宇宙を映す瞳 第03話

 翌日、華は地球連邦陸軍本部へ呼ばれた。二週間の休暇を取っていたのにも関わらず呼び出されたのは、余程重要な話が持ちかけられるのだと察せられる。本部へ向かう途中、自動タクシーの中で華は、朝の海衣と雪とのやりとりを思い出していた。

 朝、目覚めると海衣はすでに起きていて、部屋の隅の文机にシートコンピュータ(丸めたり、細かく折りたたみ可能の薄型コンピュータ)を広げ、何かを調べていた。華は気恥ずかしくてしばらくどうしようかと、布団の中でもんもんとしていたが、お腹も空いてきたことから思い切って起き上がった。海衣は直ぐに気づいて振り返った。

「おはよう華」

「おは、おはようございます」

 華が顔を真っ赤にしていると、海衣はくすくす笑って立ち上がり、華の側までにじり寄ってきて、その顔に口付けた。

「可愛いね、華」

「からかわないでください……」

「本当の事だし。着替えてご飯を食べようか。僕は王子のところへ行くけど、直ぐに戻ってくるから」

 ご機嫌な海衣はそのまま部屋を出て行ってくれ、華は大急ぎで着替えるとこそこそと洗面所へ行き、大急ぎで顔を洗って部屋へ戻った。那美夜や他の女中たちと顔を合わせたくなかったのだ。彼女たちは昨夜、海衣の部屋に華が泊まったことを知っているのだから……。

 言ったとおりに直ぐに海衣は戻ってきて、華と一緒に朝食を取った。華はどうしても海衣に顔を向けるのが恥ずかしくて、ずっとうつむいたままだった。よくわかっている海衣は、それについてはからかって来なかったが、気になる事を一つ言った。

「華、射撃の腕は相変わらず良いらしいね」

「それしか取り得はありませんから」

「V-DKW9を試射したって聞いたよ?」

 V-DKW9とは、まだ開発段階の。万青でしか採掘されない鉱物がバッテリーに使用されている、レーザー式小型銃だった。華は射撃の名手として、地球連邦軍の中で五指に入る。その関係もあって、新しい銃が開発されるたびに試射しているのだが……。

「試射はしましたけど、どこからそれを?」

 華は内心で海衣を怪しんだ。いくら、宇宙軍准将でもV-DKW9については、知っているはずはない。知っているのは、万青と地球連邦軍の武器装備開発部に所属している、ごく一部の者に限られるはずだった。

 海衣は宥めるように声のトーンを上げた。

「怖いね華。王子からだよ」

「雪様から? いくら王子でも……」

「V-DKW9の発案者は雪様だ。だから知っているんだよ。うそだと思うのなら直接伺うと良い」

「何故地球で試射を?」

「それは今は言えない。だが、今日中にでも知る事になると思うよ」

「海衣様?」

 海衣の声に力が無かったため、華が顔を上げると、海衣は朝だというのに疲れを顔に滲ませていた。そして異様な冷たさを漂わせている。

 華はその時初めて、海衣に得体の知れない怖さを感じた。

 雪はちょうど着替えたところだった。海衣が朝食の膳を持ち、華は給仕の一式を持って、その和室へ入った。恐ろしく広い部屋で畳は三十畳はあるだろう。奥に掛け軸と花が活けてあり、知識のない華でもそれらが格式高いものだとわかる。

「海衣、今日はどこへ行くんだ?」

「望まれるのなら王子のお好きな寺社や湖へ。無ければ……」

「それでよい。京都だったか、奈良だったか……」

 雪が座布団の上へ座り、その前に海衣が膳をしつらえた。

「母君のご出身は奈良でしたね。湖は滋賀に」

 まるで旅行に来たような、のんびりした会話だ。華は一瞬ぼうとして給仕の手を止めてしまった。海衣に裾を突かれ、はたと気づいて慌てて再開した。

 二人は楽しげに語らっている。まるで親友か何かのように見え、華の入り込む隙間はなさそうだ。遊び相手であり幼馴染であり、主人と護衛でもある間柄だから、ほとんど離れて暮らしていた華よりも、濃密な年月を二人は過ごしてきたのだろう。

 会話の内容から、どうやら休暇は無かった事にされてしまいそうだ。二週間後の雪の総督就任前も、就任後も二人はずっと一緒らしい。

 寂しく思う一方で、だから昨日の逢瀬を持ってくれたのかもしれないと、華は海衣を見つめた。

「おい、男女」

 雪が華を呼んだが、華は無視した。そんな変な名前ではない。

「こら、無視をするな」

「王子が悪いのです。名を」

 海衣が注意する。

「冗談が通じない女だ。華」

 華はむかっとした。何故名前をいきなり呼ばれるのだ。この場合の名は如月だろう。

「……如月です。少尉でも結構です」

「面倒くさい。華で良いではないか」

「呼ばれ慣れておりませんので」

「慣れろ。華」

 この横暴王子をもっと教育するべきではないのかと、華は海衣を睨んだが、海衣はすまなそうに肩を竦めただけだった。そう言えば海衣も名を呼び捨てにされている……。だが、海衣は幼馴染という関係があるからだ。華は昨日会ったばかりで、何の関係もない。強いて言うなら、海衣のフィアンセというだけだ。

「それでV-DKW9はどうであった?」

「軍事機密ですのでお答えしかねます」

「私が発案者だ。海衣から聞かなかったか?」

「伺いましたが、こんな場所ではお答えしかねます。軍関係の話は総督府や軍施設内でなさってください」

 地球の家屋は盗聴に対するシステムが、万青に比べて、かなり遅れを取っている。政府機関や軍機関でも、万全とは言いがたい状態だった。どちらにしろ、仕事をプライベートに持ち込む軍人はいない。データの持ち出しは、厳罰をもって処せられる。

「ああ、ああ、わかった。お前の無い胸は頭に行ったのか」

 内心で憤怒の怒りが噴火したが、華は持ち前のポーカーフェイスでやり過ごした。男が圧倒的に多い軍隊で、これぐらいのセクハラは日常茶飯事だ。この王子も同類なのだと、華は顔に出さずに軽蔑した。仮面を完全に被った華に気づいた海衣が、これ以上はないというほど厳しく王子を戒めた。

「王子、いい加減になさってください。華にこれ以上の侮辱は許しません。お考えによっては私は辞表を出します」

 果たして、雪の顔色がさっと変わった。

 華はにわかに緊張した。万青の王族は、地球人から見たら神の様な存在だ。その神に対して強気に出て大丈夫なのだろうか。海衣が庇ってくれるのはうれしいものの、それで海衣のこれまで積み上げてきたものや、地球と万青の関係が悪化するのは懸念すべき事態だ。それに比べたら、この程度のセクハラで目くじらを立てていられない。

「あの……海衣様」

「すまなかった」

 華が言うより先に、なんと雪が謝った。華が目を丸くすると、雪はバツが悪そうに話題を元に戻した。

「V-DKW9については、総督府で聞こう。ただ、あれをまた試射させられそうになったら、俺か海衣に言え」

「……はい」

 今気がついたが、普段雪は自分の事を俺と言うらしい。海衣は僕と言うが……。

 そのまま華が給仕を続けていると、要が挨拶に現れ、そっと華に耳打ちした。給仕が終わったら、地球連邦陸軍本部へ直ぐに行くようにと。

 

 地球連邦陸軍本部は、地上十階地下三階の建物だ。万青の侵攻まではさらに高い建物があったが、皆取り壊されてしまい、今では地球連邦建築法及び星都建築基準法施行令第三条と第十一条によって、高さが五十メートル以上の建築は許可が出ない。何故そんな法律ができたのか、地球の民間人たちは誰も知らない。地球連邦政府の要人がその法律を万青の人間によって決めさせられ、施行したに過ぎず、またそれに逆らえなかったのだ。そして、何故か地下への建設は無制限で、技術が許す限り、総督府の許可があれば、いくら掘り下げても構わないとされている。これにも万青の思惑が多分に絡んでおり、主に軍関係の建物が下へ下へと向かっていた。本当は本部も地下三階どころではなく、七階まであるのではという噂がまことしやかに囁かれているくらいだった……。

「おい、如月、今日は休暇じゃなかったか」

 建物に入るなり、同じ後方勤務の円谷大尉に声をかけられ、華は笑顔で片手をあげた。

「休暇は無しになりそう。海衣様とのデートを万星の王子様に邪魔されてるの」

「ああ聞いたぞ。雪様が地球連邦総督に就任されるそうだな。瀬川准将は雪様の親衛隊の隊長だから、仕方ないな」

 円谷は、士官学校の同期でもある。話しやすい穏やかな性格で、何故こんな男が軍隊に入ったのかと士官学校時代に聞くと、お金が無かったが勉強がしたかったからという返事だった。今、地球連邦では十八歳まで無料で教育が受けられるが、それ以上に進みたい場合は授業料を払って大学へ進む必要があった。士官学校は軍の入隊を条件に、大学の授業を無料で受けられるシステムがある。それを利用して、円谷は心理学を学び続けている。複雑な家で育った円谷は、相当な辛酸を舐めているらしく、それが年齢に似合わない老成さを彼に兼ね備えさせていた。

「でも、結婚は決まったのよ」

「へえ……そりゃめでたいな。同期一同で押しかけてやるよ」

「楽しみにしてるわ」

 華は手を上げて会話を終了し、エレベーターに乗り込んだ。

 人事担当の円谷は、華が何のために呼ばれたのかを知っていた。エレベーターの扉が閉まるのと同時に笑顔を消し、深いため息をついた。

「如月……。頑張れよ」

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