びけいこわい 第03話
「うそだっ!」
叫びながら飛び起きた。
こんなふうに起きるのなんて、映画やドラマや漫画ぐらいしかありえないと思っていた。なのに今それを実践している俺。
「あ……れ?」
確か技術室に居た筈なのに、ここは自分の家の部屋のベッドだ。
夜だ。下でおふくろのうるさい声がするから、深夜ではなさそうだが。揚げ物のうまそうな匂いもするから19時くらいか?
まさか夢? 夢オチか?
そう思った俺を責めるなんて、相手が国王でも許さないぞ。
……がー。
「…………」
おそるおそる、着ているパジャマの前ボタンを外してみた。
「夢じゃ、ない……」
くっきりと、あちこちに嫌な赤痣が浮かんでいる。おまけにこれはなんだ、いやらしく腫れあがってしまった両乳首……。身体はさっぱりしてるけど、何か臭う。かすかだが……あれの臭いだ。
信じたくないし夢だと思いたいが、確実の俺は千川にいやらしい事をされまくったんだ。どうやら尻は死守できたようだ、痛くないから。
「あいつ……、俺が好きだとか抜かしてたけど」
何も好かれるような真似はしていない。
そもそも、好いている人間をレイプするだろうか。ああでも、あいつは変態だからそうしたんだろう。
猛烈に怒りが沸き上がってきた。
あの野郎。
よくも俺の貴重なファーストキスを、遠慮も無く奪いやがったな。俺のアレも好き放題にいじくりまわしやがって。
男だぞ?
女の子のダイナマイトおっぱいならわかるが、俺の関東平野の様に平らな胸を触って何が楽しいんだ? 野郎の匂いのするアレをさすって何の利益がある? 少なくとも俺にはない。あいつのも他の奴のも断じて、触りたいとは思わない。
よく本屋でギャグウケを狙って、ホモ雑誌を面白そうだなーとか言ったことはある。言ったことはあるが、断じてホモの嗜好は俺には無い!
……無いはずなんだが。
めっちゃくちゃ感じて、いってしまった俺。
一生の不覚!
「やっぱり美形は駄目だ」
ひょっとすると、世の中の美形は皆変態なのかもしれない。男はきっとそうだ。女は少数だろう。女が変態だったら、世の中滅びてしまうからな。ああそう、駅前のアイスクリーム屋のさくらちゃんは断じて違う。さくらちゃんは変態ではないが、千川は男だから絶対に変態だ。
思わずため息が出た。
「恐ろしいな、美形は」
美形とは、かくも呪われた性癖を持ち合わせるものなのか……。
問題は、明日どうするかだ。
今日は水曜日だ。明日も学校へ行かなければならない。何しろテストが近いからな。
ぐうと腹が鳴る。
食い物を求めて階下へ降りると、おふくろが俺の好きなカニコロッケを皿に載せていた。
「今日は薫の好きなコロッケ揚げたわよ。薫にとっておめでたい日だからね」
めでたい?
何を言ってるんだ?
「今日は誕生日じゃないけど?」
俺が訝しむと、キッチンのテーブルの横のリビングのソファで、新聞を読んでいた親父がたぬき腹を揺すって笑った。
「はっはっは! そりゃ薫、お前に恋人ができた記念日だからな」
「……恋人? さくらちゃんが来たの?」
願望を混ぜて言うと、違うわよ、それに浮気をしたら駄目じゃないとおふくろに注意された。
そうは言われてもな。全く心当たりが無いんだが。
椅子に座った俺に、おふくろは箸をくれた。
「さっき、薫をお姫様だっこして、連れてきてくれた千川君よ」
「千川だあ!?」
なにボケとるんだこいつら!
あいつはレイプ犯であって、恋人などではない!
百歩譲って合意のエロ行為だったとしてもだ、俺は男を恋人になんぞいらんっ!
「千川君、薫を部屋に運んでくれた後、両思いになりました。男ですが薫さんを愛しておりますので、どうぞつきあいをお許しくださいって、礼儀正しく頭を下げてくれたのよ。もう薫ったら、あんなに綺麗な子、どうやって落としたのよ。ちょっぴり妬けちゃうわ」
気持ち悪いしなを作るな、おふくろ。
それよりどういうことだ? 何故俺が奴と両思いになどなる?
俺は襲われたが、奴の変態的な告白を受け入れてなどいないぞ。あんなもん、無理矢理されただけじゃないか。そりゃ途中で感じてしまったのは認めるが。
「俺、あいつとつきあってなんかいないぞ」
俺はそう言って、カニコロッケを食べた。うまい。おふくろの料理がうまいから、親父は結婚後太った。しかもこんなクリームたっぷりなもんを夜に食わせたりするから、ますます太る一方だ。
「でも、千川君は、裸で抱き合った仲ですって」
おふくろの赤裸々な言葉に、俺は飲み込みかけていたカニコロッケを、親父の横顔に思い切りぶちまけた。
「な……っな! な!」
「やあねえ、恥ずかしがらなくてもいいじゃない。そりゃちょっと早い気はするけど、千川君は紳士そうだし、ちゃんと上手にやってくれたでしょう?」
この女、子の親として限りなく問題があるぞ!
初体験が早いのかはよくわからん。最近は小学生でもやってる馬鹿が居るらしいし、中学校で済ませる馬鹿も居る。
そういう問題じゃない!
アレのどこが紳士そうなんだっ。繰り返すがあいつは男だ。男と男がエロエロしいことして、早いも遅いも無い。病気もんだろうがよおおおおおっ!!!
普通は男と女でするもんなんだよ!
ああ? 古代ローマとか、日本の江戸時代より前とかは盛んにあったらしいがな。
今は現代日本なんだ。そんなもんを、素直に受け入れる親がどこに居る!?
……いや、ここに居るが。
「ともかく、俺はあいつとはやってねえし、恋人でもない。俺は承諾してない」
あれは夢だ。夢だったんだ!
思い込めばそれは事実になるんだ!
「ええ~? あんなに綺麗な男の子なのに。薫にしてはえらい大魚を釣り上げたって、お母さんうれしかったのよ?」
「おふくろがうれしくても、千川の母親はどうかな?」
口直しに二個目のカニコロッケを頬張った。
「……そうね、薫程度じゃ、千川君のお母様もお気の毒かも」
ずれてんぞ!
大体、俺が大したことがないのはお前ら二人の遺伝なんだから、仕方ないだろ!
カニコロッケをすべて平らげ、忌まわしい臭いが漂う身体を、シャワーで流してさっぱりして部屋に戻ると、机の上のスマホが鳴っていた。
「…………」
知らない番号だ。
嫌な予感がしたから出ないで居たら、しばらく経ってから切れた。髪を拭きながら着信履歴を見ると、その番号が二つ並んでいた。一時間前と少し前だ。
奴かもしれない。出ないにこしたことは無い。大体赤他の他人でも、重要な事柄なら留守電に入れるからな。
ベッドに寝転んでいたらまた鳴った。
しつこいな。
ここは一応出ておくべきか。
はっきりと、気味の悪い告白は断らなければならないからな。
「もしもし」
『やっと出たー。僕だよ、要』
「……どちらの要さんですか?」
『ははは、薫はツンデレさんだなあ。千川に決まってるだろう? おちゃめな君も素敵だけど、要って呼んでほしいな』
全身がチキンになった。寒すぎる発言だ。
今すぐ切ってしまいたが、きっちりと断らなければ、この変態は学校でデマを広めてしまうだろう。
「お前は何か勘違いをしている。俺はお前とはつきあってないし、恋人になる気もない」
『ええ? ひどいじゃないか。あんなに僕の腕の中で啼いてたくせに!』
寒いを通り越して、凍みる。誰かこの変態を精神病院へ連れて行ってくれ。
美形は怖い。マジで怖い……。
寒気と恐怖で身体が震えてきた。嫌な汗が滴って顎から落ちる。
「とにかく……困るよ。皆にこんなの知れたら、俺」
『なんだそうか。恥ずかしいんだね薫は! わかったよ、シャイな君のために隠しておいてあげる。そのかわり浮気は駄目だからな。あの響とか特にね!』
何をトチ狂ったか、俺の気持ちを捩じ曲げて悟った千川が、おかしなことを言う。
待て! 俺は恥ずかしいのでもなんでもない。
お前なんか好きでもない。はっきり言って嫌いだ、怖いんだ!
できうるかぎり近寄ってきて欲しくないし、興味も持つな!
それに響とどう関係があるんだ。
「お前、何言ってるんだ。響とはつきあってなんかいない」
『そう信じたいけど、あいつ、やたらと薫と接触してるじゃないか』
「友達だから当たり前だろう!」
この変態を、だれかいっそ日本海に沈めてくれ。
『恋人以外といちゃつくのは駄目だ。わかったね薫?』
「俺はお前の恋人じゃない!」
怒りと恐怖で、ほとんど俺は絶叫していた。
しんと電話の向こう側が静かになった。
さきほどまでぺちゃくちゃ話していたから、すげえ気になる沈黙だ。
………………。
階下でおふくろの馬鹿笑いの声がする。
外はまだ雨だ。
俺、悪くないよな? 勘違いをちゃんと訂正したんだから。
『ふうん。そういうこと言うんだ……。じゃあ明日、学校で覚悟しておいてね』
「ちょ……っ!」
奴は超低温で言い、俺の言葉も聞かずに通話を切った。
覚悟って何だよおい。
俺はひょっとして、変態を藪で突いてしまったのだろうか……。
うおおおおお、明日、学校行きたくない!