宇宙を映す瞳 第01話

 地球上で勃発していた、核、民族、宗教対立などによる国々のいさかいの果ては、他の銀河系の惑星からやって来た宇宙人による侵略だった。

 西暦2311年。科学技術が未だに太陽系を出るかどうかの域だった地球の国々と、地上の部屋のように、人が快適に過ごせる宇宙船を作る技術、ワープ技術、環境破壊しない武器と宇宙規模の経済発展、放射能すら無力化する侵略者……、万青(ばんせい)星人の力の前に、地球の国々はあまりにも無力すぎた。

 沢山あった国は9つに統合され、星都は日本という国だったこの東京にある。ここに地球連邦政府が置かれ、軍や政府機関も囲むように点在している。

 何故日本が星都にされたのか。

 それはどういう因果なのか、万青星が日本語に酷似した言語を使用していたからだ────。

 万青星の侵略と共に西暦は2311年で終わりを告げ、新たに始まった地球連邦暦は現在329年、万青星の保護下による隷属を地球は余儀なくされている。

 

「もうすぐ着く頃だ……」

 祖母の形見の腕時計を見下ろし、如月華(きさらぎ はな)はひとりごちた。

 星都宇宙港には、沢山の他の星からの宇宙船が入っては物資と客を降ろし、新たな物資や客を乗せてまた他の星へ旅立っていく。宇宙船は円盤型のものや、紡錘形、円錐形、縦長の箱型や、さまざまな形がある。色も当然さまざまで、赤、茶、白、黒、紺……多種多様だ。中には、三次元ディスプレイ広告を、船の底や側面に表示させていたりする。

 華の母親の母親の……何代も前の母親の時代では、宇宙飛行士以外で宇宙に出る人間などいなかった。しかし現代では、他の星へ一般人が旅行へするのは日常茶飯事で、大昔では有り得なかったワープ技術で、違う惑星や銀河系へ移動できる。飛躍的に進歩した化学技術で地球全体は豊かになり、問題となっていた放射能に始まる環境問題は一挙に解決して、紛争問題もなく平和そのものだ。

「フィアンセ殿とは、五度目の逢瀬ってところかしらね、華?」

「そう、二年ぶりです。万青でのお仕事が忙しくて。でもこれからは、星都での勤務になるみたいです」

「万青の第二王子、雪様の警護役だったのですもの。仕方ないわ。それにしても、どうしていきなりこちらにお戻りになるのかしら」

「さあ……。今度はいよいよ、地球連邦宇宙軍少将になられるのかも」

 暇だからと付き合ってくれた、士官学校では一年先輩だった貴美(きみ)と、宇宙港の大きな特殊ガラスの窓から、入ってくる船を眺めながら華は言った。

「新しい職場に勤務される前に、久しぶりの休暇ってことです。いよいよ親睦を深めて結婚ってことになるはずです」

「海衣様、とっても素敵な方だもの」

「はい」

 婚約者の、瀬川海衣(せがわかい)の端正な顔立ちを思い浮かべながら、華の顔はにやけてしまう。

 海衣は、優しい上に誠実で文武両道であるのにもかかわらず、それを鼻にかけない、極上の部類の男だ。おまけに端正な顔立ちに、地球連邦宇宙軍准将という肩書きまであり、海衣の父の瀬川要(せがわかなめ)は大将。姉の美鈴(みれい)は万青王室に嫁いでいるという、輝かしい家系の一員でもある。

 一方、華は普通の軍人の家で育った一般人で、父親の如月敏行(きさらぎとしゆき)は宇宙軍ではなく陸軍少佐だ。これといって人の目に留まるような秀でたものは無い。そんな家庭で育った華が何故、トップエリートの海衣を射止められたのか。それは華の父と海衣の父が、士官学校時代の同期で大親友だからだ。

 万青の侵略を地球人の滅亡ではなく隷属に留めた、最大の功労者、瀬川悠馬(せがわゆうま)。その悠馬に要の容貌はよく似ており、人は皆、厳粛な空気を漂わせている彼の前で萎縮してしまう。

 至って平凡な敏行が、トップエリートの要と何故親友でいられるのか、周囲も不思議がっているが、素顔の要を知っている華は不思議とは思わない。

 要も、敏行も、この地球を愛して、また家族を大事に思っている。その思いがまったく同じなのだ。

 軍の要人である要は未だに如月家を訪れ、華の母親の香子や華と一緒になって食事を楽しんでいく。実際、肩書きをすべて脱ぎ捨てた要は、その辺の中年男と変わりはなく、華は将来の義父として親しんでいるのだった。

 該当する船が静かに空から降りてきた、円錐形の宇宙船は、白色に虹色の虹彩を帯びていた。船の前方下の部分に、青色の万青王家の紋章がある。

「あれです」

「こんな豪華な宇宙船を貸してもらえるなんて、海衣様ってばすごい! 王家からの信任が厚いのね」

 貴美が感心したように言う。華も同じ気持ちだ。

 搭乗口から人が次々と降りてきた。最初は黒の制服の星間警察だ。宇宙海賊が徘徊している為、すべての船に星間警察が同乗している。次に降りて来たのは、青色の軍服の万青宇宙軍の軍人達だが……。

「なんかやけに軍人が多くない?」

 貴美が眉を顰め、華もそう思った。海衣だけではなく、万青の要人が乗っているのかもしれない。なんとも物々しい雰囲気だった。

 それにしても遅い。なかなか海衣の姿が見えない。何かトラブルがあったのかもしれない。

 三十分ほど二人は待ち、いらいらし始めた頃、ようやく搭乗口から軍人以外の人影が現れた。しかし海衣ではなく、随分と偉そうにしている太った中年男だった。

「まったく、田舎惑星は手続きが遅くて困る。原始人に、われわれのシステムを使いこなせるとは思っていなかったがな」

 第一声がそれで、華は呆れた。

 万青の軍人や星間警察に付き添われながら、中年男は尊大な態度で、出口へ歩いていく。

「総督補佐の飯塚正徳(いいづかまさのり)よ。いつも代理をよこしてたくせに。ああそうか、総督がつい最近栄転で万青に帰ったわね……。新しい総督が着任するまでの間、ふんぞり返るってことか」

 宇宙省で総務をしている貴美が、納得したように言う。貴美は美人な上才女で、地球連邦宇宙軍中尉だ。陸軍少尉で後方勤務の華とは、比較にならないほど貴美はレベルが上だ。そして、陸軍、海軍、空軍、宇宙軍がある中で、宇宙軍が一番格が上で、陸軍が一番格が下だ。華は実のところ、一度も太陽系を出た事がない。貴美は上官の副官として、何度も万青星まで行っている……。

「あれが? うわ、仕事を部下に任せて遊んでるタイプですね」

 なにしろ、地球を属国にしている万青から来た総督補佐だ。彼の地位は総督の次で、その下に地球連邦の政府組織がある。この星に居る限り常に二番目の地位でいられるのだから、あのえらそうな態度も納得がいく。

 さっさと行ってしまえとばかりに、総督補佐を華が見送っていると、肩をぽんと叩く手があった。振り向くと、待ち人の海衣が笑顔で立っている。

「あ、海衣様」

「久しぶりだね華。様づけはやめて欲しいって言ってるのに」

「でも海衣様は、海衣様ですから」

 うれしくて、かあっと華の顔に熱があつまる。

 何しろ華と海衣は身分が違うのだ。海衣は最高級のエリートだ。

 優しい茶色の瞳も健在で、二年間会えなかった寂しさも吹っ飛んでしまう。紺に金色の刺繍が施された准将の軍服が、とても海衣に似合っている。

 海衣はくすくす笑った。仕方ないなあという感じの笑いが優しくて、とてもいい。さし出された手に己の手を載せようとした、その時だった。

「海衣。本当にこのちんちくりんの女が、お前の婚約者なのか?」

 突然、海衣の背後から長身の男が現れた。

「え……え?」

「恐ろしい間抜け面だな。海衣。結婚はもっと考えてからしたほうがよいぞ」

「か、海衣様……」

 有り得ない。

 何故辺境惑星地球に、万青の第二王子、雪が来ているのだろうか!

 万青雪は、白銀の髪に黒の瞳の恐ろしい程の美貌の持ち主で、周囲も皆雪の出現に注目している。海衣もこの王子の前では霞むほどだ。

 雪が手を降ると、歓声がわっとあがった。万青の軍人が人々を一定の距離内に入れないようにしている。それ程混雑していた。

 びっくりしている華に雪はふんと鼻をならし、意地悪な笑みが浮かべた。

「海衣がことあるごとに話すから、どれだけの美女かと思えば……。せいぜい十人並みで、たいしたことないではないか。おまけにものすごいチビ。まるで猿だな、この胸の平らな事よ、男ではないのか?」

「なっ……!」

 確かに華の身長は155センチだが、猿扱いされるほどではない。そもそも雪の身長が高すぎるのだ。おまけに男と言われるとは!

 海衣が間に入った。

「雪様。華は私の婚約者であり愛しい人です。そんなおっしゃりようは、困ります」

「海衣はこの男女に、惚れ薬でも飲まされているのではないのか? これのどこに美点があるのやら。話にもならんわ。さっさとお前の家へ行こう」

 雪は、ぐいと海衣様の腕を引いて、華を置いていこうとする。

「お待ちください! 今日、海衣は私と……」

「馬鹿者。ただの婚約者もどきのお前と、万青王子の私とどちらが大切かわからんのか」

「────っ!」

 尊大かつ許せない横暴ぶりだが、相手が万星の王子だから華は言い返せない。

 海衣はさすがに雪の腕を解き、戻ってきてくれた。そして謝罪するように華に微笑み、手を差し出す。

「ごめんね華。実は新しい地球連邦総督は、この雪様なんだ」

「え? さっきの自意識拡大し過ぎ男では……?」

 ぶはっと雪が笑った。

「そちらの女が補佐と言ったのを、聞いていなかったのか。おまけに正徳を自意識拡大し過ぎ男と言うか! 勇気あるというか蛮勇というか。あいつが聞いたらお前の一族の首が飛ぶぞ」

「そうよ華。あの補佐が絶やした家が、いくつあると思ってるの。絶対に言っちゃ駄目よ!」

 貴美までも雪の肩を持つ。雪がおやおやと目を細めた。

「この女のほうがふさわしいのではないか? はるかに美しい。名はなんと言う?」

「鮎川貴美と申します。数々の無礼をお許し下されるなら、幸いです」

「気にするな。男女の言うことなど誰も心にも止めぬよ」

「男女じゃありません!」

「ああうるさい。海衣、早くお前の家へ行こう。案内してくれ」

「はい、雪様。では華も行きましょうか」

 海衣の笑顔は素敵だ。しかしだまされない。この腹立つ男も一緒なのが、華は猛烈に嫌だ。

「海衣は休暇中なのでは? なんで警護の必要があるのですか」

「私がいるからに決まっているだろう。本当にこの女は頭が悪いな。本気で結婚は見合わせたほうがよいぞ、海衣。海衣がこの辺境星に帰ってきたのは、万青の王によって、私がこちらの総督に任命されたからだ」

 警護なんて、ほかにもごろごろその辺にいるではないか。この厳重な警備は、この王子のためのものでしょうが! と、内心で華が思っていると、雪はそれを見越したように目で笑う。

「王子」

 海衣はため息をつく。これはもしや日常茶飯事なのだろうか?

 それよりも、一番の問題は……。

 華の視線に気づいた雪は、やっとわかったかと言った。

「海衣は私の警護だから、私のそばにずっといなければならん。よって、お前は邪魔だ」

「邪魔は王子です。せっかくの再会を邪魔しないでください。今日はこちらで解散という話は、どうなったのですか? 代わりの川崎大尉が休暇を返上して参りましたのに」

「気が変わった。アホがうつるのが心配だからついていく」

「雪様!」

 雪は腰まで届く白銀の髪を翻し、さっさとロビーへ歩いていく。華の手を引っ張って、海衣が慌てて後を追う。

 特別仕様の銀の自動車には、今や自動運転が当たり前の世の中なのに運転手がついていた。向かい合う形に作られている後部座席には雪の隣に海衣が座らされ、華は反対方向にひとりぼっちで座る。貴美は、急用が出来たと言って帰ってしまった。

 雪は海衣がお気に入りの様子で、楽しげにあれこれ難しい話を二人でし始めた。海衣も相手は王子だから逆らえないのだ。

 お邪魔なのは、もはや華だ。

 あれこれ立てていたデートの計画は、あっという間に崩れ去っていく。

 華の視線に気づいて、雪がまたあの意地悪げな笑みを浮かべた。

(やっぱりわざと邪魔してやがるな、この男!)

 そう思っても、華はやっぱり何も言えない。この王子の機嫌を損ねたら、地球に住む人々がどうなるかわからないのだ。

「ま、退屈せずにはすみそうだな」

 楽しげに、星星を映したように煌く黒の瞳が、華を覗き込む。

 負けじと華が睨み返しても、なんだか負けている。悔しいが相手が綺麗過ぎて、直視するにもエネルギーが足りないようだった。

 心配そうな海衣の様子に気づかないほど、華は雪を睨みつけている……。

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