清らかな手 第2部 第03話

 恋人の目が虹色に染まるのを見て、フレディはひどく興奮してベッドに押し倒し、その白い首筋に顔を埋めた。背中を抱きしめてくるその両腕がうれしくて、くすくす笑いあいながらキスを重ね、お互いの服を脱がせていく……。

『フレディ……、早く……来てくれ』

 けぶる美しい笑顔に、フレディの欲望はつのっていく。

「アウグスト」

 自分の声でフレディは目覚め、ぎょっとして身体中を強張らせた。大きなベッドの上で四方に縛り付けられていて動けない。

「さすがですね。まだ数分です」

 ベッドの脇の椅子に座っていた高野が、時計を見ながら言った。

「何の冗談だ。拷問なら焼き鏝するとか歯を抜くとかあるだろう!」

「流血は嫌いです。それに、やりたがる人間はここにはいませんよ」

「俺はやってない! やってないから拷問など無駄なんだっ」

 フレディの叫びなど高野は聞いていない。高野はハサミを持ってベッドに上がってきて、フレディの上に馬乗りになった。社長の貴明のベッドはかなり広く、大人三人ひろびろと眠れそうな広さだった。その中心に天蓋の柱から伸びる縄で両手両足を縛られたフレディが居る。

 ハサミの刃がジャキジャキと白のワイシャツを刻んでいき、下に着ていたシャツも切られ、見る見る上半身がはだけていった。

「止めろ! 止めろと言っているのにっ。くそ」

 なんとか手足に巻きつく縄を解こうとフレディはもがいたが、その部分が痛くなるばかりで一向に解ける気配は無い。

「この前も思いましたがいい身体してますよね。ああ、年は同じだから敬語はおかしいか。でもこの方が貴方は感じるのかな」

「うるさいっ! そのハサミで胸を突くなり首を突くなりしたらいいだろうがっ」

「駄目ですよそんな事は命令されてませんから」

「会社を売ったり社長を殺そうとしたんだ! 組織ならとっくにあの世行きだ」

 胸を撫で回してくる手が不快で、フレディは声を張り上げてもがいた。みるみる汗ばんでくるその肌を高野に口づけられ、首筋まで猫のように舐め上げられていく。

「早く殺せよっ。そうだ、俺は組織に書類を流したっ。社長を殺そうとしたっ……、あ、ぐあ……ひっ……」

 高野に胸の先を噛まれ、フレディは身体を震わせた。

「あっさりと口にされる自供なんて信用できませんねえ。用意されたうそだって丸わかりです。明後日の朝までたっぷり時間はあるのだから、そんなに急ぐ必要もありませんよ」

「うそなんかじゃない!」

 眼鏡を外してサイドテーブルに置くと、高野がにっこり笑う。フレディがその顔を見たら予想外に端正な顔つきに気付けただろうが、今の彼は手足をばたつかせて逃げ出そうと必死だった。

「思ったより落ち着きがないんですね」

「あ……あぁっ……」

 胸の先を舐めしゃぶられるとえも言われぬ快感が走り、唾液の音さえもフレディを犯して狂わせていく。スラックスにもハサミが入り、見る間に股間が無防備にさらされていった。

 ざくざくに切られた服の上で横臥するフレディの身体は、存分に高野の目を楽しませた。社長の貴明とは反対で着太りするらしく、服の下の身体はほっそりしている。高野はこういうタイプが好みだった。しかも珍しい事に全く毛深くなく、雅明と同じような体質だと思われた。しかし、これは当の本人達には悩みのタネだった。

「貴方は外見は強そうに見せて実はかなり弱い。雅明様とは真逆ですね……」

「やめ……っ……やっ……、嫌だ。嫌だっ」

「そんなに暴れると縛られているところから、血が出ますよ」

「男になんか触られたくないっ」

「雅明様も男だったはずですが……」

 いやらしく撫で回す高野の手に感じたくも無い快感が高まる。上気した顔でフレディは高野の顔に唾液を吐いた。

「雅明は特別だ。お前などに触らせる身体は無いっ」

 高野は頬に流れた唾液を指で拭き、赤い舌で舐めるとにやりと笑った。そして睨みつけるフレディの下半身へ指を下ろして、いつぞやの夜のように萎えたままのそれを力任せに握りしめる。

「あぁああああっ……やめっ」

「思う存分触って嬲ってあげますよ。雅明様しか知らないようですからね。何、抱かれる側も悪くないです。雅明様、気持ちよさそうだったでしょう? 貴方に抱かれている時は……」

「あっ……あっ……もう……」

「いい声が出るじゃないですか。アレクサンデルとやらも見る目が無い」

 生理的な涙を流したフレディは、その涙を高野に舐められた。急所を潰される寸前まで握られたせいでもう力が入らない。首の後ろに束ねてある金髪も高野に解かれてしまい、そのうねりの中で高野を受け入れるしかなかった。

(嫌だっ。こうなる前に………………のに! ……アウグスト…………)

 服を脱いだ高野が圧し掛かってくる現実が辛くて、フレディは固く目を閉じた。

『あのパウルという奴、少しは好きだったのか?』

『……は?』

 雅明が目を丸くして不貞腐れているフレディを見上げた。フレディはベッドに横たわったままの雅明をじっと見下ろしている。その目は不安に揺れていて母親からはぐれた子猫のようだった。

『……そうだな。まあ、真剣に私を愛していたとは思うよ。憎くはないし恨みも無いよあいつにはね。可哀相な奴っていう印象かな……ふふ』

『俺だってアウグストを真剣に愛してる』

『うん、わかってるよ』

 雅明の手が伸びてフレディの頬を優しく撫でた。もう女と見分けがつかないほどの華奢な指先に、フレディは泣きそうになるのを耐える。もう雅明は長くない。持って数日だと分かっている。だから抱きたいとは思わない。もっと、もっと話していたい。このおだやかな時間を少しでも味わっていたい……。

『癪だな。あいつの方が先にアウグストに逢えるなんて』

 フレディは雅明に覆い被さって雅明の小さな耳に口付けた。くっと下の雅明が笑う。

『大丈夫だよ。ちゃんと待っていてやるから……』

『ああ』

 ゆっくりと唇を重ね、舌を絡めあった。力が入らない雅明が震える手でフレディの背中を抱き寄せてきたので、フレディは思い切り雅明を抱きしめ返してやった。この温かさを感じる事が出来るのはあと何日だろう。

『アウグスト、もっと俺のそばに……』

『馬鹿だな。いつだってそばにいるよ。死んだって私の心はお前のものなんだ。変わらない。なあ……フレディ。約束してくれるか?』

『何を?』

『私を忘れたくなるような恋愛はしないで欲しいね。私はいつだって、どこだって、永遠にお前の中に居たいんだから……』

 虹色に染まる目がフレディを妖しく誘う。それはまさしく雅明の嫉妬であり、フレディにとっては喜びだった。

「あ、アっ……!」

 巧みに肉棒をさすられたフレディは、なす術も無くそのまま射精した。ドロドロと白濁を流しながら身体中をびくびくさせているその姿は、高野を満足させるものだった。口から唾液を流して喘いでいるフレディに顔を寄せ、高野が言う。

「ねえ、私が始めて貴方を見たのは、アレクサンデルとやらの陵辱映像サイトなんですよ」

「ひ……あああっ」

 白濁の蜜のぬめりを利用した高野の指が、アヌスへ一本埋め込まれていく。誰にも触られた事の無い部分を犯され、例えようの無い不快感と痛みがフレディを苛んだ。しかし、何故か縄を引きちぎる事を諦めた手足は、官能の甘さに疼いてさらにフレディを性の地獄に突き落とす。

「雅明様をね……貴方が抱いていたんです。確かにあの方は美しい。でも、私の目は貴方にくぎ付けだった」

「んあァっ……く……ああ!」

 こりこりと胸の先を爪で擦られると、足の先まで蕩けそうになる。さっき出したばかりだと言うのに肉棒がまた固く立ち上がり、蜜を滲ませ始めた。高野がそれに興奮して荒い息を吐く。

「愛おしくてたまらないという目で、貴方は雅明様を貫いてめちゃくちゃにしていたでしょう? あの映像……私のパソコンにダウンロードしてあるんです。なんとかして貴方を私のものにできないか、あの時はそればかりを考えていた。この青い目を……」

 睫に包まれているフレディの目に、高野の唇が触れた。

「この青い目に私を映して、欲にまみれた目で見て欲しいとね。日本へ貴方が来た時どれほどうれしかったか!」

「……っく……。はァ……ふっ……ぐ」

 アヌスで蠢く指がついに快感の源を探り当てた。そこを執拗に擦られたフレディは、だんちがいの甘い痺れに狂おしく腰を揺らせ、固く屹立した肉棒からさらに蜜を零した。先程までの抵抗はほぼ鳴りを潜め、甘露を滲ませた青い目が高野を見つめ返し、やっとだと高野は打ち震えるような喜びに包まれる。

「これだっ、これを私は……ああ!」

 もどがし気にフレディの両足を縛っている縄を切り、その太腿を高野は抱えた。そして一気に自分の肉棒でフレディのアヌスを貫く。

「あああっ……ンあっ……あァ!」

「たまらない……ああ……」

 粘膜が擦れ合うあまりの心地よさに、挿れてすぐ高野が射精した。みるみるそれはまだ十分にほぐれていないアヌスを満たして、ぬるぬるとフレディを刺激する。愉悦に震えているフレディにむさぼるようなキスが襲い掛かり、フレディの思考は真っ白に染め上げられていった。

「んんっ……ん、んふ……ふ……ううん……ン……」

 激しいのに蕩けるようなキスの間に、挿れられたままの肉棒は再び硬度を増していく。そしてそのままフレディを揺さぶり始めた。今度は前立腺を執拗に擦られて、断続的に意識が飛ぶような快感が襲い掛かってきた。

「ひいっ……あああっ……ああ……、ゆる……しっ……あァ!」

「いいでしょう? たまらないでしょう」

「ぐううっ……あ、あ、ああっ……んンっ……」

 高野から汗が滴り落ち、その軽い刺激でさえフレディは敏感に反応した。今の彼を支配しているのは高野が与えてくれる肉の喜び。熱い肉棒の威力に完全にひれ伏したフレディは、両手の縄を切られてもシーツを握り締めるだけだった。

「愛しいフレディ。離しませんよ」

「ああっ……はあっ……」

「貴方が裏切る気配が無いのが……唯一の誤算でした。雅明っ……さまの……見る目は……っ確かだった」

「んんっ……ん……ン……ああっ」

 強くフレディを抱きしめると、高野は限界に達して二回目の射精をした。その熱さと疼きでフレディも自分の腹に白濁をたれ流していく。

「社長と私の罠に貴方は堕ちたんです」

「あ……あ…………」

「社長は貴方の頭脳が、私は貴方自身が欲しい……」

「や……」

 びくびくっと震えるフレディに唇を重ね、高野が何度も何度もフレディの金髪を梳くよう撫でた。優しい感触が懐かしくて、フレディは知らず知らずのうちに高野の身体に両腕を回してしがみ付いていた。

(……社長と……高野の罠? 私を手放さない…………? わからない、どうして……。駄目だ…………何も……考えられない……)

 フレディの手が、ぐしゃぐしゃのシーツの上にするりと落ちた。高野は眠ってしまったフレディの両手両足に手錠をかけると縄を結び直し、その身体に上掛けをかけた。

「すみませんが明後日……、ああ、もう明日か。明日までは見張らせてもらいますよ。愛しいフレディ」

 眠っているフレディの横に寝転がると、高野は照明を消した。

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