白の神子姫と竜の魔法 第34話(完結)

 それから、百年の年月が過ぎた。

 私は久しぶりに、ジークフリードのお城から王都の近くに転移し、そこから馬車で王宮へ伺候した。この前に国王に謁見したのは三十年ほど前だから、随分久しぶりだ。人の寿命は短いから、大分顔ぶれが変わってるんだろうなあ。

 生まれてからしばらくは波乱怒涛だったけれど、それ以降はあくびが出るほど平和だ。多分、一生分の災厄が、あの時期に襲いかかって来ていたに違いないわ。

 ふーん、町並みも結構変わってるなあ。

 などなど、車窓から眺めてたら、あっという間に王宮へ着いた。ここはあんまり変わらない。

 馬車から降りて、ほとんど新顔の近衛の騎士に囲まれて王宮内を歩いていると、宰相になっている息子のカールが慌ててやって来た。

「母上っ。来るならおっしゃってくださいませんと、困ります!」

「秘密の私的な謁見だから、大仰にしたくなかったのよ」

「父上に怒られるのは私なのです」

 相変わらず、ジークフリードは私に対して過保護だ。だから、南へ視察している時を狙って、こっそり来たのに。

 まあ! 白の神子姫様よ。

 白の神子姫様だ!

 たちまち王宮内がざわざわとし始める。うう、これが嫌だから秘密裏に来たかったのに。

 私は、王位簒奪や隣国の侵略を食い止めた白の神子姫として、マリクの国中でとても崇拝されている。そんなもんじゃないと言っても、謙遜されるなんて奥ゆかしい、本当にすばらしい方だと褒めそやされる。投獄される時に、私にとんでもない態度を取った騎士のその後が気にかかる。あと腐敗したご飯を寄越した牢番とか。顔も覚えてないからねえ。

 ジークフリードは、敵の目を欺くために涙を呑んで白の神子姫を粗略に扱ったとか、また都合のいいように言われている。実際そうだとはいえ、なんかなあ。

 ああ、みんなの視線が痛い……。 

 カールを睨んだら、カールは肩を竦めた。

「私も二人の息子として、始終あの視線を浴びております。普段の私の苦しみをわかっていただきたいですね」

「男なら耐えなさいよ!」

「男女関係ありません」

 くすくす笑う顔が、黒竜公そっくりで少々怖いけれど、カールは優しい息子だ。どうせなら、ジークフリードの生き写しの方がよかったなあ。今年50歳になるカールは、何事においても優秀で、本人にその気はなかったのに、ジークフリードの後を継いでマリクの宰相になっている。大臣や貴族たちからの全員一致で決められたものだから、カールは引き受けざるを得なかった。

 親ばかを承知で言っても、カールはいい男だし頭が切れるからね……。

 でも、絶対ジークフリードは、自分が引退したいから息子を利用した気がする。カールはそれを見抜いて、ジークフリードを補佐の形で残留させ、時々王宮へ来るようにしむけている。

 たびたび相談役として王宮へ行くジークフリードは、いい加減親離れして欲しいとぶつぶつ言っている。私としてはべったりと貼り付かれないから、助かるんだけれどね。

「久しいな鈴。相変わらずだ」

 年相応のお爺ちゃん陛下、リヒャルトが髭をなぞりながら言う。隣に品のいいリン王后もいらっしゃる。この方も年相応でうらやましい。王族は竜の血が時々紛れ込んでいるから、大体寿命は150年程なのだ。神子姫も同じ。どちらにしろお二人とも元気そうで良かった。

「お二人にはご機嫌麗しく……」

「ああ、堅苦しい話はよい。なかなかそなたが来ないから、リンが会いたがってな。もうリンも年を取って、そなたと同じ顔には見えぬから安心して来ればいいものを」

 ちょっと陛下。リン王后のお顔が変わりましたよ。女性に年は禁句だってのに。これだから来たくないのよ。オリジナルは容赦なく年を取るのに、コピーは二十歳ごろの若さを維持したまんまなんて、なんとなくいたたまれない。

「本当に気兼ねはいりませんのよ? 皆、白の神子姫を待っているのですから」

「それが嫌なんですってば。注目浴びるの嫌いだし、尊敬されても困るんです。私は何にもしてないのに」

「マイ様のところには、しょっちゅう伺っておいでだと聞いておりますよ?」

 仕方ないよ、あっちはお隣の領地で気軽に行けるからなあ。再婚相手の方も凄くいい人だし、子供や孫たちも皆いい子達ばかりだし……。

 こっちは重々しいしどうしても息が詰まる……。王子や王女相手に、かけっこなんて出来ないもんね。

 カールが笑いを堪えている。どうもお二人とも、私があちらばかり行くのを拗ねていらっしゃるらしい。ごめんね、王宮苦手なんだよー。だからって、うちのお城へ気軽に来ていただくわけにもいかないしね。困ったもんだわ。

「まあいいではないか、リン」

 リヒャルトが取り成してくれ、リン王后はそれについては言葉を引っ込めてくれた。

 こうして見ているだけで、お二人の仲がますます深くなっているのがわかる。

 いいわね……高砂だわ。国王リヒャルトの浮気は、本当に一時だけのもので、眠り病の後はリン王后一途だもんね。

 うほんと、リヒャルトは咳払いをした。

「このたび来てもらったのは、足を悪くして動けないマイの代わりに、そなたが光の神子の代理をしてくれているのが、いささか心苦しくてな」

 マイさんは、老齢による膝の痛みで歩く事は愚か、椅子に座るのも難しい状態だ。

「動ける人間がした方がいいですからね。大丈夫です」

「鈴様。貴女は本当にどこまでお優しいのでしょう」

 リン王后が、ハンカチで目の端を押さえた。

 身代わりになった私が受けた災難を、リン王后はずっと気に病んでおられる。お優しいのはそっちだと思うよ。さすがにジークフリードが惚れただけある。彼は見る目が高い。……なんか面白くないけどね!

 お二人の体調を考慮して、謁見は短時間で終わった。一年に一回は必ず来て欲しいと言われ、一応承諾はしておいた。

 お城へカールと一緒に戻ると、南に行っている筈のジークフリードが待ち構えていて、部屋へ入るなり抱きつかれた。

 待って! 子供の前だっつーの! カールが呆れているのがめちゃくちゃわかる。

「ひどいじゃないですか。私を一人ぼっちにさせて」

「たまたまです。第一、人前でいっつもべったり状態、周囲に何と言われているのかご存知なんですか?」

「ええと、異世界で言う、おしどり夫婦でしょう?」

 リン王后から仕入れた単語かな?

 ジークフリードも私も、外見は若いままだ。普通は相応な中身になるものらしいのに、私もジークフリードも、そういうものはのんびりとしている。ジーナみたいに、一万年も生きたら変わるのかもしれないけれど……。

「とにかく恥ずかしいのよ」

「仲が悪いよりはいいでしょうね」

 カールが言う。そういやこの子、もう50歳になるんだから、結婚したらいいのに。もてるから引く手あまたなのに、お母さん子だから困る。マザコンと侍女達にこっそり言われているから、それとなく諭すのだけど、母を思って何が悪いと反対に怒られた。

 ……竜族って、近親相姦しないでしょうね? と、以前、ジークフリードに聞いたら、あるわけないでしょうと大爆笑された。

 ジークフリードは、本当に、出会った時とはがらりと印象が変わった。あの冷たくて意地悪な感じはどこに行ったんだ。大声で笑うし、拗ねるし、子供のようだ。

 カールに言わせると、それは私限定だという。

 そう言われるとかなりこそばゆい。 

「母上、顔がにやけておりますよ」

 親をからかうのは止めてね、カール。

「相変わらずですね」

 いつの間にいたのよ、オトフリート。

 ジークフリードとオトフリートの仲は、ラン様の事もあって、あまりよくない。それにしても、今日は南へ行くって言ってたのに、アウゲンダキャッズに行ってたのかな?

「昼過ぎに戻ってきたら、貴女が夕方まで帰ってこないものですから、待ちくたびれました」

 どうやら、ジークフリードはオトフリートと二人で、私を待っていたらしい。むさくるしいな男二人……。二人とも背が高いから、広い部屋でもなんか狭く感じる。カールも高い。二年前まで居た娘のアレクサンドラは、アインブルーメへ嫁いでしまっていないから、ちょっと寂しい。女性の比率が低すぎるよ我が家。

「お元気そうでなによりです」

 ニコニコ顔のオトフリートは、今日は正樹さんじゃないらしい。この人は、正樹さんとオトフリート本人が、入れ替わり立ち代り出てくるので、イマイチどっちがどっちだかわからない。怒ったらわかるけど、怒らせるのは怖いから……ねえ。

「オトフリートを迎えに行ってたの?」

 ジークフリードに聞くと、ジークフリードはそれもありますとうなずいた。

「父と母が見つかったのです」

 言われて、私は黒竜公とラン様を思い出した。二人はつい最近、お城から姿を消して、行方不明になっていた。

「何がわかったの?」

 オトフリートの顔から笑顔が消えた。

「亡くなっていたんです。国境沿いにある山の奥の、捨て置かれていた貴族の屋敷で」

 亡くなっていた? それはおかしい。黒竜公の魔力ならもっと生きられるはずだ。

「争った跡もなく、遺体は綺麗なままで腐敗もしていませんでした。それは今朝ジークフリード殿に、その町を支配している有力者からの知らせで届き、また、私にも知らされ、二人で現場へ向かったのです」

 それで二人は一緒だったのね。

「鈴」

 ジークフリードに引き寄せられ、その胸に抱かれた。

「寝台に並んで寝ていた二人は、私が触れた瞬間に、霧のように消えてしまったのです」

「消えた?」

「そうです。二人は……、私を待っていたんでしょう。そうとしか思えません。父は母と命を繋げていて、自分が死ぬ時は母も死ぬと言っていました。健康体だった父が何故亡くなったのかはわかりませんが……」

「竜は、死ぬ時に遺体は残らないの?」

「残る者、残らない者、さまざまです。竜本人が選択しますから。……だから、父は私を待っていたとわかるのです」

 そんなセンチな男かな? 

 わからない……けど、それに関してはジークフリードの方がわかるのだろう。

「お父さんを恨んでるの?」

「恨むほど構ってはくれませんでした」

 私は黙って、ジークフリードの胸の中でじっとしていた。オトフリートもカールも同じだ。それぞれ思いを馳せているのだろう。

 多分、黒竜公なりに、ジークフリードやクララ王后を愛していたと思う。それが多分世間一般からは、大きくかけ離れていただけで。

 彼は、父母や兄妹からまともな愛情を受けていなかったから、人を愛したら、どうしたらいいのかわからなかったんじゃないかな。

 ジークフリードは、ジーナを始めお城の皆がいた。だから、こんなにも素直に私を愛していると言う。しつこいぐらいに。

「黒竜公もラン様も、きっと貴方を愛してたよ、フィン」

 抱きしめる力が強くなった。苦しい苦しいっ。でも我慢できる強さだから、何も言うまい。

「鈴」

「……何?」

「愛しています」

「私もだよ。カールも、アレクサンドラも」

 ようやく開放されて見上げると、ジークフリードは子供みたいな笑顔を向けてきた。うふふ、やっぱり可愛い!

 ジークフリードは、私の頬に口付けた。

「貴女はそうやって、人をしがらみから解放してくれるのですね」

「解放……?」

「貴女は知らなくていいんです。他の皆が知っていれば。そうですね? カール、オトフリート」

 二人は黙ったままうなずく。

 うー、何よ! 私だけ仲間はずれか? 仕方ない男たちだ。

「さあさあ。積もる話が他にもおありでしょう? こちらへどうぞ」

 ずっと控えていたジーナが、用意が出来たテーブルへ誘った。皆笑顔で、このお城は気持ちがいい。

 ジーナが来てくれてよかった。これで3対2だわ。

「貴女はこちらですよ」

 ジークフリードが自分の隣の席に、私を座らせる。ちょっと、人前で手の甲にキスするの止めてね、恥ずかしいから……って、聞いちゃいないけど。

「ここでは、私だけの白の神子姫で居てください」 

 魅惑的な笑みを浮かべる、大好きなジークフリード。

 テーブルに、置かれているノートを広げた。

 私の命尽きるまで終わりの無いこのノートは、やっぱり今日の出来事を克明に記していく。プライバシーも何もあったもんじゃないけど、隠し事ができない私なので、余程の事が無い限り誰も覗いたりしない。

 文字の上をそっとなぞった。

【鈴は、今日もジークフリードや家族、友人、屋敷の者たちに愛されているのだった。】

 <白の神子姫と竜の魔法 終わり>

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