ディフィールの銀の鏡 第28話

 一人、野の花が咲き誇っている原っぱで、万梨亜は花を摘み続けている。明るい陽射しの下で幸福に似た思いを抱えて花かごに花を満たし続け、そろそろ帰ろうかと振り向くと───。

「万梨亜」

「…………」

 唐突に夢は終わった。明るい陽射しは消え、代わりに目に映ったのは薄暗い木目の天井だった。布団の中は温かいが部屋の中はとても寒かった。

「おはよう万梨亜」

 顎に手がかかり、隣で起きていた大島へ顔を向けられた。

「……おはようございます」

 あともう少し夢を見れていたなら、ずっと胸の奥に引っかかっている人間の正体がわかったのにと万梨亜は残念に思った。近づいてくる大島の顔にやっぱり横に居て欲しいのはこの男ではないと失望しながら目を閉じた万梨亜は、ジュリオのキスを思い出し、大島に自分の気持ちがばれないように心に蓋をした。

「今日は月曜日だから……会社へ行かないと」 

「もう行かなくていい。ケニオンへ戻るまでここにいろ」

 土曜日、日曜日と、抱かれる中で大島はさまざまな事を話した。

 大島は本名はデュレイスと言い、ケニオンという国の国王で、万梨亜を探すためにこの世界へ来たのだと言う。おおよそ信じられない話だが、青い光や恐ろしい声のあの黒い男などの摩訶不思議な事が起った後の事なので、事実だと思うしかなかった。普通なら笑い飛ばすような内容なのだが、万梨亜は何故かそこを知っていると確信していた。

 彼が言うには、万梨亜と大島は恋人同士だったらしいが、万梨亜は無理やり隣国のディフィールの王子、ジュリアスの后にされてしまったのだそうだ。

「でも会社には行かないといけないわ。中途半端は嫌なの」

「万梨亜は真面目だったな。……だが会社のジュリオ・フォンダートという男は、ジュリアス王子本人だ。おそらく君を攫おうと考えているはずだよ?」

「……大丈夫よ。階段から落ちて、私の事なんてすっかり忘れているから」

 最近起こった事を万梨亜は大島に話した。大島はそれでも万梨亜を会社に行かせるのを嫌がった。しかし絶対に会社へ行くと言い張る万梨亜に、しぶしぶと言った感じで承諾した。

「わかった。じゃあこれからここに住んで」

「それは困るわ。アパートがあるのだもの」

「そうじゃなければ会社に行かせない。ずっとここに閉じ込めるよ」

 恐ろしい言葉を背後から抱きしめられながら言われ、万梨亜は背筋が凍った。大島はいかにも武人という鍛え抜かれた固い身体を持っていて、その筋肉に覆われた腕が巻き付いてくると、万梨亜のか細い身体などいつでも砕けるのだぞと脅されている気がする。

 砕ける瞬間を思って万梨亜が身震いすると、声も無く大島が笑い、胸からお腹までを夜着の上から優しく撫でた。

「ああごめん、怖がらせるつもりはない。ただ必ずここに帰って来るんだよ? いいね?」

 万梨亜はただ黙って頷くしかない。嫌なのにあの青い光は出ない。何故なのだろう。

 会社はいつも通りだった。ただ、再びジュリオが謝罪してきた。あの冷たい雰囲気がすっかり消えうえせたジュリオはとても慕わしく思えたが、週末大島に翻弄され続けた万梨亜は自分が恐ろしく変わっているような気がして、なんでもないと小さな声で言うのが精一杯だった。今も大島の愛撫が身体に甦ってきて、腰の芯がうずくような気がする。そんな万梨亜を敏感に感じ取ったのか、ジュリオが片目を瞑ってからかった。

「戸田さん、大島とつきあっているんだってね。知らなかった」

 唐突に言われ、万梨亜はびっくりしてジュリオを見上げた。

「彼、君にベタ惚れみたいだよ? 喫茶店で倒れた君を助け起こそうとしたら、突き飛ばされてびっくりした」

「………………」

「週末彼といろいろやったんだろ? 激しいね」

「………………」

 万梨亜は自分の顔が青いのか赤いのか分からなかった。なぜか瑛が聞き耳を立てているのがわかる。ジュリオはなるべく彼に睨まれない様にするよと笑いながら言い、自分の仕事に戻っていった。

 朝一番の仕事は、朝礼までの間のわずかな時間をくつろいでもらうためにお茶を配る事だ。万梨亜は給湯室に入るとやかんに水を入れて火にかけた。今日はとても寒く給湯室も当然寒い。ガスの火は唯一の暖房で万梨亜はそれに手を翳しながら、小さな窓から見える殺風景なビルや家屋を眺めた。

(フォンダートさんは、本当にジュリアス王子なんだろうけど……)

 しかしデュレイスである大島との仲を引き裂くような、そんな乱暴さはジュリオからは感じられない。別人のようになってしまう前も多少強引だとは思ったが、大島ほどの行動は無かったし、身の危険を感じる程の恐れを抱く事も無かった。アパートでシンク台を叩かれた時は驚いたが……。

 無意識にジュリオを庇っている自分に気づき、万梨亜は一人で小さく笑った。結局自分は、大島よりもジュリオのほうが好きなのだろう。

 しゅんしゅんと湯が沸き始めた頃、悠馬が作業着で入ってきた。

「おっはよー万梨亜ちゃん。今日も綺麗だねえ、目の保養だよー」

「おはようございます。でも目がおかしいんじゃないですか?」

 万梨亜は自分を綺麗だと思った事がない。悠馬はそれを気にした風も無く、ふうっと息をつくとこぼした。

「なんかさ~ジュリオさん変すぎるわ。ほんっとついていけないや、女遊びが過ぎるよ」

「そうでしょうか? 今までだって、何人か女性がいらしたのでは?」

「そりゃ居るには居たけどさあ、あんな軽薄じゃなかったよ。少なくとも仕事中に女に携帯とか有り得なかったし」

「……」

「なんつーかさー。階段から落ちてから別人過ぎて困るよ」

 湯が沸いたので保温ポットに移し変え、茶葉を入れた急須に熱湯を注いだ。ここの社員はお茶は色が付いていればそれでいいと言うので、いきなり熱湯でも大丈夫だ。

 湯飲みにお茶を注ぎ終わった途端、悠馬が首筋を撫でたので万梨亜はびっくりした。しかし振り向いた悠馬はふざけていなかった。

「ここ、キスマークついてる。今日は髪の毛下ろしておいたほうがいいよ」

「え? うそっ……」

 万梨亜が顔を赤くしてその部分を押さえると、悠馬は困ったように笑った。

「大島とつきあうのは構わないけど、あの人は苦労するよ? 許嫁がいるし」

 聞いていなかったその言葉に耳を疑った。

「許嫁?」

「そ。ジュリオと同じくイタリア人。エレナ・グラビーナって言ってまだ年は十八ですんげえ美人。アンドすごい金持ち」

 大島はそんな事は一言も言っていなかった。万梨亜はあの赤黒い嫌なものに浸される感触に襲われて、ぞっとした。彼もまた、純一郎のように令嬢の恋人を持ちながら、他の女に手を出して傷つけるような人なのだろうか。

「だから深入りするのは止めといたほうがいいよ。グラビーナってあんまりいいうわさ聞かないんだ」

「いいうわさを聞かない?」

「……マフィアなんだって」

 心に冷たいものが滴り落ちた。トレイを手にしたまま動かない万梨亜に悠馬は言った。

「エレナ嬢の一目ぼれで、脅し半分のような婚約だったそうだよ」

 その日、万梨亜は残業した。

 仕入れ伝票の締め日が明日に迫っていて、できる限り明日の負担を軽くしたいというのは言いわけで、本心は大島の家に帰りたくないからだった。

 大島玲は悪い人ではないと思う。しかし、自分を求める大島に底知れない狂気のような仄暗さが垣間見えて、それが万梨亜にはたまらなく恐ろしいのだ……。

 朝、どうしても大島の家に帰りたくないと言えず、昼になって会社から彼の携帯へ、残業で遅くなるから会社の宿直室へ泊まるから帰らないと連絡した。大島は女性が会社に泊まるなんて駄目だと言ってきたが、どうしても仕事が忙しいからと言い、すぐに携帯を切った。

 本当は社屋に泊まる事などとんでもない。仮眠室は男性専用だし、皆から女性は使用しないようにと言われている。だから深夜にアパートに帰るつもりだった。

 

 時計の針は夜の九時三十分を指していた。少し前まで瑛がいたが、すぐに帰るからという万梨亜のうそを信じて帰っていった。万梨亜の居るところだけ照明がついていて、部屋は真っ暗だ。廊下も間接灯がついているだけで薄暗い。

「ご飯食べようかな。コンビニで買っておいてよかった。食べてからアパートに帰ろ」

 でもその前に手を洗おうとして、給湯室の水道の蛇口をひねった時にそれは起こった。本来なら水が出るべきところから、炎がいきなり噴き出したのだ。

「きゃあっ!」

 びっくりした万梨亜は、狭い給湯室の壁に背中を思い切りぶつけてしまった。その衝撃で息が詰まりそうになりながらも、改めて水道の蛇口を見た。

 ……炎はなく、透明な水が静かに流れているだけだった。

「……私、働きすぎたのかな? やっぱり早く家に帰って寝よう……」

 気味が悪い。万梨亜は手早く手を洗うと部屋の照明を消して戸締りをした。そして女子更衣室に入って着替えている最中に、誰かが廊下を歩く音が響き、ぴんと気が張り詰めた。

(まさか強盗? ちがう……あの黒い男かもしれない。さっきの水道の炎はあの男がしでかした事だったら?) 

 

 万梨亜は怖くなって震えながら、何か自分を庇えるものはないかと周囲を見渡す。でも傘位しかなく、これでは役に立ちそうも無い。しかし無いよりはましだろうと傘を握り締めた。

 足音はだんだんと近づいてくる。

 こんな事ならさっき瑛と一緒に帰ればよかったと万梨亜は後悔した。でもあまり早く帰ると大島への言いわけが思いつかない……。

 カツン。

 万梨亜が居る女子更衣室の前で足音が止まった。緊張で胸が痛むぐらいドキドキさせながら両手で傘を握り締めていると、聞きなれた声がした。

「戸田さん? こんな夜遅くまで何してるの?」

 ジュリオだった。万梨亜はあわてて開錠してドアを開けた。現場から帰ってきたらしく、ジュリオが作業着姿でそこにいた。

「どうしたのこんな夜遅くまで。まさか仕事してたんじゃないだろうな。いくらなんでも遅すぎるよ?」

「あの、えっと、アパートの鍵失くしてしまって……」

「ええ!?」

 とっさについた嘘だったが、ジュリオは信じたようで大声を上げた。

「だから、会社の宿直室に泊まろうかと」

「大家に鍵貸してもらえばいいだろ?」

「大家、確か旅行に行ってて、今日はいないし……」

「…………ふー……」

 ジュリオはため息をつきながら、タオルで顔の汗を拭うと万梨亜を睨んだ。

「だからって女一人、こんなとこで泊まるなんて何考えてる? 何かあってからじゃあ遅いんだぞ? 金庫や設計図狙う強盗に遭ったらどうするんだ。セキュリティしてるからって、警備会社の人間が来るには早くても五分はかかるんだぞ」

「私みたいな人間、襲ったって何も出ないですよ」

「馬鹿な事言うな。恋人の大島に怒られる」

 ジュリオの口から大島の事を言われるのが何故か辛く、万梨亜は首を横に振りながら俯いた。

「わ、私、大島さんの恋人なんかじゃ……」

 泣くまいと万梨亜は涙を堪えた。泣いたりするなんてみっともない。それにうざい女だと思われるに決まっている。

「恋人だって、大島さんは言ってたけど?」

「それは、大島さんが勝手に、言って……」

 その時、新しい足音がした。

 万梨亜はジュリオを見上げ、彼の背後に立っている人間に心臓が凍りつく思いをした。そこに居たのは当の本人の大島だった。

「万梨亜、迎えに来たよ。フォンダートさんとはビルの前で会ったんだ」

「私、帰りません……っ」

 思わずジュリオの背中に隠れた万梨亜を、大島は睨みつけるような恐ろしい目で見た。ジュリオは大島が醸し出す威圧感にも似たオーラにびっくりしている。それはデュレイスという王の威厳そのものだ。

「万梨亜、俺を困らせないでください」

「だって! 貴方は婚約者がいらっしゃるんでしょ!」

 万梨亜が叫ぶように言った言葉に、ジュリオはまたびっくりしたように目を見開き、大島に視線を戻した。大島は苦虫をつぶしたような顔をしている。

「……婚約は承知していません。あっちが強引に言ってきただけの事です」

「でも婚約なさっているでしょう! 私……」

「どちらにしろ、愛しているのは万梨亜だけです。近々正式に破棄する予定ですよ」

「婚約されている女性が可哀想よ!」

 ますますジュリオの背中にしがみつく万梨亜に、大島は苛立ったようだ。彼にしてみればジュリオは恋敵なのだから。

「万梨亜、フォンダートさんが困っているよ?」

 万梨亜はそれでもジュリオの背中から離れなかった。なんとなく今大島に連れて行かれたらとんでもない事になる気がする。異世界のケニオンの離宮に閉じ込められて、永遠にこちらに戻って来れなくなるかもしれないと。

「大島さん、今日はお引取りいただけますか?」

 ジュリオの静かな声が部屋に響いた。万梨亜はその声音が以前のジュリオとそっくりな事に気づいた。

「フォンダートさん、これは俺と彼女との問題です」

「そうかもしれませんが、彼女は今嫌がっています。話し合いは後日にされては?」

「話し合いも何もない。万梨亜、いい加減にしなさい」

 ちらりと大島の両目に赤い炎が見えるのと同時に、ジュリオが床に崩れ落ちた。ほんの一瞬の出来事だった。

「フォンダートさんっ!」

 万梨亜はしゃがみ込んでジュリオの頬に触れた。

「眠ってもらっただけだ」

 大島が言ったとおり、ジュリオは本当に眠っているだけのようで、穏やかな呼吸を繰り返している。

「万梨亜、こいつは君を無理やり妃にした悪い王子だよ」

「…………」

「だからここにいつまでも居てはいけない。そうでないとこの世界でも君はこいつに良いようにされる。ディフィールでの記憶がないというのもこの王子が何かやらかしたのかもしれない」

「それは……ないと思います。だってフォンダートさんはいろいろ助けてくれたもの……きゃっ」

 万梨亜は乱暴に大島に抱き寄せられて唇を奪われた。眠っているとはいえ人が居るのにと思い突き放そうとしたが、さらに大島はキスを深める。

 違う。やっぱりこの唇じゃないと万梨亜は思う。じゃあ誰の唇ならいいのかと言われると、分からない。

「ふう……む……んっ!」

 空気が揺れたと思った次の瞬間には、大島の家に戻っていた。異世界は確実にあると、この時万梨亜は嫌と言うほど思い知らされた。何故なら歩いてもいないのに場所が変わったのだから。青い光も黒い男も現実なのだ。

 怯える万梨亜に大島はにっこり笑った。

「万梨亜はやさしいから騙されやすい。だからあの王子の言いなりになってしまったんだ」

「そんなんじゃ……あっ」

 

 服の上から左胸をつかまれて揉まれた。大島の唇が頬に降ってきて、冷たい畳の上に寝転がされていく。

「あの男には極力近づかないように。そうでないと俺が彼に何をするかわからないよ? 最悪、死んでもらう事になるかもしれない」

 死。

 なんて恐ろしい事を言う人だろうと、万梨亜は胸がつぶれそうになった。優しい人だと思っていたが、この男はどこかおかしい。それとも国王だからなのだろうか。

「万梨亜は、何故バルダッサーレに入社したのだ?」

 ブラウスを肌蹴させながら、大島が言う。口ぶりは国王のような威厳に満ちたもので、逆らうと命がないよう気がして万梨亜は恐る恐る言った。

「……ヘッドハンティングされて」

「ほう、やはり王子が強引に引き込んだのか」

「違います。あの日、変な人達に絡まれてたところを助けてもらって……」

 スカートのホックに指がかかってはずされ、下着ごと引き摺り下ろされていく。万梨亜はそれが嫌で膝を交差したが、あっけなく大島の右手が膝を解き、服をすべて抜き去った。

「……っいや!」

 気がついたら、万梨亜は強い力で大島を押しのけていた。

「万梨亜?」

「私は、……私は戸田万梨亜で、普通の家よりも貧乏で苛められて育ちました。だから貴方とは釣り合いません」

 大島は、くっと笑った。おかしくてたまらないという風に。

「何を言うかと思えば。王が望むのだ、誰にも文句は言わせぬ。言う輩が居たら処罰する」

「ここは異世界ではありません!」

「いずれ消え行く世界だ。本来の万梨亜が生きる所ではない」

「そんなの知らない! 貴方の言っている世界になんか行かないわ」

「あの悪い王子が記憶を消してしまったせいで、万梨亜は素直じゃないな。やはりあいつは殺したほうがよい。何があったのかは知らないが、あいつはすべてを忘れて魔力がない、今のうちか……」

「そんな事しないでっ! フォンダートさんは普通の人よっ」

「庇うのか、あの王子を」

 利き腕を捩じ上げられて、万梨亜は痛みのあまりに悲鳴をあげた。結構大きな声だったというのに誰も来ない。ここは大島専用の離れで、彼が呼ばない限り誰も来ないのだ。

「だって、殺すなんて……」

「殺さなければ将来に禍根を残す」

 万梨亜はふるふると首を横に振った。

「フォンダートさんは、悪い事をする人なんかじゃない!」

「万梨亜はあの王子に魔法をかけられている。だからそんな事を言うのだ」

 捻り上げられた腕は開放されたが、じんじんと痛み動かす気にはなれなかった。万梨亜はぽろぽろと涙を零しながら、俯いた。

「私は、貴方が怖いです。何故そんな事を言うの……」

「何を今更。愛しているからだ、万梨亜を」

 愛という言葉を考えると、同時にジュリオの顔が脳裏に浮かぶ。途端胸が熱くなり、あの青い光が輝き始めた。

「万梨亜?」

 

 大島が万梨亜に手を伸ばすと、ばちっと雷のような衝撃が走った。大島はあの黒い男と同じように自分の両腕を押さえた。

「……魔力の石、か?」

 魔力の石? 何の事だろうと万梨亜は思いながら、拾った自分の服を持って後ずさりした。大島からあの赤黒い嫌なオーラが漂い始めたのだ。ひょっとすると、魔法をかけられているのは大島の方ではないのだろうか。

「相愛でなければその石は使えない。あの王子め、記憶がないくせに万梨亜を……」

 再び手を伸ばした大島は、震えている万梨亜の身体に後もう少しで触れるというところで、また青い光に弾かれた。

「おのれどういう事だ。万梨亜は私を愛しているはずなのに……っ!」

 大島が万梨亜に憤怒の形相で掴みかかろうとした時に、障子の向こうに人影が現れ、ほとほとと叩いた。それは空間がいきなり切り替わるような感覚で、お互いの光もオーラも一瞬で消え去った。

「玲様、カワサキハウスの川崎健三様がたずねていらっしゃいました。万梨亜様にお会いしたいとか」

「川崎社長が? 今は二十三時だぞ」

 先ほどまでの激情はどこへ行ったのかと思わせるほど、穏やかな声で大島は話す。万梨亜は腕のしびれがましになったので、大慌てで服を着て身だしなみを調えた。

「川崎様は、万梨亜様の親代わりの方でいらっしゃるそうですが……」

「……ああ、そうか。……そうだったな。わかった、お通しして」

「はい、では」

 障子が開き、数人の和服を着た使用人の女たちが、客を迎え入れられるように部屋をセッティングした。万梨亜は大島の隣に座らされる。再び二人きりになると大島がふいに万梨亜を抱き寄せて、首筋に唇を這わせた。さっきの青い光はまた出なくなってしまった。

「や……です」

「ついでだから挨拶をしておくよ。万梨亜と結婚したいって」

「だって、貴方には……あ……んん……」

「婚約はあくまでも婚約。いつでも破棄できる」

 大島の手が万梨亜の身体を弄んだ。感じたくないのに感じるのはどうしてなのだろうか。そうこうされているうちに再び使用人の足音が近づいてきたので、大島は万梨亜を離した。

「後でまたゆっくりと……、ね」

 耳元で囁かれても、万梨亜は返す気にはなれなかった。

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