ゲーム 第06話
待ってと声が追いかけてくる。
まだ午後10時だから駅前は人通りが多い。
その中で撒こうとするなんて、足が遅い私が、リレー選手だった彼を相手に明らかに無謀だった。
すぐに手をつかまれ、何故かビルの壁の陰に連れ込まれた。
逃げようとしても、肩を壁に押さえつけられ、手を掴まれた状態じゃ動けない。
宮下君の目は思いつめたような感じで、とても怖かった。
何なのこれ?
「なんで逃げるの?」
荒い息をつきながら宮下君が言う。そんなのわかりきってるでしょう?
貴方たちがしたことが、たった10年ぐらいで消えるわけがない。
傷は小さくなっても、その分何故か痛みが増してくるんだから。
その原因の人間が傍に居るなんて我慢できるわけない。
そう言えればいいのに、もともと気が小さい私は言えない。
結局私は、過去を知る人間の前では普通に振舞えないのだ。
「お願いだから逃げないで」
苦しくて辛いのは私のほうなのに、どうして宮下君が辛そうな顔をするのよ。
そんなのおかしい。
走って乱れた息が収まってきて、なんとか口が聞けるようになった私は、それでもどこか手先が冷えるのを感じながら言った。
「歓迎会の主役が……抜けていいの?」
「もう終わりだよ。皆帰り支度してた」
「…………」
「だから、林さんと帰ろうと思ったら逃げるから」
「は?」
なんで私と帰るって話になるの? どうしてそんな口が聞けるのか意味不明すぎる。
「秘書課の方がいらっしゃるでしょ……」
肩を掴む手は離れたけど、手は掴まれたままだった。暗がりの場に居るせいで、通りの人々は私たちに注目することなく通り過ぎていく。
かすかな灯りに浮かび上がる宮下君は、広山君の面影が濃いままなのに。
「おれは、林さんと話がずっとしたかったんだ」
何を話すというの?
「ずっと気になってたんだ。職場で会った時から」
真剣な顔で言う宮下君。
なんかおかしい。
まるで初対面みたいじゃない。
それとも忘れてる?
「……職場って。違うでしょ」
「違わない。初対面だ」
初対面って……。
記憶にすら残らないことだったっての?
人を傷つける最低のゲームを仕掛けておいて?
こっちはトラウマにいまだに苦しんでるのに?
ふざけんな!
ぐわっと怒りがわいてきて怒鳴ろうとしたけど、ふざける色などかけらもない宮下君を見て口をつぐんだ。
どう見ても、忘れてたとかいじわるとかそういうふうではない。
……ひょっとして、宮下君と広山君は別人なの?
私はごくりとつばを飲み込んだ。
「……あの、中学はどこでした?」
「ここの地元だけど?」
「あの、京都ではなくて?」
「京都じゃないよ、東京だよ」
「…………」
うそではなさそうだ。宮下君は、訝し気に目を細めた。
「広山君じゃ……ないの?」
「親戚に広山はいるけど? 同じ年で男の従弟」
「名前……」
「ああ、同じなんだ。顔もよく似てて間違われるけど?」
「…………」
「ひょっとして間違われてた?」
思いっきり間違ってたよ! 気まずくなってうつむく私を見て、宮下君はおかしそうに吹き出した。
「そっか、あいつと間違ってたんだ。妙に避けられてるから、気になってたんだ。あいついろいろトラブルが多くてさ。なんか関係あるのかなって思ってた」
「……そう……なんですか。あの」
「あいつはずっと京都に住んでるよ。高校も大学も仕事先もそこ。東京には居ない」
……おかしそうに笑い続ける宮下君を前に、一ヶ月近くも別人を避けていた自分が情けなくなった。
ま、間抜けすぎる……。