすいのではないのだろうか。
 二人が去った後、ジョゼは自身の人差し指を僅かに食い破り、その滴る血で磨かれた床に魔法陣を書いた。僅かな詠唱を唱えるとその陣はまたたく間に消える。
『使う時が来なければいいけれど……』
 ジョゼはそう言いながら、己の姿を鏡で見る。
 ふっとその姿が消えて、別人が映る。映っているのは未来の自分の姿。
『倉橋すみれ』
 平凡な顔のその女は、何もかも諦めた悲しい目をしている。
 その目を、きらめく美しい目で見つめて、ジョセはやさしく微笑んだ。
『未来は変えられるわ。でも変えられないものもある。私は……どんなことがあってもレイナルド様を信じているの』

 そこで目が覚めた。

 クーラーをかけたまま寝たから、部屋は快適に涼しいままだ。なのに、私はびっしょり汗をかいていた。ひなりも靖則もまだ朝が早いせいか眠ったままだった。
 時計はまだ朝五時半だ。寝てもいいけど二度寝したら遅刻しそうだな。
 二人の朝御飯も作らないとだし。
 靖則は熱はまだあるけど、経過は悪くなさそうだ。
 まったく、しばらく平穏だったと思ったらこれなんだから。つくづく面倒事に巻き込まれるのよね私は……。
 シャワーを浴びて髪を乾かしながら、さっきの夢について考えた。
 あそこって、思いっきり殺された部屋だ。
 ジョゼはまるでこれから何が起きるのか知っているようだった。
 私の姿まで見れるくらいだもの、未来が見えていたに違いない。
 それでもレイナルド王子を信じていた。
 初めて見た夢でも、最後の最後まで信じていた。
 裏切られたとわかっても、なお、王子を愛していたジョゼ。どうしてそこまで愛せるんだろう。
 真嗣さんを思い浮かべ、心が傷んだ。
 靖則にあんなことを言われても、やっぱり私は真嗣さん愛していたと断言できる。
 だけどそれは……ジョゼのレイナルド王子を思うほど、真摯な愛情ではなかったと思う。私は、沙彩から真嗣さん奪いたいという邪な考えもあった。ジョゼは多分、ソフィアから奪いたいとまでは考えていなかった。ただ、ただ、レイナルド王子を愛していた。王子の言葉にのせられて、后になることを望むように誘導された部分がある。
 それほど、夢の中でのジョゼのレイナルド王子を想う気持ちは、悲しいほどひたむきで純粋だった……。

「おっはよー何自分を見てるの? あんたナルシスト?」
 ひなりが起きてきて、鏡の後ろから私を覗き込んだ。
「誰でも朝ぐらい顔を見るでしょ」
「そりゃそうね」
 私が場所を譲ると、ひなりはばしゃばしゃと顔を洗い、手にしたタオルで顔を拭いた。
「そうそう、しばらくここにいたいいんだけどいいわよね?」
 朝っぱらからこれだ……。
「あんた、自分の家はどーしてるのよ?」
「帰りたいのは山々だけど、いろいろ不穏な人間が来るものだから。ここなら見つからないだろうし」
「会社はどうするの? 出向先は……」
「ああ、あれはウソだから。ちょっと小細工してあるの。ずっと靖則と行動してたのよ」
「私の所が安全とは限らないじゃないの」
「まあね。でもうちや靖則の家よりは安全よ」
 ああもう、どうでもいいわ。常識なんてこの人たちには存在しないんだから。

 ひなりが朝食を作ると言うので、ドアポストから新聞を取り出した。何気なくめくってみていると、ひなりが手を止めてさっきと同じように覗き込んできた。そして、
「ああ、やっぱりそうなったのね」
 とだけ言った。
 なにがと記事をなんとなく探して見ると、上塚の会社がとある会社を子会社化したという記事があった。
「靖則の会社のこと?」
「そうよ」
「潰せてないじゃない」
「これからよ」
 ひなりは洋食派らしく、美味しそうな具沢山トーストを作り、すこし手の混んだポタージュスープを作っていく。サラダも切り方や盛り付け方が洒落ていて、ちょっとしたレストランのようだ。こんな美味しそうな食事にありつけるのなら、多少の窮屈さは我慢しよう。

 蝉の声がやかましくなってきた。
 今日も暑いんだろうな……。