ゲーム 第03話
引越し先の高校で、私は生まれ変わった。
朗のおかげだ。
友達も沢山できたし、楽しい三年間だったと思う。
中学の時の私のような子は誰一人として作らない主義の高校だったから、余計にそう思えたのかもしれない。
見違えるように明るくなった私を両親も朗も喜んだ。
大学にも進学できたし、大きな会社にも就職できた。
……でも。
どれだけ明るく見えていても、私は私。
やっぱり人嫌いで、男が特に嫌い……。
つんつんと桜子につつかれ、私は新入社員が挨拶に来ているのに気づかずにぼうっとしていた自分に気づいた。真新しいスーツを着た数名が、部長の隣に立っている。
「真ん中の宮下さんって人、いい感じじゃない? なんでも社長の息子さんらしいよ」
情報通の桜子が、こそこそと私に耳打ちした。いったいどこでそんな情報仕入れてくるんだか。未来のだんな様は知ってるのかなあ。
男になんて興味ないけど、仕事上の付き合いで顔ぐらいは覚えておこうと思って、そちらを見た私は驚愕した。
そこに居たのは、大人の男になった、広山君だった……。
「宮下優です。よろしくお願いします」
違う名前を名乗り、広山君は頭を下げた。皆拍手する中、私はそれすらできず、なんでここにいるのと思った。
ここはあの忌まわしい中学校があった県から、700キロは離れているのに……。
だれも過去の私を知らない土地に来たと思っていたのに、どうして。
広山君と一瞬目が合ったけど、彼の目には何の変化もなかった。
そうか、私は変わりすぎたもんね。
太り気味だった体型は痩せ型に変わったし、化粧もしてるし、長かった髪もショートだ。
あの暗い、林ゆきのはもうどこにもいない。
それにしても、どうして名前が違うんだろう?
「ラッキーだよね。秘書課のお姉さまがたなんか大騒ぎよ」
うれしそうに微笑みながら、桜子がお弁当を食べているのを前に、私はこの姿をやっぱり彼氏に見せたほうがいいのではなかろうかと思った。
「社長の息子なら、もう相手がいるんじゃないの?」
「これがいないらしいのよねー。ものすっごい固くて、難攻不落だって」
難攻不落って、城じゃあるまいし。あきれ返りながら私は食後のお茶をすすった。やっぱり日本人はお茶に限る。癒される……。
と思ってたら、ランチタイム終了とばかりに広山もとい、宮下君が食堂に入ってきた。情報部に配属されたらしく、理知的な人々と一緒だ。情報部の人員はなんというかお堅い人の塊で、また、ちょっと違う世界が漂っていて、猛者の女性社員たちは近寄れないらしい。
さすがに中学のときとは違うみたい。
あの頃は男女に囲まれてたもんね。
「ゆきのって本当に男に興味ないのね」
そちらを見ようともしない私に、半ばあきれるように桜子が言う。
「だからってレズじゃないよ私」
「そりゃ誰が見てもわかるって。でもさー、それだけきれいなんだからさー」
私がきれい? おかしくなって鼻で笑ってしまう」
「あんたまた笑う! せっかくカラーリング不要のきれいな髪に、これまたカラコン不要の茶色の目なのにさ」
「ただ色素が薄いだけでしょ。めずらしくないわよ」
「喧嘩売ってるようにしか聞こえないんだけど? どーせ黒目黒髪一般の日本人ですよ」
「私も日本人なんだけどね。よくハーフとか言われたけど」
そう、私は生粋の日本人なのに何故か色素が薄い。
今でこそもてはやされるけど、子供の頃は異分子扱いで大変だった。
特にあの中学三年では……。
私は嫌な思い出を甦らせてしまう存在と、一緒の部屋に居るのがつらくて、早々に食堂を出た。桜子も郵便局に行く用事があるらしい。
嫌だなあ。あのころの私を知っている人間が同じ会社に居るってのは……。
ジュースでも買って総務に帰るか。
自販機のジュースをどれにしようかと悩んでいると、背後に人が立った。
普段は込まないのにな。
手早くボタンを押し、私はカフェオレを手に取った。
「どうぞ」
振り向いてぎょっとした。後ろに立っていたのは宮下君だった。
「……ありがとう」
広山君そのものの声だ。私だとばれない内にそそくさと退散した。
心臓のどきどきがとまらないのは、過去を知っている人間にばらされたくないから。
それ以外に理由なんかない。
私はもう、絶対彼に泣かされたりなんかしない。
泣かされたりするもんか。