白の神子姫と竜の魔法 第27話

 結局、何の収穫もないまま、貴重な外出日は終わってしまった。
 知りたくもないのに知った情報は、ギュンター王子は何が何でも私を妻にしたいらしいということ。改めて、ギュンター王子のロザリン姫に対する執念を再確認させられ、うんざりしただけだった。
 こんなんだったら、部屋にいたほうがよかったかも。
 帰りの馬車の、向かい側のギュンター王子はご機嫌だ。にこにこ不気味に微笑み、ずっと私を見ている。目を合わせたくないから、私はずっと外を見てるしかない。もうやだまじで。
 それもこれも、オトフリートのせいだ。
 隣のオトフリートは、今日は心なしか上の空で、何かをずっと考え込んでいるようだった。
 差し込んでいる夕日に照らされながら、明日も晴れなんだろうなと場違いなことを考えていると、
「来なかったな。宰相殿はさすがにこの手に乗らぬか」
と、不意にギュンター王子が言った。
「黒竜公の助けが得られなければ、動けないのでしょう」
 オトフリートが返す。
「そんなやわな男かアレが。何を企んでいるやらわかったものではない」
「油断なさらぬように。姫と婚姻された後でも、奪い返しに来る可能性は高いのですから」
 くつくつとギュンター王子は笑った。
「いっそ、今日式をあげてもよいくらいだ。ねえ、姫?」
 口を聞くのもいやな私は、外を見つづけて無視をする。
「外を見たって無駄だよ。景色はなんら特徴のないものばかり。そういう道を選んでいるのですから」
 だろうね。根性悪。
 わかってるんだ。何もかも。それで、私とジークフリードがあがくのを楽しんでいる。
 ここはアインブルーメ。ギュンター王子や白の竜族が支配する国だ。ジークフリードの権力はおよばない。
 ……ロザリン姫は、どんな思いでジークフリードを待っていたのだろう。
 今の私みたいに?
 それなら、私の気持ちがロザリン姫のものでもいい気がする。
 ジークフリードを思う気持ちは、きっと同じだから。きっと彼女もこんなふうに悩んだって思うと、なんだか親近感が沸いてくる。
 はっとした。
 あれ? なんか変だな私。あれほど、ロザリン姫と一緒なのは、嫌だと思ってたのに。もう乗っ取られかけてるのかしら。
 ううん大丈夫。私だ。

 王宮に戻ると、待ち構えていた侍女たちに、そうそうに浴室に入れられて綺麗にされ、着替えさせられた。スッキリしたら眠くなってきて、ソファでぼんやりとこのまま寝てしまいたいなと思っていたら、オトフリートが現れたので驚いた。
「まだ帰ってなかったの?」
「お話があります」
 よく、異性と二人きりになるのを、あの拘束変態王子が許したな。婚約者の女性の傍に、侍女も一人もいないってのは、問題じゃないの?
 余程、このオトフリートは信用されているらしい。
「お疲れのところを申し訳ないのですが」
「疲れてはいないけれど……」
 あのへんな飲み物のおかげで、身体は超元気だけど、精神的な疲れがどっと来ているから早く寝たい。
「では、ギュンター王子とお話をなさっては? お待ちかねのご様子ですよ」
 また変態王子の斡旋か。
「嫌よ」
 オトフリートは、さも残念そうにため息をついた。
「そんなに宰相に逢いたいのですか? 王子はお気づきではないようですが、貴女はここでも、人目を盗んで宰相に逢っておいでだ。私の目はごまかせませんよ?」
 ……何言ってるのこの人。
「……逢ってないけど? 逢いたいけどね」
「嘘を言ってはいけません。ならなぜ、そんなに元気なのですか?」
 成程。傍にギュンター王子を近寄らせていないのに、元気だから怪しんでいるのか。でもアホか。異国の王宮に、招かれてもいないのに、ジークフリードが来れるわけないじゃないの。
「変なものを朝に飲まされたの」
「……変なもの?」
「花の匂いのする白い水よ」
 さっと、オトフリートの顔色が変わった。
「宰相の体液を飲んだのですか!?」
 とんでもない事をオトフリートがのたまい、私は吐きそうになってなんとか留まった。
「何言っちゃってんの? 男のあれはイカ臭いんでしょうが! 大体ジークフリードと逢っていないわよ」
 目を怒らせて、オトフリートが近寄ってきたから、びびって後ずさった。
「竜の体液は違うのです。いつ逢ったのですか?」
「だから、逢ってないってば」
 壁に追い詰められて、動けなくなった私に伸びてくる手がぴたりと止まる。
「では、……誰だ? 誰に飲まされたのです?」
「……誰にって」
 ギュンター王子じゃないの? シャルロッテはそう言っていたけれど……、じゃあ彼女は嘘をついていたの?
 何のために?
 呆けていたら、オトフリートにがっしと両腕をつかまれた。うわああっ怖い。
「何故、貴女は不幸になろうとする! ギュンター王子と結ばれれば幸せになれるものを、何故?」
 また始まった。
 なんであの変態王子と結ばれるのが幸せなのか、こちらが聞きたいくらいだっつーの!
 とにかく腕が痛いから離して欲しい。こんなところを変態王子が見たら、問答無用で速攻ヤられそうだよっ。
「貴方、誤解してるわ。ジークフリードは悪い人かもしれないけれど、私を不幸にしようとはしていない……」
「そう思わされているのです」
「なんでそう言い切れるのよ? 何度も言うけれど、私はジークフリードが好きなのよ。ギュンター王子の方がはるかに嫌だわ」
 オトフリートは、何だってそんなにギュンター王子を信用しているんだろう。私は嫌だと言っているのに、無理矢理后にしようとしているのよ? はるかに悪辣じゃないか。
「どうしてわかってくださらない? 私は、貴女をラン様のようにしたくないんです。ラン様もそれを強くお望みなのですよ?」
 それがそもそもの間違いなのよ。
 確かにラン様は、恋人を殺されて無理矢理黒竜公と結婚させられて、不幸な人生を歩んでいると思う。だからって、その息子と結婚するのは不幸だと思い込むのはどうなの?
 この人たちは、新たにラン様のような不幸な人間を作り出そうとしていると、全く気づいていない。無理に恋人と引き離して、自分の思い通りになる相手とくっつけようとしている。黒竜公とやってることが同じだっつーの!
「いい加減にして! 私の幸せは私が決めるの! あんた達が決める事じゃない……っ!」
 私は渾身の力でオトフリートの腕を振り払った。虚をつかれてオトフリートは後ろにひっくり返りかけ、テーブルにぶつかる。
「……鈴」
 オトフリートは、打って変わって弱々しげに私を見、手を伸ばしかけてぎゅっと手を握り締めた。
 荒れ狂う激しい感情を、必死に抑えこもうとしているようだ。さまざまな色が相貌に浮かび上がっては消え、やがて目を閉じる。
 な、何よ。まだなんかする気?
 身構えたけど、オトフリートは私に何かをする気はないらしく、視線は床に落ちていた。
 そして、ぽつりと言った。
「ラン……。役に立てなくて、ごめん」
 ん? 呼び捨て……?
 何だこの人。
 気でもふれたのかと呆気に取られていたら、部屋の扉の向こうで言い争う声がした。私の怒鳴り声で、隣の部屋に控えている侍女たちが騒ぎ出したのかな? それなら直ぐ入ってくるはずだよね? オトフリートは、そのまましゃがみ込んでしまった。なんなのよ一体。いきなり戦意喪失されたら、それはそれで気になるじゃないよ。
 そろりと近寄って、様子を伺いながら声をかけた。
「……あの、オトフリート?」
「なんですか?」
 具合でも悪いのかなと思ったオトフリートの声は、案外しっかりしていた。
 正気そうだ。よかった。
「貴女、ラン様が好きなの? だから、彼女の望みをかなえようと思ったの?」
 しゃがみ込んだまま、オトフリートはくぐもった笑い声をあげた。
「鈴様。貴女は、ラン様の恋人の最期をご存知ですよね……?」
「ああ、うん。竜に食べられたのよね?」
「……私は……、その竜の……ヘッセル侯爵の心臓を食べたのです。ヘッセル侯爵マリオンは私の実兄です。食べられる前夜、兄に、心臓は私が必ず食べるようにと言って来たのです」
「……なんで?」
「正樹さんの心を私が受け継ぐために。私の身体には、自分と正樹さんと兄が住んでいるのです」
 のぞりと、オトフリートは立ち上がった。
 目が、なんか違う。あの弱気な頼りなげなオトフリートじゃない。誰これ。
「黒竜公は、正樹を完全に己のものにしようとした。それをマリオンと僕は阻止したかった」
 意志の強い、しっかりした瞳。別人だ。
「貴方は誰?」
「僕は、正樹だ」
 意味がわからない。正樹って……?
 くすりとオトフリートは笑った。
「竜は僕に言った。蘭に逢いたければその身を食べさせろと。だから提供した。竜は僕を身体の一部にするつもりだったのだろうけど、事実は逆だ。僕が竜の身体を支配した。でも、最初はさすがに使いあぐねて、なかなか難しかったよ」
「……よくわからないんだけど。あの、じゃあ、ラン様を夢で慰めていたのは貴方?」
「そう。僕でなければ蘭は慰められない」
「………………」
 なんかもう、あれほどの美女になると、取り囲む男性も執念がスゴイな。ビックリだ。
「でも、黒竜公は支配していないじゃない、貴方」
 オトフリートは、悔しそうに顔を歪ませた。
「執念はあの男がはるかに上だ。だから、心臓を食べさせたら、僕は完全に支配されていただろう」
 わかるわ。めっちゃ蘭様に執着してるもんね。
「オトフリートは、君を救いたくて必死だ」
「それが迷惑だって言ってるの。私はジークフリードが好きなんだもの」
「この男は君が好きだから、仕方が無い」
 え? 本当なんだそれ……。それならなんで、ギュンター王子とひっつけようとするかな!
 言い争う声が不意に大きくなり、扉が左右に開いた。
 騎士たちを従え、入ってきたのは、威厳に満ちた美しい知らない女の人だ。身分の高さがその所作でわかる。
「その娘から離れなさい」
 びくりとした私の前に、オトフリートが立ちはだかった。