天使のキス ~Deux anges~ 第17話
覚えている電話番号を押そうとして、麻理子は躊躇った。
昨日から一人きりになると、公衆電話やホテルの電話の前で、これを繰り返している。
一言聞けばいいだけなのだ。
何故、貴明が犯罪者だと、思わせるようにしたのかを。
ただ単に、世間知らずの麻理子に対する、忠告だったと言ってもらえれば安心できる。貴明にとっては悪質な忠告だろうが、それほど勇佑は麻理子を心配してくれているのだと、思えたなら……。
躊躇うのは、それ以外の返答が出てきた場合、勇佑との間にある何かが確実に壊れるのが、はっきりとわかっているからだ。
それを知ったら、多分麻理子と勇佑は、ただのいとこ関係ではなくなる。
貴明は愛してくれている。何を恐れることがあるのだろう。けども、貴明とは血のつながりはない。彼と麻理子を繋いでいるのは愛と言う、すぐ切れてしまいかねない細い糸だけだ。
付き合うと決めてまだ数日の男と、ずっと親しく関係していた男とでは、種類が違っても重さは比較にはならない。
貴明を愛しているのに、なんの嘘偽りもない。本当に愛している。
だが、勇佑も大事なのだ。
大事だから、今の関係を壊したくない。家族が居ない今、親族の彼だけが家族の匂いを持っている人間だ。たとえ家族でなくても、片鱗でも持っている人間が居れば、安心できる。
そう、安心して心を落ち着けられる、確かな場所を手放したくない。
自分の弱さを、麻理子は自嘲できない。だが、情けないとは思う。
結局、麻理子は、すべては東京へ戻ってからだと言い訳をしながら、受話器を置いた。
乗馬をした後、牧場をあとにして、まっすぐにホテルに戻った。
思った以上に疲れていたのか、シャワーを浴びた後、長い間眠ってしまっていて、ほんの少しの昼寝だと思っていたのに、起きたら時計は午後の八時を指していた。貴明と夕食の予定をしてなくてよかったと、麻理子は心底思った。相手を待たせるなどとんでもない話だ。
そこで勇佑へ電話をしようとして、できなくて、今に至る。
「とりあえず、夕食を食べましょう」
ひとりごちて、麻理子は外に出る気分ではなかったので、ルームサービスを頼んだ。麻理子らしくなく頼んだものは普通の量で、パスタセットとデザートだけだった。
食べ終えるのを見計らったかのように、電話が鳴った。相手は貴明だった。
『いいワインが手に入ったから、部屋においでよ』
時計はもう、夜の九時半を回っている。
「……今何時だと思っておいでですか? 私それに、仕事が……」
『仕事? まあさておき、実際のところ、僕の手帳が見当たらなくてね。君のところにない?』
「手帳……ですか?」
鞄をひっくりかえすと、見慣れない黒革の手帳が確かに出てきた。牧場を出る時、荷物を入れようとして車のトランクを開けると、中で二人の鞄がひっくり返っていた。その時、間違って入ったものらしい。
『あったのなら持ってきて。あれがないと困るんだ』
「わかりました」
受話器を置き、ぶちまけたものを麻理子は丁寧に鞄の中へ戻した。そして服を着替える。
どこかおかしいところがないか鏡を覗き込んでチェックして、鏡の中の自分が、妙にうれしそうなのを見て、まるで十代の女の子のようだと麻理子は思った。
不意に、昼間の貴明の腕の熱さを思い出し、警告めいた想いが駆け巡った。それは勇佑の声のようであり、自分の声でもあった。
今日の貴明は、やたらと麻理子に触れたがり、いやに抱きしめられた。
麻理子は、自分の胸に手を置いた。
大丈夫だ。
何が大丈夫なのか、麻理子自身でもわからないまま部屋を出て、エレベーターに乗り、十階で降りて、貴明が宿泊している、インペリアルスイートのひとつの部屋をノックした。
ややあって貴明がドアを開け、麻理子が差し出した手帳を手にすると、安心したように顔をほころばせた。
「あってよかった。これがないとわからない予定がいくつかあって。秘書にも言ってないものだったから」
「すみません、私、手当たり次第鞄に入れてたみたいで」
「あやまらなくてもいい。さあ入って。さっきいいワインを手に入れたから一緒に飲もうよ」
「え……と」
「僕と君の間で遠慮なんて無し。さあさあ」
部屋に引き入れられ、背後で扉が閉まる音が響いた。
広い室内は、華美を抑えた内装で、どことなく佐藤邸の貴明の部屋に似ていた。窓からは夜景が一面に見える。
ソファに誘われて座ると、貴明がグラスを出してきてワインを注いだ。
赤ワインの色に麻理子は感嘆の声をあげた。
「まあ、綺麗な薔薇色……」
「ここのホテルのソムリエの、一押しだって」
ワインは、深紅の中にどこか甘いピンクの色が混ざっていて、また妙な透明感があった。シャンデリアの照明を受けて、その透明感に陰影が宿るのは、グラスのカッティングの妙だろう。
口をつけて飲むと、ひどく芳醇で甘い味がした。貴明はもう二杯目を飲んでいる。
麻理子の視線に気づいて、貴明は微笑んだ。
「ここは夜景が素晴らしいから、照明を落とそうか」
テーブルの上のリモコンに手を伸ばした貴明が、照明を限りなく落とした。窓の外がいきなりクリアに美しく変わり、先ほどより煌いた。
「宝石箱の中みたい。素敵ですね」
「このホテルの売りらしいよ」
そう言いながら、貴明が麻理子の空になったグラスにワインを注いでくれた。
貴明はそれきり何も話さなくなり、麻理子も黙ってワインを飲んだ。
隣の貴明は、ずいぶんとくつろいでいる様子だ。
一方で、麻理子は落ち着かない気分だ。逃げ出してしまいたいような、ずっとここにいたいような。いつもならすぐに空にしてしまうワインを、ゆっくりと味わって飲むのは、何を話したらいいのかわからないからだった。
仕事の話はどうも違う気がする。
かといって、明日の飛行機や天気についても間抜けだ。
窓の外は綺麗で、部屋も美しいのに、自分ひとりが妙に浮いて思える。
ちびちびと飲んでいたワインも、とうとう空になってしまった。貴明の前においてあるボトルも空になっている。
そのつもりで誘われたのだろうかと期待と恐れをいだいて、部屋に入ったのに、貴明は何も言わないので、ここはもう帰ったほうがいいかと麻理子は思った。
「あの、ごちそうさまでした」
「ん? ああ……」
「…………」
会話が続かないのが苦しい。第一、こんな暗い部屋がいけないのだ。夜景は綺麗で良いが、息苦しい雰囲気になってしまうのはよくない。
息苦しさに気持ちが限界になって、麻理子は部屋を出ようと立ち上がった。すると咄嗟に貴明に手首を掴まれた。ドキリとして見ると、貴明は男の目つきに変わっている。だが麻理子はそれが男の目だとは知らない、ただ危険な感じだけがぷんぷんすると思うだけだ。
「……あの? どうぞそのまま夜景ご覧になってて下さい」
「さすがに夕方から見てるから、飽きたな」
貴明は手元のリモコンで、カーテンを閉めてしまった。
「ではおやすみなさいませ……」
麻理子の言葉に貴明はふっと笑い、そのまま麻理子を抱き上げた。
「きゃあ!」
「駄目、今日はここで麻理子も寝るの」
「私はもう病気ではありませんが!」
「そんなことわかってる」
貴明に大きなベッドまで運ばれた。逃げ出したい気持ちと、怖いと思う気持ちが、ぐちゃぐちゃになり、胸のどきどきが治まらない。
「そんなに緊張するのなら、シャワーを浴びてきたらいいよ。ああでも、僕が先のほうがいいかな……。麻理子は、心の準備が僕の倍ほどいるだろうし」
赤裸々に話す貴明に腹が立ち、麻理子はこのまま帰ってやろうかと思った。でも見えない何かが、麻理子をベッドに引き止めている。貴明はベッドに座り込んだ麻理子の頭を、慰めるかのようにぽんぽんと優しく叩いて、奥の浴室へ姿を消した。
貴明が居ない間に帰っても良かったが、麻理子はそうしなかった。気持ちは相変わらず揺れているが、貴明のものになりたいという気持ちのほうがわずかに勝っており、勇佑に対して罪悪感がわきながらも、ベッドから離れられなかった。
やがて水音が止まり、貴明が出てきた。若草色のバスローブを着ただけの貴明は、タオルで髪を拭きながら、麻理子に同じ色のバスローブを手渡してくれた。
「シャワーが終わったら、それを着ておいで。下は何も着ないで」
「……はい」
夢を見るような心地で麻理子はそれを受け取り、浴室に入ってシャワーを浴びた。ボディーソープはさっきの貴明と同じ匂いがして、シャンプーも同じだった。
男に抱かれるのは初めてで、何をどうしたらいいのかわからない。ひょっとするとシャワーもどこか違うところを洗ったりするのだろうか。
よくわからないまま、いつものように洗ってシャワーのコックを閉め、脱衣所に用意してあったバスローブで身体を拭き、短い髪も拭いた。貴明のように長い髪ではないから、ここで乾かしてしまったらいいだろう。
下に何も着るなと貴明が言ったので、素肌の上にバスローブを羽織って、紐を腰で結んだ。大きな姿見に映る麻理子は、不安そうだった。
それでもあまり貴明を待たせるものではなく、麻理子はベッドへ静かに戻った。照明はベッドの脇のみになっていて、それも極力落としてあった。貴明はゆったりとベッドに横たわっていて、麻理子を見上げるとうれしそうに手を差し伸べた。
「何にも怖くなんかないよ」
「はい……」
ベッドの中へ引き寄せられ、麻理子は貴明と密着した。目の前に、一本に編まれたみつあみがあった。貴明はきっちりと服を着るタイプで、バスローブの合わせ目からは僅かに鎖骨が見えるのみだった。不思議なことに麻理子はそれにとても安心した。ちまたのドラマによくある、わざと胸を覗かせるように襟元を大きく広げるような、だらしない服の着方をする男は好きではない。
しばらく貴明は、麻理子の気持ちが落ち着くのを待ってくれているのか、背中を撫でてくれるだけだった。セクシャルなものではなく、本当に普通の撫で方で、麻理子はひと撫でされるごとに落ち着いていった。
ここまでくるのに貴明はかなり強引だったので、もっと性急に事が運ばれる気がしていた麻理子にとって、これは以外な行動に思えた。
「……貴明様は、お優しいのですね」
「麻理子はあっさりと騙されそうで心配。僕は優しくないよ」
「でも、やっぱりお優しいです」
「婚前交渉するような男なのに?」
「…………」
貴明は、おかしそうにくすくす笑った。
「麻理子みたいな箱入り娘は、それはそれはお父君が大切にしていたと思う。だからきっと、婚前交渉する男はろくなやつじゃないとか言われなかった?」
図星をさされて、麻理子が何も言えなくなってしまうと、貴明はまたくすくす笑った。
「確かに僕はろくな奴じゃないよ。僕はいつも間接的に人を不幸にする。殺された奴もいるし、無一文になって。社会の底辺を歩いている奴だっている……。僕のせいで不幸になった人間は、ごまんといるのさ」
貴明は天井を見ていた。少し目を細めているその姿は、やはりどこから見ても天使の様に麗しい。
やがて貴明は、麻理子に視線を戻した。
「こんな僕でも麻理子は好きか?」
「当たり前です」
「…………」
「根性悪くない貴明様なんて、変です」
貴明はひとしきりに笑った後、麻理子に熱い口付けを落としてきた。
「ん……」
麻理子は甘く痺れていく。貴明が麻理子の耳の奥に舌を忍ばせた後、密やかな声で言う。
「僕を全身で感じてごらん。もっと僕が好きになるから」
麻理子は、かあっと顔が熱くなった。
「あ……駄目です」
「ここまで来て、駄目はないよ」
貴明の手は、もう服の上から麻理子の胸をつかんでいる。唇は首筋を這って、ときどき舌で舐められた。抵抗する麻理子の布ずれの音がいやに響いた。さっきまで何も手を出さなかったのに、ずいぶんと手馴れた早さだったので、麻理子は戸惑った。
「……や!」
服を脱がしてくる貴明を押しのけようしても、なんとしても離せなかった。力が格段に貴明の方が上なので、結局はされるがままになった。
麻理子に快感を与えながら、貴明は麻理子からバスローブを剥がし、ベッドの横に落とした。
敏感な胸の先端に貴明の唇を感じて、麻理子は悲鳴の様な声をあげた。
「ああっ」
男を知らない小さな蕾を、貴明にゆっくりと舐め回されて、甘噛みされるとたまらない。もう片方の胸は貴明のしなやかな手で揉まれ、ぴんと立った先をつままれ、押しつぶされ、より固くなっていく
「あ……、あの、……っ」
「素直でいいね。もっと感じていいんだよ」
貴明に笑われ麻理子は顔が熱くなる。初めて与えられる快感は凄まじいもので、ガードをしようにもどうしたらいいのかわからない。貴明の指が下に伸びたので、麻理子はもがいた。
「そこは……そこは嫌!」
「はずかしい?」
「………はい」
麻理子は貴明が止めてくれるのかと期待したが、反対にむりやり足の間に手をねじ込まれた。逃げようとしても、力強い腕の中で動けなくされてしまう。
「いやっ!」
「嫌がってないよここは。濡れてる」
耳に貴明の熱い息を感じ、はずかしくて麻理子は気が狂いそうだった。
割れ目に指が這い回ってくる。時々、ずば抜けたしびれを伝えてくる部分がある。そこを押されるたびに麻理子は声をあげて身体を震わせた。貴明の舌が耳を舐め、手のひらが乳房を揉みあげる。
「貴明様……、は……あ!」
「可愛いね、麻理子は本当に可愛い……」
貴明が耳許で甘く囁く。麻理子の手は片方はシーツを握りしめ、片方は貴明の腕を力なく掴んでいた。身体は熱く火照り悶えている。麻理子は息もたえだえになっているのに、貴明は余裕そのもので、呼吸一つ見出さずに麻理子を抱き続ける。
局部に指が入ってきて、麻理子は思わず腰を浮かせた。それは痛い様な甘い様な、よく分からない快感だった。同時に蜜でぬらついた肉の芽を貴明は押さえていた。
「あ、もう、貴明様……んっ!」
「熱いね。締め付けてくる。初めての男の指だから歓迎してくれてるの?」
「そんなんじゃ……ない! ああっ」
指が麻理子の中で動き回り、やがて抜き差しされる。
うなじから首筋、肩にかけてゆっくりと貴明が唇をすべらせる。そして強く吸った。
「ああ……」
熱い吐息をもらして、麻理子は貴明の指をさらに締め付ける。そのうち貴明の指は、内壁の一点を集中的にこすりはじめた。電気の様にそこからむず痒いしびれが走る。得体のしれない快感が恐ろしくなり麻理子は身体を離そうとしたが、貴明の腕は緩まる気配がない。
「ううう……ふ……ああ! たか……あきさまあっ」
「いってもいいよ……。気持ちいいだろ」
「ああっ、いやっ指……あああ!」
麻理子の小さな手が震え、身体も震えてくる。貴明は励ますかの様に、麻理子の頬にキスの雨を降らせてきた。指の動きは激しくなり、粘り気のあるいやらしい音をたてつづける。麻理子は息を荒くしてめぐるましい快感にひたすら耐えた。やがてその部分はびくびくと収縮し、麻理子は身体をぴんと張り詰め、そしてぐったりした。
「はあ……は……あ」
身体中で息をして、麻理子は初めての快楽の波が引いていくのを待った。その麻理子の横で貴明がバスローブを脱ぎ捨てた。
何回も採寸しているからわかってはいたが、顔に似合わず、貴明はしなやかな筋肉で盛り上がった肉体の持ち主だった。それを見て、麻理子がわずかに怯えると、貴明は敏感に気づき、大丈夫だと麻理子の細い腕に唇を這わせた。
さっきとはうってかわって、優しい愛撫に変わった。心が落ち着いた頃、貴明の手が麻理子の両足を広げた。そして固く熱くなっている自分の慾を押し付ける。麻理子は熱いものを感じ、それがなんだとわかった瞬間に、身を硬くした。
「大丈夫だから、入れるから……。力を抜いててね」
「でも」
「十分慣らしたから、そんなに痛くないよ、……多分」
やわやわと胸を揉まれ、そちらに意識が向いた途端、熱いものがじわりと押し入ってきた。
「…………っ」
「……怖い、かな。あまり痛いなら止めておくけれど」
そう言う貴明の声は、めずらしく抑制をかなり欠いて聞こえた。激情を抑え込もうとしている、貴明の優しさに、痛いながらも麻理子はうれしくなった。
「我慢できないほどじゃ、ありませんから……」
「ん、……でも、駄目なら言って」
そのまま貴明の唇が、麻理子の頬を這っていく。左手はしっかりと握ってくれていた。正直な話、快感半分、痛み半分だったが、すべてが収まった時は、うれしさのほうが勝って、麻理子は貴明にしがみついた。
「苦しい……貴明様」
「大丈夫、全部入った……」
暫く貴明は動かなかった。
麻理子は貴明の熱い体温で汗が出てきた。内からも外からも貴明で一杯だ。
やがて貴明は腰を前後にうごかしはじめた、麻理子は内部を溢れてぬめる蜜と一緒にこすられ、何とも言えない快感に声を上げる。それを聞くとますます貴明は激しくなった。あのいやらしい音と、ベッドの軋む音、そしていつの間にか麻理子の息と重なって、貴明が荒い息をついている。
麻理子がうっすら目を開けると、薄暗い中で貴明の綺麗な顔が間近に見えた。じっと何かに耐える様な表情をしている。麻理子に気づくと唇を重ねてきた。口の中を貴明が押し入り蹂躙する。息がつけなくて麻理子は苦しいのだが、貴明は唇を解放してくれない。繋がった部分はぐっしょりと濡れていて、熱く、うずくしびれで麻理子を押し包んでくる。
やがてやっと、貴明が唇を離してくれた。喘ぎ声がたちまち飛び出す。
「あん……あ、ああっ」
「もっと感じて……」
「熱い……の」
「ああ……そうだろうな……僕も熱い」
「おかしく……なるっ!」
貴明の指が、いきなりぬらつく肉の芽をつまんだので、麻理子は狂った様に身体をばたつかせた。もう何も考えられない、……その蕩ける様な快感以外は。貴明が、自分の中を出たり入ったりする圧倒的な存在感で、麻理子は昇りつめていく。
「駄目っ! 私……も……う」
「いきなよ……は……」
貴明がさらに腰を打ち付けた。さらに体温が上がったような気がする。
「貴明……さま!」
「ん……っ」
貴明に抱きしめられ、麻理子は絶頂に達した。同時に身体の中で貴明がはじけて、生温かいものが満たしていく。
二人は、いつの間にか、汗びっしょりだった。
「勇気を出してくれて、ありがとう」
貴明は、泣きたくなるほど優しい笑顔を浮かべていた。
「わた……し、貴明様が、……好き、ですから」
言いながら、麻理子はぽろぽろと涙を零した。いつになくいじらしい彼女に、貴明は胸を掻き毟られるような切なさを覚え、なんどもその唇に己のそれを重ねた。
「僕もだ」
二人の幸せな夜は、静かにふけていった。