ゲーム 第05話
「えっと、こんばんは。話は……えっと、部署が違うから話はできなくてもあたりまえじゃ……」
「そういえばそうだね」
にっこりと笑う宮下君。
逃げたい。
どうにも胸に悪いから、この数週間できる限り避けてた。
さすがにここで逃げるのはまずいか。もともと情報部と総務は接点があんまりないから、避けるのは簡単だったけど、同じフロアにあるのにこの一ヶ月あまり会話ゼロというのは、やっぱり不可思議に思われてたんだ。
でもわかるもんだと思うけど……。
いじめられてた私が、その過去知ってる人間とつきあいたいわけない。
「うちの先輩が、林さんは仕事が早いし正確で助かるっていつもほめてるから、ずっと気になってたんだ」
「……ありがとうございます」
それって仕事をやる上では当たり前なんじゃと思いながらも、私は頭を下げた。
「この間も、とっさに文書作成してくれたでしょう?」
「あれはちゃんと原本があったからです。誰でもできますよ」
「骨組みはね。でも、あそこまで仕上げてくれるのは林さんだけだってみんな言ってた」
……ほめてくれるのはうれしいけど、なんだか気持ち悪いな。
その裏で何を言われてるのかわからないもん。
自分でも疑う性格って好きじゃないけど、表では人を褒めておいて、裏で散々けなしてる人を会社ではよく見かける。
小心者だから、そういうのって凄く気になるんだよね。
そこで宮下君が黙り込んだから、間が持てなくて、一応礼儀としてビールを注いでお酌した。宮下君は何かが喉に引っかかったような表情で礼を言う。
「あの……、さ」
何かを宮下君が言いかけた時、突然、反対側から出来上がった中村君が腰に抱きついてきた。
「ぎゃあっ」
「林さーんっ! 宮下ばかり構ってないで僕にも構ってくださいよー」
「いきなり抱きついてこないでよっ」
「だってー、なんだかくらくらしちゃってさあ。眠たいんですー」
「だったらすみっこで寝てたらいいでしょうっ」
腰にしがみついて離れない中村君に慌てる私を、中村君を取り囲んでたお姉さま&若い子たちが睨んでいる。冗談じゃないわよ。なんでそんなんふうに睨まれなきゃいけないのよっ。
「いいじゃないですかー。減るもんじゃないんだしー。林さんっていい匂いがするー」
「それはここの焼き鳥屋の匂いでしょ!」
必死に腕を引き剥がしてたら、お姉さまの一人が寄ってきて、言った。
「そうですよぉ。さあ、こっちで飲みましょうよ。宮下さんもご一緒に」
キャバ嬢もビックリの営業スマイルを浮かべるのは、秘書課の花形、岩佐さんだ。再びチャンス到来とばかりに他のお姉さま方が、宮下君と中村君を私から引き剥がした。二人には笑顔、私には「うぬぼれんじゃないわよ地味女が!」というど迫力の視線を突き刺しながら。
「二次会はどこへ行きましょうかー?」
「ここの近くにいいところがあるんですよ」
しっしとばかりに追い払われた私。
もっとも、私としては男二人を引き剥がしてくれたのはありがたい。
そろそろ宴もたけなわといった雰囲気になりつつあったので、これ幸いに会費を係りの人に手渡して座敷を抜けた。
ふう。
一滴もお酒が飲めない私には、酔っ払いの相手は苦行だわ。
桜子め。トイレのついでに早々に帰ってしまうなんてズルイ。
どーせフィアンセのほうが大事だからなんだろうけど、一人にしないでよもう。
せっかくの金曜日だからってねー。
私だって家でお料理したり、ドラマ観てるほうがいいわよ。なんでプライベートまで会社連中とって思うし。
素の自分に戻れる時間は沢山あったほうがいい。
階下のボタンを押して、開いたエレベーターに数人の人と入った。
ふわりと特有の浮遊感が気持ち悪いなと、目線をあげて変わっていく階の点灯表示を見ようとして、ぎょっとした。
何故か宮下君が居る。
なんで?
お姉さんたちや若い子と、まだ居るんじゃないの?
この目は見覚えがある。
あの、卒業式の時の挨拶の……。
なんか絶対に私に用事があるのはわかってるけど、こっちは話したい事なんてなんにもない。
視線がひたすら痛い。いったい何なの。
まさか、過去をばらしてやるとか言う気なんだろうか。
……逃げよう。
エレベーターが一階につき、そのまま私は駅に向かって走った。