見つめないで 第01話

「ちっとも似てないわね……」

 丸聞こえのひそひそ声にうんざりする。

 そんなの貴方達に言われなくても、二十二年間一緒だった本人が一番良くわかっていますから。

 今日は双子の姉の千夏の結婚式。着慣れない振り袖を着て、好きじゃない華やかな場所でかなり居心地が悪い。

 意地悪な叔母が、私達姉妹「二人に」と持ってきたお見合い。相手の岩崎周一郎さんは、とある企業の専務のご子息で優良株との話だった。両親はとても喜んで早速「姉」とお見合いをさせた。

 二卵性双生児の私達。姉の千夏は明るくて綺麗で頭がいい。就職先も一流企業で、花形の受付嬢をやっている。男女共にお友達がとても多い。表向き、欠点らしい欠点は見当たらないから、何もかも優れているんだろうと思う。

 優れたもの同士だからか話はあっさりまとまって、半年後の今日、二人は結婚式をあげ、披露宴の真っ最中なのだ……。

 高砂の新郎新婦はとても綺麗だ。

 あんなに綺麗な新婦の妹だからと期待して私を見て、がっかりする人の多い事多い事。今日は、これでもましにメイクしたつもりだったのだけど、花嫁には敵わない。ううん、同じ花嫁で立ったとしても、私は薔薇を引き立てるカスミソウにすら成れそうもない。

「春香。私とお父さんは向こうの皆様に挨拶をしてくるから、ここに居てね」

「うん」

 新郎の席へ向かう両親を見送り、私はぼんやりと披露宴の余興を見た。周一郎さんも千夏も友人が多いから、本当に大人数の披露宴だ。

 ワインをそっと飲んでいたら、叔母が母の席に座った。

「今日は綺麗にしてもらったのね、春香ちゃん」

「……ありがとうございます」

「二人にって持ってきたお話なのに、なんだか春香ちゃんには悪い事しちゃったわね。周一郎さんにも二人の写真を見せたんだけど、千夏ちゃんを希望されたから」

 叔母は、申し訳なさそうに声をひそめる。

 意地が悪いとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったな。

 ようするにあんたは、姉と比べて私は完全に魅力不足だと言いたいんだ。

 この披露宴の席でこんなことを言うあたり、その根性の悪さは治しようもないし、治る見込みもなさそう。よくこんな女と結婚する物好きが居たものだ。

 でも私はそれを顔にも出さずに、叔母の話を聞いていた。叔母はしきりに、まだ私は若いのだから、出会いはいくらでもあると私を慰める。

「きっと春香ちゃんにはもっと良い人が現れるわよ。だから元気を出してね」

 あんたなんか、一生一人がお似合いだと思ってるくせにしらじらしい。選ばれなかった可哀想な妹を慰める優しい叔母を演じて、さぞ気持ちがいいだろう。

「……そうですね、ありがとうございます」

 面倒くさい。

 私は結婚するつもりも、恋人を作るつもりもない。

 叔母は何度も頷いて席に戻っていった。そして、叔父と二人で可哀想な妹の私を見て、心配げに何かを話している。結婚式をぶち壊す気かあの人達。付き合ってられない。

 あんな根性悪が、のんびりおっとりのお母さんの妹ってのが信じられないな。ひょっとしてあの人も比べ続けられてああなったのかしら。

 根性が悪いのはお互い様だけど、あそこまで悪くはなりたくない。

 よく出来た姉に比べて、私は何もかも並。両親の愛情は、明らかに姉へ多く注がれているのはわかっていたし、性格も考え方も暗いってわかっていたから、比べられる事に慣れている。

 こんなふうに暗い私は結婚なんて無理だろう。なにしろ男が怖い前に、人見知りが凄いから。 

 一生一人のほうがぐんと楽だと思う。

 私は高校を卒業してすぐに東京を出て、地方のホテルの客室清掃係になった。少し不便な寮暮らしだけれど、姉と比べられる実家生活より遥かに気が楽で、とても気に入っている。お仕事は順調だし貯金も着実に貯まってる。

「え……? あれが、コホっ、あの方が新婦の?」

「し! 聞こえるわよ!」

 またか。私は聞いていないふりをした。今日で何回目だろう。二人の若い女の人はひそひそと話しながら、テーブルへ戻っていった。相変わらずそこかしらから視線を感じる。お願いだから私なんか見ないで千夏を見て欲しい。

 一番嫌なのが男性陣。興味本位にじろじろと見るのがあからさま。もっと嫌なのは、ずっと私を面白そうに見ているあの男。なんなの一体、千夏と私を見比べてそんなに面白いのかしら? 一番嫌いなタイプだ。

 男の癖に妙に綺麗な顔、女性陣からお酌を受けてへらへら笑って、見るからに遊んでそう。

 無遠慮につきささる視線に限界が来た頃、ようやく披露宴は終わってくれた。

 とても疲れた。でもよかった。

 もうこれで、当分姉と比べられる日は訪れない。

 

「もう春香帰っちゃうの?」

 ホテルのレストランでの披露宴後の両家の寛ぎの席で、千夏が寂しそうに文句を言った。

「明日からゴールデンウィークだもの。そうそう休めないの」

「だって春香、就職してからずっと家に帰ってなかったのに。私達の新婚旅行は明後日からなんだから……」

「ごめんね」

 寂しがる千夏に小さくわびて、自分のケーキを譲った。千夏は甘いものが大好きだから、これが一番効果的だ。両親は周一郎さんのご両親と話を弾ませている。

「本当に駄目なの?」

 周一郎さんが言ったけど、私は縦に首を振るしかない。心臓が高鳴るのを押さえるのに苦労した。

「すみません。その分明日はゆっくり休んで下さい。私は今晩の最終便で帰りますから」

「ええっ? 何でそんなに早く帰っちゃうの? もっとお話したいわ」

「駄目よ。これからは旦那様優先にして頂戴ね。わかった?」

「……わかった」

 千夏は頬を染め、照れ隠しに、私のあげたケーキにフォークを上品に刺した。

 そうそう、そうやって幸せそうにしていてほしい。千夏には悲しそうな顔なんて似合わないもん。

 心からそう思ってる。

「春香ちゃん。身内になったんだから、遠慮無く新居にも来てね」

 周一郎さんがにっこり笑った。

 胸が熱くなるのを必死に抑え、なんとか普通にうなずいた。

 放っておいてくれていいのに。でも無理よね。義理でも妹なんだから……。

 元気を取り戻した千夏の相手をしながら、私は斜め前に座る義兄の視線が気になって仕方ない。 

 お願いだから、そんなに見ないでください。完璧な義妹を演じて見せたいのにできなくなってしまうから

 馬鹿みたい。どうして私はこの人を好きなんだろう。

 姉の旦那様なのに……。

 周一郎さんが好き。本当はお見合い写真を見た時に、一目で心を奪われてしまった。男なんて大嫌いだと思ってたのに、周一郎さんはその辺の男と違っていたから。

 飛び抜けた美形ではないけど、慈しむような温かさが、それまで出会ってきた男性とは段違いだった。

 だけど、彼が選んだのは姉だ。私じゃない。

 初顔合わせの時に、もしかしたらと思った私は、とても意地汚くて最低な妹だ。

 今も、声をかけてもらって、こっそり喜んでる。

 もちろん、姉から奪おうだなんて、爪の先ほども思ってはいない。

 そんなの人として最低だから。

 でもせめて、こっそりと想うくらいは許してほしい。

 

 お開きになって、ホテルに泊まる両親や千夏達とエレベーターで別れ、一階のフロントへ降りると、とてつもない開放感でいっぱいになった。

 新居になど行く気はない。

 仲よさげな二人を、心底祝福するのが大変だから。二人の幸せを祈っている私より、それを妬ましく思う私が大きくなったらたまらない。

「お前、姉にちっとも似てないな」

 不躾な物言いに振り向くと、あのやたら綺麗な顔をした男が、偉そうに壁にもたれて腕を組み、私を見ていた。

 フロントの前の自動ドアで立ち止まった私を、外へ出る人たちが邪魔そうに避けて通り過ぎていく。男はそんな私の腕を引っ張った。

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