清らかな手 第2部 第17話
再び戻ったフレディの部屋は相変わらずの暴風雨で、ガラスを叩く雨音が喧しいほどだ。イヴィハイトによって落とされたブレーカーは、トビアスの部下が元に戻していたので、部屋の中は照明で明るかった。
トビアスがフレディをベッドに寝かせている間、純はカメラの四角になっている床板を剥がした。そこには数種類の武器が入っている木箱とネズミ数匹が居た。
「フレディ気の毒。最初から裏切られてたのにさー。ネズミ気持ち悪ーい」
「おそらく最初からフレディも信用しちゃいなかったろうさ。フレディはただ、佐藤グループの誰かに自分の状況を伝えて欲しかっただけだろう、あと、私の正体を知るために……」
「……正体って」
純はハッとした。フレディの目が痙攣し、ゆっくり開かれていく……。
そのフレディに向かって、トビアスが自分の顎に指を掛け、バリバリとその皮膚を剥がしていく。不思議な事に吹き出る血もなければ、むき出しの筋肉も見えない。それを目にしたフレディの顔に驚愕が走った。
「お前……!」
「やあ……フレディ。私を殺したかったそうだね?」
スタンガンを押し当てられた腰が痛み、フレディは顔を歪めた。だがそんな事はどうでもいい。これは一体誰だ。いや知っている。この顔は知っている。刑務所時代に所作を嫌というほど教えてくれた、あの男だ……。
「……トビアス! お前だったのか……あの時の…………S775番は!」
フレディと年がさほど変わらない、目の前の西欧人はにやりと笑った。
「今頃気づいたのか? 本物の新田を見て初めて偽者の私に気づくなど、遅すぎる。紅梅会からずっと私は新田になっていた。エレベーターではお前を騙すためにお前が知っている私に化けたがな。……まあ仕方ない、師を越えようとする野望がお前にはなかった。変装を教えたのも私だからな」
「くそっ……!」
起き上がって飛び掛ろうとしたフレディは、難なくトビアスにベッドへ取り押さえられた。最悪な事に、スタンガンの衝撃がまだ身体中に残っている。フレディは目に憎しみの怒りを湛えて、せせら笑うトビアスを罵った。
「殺してやる! お前のせいで……っ」
「お前には無理だ。純、例のものを」
「わかったー」
純が部屋を出て行った後、フレディは渾身の力を込めてトビアスを押しのけようとしたが、自分が疲れるばかりで歯が立たない。
「あまり体力は使わないほうがいいぞ」
「黙れ!」
やがて純が戻ってきた。純は薬液が入っている小瓶と注射器を一本載せたトレイをベッド脇のサイドテーブルに置き、トビアスに替わってフレディの手首を押さえつけた。
一方トビアスは小瓶から薬液を注射器に入れ、フレディの身体に馬乗りになった。
「離せっ……何をする! それは何だ!」
「……そう暴れるな。すぐに気持ちよくなる……」
手首が消毒され、ちくりとする痛みと共に注射針がゆっくりと入り込んでいく。
「止めろっ!」
フレディの制止は聞き入れられず、ゆっくりと液体は注射された。もがいていたフレディは段々と身体の力が抜けていくのを感じ、懸命に身体を動かそうとした。しかしそれさえもおっくうになるほど、身体はだるくなっていく……。
大人しくなったフレディに、純がはしゃいだ。
「うわお、すっごい効き目! 今まで食事に入れてたのとぜんぜん違うっ」
「あれは合法ドラッグ。これは違法中の違法ドラッグ、6yhだからな……」
雅明を地獄へ突き落とした麻薬を打たれたのだ。満足げに笑うトビアスの顔がフレディに近づいて、唇が重なった。嫌がるフレディを無視して、トビアスはねっとりと何度もフレディの舌や唇を舐めながら吸い付いて楽しむ。
「僕、今日は部屋に帰ったほうがいい? 旦那様」
キスを途中で止めたトビアスは、顔を赤くしている純に振り向いた。
「そうしてくれ。あと、佐藤グループからあの秘書が来るかもしれん。警戒を続けるように部下どもに伝えて欲しい」
「伝えとくよ。じゃあどうぞ楽しんでください」
ぱたんとドアが閉まる。フレディは心の中でぎりぎりと歯軋りをした。今ならこの男を殺す事が出来るのに、できない。雅明の泣いていた顔が何度も浮かぶ。震えながらうごめくフレディの両手の指にトビアスの指が絡み、フレディの顔の横のシーツに沈んだ。
「……純から聞いたろう? お前は私とドイツへ帰るんだ」
「誰が……っ!」
「お前は、お前を愛している私の傍にこれからずっと居るんだ」
「ふざっ……けるな!」
トビアスの指がフレディのシャツの前ボタンをはだけ、その口が小さく顔を覗かせた花に吸い付く。むず痒い感覚に、びくんとフレディの身体が震えた。
「ああ……っ」
すぐに立ち上がった乳首をトビアスが指で摘んでは押し、舐めて吸い付いた。走り抜けるくすぐったい快感に、下半身へ熱が集中していく。
「あっ……あっ……ふあ……ん……んン……あああっ」
唾液で濡れ光っている乳首から口を離し、銀の糸を引きながらトビアスが言った。
「この6yhの威力は知っているだろう? やはり法律で許されていない麻薬は効果覿面でいい。分量次第ではあっという間に廃人という素晴らしさだ」
ドプドプと香油が無防備にされた股間にたらされ、ヌプっと淫靡な音を立てながらトビアスの指が二本アヌスに飲み込まれていった。数週間で完全に女にされている為、解すのに時間はまったくかからない。
「はうううっ……ああああ……あっあっ」
悦楽の源をぐにぐにと内部で刺激され、フレディの腰がまた男を求めだして揺れる。汗を全身から滲ませながら、その身体はさらなる愛撫を求めて淫気を発散し、トビアスを嗜虐に駆らせた。
「可愛いものだなあ……、くくく。この身体をアウグストに奪われたとわかった時は、気が狂うかと思ったよ。あの淫売男め、さっさと売られて消えてしまえばよかったものを、いつまでもお前にまとわり付きおって」
「あう……ん……はあああんっ……ああ! あは……」
アヌスはもう三本の指を咥えている。トビアスの指は前立腺を絶えず刺激し、フレディをとろとろに溶かして酔わせていく……。
「頃合か」
指が引き抜かれ、熱くたぎったトビアスの肉棒がアヌスに押し付けられた。
「ひっ……あああぁ!」
トビアスの肉棒がみちみちとアヌスを広げて行き、いつまで経っても慣れないその感覚にフレディは呼吸が出来ず喘いだ。根元までしっかり納め、トビアスがフレディのために動きを止める。やがて肩で大きく呼吸するフレディは座位で抱き上げられ、背中を何度も撫でられた。
「私はアウグストが憎かった。だからお前達を引き裂こうと躍起になったんだ」
(この男は何を言っている?)
「お前にほとんど休みをやらず、すぐに次の任務に向かわせたのはそれだ。アンネに好き放題をさせたのは、早くあいつに消えて欲しかったからだ。再度アレクサンデルの元へあの男が行った時は大喜びだった。死んだ時もせいせいした、やっとお前を私の物にできると」
(私は誰のものでもない)
「もう十分だろう? 私と一緒にドイツへ戻るんだ。お前が望むのならお前を不幸にした家族を全員葬ってやる。なんなら一人づつ拷問にかけてなぶり殺しにしてもいい」
(私に家族なんかいない)
快楽の毒に浸されながらもトビアスを殺そうとして、フレディはその首に震える両手を掛ける。しかし動悸が激しくなるばかりで締める力が出ず、力は抜けていく一方だった。程なくして、フレディの両腕はトビアスの腕の横を滑り落ちた。
「力が出ないだろう。それはさらに進化している6yhだ。いろんな毒薬に慣れているお前でも効果的らしい」
「は……ああ」
力尽きたフレディはトビアスの胸の中に倒れこんだ。心臓の鼓動がうるさく鳴り響き、今にも胸を突き破りそうだ。6yhの効果で、異様に熱い、疼くような悦楽が汗ばむ身体を駆け巡りだす。
そのままベッドに仰向けに倒され、フレディは両手首に銀の手錠をガチャリと掛けられた。無抵抗のフレディの目に、トビアスの情欲に濡れた目が鬼火のように揺れているのが見える。
「フレディ、お前に今まで味わった事のない歓びを与えてやろう」
暴風雨が一層激しい雨を、窓ガラスに叩き付けた……。