白の神子姫と竜の魔法 第02話

「なに、この暗い割には軽そうな話」

「暗くない。この渾身の作を暗いなんて、お前はまじで女捨ててんな」

 ぽいと|稔《じん》にノートを放ると、稔は不服そうに受け取って、ぱらぱらとノートをめくった。

「わかんねーのかな。今までうまくやってた王妃と王が、新しい神子の出現によって疾風怒濤の愛の泥沼へなだれ込むわけよ?」

「うまくやってないじゃん。なんか気まずい雰囲気になってたのが、その新しい神子姫様の出現で決定的に駄目になったんでしょ?」

「そりゃそうだが、これは王にも言えない気持ちがあるんだよ」

「ふーんどんな?」

「そりゃいろいろだ。男の愛ってのは女より複雑なんだ」

「男が愛とか言うな」

 この文芸部は、小説を書いたり、なんかの感想を書いたりする部活だ。例えば私は純文学専門で読むだけ。反対に稔は書くだけだ。そんな人たちが入り混じっている。

 それにしても煌びやかな人が多いな、うちの部。

 中学校の時の文芸部は、地味中の地味と言っても過言ではないくらいひっそりしてたのに、高校のこの文芸部は、部長の伊達君と副部長の稔のきらびやかさのおかげで、ずいぶん派手な部になってしまっている。

 伊達君はイギリス人のお父さんがいるらしくて、日本の高校にはそぐわない金髪碧目の美形だ。頭はいいわ、スポーツもほどほどにできるわって感じで、神様に愛されまくってる人。

 同じ学年で同じクラスだから、目の保養には最適とばかりに毎日お世話になってる。

「また見てる。どう考えても鈴と秋人じゃ釣り合わないって」

 伊達君のフルネームは伊達秋人だ。

「何言ってんの」

 長机に広げていた本を閉じ、ばっこんと稔の頭を叩いた。

「だって、未だに秋人見てるじゃん」

「美形だからこころが洗われるのよ」

「そういう事にしといてやっても良いけど……。しかし、こんなところで乗り換えるとはねえ。まあ転校生の白木舞だもんな。美少女っていいよなー」

「あんただって、かなわぬ恋を抱いてるんじゃないの?」

「お前ほんと可愛くねえわ」

「はいはい」

「辛いんなら言えば良いのに」

「伊達君とは、彼氏彼女じゃなくて友達だったの」

「キスする友達か……」

 いい加減に頭にきて、思いっきりノートで打っ叩いてやった。

 少人数の部活なら注目されるところでも、30人ほどいる文芸部はあっちゃこっちゃでうるさくて、誰も私達に注目なんてしない。

 ……と思ってたら、伊達君がこっちを見て、なんだか申し訳なさそうな顔をする。

 私は気にしてませんよーって微笑む。

 隣で気持ち悪いと言う稔の足を思いっきり踏み、やれやれと再び本を開いた。

 稔は足を摩りながら文句を言った。

「お前は夫の浮気を公認する妻か?」

「内縁の妻だからね。文句は言えないの。別に良いよ、二ヶ月の夢は楽しかったし」

「……楽しかった、ねえ」

「うん」

 稔しか知らないけれども、実は私は伊達君と二ヶ月だけ付き合っていた。

 とは言ってもキスどまりの清いお付き合いだった。私も伊達君も好きな作家が同じで好みがよく似ていたから、その作家の原作の映画を観に行ったり、お互いの家の蔵書を読みながらお茶してただけ。キスだって、その場の雰囲気でなんとなくってのが一回だけという、もはやありえないお付き合いだ。どー考えても友達づきあいだ。

 私も美形を間近に観察できて楽しかったし、まあいい思いをさせてもらったから、特に未練はない。

 むしろ、美少女の白木さんとのツーショットが拝めて有難いくらいだ。

 勝手にどうやこうや言ってくる稔がうざく思えるくらい。

 それにしても白木さん美人だなあ。

 ん?

 ふと気になって、続きを書こうとしていた稔からノートをひったくった。

 なんていうか、この神子の境遇私に似てない? リヒャルトが伊達君で、新しい神子姫が白木さん? 

「ちょっとこれ、私達に似てるんですけれど?」

「今頃気づいたか。いやー、ネタが手身近にあると楽だ。提供ありがとな」

「呆れてものが言えないわ。私、こんなイジケ女じゃないっての」

「いやいや、内心こんなもんだろ。さっきもプリント配るの忘れてるし」

「たまたま」

「たまたま配り忘れ、たまたま回収も忘れ、次は部活する前に帰ろうとする……っと」

 にやにや笑う稔が憎らしくて、思いっきりぷいと顔をそらした。

 そんな稔は、伊達君の親友。

 伊達君と同じくらいの端正な顔立ちで、あっちがアイドル系なら、稔は演技派俳優のような硬派な美形だ。

 でも、清らかな伊達君と違って、稔はいかにもなにか企んでそうって感じの腹黒さを滲ませている。

 こいつはとにかく意地が悪いからね。

 勝手な判断の手身近なネタで、人を使って小説書くなっての。

 ちなみに稔も同じクラスなものだから、女子の注目度が高いったらない。

 伊達君と何もかもどっこいの優良物件だもんねー、こいつも。

 私? はいはい。私は平凡でございますよ。

「ねえ加藤君。これ読んだ?」

 稔を挟んだ反対側に、いかにもって感じの子が座る。3組の今泉和世か。稔のファンで一番性質が悪いとか、誰かが言ってたなあ。

 稔は私の時とは打って変わって、それはそれは優しく返す。

 本当にこいつは性格悪い。

 どういう腐れ縁なのか、高校一年で入学してからこの三年、稔とずっと同じクラスで同じ部活で、いつも私の視界にいるんだよね。

 大学が同じになったらたまらないから黙ってるけども……。

 こいつまさか、私のストーカー?

 そう思って聞いたら、鼻で笑われた。そうでございますよね、稔様が平民の娘を相手にするわけないですよね。ただの気のせいでした。申し訳ございません。

 稔は小説化志望らしくいろんな小説を書いてる。この間まで中国の古代戦争物を書いてたのに、何だって今回はこんな軽いライトノベルなんだろ。意味不明。

 私は純文学しか興味がないから、こういうのは興味ない。

 稔にさりげなくノートを返した。

 あとで名前を変えておくように言っておかなきゃ。まだ性格わからないけど、この宰相が稔なんじゃないでしょーね?

「なあ鈴」

「何よ?」

 その時だった。

 突然稔の手にあったノートが広がり、私に向かって白い光を発射した。

 吸い込まれる……なぜかそう思った。

 部屋全体を照らすその光で、教室中に甲高い悲鳴が上がった。当然私も叫んだけれど、皆の悲鳴はどんどん遠く、上のほうのはるかかなたへ消えていく。

(神子よ……)

 男の声がした。

 その声が私を縛り、強く引っ張る。

 教室から光が消えうせた時、私の姿はそこになかった。

 それなのに誰もそれに気づかず、私の存在がなかったかのように、部活動を再開し始めた……。

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