清らかな手 第2部 第18話
「ねえねえ、お熱い中悪いんだけどお知らせがはいりますよー」
「手短に言え」
ぐしゃぐしゃに乱れたベッドの上で、フレディはトビアスの膝の上に乗せられ、抱きしめられながら犯されていた。右手が腰を抱え、左手が立ち上がっているフレディの肉棒を容赦なく扱いている。
「っあっ……はあっ……あ……」
「例のハゲが、見慣れないジムニーとあのオンボロ山小屋に入ったってさー」
「ふん、手下が殺されて慌てて来たか」
「馬鹿だよねあのハゲのおっさん。こっちが泳がせてたの知らないんだからさー」
純は小悪魔のようにくすくす笑いながら、快楽に蕩かされて霞んだ目で宙を見ているフレディの顔を覗きこんだ。
「いいなあ。気持ちよさそー」
「もうさっきからあえぎ声しかあげてない……」
実際その通りで、もう何かを話そうとは思えないほど全身が蕩けきっている。奥深くに突き上げてくる熱い肉棒がたまらない、身体中を撫で回す手も、吸い付く唇も、少し触れられただけで身体は敏感に反応を返してしまう。
「ああっああっ……も……あああっ」
更なる甘美を求めて動く腰が止められない。それは、アレクサンデルの館の陵辱の再現だった。ただ犯される役者が雅明からフレディに、犯す役者がアレクサンデルからトビアスに変わっただけだ。
「それで他に何かあるのか」
「ちょっとね……、ねえ、僕ここにいちゃ駄目?」
子供のように上目遣いで純がトビアスを見る。ぐいぐい腰を容赦なく動かしてフレディを犯しながら、トビアスは小さく笑った。
「いいだろう。見物人が居たほうがフレディもうれしいだろうし」
「やったね。ふふふーちょっとここ触ってあげるねー」
「あああああっ!!!」
ぷっくり赤く膨らんでいる乳首が抓られ、いつもの何倍かの電流が走った。トビアスからの突き上げはさらに激しくなり、力が抜けた人形のようにフレディはトビアスの上で踊っているしかない。
「はあんっ……んんっ……あっあっ」
粘りつく音が激しい動きに抗議するようにさっきからやまない。グチョグチョに精液と香油が入り混じった液体が、二人の下半身を濡らしている。それでなくとも二人とも汗で体中が濡れていた。
涙が止まらないフレディの眦に、純が聖母のような顔でキスが降とす。
「いいでしょ……、トビアスは」
「いいっ! ああっ! ああっ! あああっ」
意識は朦朧としているのに、官能だけは鋭敏になっていく。しびれるような快感が擦れあう粘膜から生まれ続け、ひょっとするとこの先自分一人で立てなくなるかもしれないという恐れが、心の底に生まれた。
殺してやりたい相手に自分はいいようにされている。その屈辱さえもが悦楽の一部になり、フレディはトビアスの腕の中で善がり続ける……。
「ああっ……くっ……ううううう」
激しい動きの末に、熱く固い肉棒がぎっちりとねじり込まれ、熱い白濁が勢い良く注ぎ込まれた。その白濁を潤滑油に前立腺を強く擦られて、フレディはヒクヒクとアヌスを痙攣させながらもトビアスを喰い締めてしまう。たちまちトビアスの肉棒は固さを取り戻し、激しい突き上げが再開された。
「あっ……やああ……も……あう……っ」
「……気持ちいいだろう?」
耳から注ぎ込まれるトビアスの音の熱が、下半身を直撃してフレディを屈服させようとする。抵抗しようにも、力が入らない両手に掛けられた銀の手錠が、音を立てながらトビアスの突き上げと共にと股間で揺れ、その指先が細かく震えるだけだ。
「ねえねえ、フレディを僕の中に入れちゃおっか?」
「いいかもしれんな……。前戯の必要もあるまい……」
フレディは、自分の上に純が跨ったのを見て怯えた。
「ふふふ……気持ちいいよー」
ゆっくりと純のアヌスの中に、フレディのものが埋め込まれていく。純の中は熱くうねりフレディを甘美に締め付けた。
「うぅっ……あぁあああーっ!」
二人に前後からめちゃくちゃに突き上げられながら、フレディはめくるめく甘い疼きで身体を震わせて二人を喜ばせた。傍から見る人間が居たら、とんでもない淫乱に思う事は間違いない。
トビアスにズンズン突き上げられながら、また乳首を両方ねじり込まれ、フレディは泣き喚いた。するとそのべちゃべちゃの唇に純の唇が重なる。
「ふぐ……うぐぅ……んっ……うんっ……ぐうう」
煽られたようにトビアスが肩に噛み付いてきた。
「ううううううっ!」
目の前が真っ白に染まりそうになる。フレディは官能に浸りながらも必死で理性にしがみ付く。
復讐を。この憎むべき男に復讐を……。
そう思っているのに、身体は思うように動かない。自分はやはり役立たずなのか……。
ふと、部屋の隅にフレディは人影を感じた。霞みまくった目が懐かしい男の姿を捉える。その男は銀色の髪に茶色の目で、フレディを悲しそうに見つめていた。
(アウグスト……、迎えに来てくれたのか。それなら何故そんなに悲しそうなんだ)
その人影に手を伸ばそうとしたが、フレディはどうする事もできず、そのまま暗い闇に堕ちていった。
雨がやっためたらに車のボディを叩きまくり、強風が高野の運転するジムニーを翻弄する。夜の九時を回っているため闇が深く、この暴風雨のせいでワイパーもライトも普段のような視界を高野に提供してくれない。おまけに晩秋の信州は、真冬の東京のように寒く、暖房を入れていても外から冷気が浸透してくる。
「……小さな日本なのに東京は晴れでこちらは大雨だ」
助手席で、ボディーガードの石倉が呟いた。
夕方の東京は晴れていたのだが、 関越自動車道、上信越自動車道を走行するうちにだんだんと雲が夜目にも増え、風が吹き出して雨が降り始めた。そして長野自動車道に入ると雨はどしゃぶりになり、安曇野インターを降りる頃には週末だというのに、この天候のせいで目に届く範囲で走る車はほんの数台という有様だった。
そして今、国道を走る車は二人の乗っているジムニーだけになっていた。もっともこの辺りは人家が余り見当たらない。
「貴方は付いて来なくても良かったんですよ」
巨体を揺らしながら石倉が笑った。
「筆頭秘書に死なれると困る。今の秘書課でお前の代わりを一人でできる奴がいないしな」
「別に死ぬ気はありません。秘書課の社員教育を最近放置していたのは認めますが」
相変わらずの高野に、石倉はつまらなそうに舌打ちした。
「お前相変わらず可愛げがねえな、あの金髪とはえらい違いだ。あっちは最初っから面白かった。雅明様にベタぼれのくせに他人の前では表情を隠すふり。自分の存在が迷惑になりそうだからと人嫌いのふり。あげくお前にヤラれてふにゃふにゃだろ? 社長には負けるが見てくれは俺達より遥かにいいから、あいつを狙ってたメイドどもがぶつぶつ言ってたぜ」
石倉はフレディをよく見ている。高野はそれが面白くない。いつだってフレディの事は自分が一番知っていると思っていたいのにと思う。
「……ミッドガルドを嫌っていたろうに」
「俺が奴を嫌っていたのは死にたがっていたからさ。命を粗末にする奴は嫌いでね」
「相手をよく知りもしないで、嫌うのはどうかと思いますよ」
「ある程度は知っているさ。お前が俺と同じ国の外人部隊の諜報員してた事と、あいつがマフィアもどきのトビアスって男に、付け狙われている事ぐらいはな」
「それはお互い様ですね」
山に囲まれている道を車は一台だけで進んでいく。これが国道かと呆れるほど道幅が狭い上、雨風の妨害が酷い為に、地図とナビが無ければどこを走っているのかわからない。
「それにしてもここは本当に日本なのかと疑いたくなるくらい、何にも無いな。タイムスリップで大昔に来たんじゃあるまいな」
「……そう思いたくなるくらい、真っ暗闇で何にもありませんね」
高野も石倉も東京の地理には詳しいが信州はあまり詳しくはない。だが二人とも、外国で戦っている時にはもっとひどい環境に置かれた事もあり、その件に関しては全く不安視していなかった。
「件の別荘までもうすぐだな」
石倉がナビに手を伸ばして、赤く点滅している場所を指でなぞった。イヴィハイトのネズミに仕掛けられている発信機が発信しているもので、距離は現在地から3キロほど先だ。
「……お前も社長もおかしいんじゃないか。あんなボロボロ引き止めて何考えてんだ」
「貴方にはボロボロでも、私と社長には貴重品ですよ」
「今頃廃人になってるかもな。得体のしれない新薬で」
高野は眉間にしわを刻んだが、すぐに消した。
「廃人になっても構いません。私は彼が愛おしいのですから。彼は彼であるだけでいい。社長は……、おそらく不遇な兄への償いなんでしょうがね」
「へえ、あの鬼がねえ」
唐突に高野はブレーキを踏んだ。急ブレーキだった為に雨の山道を走っていた車はスピンし、山の崖から落ちる一歩手前の路肩にかろうじて止まった。
「何をしやがる……っ」
石倉がその罵声を投げつけた相手は高野ではなかった。狭い山道の中で、前方からやってきた車がいきなり二人の車の行く手を阻んだのだ。その石倉を片腕を伸ばして押さえ、高野は低い声で言った。
「トビアスの手の者かもしれません」
高野も石倉も、そっと隠し持っている拳銃に手を触れた。違法だがそんなものは二人のように裏に精通している人間なら、いくらでも手に入る。しかし車からは誰も出てくる気配が無く、周囲も何の動きも無い。痺れを切らした高野は、挑発するようにクラクションを高らかに鳴らした。
しかし、それでも目の前の黒いアルファードは動かない。
「突っ込んだほうが良かったんじゃないか? 足止めか何かかも知れん」
「何を言ってるんです。本当に敵なら通行妨害などせず、手っ取り早く、しかし確実にこちらに突っ込んで、崖から横の青木湖へ突き落としますよ」
「……だよな」
青木湖はすり鉢のような湖底をしており水深はかなり深い。崖は30メートルほどあるようだった。二人とも泳ぎには自信があるが、真冬の様な寒さの中で湖に落ち、この崖を登る事になれば体力が大幅にダウンするだろう。冷えが容赦なく体温を奪い命の危険も出てくる。
攻撃に備えて二人が身構えていると、アルファードのドアが開けられ、運転手が傘を差して出てきた。どう見ても一般人にしか見えない運転手は、後部座席のドアをうやうやしく開け、出てきた人物に傘を差し出した。ひどい暴風雨は山の壁で弱まっていて、雨量は変わらないが風はほとんどなく、傘を差すことができるようだった。
雨の帳の中をゆっくりと歩いてきた人物の顔が、ジムニーのライトに照らし出され、高野はその見覚えのある顔に瞠目した。
「田端社長!」
はげ頭の男はその高野の声が聞こえたように、車の中に居る高野に向かってにっこりと笑う。出ようとする高野を抑えて石倉が車の外へ出て行った。二人で何やら話をして了解し合っている。石倉が車に戻るのと同時に、田端も自分のアルファードへ戻って行った。
「……田端社長はなんと?」
雨水を髪から滴らせながら助手席に座った石倉に、高野はタオルを差し出した。
「この道は、先に10人程待ち伏せている奴らがいるらしい。やっかいな武器を持っている連中だそうだ」
「そんな事を田端社長が?」
石倉が黙って頷いた。
他の人間なら高野は信じずにそのまま山道を登っていく所だったが、相手が田端だったので迷った。田端はいつも自分や貴明の良き理解者だったからである。しかし、何故田端がトビアスの仕掛けの事など知っているのか。それが高野を迷わせた原因だった。
「田端さんがトビアスと手を組んでいるという可能性は?」
「限りなくゼロだ。あの人の麻薬嫌いは有名だからな」
「では、何故武器や仕掛けまでわかるんです。あの人は一般人では……」
くっと石倉は笑い、肩をすくめた。
「……上には上が居るもんなんだよ。それが、俺が外人部隊を辞めた原因だ。お前もそうじゃないのか?」
「ノーコメントです」
「っち。マジお前可愛くねえわ。あの田端さん、あのにこにこ笑顔の下はとんでもなく深い、底なし沼みたいな腹黒さだぜ。裏の世界に精通してる事は確かだな」
「腹黒さで負けそうだから、田端さんを信用すると?」
投げつけられたタオルを受け取りながら、高野は前のアルファードを見た。
「馬鹿かお前は。可能性から取ったら、あのおっさんの言う事に一理あるから。それに罠だったとしても俺とお前なら食いちぎれるだろうからだ。トビアスって悪玉の居る所に近づいてるんだから、それなりのものが待ち受けてるのは間違いねえだろうが。どのみち俺達はこの辺で車を捨てる予定だったろ」
「それは否定しません」
「こちらの地理はトビアスの方が知ってる。だから俺達の行動も読んでるはずだ」
「ええ」
「だが、この辺の地主である田端さんの方が、遥かに詳しいはずだ……そうだろ?」
「田端さんが……?」
にやりと口元を歪めた石倉を一瞥した後、高野は前を向いた。アルファードのハザードランプが点灯している。自分に付いて来いという合図だ。
「この先にナビにも地図にも載ってない、細い山道がある。その奥に田端さんの小屋みたいな建物があるらしい」
「トビアスも知っているんじゃないですか」
「だからこそ、そこに田端さんは行くんだ。詳しい事はそこで本人から聞くんだな。あの人、お前の弟の高野純一の事に詳しそうだ」
高野はそれには答えず、アルファードに導かれるまま、かろうじて車一台が入れる道幅の舗装されていない山道に車を乗り入れた。こんな道は四輪駆動で無いととても入る勇気は出ない。雨風が生い茂る山林でまた弱まった。しかし落ち葉や、ところどころ突き出ている木の枝が運転を阻むようになった。
木の枝や石ころで、バウンドしたり上ったり下ったりしながら車は進み、10分ほどで粗末な山小屋のような建物の前に二台の車は到着した。