清らかな手 第2部 第10話

 藍の着物を着させられたフレディは、貴明の宿泊する部屋で完全に酒気に飲み込まれていた。ずらりと並べられた酒瓶に、陽気に酒を飲む貴明と高野。酒に余り強くないフレディは二人が飲んでいるのを見るだけで泥酔しそうだ。

「おいフレディ。今日のお役目は終了なんだから羽目をはずしたって構わないんだぞ?」

「……そういうわけにはいきません」

「まったくお前は。気持ちよく酔いたいのに素面の人間がいると興ざめなんだよなあ」

「それなら室長とお飲みになればいい。俺はもう部屋に帰ります」

 ソファから立ち上がろうとしたのに、隣に座っている高野の手がそれを阻んだ。

「ひょっとしてお酒に弱いとか?」

 図星を指されフレディは一瞬言葉が詰まった。でもなるべくそ知らぬ風をフレディは装う。

「……あんたらに比べたら大抵の人間は弱い。とにかくもう今日は勘弁してください」

「フレディ」

 高野の腕が腰に回されフレディは露骨に顔をにしかめる。引き剥がそうにもがっちりと回された腕はびくともしない。それを見て向こう側の貴明が愉快そうに笑った。

「はははっ。わかったわかった。フレディ、お前は高野といちゃつきたいから早く部屋に戻りたいんだな? いいだろう早く行け」

「なっ……そんなわけないだろう!」

 この男のこの種のからかいが真面目なフレディは大嫌いだ。しかし、睨みつけても貴明はどこへ吹く風で、さらにとんでもない事を口にした。

「高野。そいつ、さっそく他の男に目をつけられてたんだぞ」

 高野をとりまく空気が一気に氷点下に下がった。

「それはそれは……、その男の名前は?」

 また猫を撫でるように頬を撫でられる。

「新田幹夫、ふふ、あいつは美しい男が大好きだからね」

「やはり私が行くべきでしたか」

「どうかな。最近あの男は金髪に趣向変えしたらしいよ」

 自分の投げ込んだ毒薬が効きだしたので満足したのか、貴明はスコッチをどぼどぼと自分のグラスに注いであおった。

「その割には、社長の周りに新田さんの気配は無い」

「当然だろ? 僕に欲情する男なんているわけない。僕の中に女の部分なんてないんだから……、ねえフレディ?」

 貴明は空になった自分のグラスに再びスコッチを並々に注ぎ、それをフレディの前に突き出した。これを飲めというのか。

 フレディがグラスを取らないので高野が代わりに受け取り、フレディの口元に寄せてきた。二日酔いにはならないだろうが今この場では確実に酔う量で、フレディは顔を横に背けた。日本人はどうして部下に酒を強要するのだろう。

「……俺だって女なんかじゃない」

「女だよ。だから高野に抱かれたりするんだろ」

「それはこの男が勝手にっ」

 言いかけてフレディは口を噤んだ。いけない、このまま食って掛かってもこの男を喜ばせるだけだ。

「……とにかく俺はゲイじゃない。いい加減にしてくれ」

 貴明はソファの肘掛に頬杖をついてニヤニヤ笑う。

「高野の腕の中で歓んでたのに?」

「お前は! ……うっ」

 酒のグラスが口に当てられ、フレディはそのまま酒を飲む羽目になった。酒が喉に焼け付き、身体がかっと熱くなっていく。最近ずっと真面目に仕事をして疲れがたまっていた身体は、あっという間に酒の酩酊に浸されてしまう。

 高野の胸の中でくたりとしたフレディを見て、貴明は首を傾げた。

「……こいつ、こんなに酒に弱かったか?」

「社長はご存じないようですね。この男、いつも飲む振りをして服に流し込んでいました」

「へー……。なんでそんな事を知っている?」

「脱がせておりますから」

 高野に抱き上げられて部屋を出て行くフレディを見て、貴明は最大の惚気を聞かされた気分になって、大きなため息をついた。

 

 深夜。

「はあっ……はあっ……ああっあ!」

 奥深くまで埋め込まれた高野のモノが、フレディを狂わせていた。藍の着物は花が咲いたように開き、帯が床に蛇のように落ちている。その横には彼がこぼした蜜がボトボトと落ちて水溜りを作っていた。

 壁に手を突いて、後ろからの刺激にフレディは必死に耐えている。肌蹴た着物を押し広げるように、背後から高野の両手がフレディの身体を抱えながら、せわしなく愛撫を繰り返す。

「いいっ……ああ! ああ! た……」

 よがる声には蕩けるような愉悦が多分に含まれていて、それが高野の官能を高ぶらせてしまったらしい、さらに腰の動きが激しくなった。

「ああああっ……いっ……あああ! く……あ」

「……本当に……貴方と言う人は……私を狂わせてくれる……っ」

「あぁっ……ンぁっ……、それ……やあああっ」

 高野の手が、フレディの尖った胸の先を何度もしつこく撫でては摘む。フレディの耳も頬も首も肩も、高野が舐め続けているせいでべちゃべちゃに濡れていた。

「甘くて……、たまらない」

「ひあっ、ひ……あ、許してっ……も……あああ!」

 立ち上がってギチギチになっている鈴口にぐりぐりと爪を立てられ、フレディは気が狂ったように喚いた。蕩けきった身体はその刺激になす術も無く力を失い、高野によって床にうつぶせにされていった。フレディは荒い息を吐きながら高野に懇願する。

「もう……駄目だ。もう……眠りたい……」

「嘘を言わないで下さい。まだ大丈夫だ」

 しばらく動かなかった高野が、お尻を高く上げてへばっているフレディを再び攻め始める。

「あああっ……たか……のおっ!」

 上から抱きつかれながら激しく抜き差しされ、フレディは逃れようともがいた。涙でぐちゃぐちゃの頬にまた高野の唇が吸い付く。

「乱れなさい……っ」

「ああっ……ああっ……ああっ……いいっ」

 ガリガリとつめたい床をひっかいても、フレディは何も掴めない。ピンで止められた蝶の様に高野に奥深くまでしっかりと埋め込まれ、突き上げられ、いいように翻弄される。

「フレディっ……ああ、フレディ」

 高野も愉悦に耐えかねているのか、耳元で囁く声が妙に甘く掠れていた。それがますますフレディを燃え上がらせる。ほとんど服としての機能を果たしていない藍の着物の乱れた裾に顔を埋め、フレディは何度も顔を横に振った。さらさらと解かれた髪が床に流れていく。

 こんなに気持ちがいいのは何故なのだろう。

「……んんっ……あ……あっ……高野っ……!」

「ああ……いいです。貴方の中はいつも熱くて……締め付けが抜群で……」

 高野の膝の上に抱き上げられたかと思うと、ぐいと深く穿たれ、密着した腰がそのままグラインドする。

「うああああっ……あああああ!」

 ズチュズチュと卑猥な音を立てながら、また高野の腰がフレディを攻め立てる。

「いいでしょう? 私の物に塗った酒が貴方の中に入って……おいしいでしょう?」

「いいっ……ああっ……はあぁっ」

 口の端から流れる唾液を、高野の舌が背後から舐め取る。ぐしゃぐしゃになった着物が高野の腰の激しさに衣擦れの音を高ぶらせた。

「……いいですかっ……忘れないで下さい。貴方には私だけです……っ」

「わ……かて……る。だから……だっ……も、許し……」

 フレディは、自分で何を口にしているのかわかっているのか? と、自分で口にしておきながら高野は思った。フレディの心に自分は少しは入り込めているのだろうか。この男は身体はぐちゃぐちゃに蕩かせる事が出来ても、心は堅固でなかなか動かない。

「仕方ない人ですね。もう少し我慢して……みてくださいよ。さっきから……貴方ばっかりイってしまって……」

「んんっ……ああっ……ぁンっ……いあああっ」

 高野がイかないまま、またフレディだけが絶頂に達した。

しばらくフレディはがくがくと身体を震わせ、抱きしめている高野の胸の中で淫らにうごめいていたが、やがて眠りに落ちた。高野は情交の余韻を楽しんでいたかったが、そのままでは風邪を引いてしまうため、フレディを抱き上げてバスルームに入った。そして眠っているフレディにシャワーの湯をかけ、優しい手つきで綺麗に洗い上げていく。

「ん……」

 フレディの睫が僅かに震えた。しかし深い眠りに入ったようで、高野が耳をすませても、フレディは静かな呼吸を繰り返すだけだった。

 翌日、フレディは何とか貴明が起きる前に起床する事ができたが、身体に力が入らない状態だった。平然としてテーブルで新聞を広げている高野に、文句の一つも言いたくなる。

「……お前、ちょっとは加減しろよ」

「私は一応貴方の上司なんですが。ひどい言葉遣いですね」

「それなら上司らしく振舞って欲しいものだ。日本では上司が部下の体調を思いやらないのか?」

 高野はそれには答えず、パソコンに何かを打ち込み始めた。フレディはそれを横目にネクタイを締め、社長の貴明を起こすために部屋を出た。貴明は最上階のスイートに宿泊している。

 エレベーターのボタンを押し、フレディは気分を一新しようと深呼吸した。プライベートと仕事は別にしなければいけない……。

 一階から上がってきたエレベーターはどの階にも止まらず、フレディの階までまっすぐに上がってくるようだ。まだ午前六時だ、宿泊客が起きるには早すぎるのだろう。エレベーターの階数表示板にフレディの階が表示され、エレベーターの扉が開いた。

「…………っ!」

 一瞬でフレディの身体中の毛が逆立った。エレベーターに乗っていたのは、フレディの敵とも雅明の敵とも言える人物。

「やあ、久しぶりだな……フレディ」

 黒の剣のボス、トビアスが壁にもたれて微笑んでいた。

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